フェゼントとシーグルの子供話。おっとり兄とやんちゃ弟のちょっとしたエピソード。 フェゼントは、倒れた。 原因は、小さな体で突然魔力を酷使してしまったから。 正式な訓練もせず、安全な力の通し方も知らず、ただ使ってしまった術の所為で、まだ幼い体はごっそり体力を持っていかれてしまったのだ。 「母さん、兄さん大丈夫?」 ベッドの上の兄を心配そうに見ながら、シーグルは母親の服を引っ張る。 母親はフェゼントの額に手を当てて術を唱えていた。 それが終わると、彼女はシーグルの方に視線を落とし、手を伸ばして彼をかかえ上げる。じっと腕の中から兄を見ているその頭を撫ぜて、さらに傷ついていた筈の左眼の上の辺りを撫でた。 結局、シーグルが怪我をしたことも、フェゼントがその怪我を治した事も、あっさり母親の知るところになった。というのも、二人して喜んでいた後にフェゼントが突然倒れて、シーグルが大騒ぎで彼女を連れてきてしまったからだった。 「ねぇ、母さん、兄さん大丈夫?」 「大丈夫、フェゼントはね、いきなり術を使ったから、体がとーっても疲れちゃっただけなの。たくさん食べて、よく寝ていればすぐ元気になるわ」 あれだけの傷にも涙を見せなかったシーグルが、泣きそうな顔をしている。 その姿が嬉しくて、フェゼントは僅かに笑みを浮かべた。 「本当に……綺麗に治ってる、良かった……」 母親は目を細めてシーグルの額を撫ぜる。 シーグルは撫でて貰いながら、彼女の言葉を聞いた途端、顔に笑みを浮かべた。 「うん、兄さんすごいんだ。きっと母さんみたいな神官になれるよね」 「そうね、神官じゃないのに傷を治せるっていう事は、とってもすごい事よ。だからきっといい神官になれるわ」 シーグルがフェゼントを見た事で、母親もフェゼントを見る。 そして、寝ているフェゼントに母親は手を伸ばすと、その頭を優しく撫ぜた。 「ありがとうね、フェゼント。元気になったら、もっとちゃんと術の使い方を教えてあげるわね」 フェゼントの顔が一瞬だけ驚いて、そして静かに微笑む。 弟のシーグルばかり構う事が多い彼女が、フェゼントだけに特別何かをしてくれるというのはまず無い事だった。だからその言葉が素直に嬉しかった。 「うん、僕……母さんみたいな神官になるよ」 「それでね、俺が騎士になって一緒に冒険者になるんだ」 フェゼントが言うとすぐ、シーグルがつけたすように母親に言った。 「シーグルなら、きっと父さんみたいな立派な騎士になれるわね」 瞳を輝かせて話すシーグルを、愛しそうに撫でる母親。 何度も傷が治っているのを確認するように、目の上から額辺りを撫でているのは、それだけ彼女がシーグルの怪我を心配していたという事だろう。 きっと、こうして寝込んでいる自分よりも。 実際、シーグルが母親を連れてきた時も、走ってきた彼を追ってきた彼女は、追いついた途端、まず血だらけの彼を真っ青になって抱き上げた。シーグルが、自分の怪我はフェゼントが治した事、代わりにフェゼントが倒れた事を訴えるまで、母親は倒れているフェゼントに気付きさえしなかった。 ――やっぱり、母さんはシーグルのほうが大事なんだ。 そう考えると、フェゼントはいつも胸がつきりと痛む。 大事そうにシーグルを抱いている母親を見ると、泣きそうになる。 自分も父親と同じ銀色の髪に生まれていたなら、もっと母親が好きになってくれただろうか。シーグルのように父親似だったなら、もっと母親はたくさん抱き締めてくれただろうか。 母親に抱き締められるシーグルを見る度に、フェゼントはそう考えてしまう。 けれども。 「兄さん、ごめんね。ありがとう、ごめんなさい」 母親が台所に去っていって残されたシーグルは、哀しそうにベッドの横でフェゼントを見ていた。気の強い彼が本当にしゅんとして、じっとフェゼントの顔を見てくるのだ。 だからフェゼントは、すぐ気にしない事に出来る。 誰よりも一番、自分を好きだと言ってくれて、自分を心配してくれるのは彼だった。 小さい体で精一杯、自分を好いてくれるこの彼を、嫌う事なんて出来なかった。フェゼントも彼が大好きで大切だから、だから、例え母親がこの弟の方を好きで、自分をあまり好きじゃなくてもいい、と思えた。 「兄さん、明日も、その次も、俺のおやつは兄さんに上げるから。だから早く良くなってね」 「いいよシーグル、そんなたくさん食べられないから」 「ご飯も兄さん欲しいの上げる、だって兄さんが寝てるのは俺のせいだもん」 「だから食べられないよ、それに母さんに怒られる」 「だって俺が、母さんに言わないでって……それで兄さんが……」 自分のせいでフェゼントが倒れたのが余程嫌だったのか、シーグルは言いながら顔がどんどん泣きそうに崩れていく。 シーグルは我慢強い。 転んでも、怒られても、怪我をしても、どんなに痛くても泣かない。 でも、前に彼が大泣きしたのは、一緒に倒木を橋に見たてて渡って遊んでいて、フェゼントが落ちて大怪我をした時だった。 「大丈夫、シーグル。だって大きくなったら僕のお仕事がシーグルを治す事になるんだから。僕も強くなって、いくら魔法使っても大丈夫になるからね」 笑って言えば、泣きそうだったシーグルの顔も笑う。 「俺も、じゃぁ、強くなって、怪我しないっ。魔法なくても大丈夫なようになるっ」 フェゼントはそこでクスクスと笑いながらも、困ったように唇を尖らした。 「うんでも、そしたら僕のお仕事なくなっちゃうね」 ――その後、夕飯が出来たとシーグルを探してフェゼントのベッドまでやってきた母親は、ベッドの中でぴったりとくっついて丸くなって眠っている兄弟の姿を見つけた。 --------------------------------------------- たまたま、前回の後日談書きたくなっただけで、基本はこの話は1話1ネタで読みきりです(==;; |