退職金やら持ち株やらで事業を始めた方がいいのか?いやいや、やっぱり無難に、、、と悩む中、当然虫バカとしては虫を商売にするという事も考えてなかったと言えば嘘になる。実際、退職寸前にCATV関係の人との付き合いから、「クワガタ専門チャンネル」ができないか?などという話も受け、退職金の勢いでいきなり40万もするようなデジタルビデオを買ってしまった(退蔵してしまっている)が、なんとなくその話はそのまま流れてしまった。当然妻は「そんなあんたが商売なんかしていけると思ってるの?」と大反対であった。そりゃそうだろ。その方が健全というものである。
そんな中、当時「サンダルを半分に切っただけで健康サンダルとかいって特許取ってえれー儲けたオバサンがいるらしい」という話が世間を沸かせていた。かねてよりの虫好き+工作好きで、クワ馬鹿にも度々工作の話題で投稿している私がここで思いついた事は、、、「そんなんで特許(実際には実用新案だったかも知れない)取れて儲かるなら十分細かい網目にする事によってコバエを防げる昆虫飼育ケースだって十分ええんでないの?」という素朴な疑問であった。なんたってクワ馬鹿の間でも年がら年中「家族の苦情で」「コバエはなんとかなりませんか?」などと繰り返し飼育上の問題とされる筆頭は「コバエ」である。私も家ではまだどうにか家族をなだめればすむが、会社に持ち込む分はさすがにそこからコバエがオフィスに飛び交う、、、という状況は絶対避けなければいけないが根絶は本当に難しい。
こんな中、当時やはりまちかねで知り合った某虫馬鹿の中に特許関係にも詳しい者がいた。彼にちょっと調べてもらうとそのような観点での特許の出願は皆無であるという。おいおい、ほんまかいな、なんだか行けそうじゃん。そこでしばらくああでもないこうでもないと話を詰めて行ったのだが、同時進行的に実用試験も行い、一部で有名になった「シーラ蓋」というものを試作するに至った。現在いくつかのメーカーから売られてもいるようだが、要するに薄い塩ビ板に小さい穴(0.5−0.8mm程度)を開けたものをいわゆるミニプラケ、小プラケなどに挟み込むもので、実際かなりの程度コバエを防ぎ、乾燥も防げる事から仲間内では評判になりつつあった。だが考えて見れば、元々のミニプラケのスリットがでか過ぎる事が根本問題なのであり、そんなもの挟む以前にケース自体がそうなっとりゃええやん!というのが本音であった。大体飼育ケースの数が増えてくると、シートであれビニールであれ、ただもう「余計なものを挟み込む」というだけで面倒である。
さて引き続き話を進め、いよいよ本格的にと思ってはいたのだが、某虫馬鹿友達はいろいろと個人的事情で忙しくなったりしてそれ以上協力してもらうのが難しくなり、この話はこのまま立ち消えてしまうかに思われた。んが、これこそ歴史の悪戯か(そんな大げさなもんかい、、、)この時、なんと私の古くからの友人(弁護士)が、特許関係の事務所を開いて独立する、という葉書をくれた。なんという偶然。こうなったら開所祝いもかねてちょっと相談に行ってみるか、という展開となり、後はもうとんとん拍子、ついにこの線で特許の申請という運びとなった。むろんこの時点ではまだまだ旧シーラ蓋もほんの仲間内でしかなく、公知の技術とは言えないので特許は可能だが、大々的にならないようにしておいた方がより良いので仲間には「これはあまり広げないで欲しい」と当時としては意味不明なお願いを やむなくしてしまったのは一部の仲間には今にしてわかると思う。
特許を申請する利点は、「独創的な製品を権利化する事によって、メーカーがそれを作る意欲を持てるようにする」という点につきる。優れたアイデアを権利化せずにただ作ってしまうと他から真似されるだけだからだ。もちろん個人で作ってもいいが、大変なリスクを伴う事にもなりかねないし、商売がらみで難しくなる事もあるのでこれはメーカーにまかすのが一番である。当然私もそう思って、まずはいくつかの昆虫用品メーカーと接触を図り、手紙や電話でお願いした。んがどうした事か!大昆虫品メーカーはどこも既存品によりかかっているのか、さっぱり乗って来ない!気が長いようで短い、半分江戸っ子な私はここでもう切れてしまった。「上等じゃい、ごじゃごじゃ抜かすなら自分で作ったるわい!」と。無謀な事この上ない。
さて、特許はできるだけ包括的に申請してあるわけだが、現実には製造がやたらに難しかったり、高かったり、他の難点があっては意味がない。最初は東京周辺のプラスチックメーカーを電話帳から見つけて片っ端から聞いてみた。現状の昆虫ケースのようなものを作るとして型はいくらかかるのか?引きうけてもらえるのか?実は最初東京の某型屋と話を進め、あと一歩という所までいきながら残念ながら実験の結果当初の目論見のような0.5mmのスリットのケース、というのは実用上問題がある事が判明したのだ。そのような実験はかなり困難だったが、とにかく0.5mmのスリットを作って実験したところ、大抵のショウジョウバエは防げるにしても極悪な朽木バエはなんとこの隙間を抜ける事がはっきりしてしまったのだ!
こうして作戦を練り直す事になったのだが、ここで正にインターネットの恩恵の偉大さが改めて明らかとなった。東京の某業者はインターネットにアクセスがなく、連絡も電話やFAXに限られていた。だが、無類の電話嫌い、FAX嫌いの私に取って、メールが使えないのは致命的に面倒であった。そうこうしてるまに実は奈良のあるクワ馬鹿君がプラスチック業者であるという事から、いっそそっちで巻きなおしてみるか?という話がネット仲間からの紹介で持ちあがった。メールが使える利点はそれはもう筆舌に尽くし難いものがあり、アイデアに関する図面も提案も全てメール、細かい連絡も全てメールで済むのは大変な快感であった。おまけに相手自体がクワ馬鹿であり、問題点について話す時も正に痒い所に手が届く感覚で申し分なく話を進める事ができた。こうなると奈良はなまじな東京よりずっと近いと本当に感じる事ができたのである。この間、作った試作、数知れず、、、工作マニアの血が騒いだ。
さて、こうして遅れに遅れたプロジェクトではあるが、なにより「わしはこんなものが欲しいんじゃい!」という強い意思に突き動かされ、製品はできた。後は売って元を取らせてもらえれば、、、というところだが、何しろ商売はさっぱりニガテな私はいろいろ間抜けな失敗を続けていて、一般のショップなどから売れる日まではもう少しかかるかも知れない。
ここでできあがった最終形は「クワガタが齧る可能性のある内側はそこそこの大きさの穴で、少し距離を置いて上部に不織布のフィルターを挟みこむ二重構造になっているもの」であった。接着では工程が面倒で高くつくし、これで必要十二分という判断である。当初のアイデアで絶対コバエが通らない大きさの穴、すなわち0.5mmなどの穴や0.2mmのスリットでは加工性が非常に悪く、簡単には作れないのである。更にそうした原理でできた旧シーラ蓋タイプの挟み込みのものはこの穴が容易に汚れてつまり、最悪虫が窒息死するという事も次第に明らかになったのである。
最初は蓋だけを作り、既存のミニプラケの下部分につけて使うだけのつもりだったが、ちゃんとした商品にするには上下揃ってなくてはならないと考えて、下だけ購入できないかとあちこち聞いてみたが、あまり乗り気な所がなく、またもや短気を起こして「ええい、ごじゃごじゃ言うならそれも作ったるわい!」という事になった。9月には上下揃って量産である。
それでは改めて、完成品の説明をしてみよう。
要するに普通のミニプラケである。クワ馬鹿仲間に聞いたところ100人が100人、誰も使わないというあの無駄でコスト高の窓や取っ手を排し、更にアゴ挟み、脱走、コバエの出入りの諸悪の根源であるフタの無駄なスリットを省いたものである。通気というのは昆虫の場合思ったより必要ないもので、現行製品ではむしろ過剰な乾燥によってマットがカラカラになって死ぬ場合の方が多い程だ。そこで通気口はちょうど現行品の上部の窓部分と同じ位の位置、大きさの二重のフィルター部を設けて実現している。直接フィルターを設置するだけの構造にすると、中からクワガタやカブトが引っかいてすぐ破れるので(コバエ防止ビニールを挟んだりして皆さん経験済みだろう)、下はクワカブが手足を出せない程の穴(ただしコバエは通る2mm程度)でそこから距離を置いて、フィルター部となっているのだ。
現在、販売方法については検討中で、とりあえずOBCむげんの会員の方はそちらから買えるし、お急ぎの方は私にメールして頂ければ対応できる。また9月23日の大手町インセクトフェアでもお披露目する予定なので興味のある方は見に来て頂ければ幸いである。
特徴