彷徨う剣の行方
シーグルと両親の過去の事情編





  【7】




 廊下をパタパタと軽い足取りで走ってくる音がする。
 それだけで、フェゼントは笑みを浮かべた。

「フェズ〜、気分はどうかなー?」

 走ってきたくせに、部屋の前までくると、丁寧にそっとドアを開けてから入ってくる。小動物のような瞳をくるくると動かして部屋を見回してから、最後に自分の顔を見て、ほっとしたように満面の笑みを浮かべるウィア。
 フェゼントもまた、そんな彼を見るだけで笑みが抑えられない。そしてその笑みと共に胸がふわりと温かくなる。

「えぇ、もう大丈夫です。心配させてしまってすいません」

 言えばウィアは、大仰にいかにもほっとしたというように声を出して息を吐き出し、胸を押さえて見せた。

「ってかフェズさーそんな事で謝んなよ。フェズは俺の事守って戦ってくれたんだからさ、お礼をいうのは俺の方だ、もっと胸を張ってえばるくらいでいいんだぜっ」
「いやその、えばる、と言うのは……」

 ウィアの勢いに圧されたフェゼントは、引き攣った笑いを返した。
 実際のところ、えばれる程ちゃんと彼を守れたとはフェゼントは思わない。それでも、こうして二人共無事であの場を切り抜けられたのは、自分が戦った成果だという自覚はある。

 ――私でも、守れたのだろうか。

 騎士というにはまだ未熟過ぎる自分が、何かを守れるというのは嬉しかった。
 いつでも、守るべき立場だったのに、守られてきた自分だからこそ、嬉しかった。
 勿論、自分一人の力で守れたなどとは思っていはいない。それでも、最低限の自分の役割を果たすくらいは出来たという事が嬉しかった。
 未だ疲労が残る掌を見つめて、フェゼントはそれをぎゅっと握り締めた。力が入る感触も、剣を打ち過ぎてその力が少し抜ける感触も、確実に現実のものだった。

「ウィーアー、今までどこ行ってたんだよ、にーさん放っておく程の重要な用事があったなら言ってもらいたいよなぁ」

 部屋の奥で薬草を並べていたらしいラークが、ウィアを見た途端作業を中断して、フェゼントが座っているベッドの方にやってくる。

「フェズが怪我してないのもちゃーーーんと確認してあったし、大神官様の馬車で危険な筈もないしな、ここまで帰ればお前いるし安心だろ。だからちょっと、中断した仕事の手続き行ってきたんだよ。そうすりゃフェズも安心して休めるからな。まぁ、デキる冒険者ってのはそういうのにすぐ対処しとくもんだぜ」

 ラークは口を尖らせて不満そうにしていたものの、自分を頼られた事は嬉しかったらしく、少しだけ照れくさそうに口元を緩ませる。
 意地を張っていても分かり易い弟の反応に、フェゼントは思わず彼らに見えないように軽く吹き出した。

「ま、まぁ、そりゃね、俺は薬関係とかは自信あるし。なんたって将来は医者になるつもりだから、頼って貰って正解だと思うけどっ」
「おー、そりゃすごいな。流石フェズの弟だ、俺の事は義兄さんって呼んでいいからなっ」
「……そこまで認めた覚えはないよ……」
「おいおい、お前が医者やんなら、俺は将来お前を手伝ってやれるんだぜ、医者と治癒師のセットはお約束だろっ」
「えー……ウィアあんまり治癒得意じゃないんでしょー。治癒ならにーさんも出来るしー」

 抑えてはいたものの今度は吹き出す程度では済まなくて、フェゼントは手で口を覆って肩を震わせて笑った。
 出会ってまだ然程経っていないのに、まるで兄弟のような二人を見ている事は嬉しかった。自分の所為で、内に篭るようになってしまったラークが、こんなに他人に心を開いているのは、それだけでウィアに感謝したいとフェゼントは思う。

 けれど、こうして自分たちが楽しければ楽しい程、フェゼントはその犠牲になっているもう一人の弟の事を思い出す。本当ならば、彼もまた、ここで一緒に笑っているべきなのだと思う。

「ウィア……」

 笑みが消えた顔で名を呼べば、ウィアはすぐに察したのか、彼もまた顔から笑みを消した。

「あー……ラーク、ちょっと俺フェズと話があっから部屋の外出ててくれないかなぁ」

 ラークは不満そうに軽く眉を上げて、尋ねるようにフェゼントに視線を向ける。

「ごめん、ラーク、少しの間だけ、外で待っていて下さい」

 それでも納得いかないと顔を顰めた彼に、今度はすかさずウィアが言う。

「仕事の話でさ、保守義務ってのがあるんで、お前に聞かせられないんだよ」

 それでさすがに納得したのか、ラークはまだ不満そうな顔をしながらも、部屋の外へと出て行ってくれた。
 扉が閉まると同時に、ウィアの顔がフェゼントを見て辛そうに歪む。
 フェゼントには、ウィアがそんな顔をするのが『彼』の事だと分かっている分心が重かった。
 あの時、馬車を下りたウィアが、シーグルを追いかけて行ったのは誰の目にも明らかだった。こんなにも帰りが遅くなった原因は、彼と話していたのだろう。

「なぁ、フェズ、シーグルの事だけどさ……」
「はい」

 フェゼントは胸の上で掌を握り締めて、ウィアの話を聞いた。







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次はシェン×シーグルのHシーンです。結構酷い系……かも。

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