【1】 「ねぇ、ラスト、やっぱり言わない方がいいよね?」 「うん、レスト、だって言ったとしてもどうにもならないし……言った所為で余計悪い事になるかもしれないしね」 同じ顔をした白い髪の少年が二人、顔を見合わせて言葉を交わす。 この年齢ながらも、二人は眠りを司るアルワナ神の神官であった。 アルワナ神官が使う術は、その神が司る眠りに関するものである。ただし、一言に眠りといってもその領域は広く、単に眠らせる為の術から、眠っている人間の意識を読み取る事、果ては死んで永遠の眠りについた死者達との対話さえ彼らの術の範囲になる。 この双子は、他のこの傭兵団にいる者達と同じく、セイネリアにある望みを叶えてもらってここにいた。というよりも、ここにいる事それ自体が彼らの望みといってもいいくらいで、だから彼らは特に、セイネリアに対して恩のようなものを感じていた。それは、ここに居る為の条件をちゃんと果たさなくてはならないという切羽詰まった感情も含んでいて、だからこそ彼らは、セイネリアの役に立つ事に拘っていた。 だから……一度はセイネリアにやらなくていいと言われていたにも関わらず、彼らはセイネリアがいなくなったその隙に、あの銀髪の騎士が眠っている部屋の近くまで行って、こっそりと彼の心を覗いたのだ。 双子とはいえ、一応の兄に当たるラストが溜め息と共に会話を締めた。 「だってあの人は……マスターの事を憎んでいなきゃならないんだから」 クリュース王国において、東の山脈のその合間、山と山に囲まれた比較的高地に、首都セニエティ並に名前だけなら有名な街がある。 魔法都市クストノーム、一般的にそう呼ばれているこの街は、だがしかし、その大層な通称から想像する程に魔法に満ちた場所ではない。 とはいえ、魔法使い達の機関が凝縮された、魔法に携わる者の為の場所であるのは確かで、だからその通称も間違っている訳ではなかった。 ほぼ正方形のこの街は、中央に図書館や議会所、学校や魔法ギルド等、それら公共機関が集まっている掘りに囲まれた地区があって、その周辺をぐるりと囲むように家々が広がっている。更に、その街を守る立派な外壁の四隅には塔が建てられ、外から見ればまるで城砦都市のように見えた。 「魔法都市、って言っても、あまりいかにもといった雰囲気じゃないですな」 シーグルの後ろで、初老の騎士が街並を見渡しながら呟いた。 「まぁ、魔法使いでないのなら、商人か、後は仕事貰いに来た冒険者くらいしかここに来る事なんてないだろうから、噂だけが先行してヘンなイメージされる事が多いだけ。実際は単純にそっちの関係者が多く住んでて、その為の私設があるだけの街よ」 だから、通りを歩く連中は辛気臭い顔したのが多いでしょ、とカラカラと笑う女性もまた魔法使いと呼ばれる存在で、今回、シーグルが連れているメンバーの中では職業柄彼女だけがここに来た事があって、この街の案内役という事にもなっていた。勿論シーグルもこの街に来たのは初めてだが、他の者達のように気楽におのぼりさんをしていられる状況ではなく、黙々とただ辺りに注意を向けていた。 ヴィド卿からシーグルに依頼された仕事は、さる人物を護衛し、ある場所まで送り届ける事。 あまりにも重要人物で暗殺の危険があるから、事は秘密裏に、絶対に政敵である陣営に気付かれないようにしなくてはならない。正規の騎士団員を使えないのはその所為で、だからこそこの仕事に集められたのは皆が皆、何も知らない冒険者達であった。 とはいえ、いくら面子が全て上級冒険者と呼ばれる者達ばかりとは言っても、素性の怪しい、何処の何者か分からない連中にだけに頼る訳にはいかない。だからこそシーグルには、その一行の纏め役をやってもらいたい、というのがヴィド卿の依頼であった。 一応話では、その護衛すべき人物には現状でもヴィド卿直下の部下が2名ついていて、彼の世話等まではこちらでする必要はないらしい。だから純粋に護衛というのが言われている仕事であるが、問題は、その護衛する人物の名を、シーグルを始めこの仕事に集められた冒険者達は皆知らされてはいない事であった。 だが、『彼』を迎えに行って欲しいと言われた場所を聞いた時点で、シーグルにはそれが誰なのかは大方予想がついていた。あの貴族院のパーティで、セイネリアから聞いていた話――ヴィド卿が後ろ盾をしている時期国王候補の王子が、魔法を習って魔術学生をやっているという話――それを思い出して、シーグルはヴィド卿の思惑を悟って内心溜め息をつくしかなかった。 「で、シーグル、次は何処へ」 一通り回りの風景を観察する事が終わった初老の騎士が、そう言ってシーグルの傍に近づいて来る。 行きである今は、首都のクーア神殿から転送を使って一瞬でこの街まで彼らはやってきていた。神殿から出た途端はしゃぐ他の者達を止めなかったのには、実は『冒険者らしく振舞う』ようにヴィド卿からの指定があったという事情もあった。 メンバーの中の魔法使いの女性、名をエルマというのだが、彼女が言った通り、この街に来るのは魔法関連の人間でなければ商人、役人、後は依頼を受けに来た冒険者達くらいしかいない。だから彼らも、そんな冒険者パーティーの一つに見えるようにしていなくてはならなかった。 幸い、肉体労働の苦手な魔法使い連中は、それなりに地位あるものなら、割りと冒険者に仕事を依頼をする事は多い。だから街にいる冒険者の数はそれなりに多く、それらに紛れるのは然程困難な事ではなかった。 ただし、あまりにも人数がいれば目立つというのはあるので、来る時点では二組に別れて、護衛人物をシーグル達が保護した後、街の外で合流という手筈になっている。 シーグル達の組は3人、護衛する人物の一行は3人、そして街の外で会う予定の別組は3人で、合計9人のそこそこ大所帯となる訳だから、街中を全員で歩けば目立つ可能性は確かに高い。 そう考えれば、依頼主であるヴィド卿の指示は納得が出来るが、だがここで一つ大きな問題があった。 それだけの重い仕事を共にこなす相手なのに、別でやって来る組のメンバーについて、シーグル達は、名前はおろか容姿も戦力としての能力も全く知らされていなかった。 今回のような仕事を寄せ集めの冒険者に任せる場合、一番重要なのはそのメンバーが信用出来るかどうかで、敵側に通じている人間が紛れ込んでいるという事態だけは絶対に避けたかった。他のメンバーを選んで依頼したのはヴィド卿であるから、まずそんな事態にはならない筈と思いはしても不安は拭えない。 纏め役をしろと言われているシーグルにとっては、特に頭の痛い問題であった。 とは言っても、現状では何か手が打てる訳でもなく、今は手順通りに仕事を進める事しか出来ないのだが。 シーグルは、用心の為一通り辺りに視線を巡らすと、メンバーにだけ聞こえる程度の声で答えた。 「若草の館だ、エルマ、案内を頼む」 目の前でじっと項垂れる最愛の人の姿を見て、ウィアは何と言えばいいのか分からずに途方に暮れていた。 『シーグルに、会えないんです。話したいのに、話をする機会がないんです』 数日ぶりに尋ねて来ると連絡があってやって来たフェゼントが、ウィアの顔を見た途端言ったのはその一言だった。 目に涙を溜めてまでそう言いながら抱きついて来た彼を、可愛い、とか思って一瞬喜んだのは置いておいて。宥めて部屋へ通して、いざお茶を入れて向き直ったところで、今度は沈黙だけが二人の間には流れていた。 何時ものウィアであれば、それくらい『その内会えるさ』等と軽く返してしまうところであるのだが、いかんせん今の状況はそんな軽い一言で終わらせるには深刻過ぎた。 シーグルには救いが必要だった、それも出来るだけ早く。 そして今、どうしても思い切れなかったフェゼントが、やっと彼と向き合う決心をしたのだ。 このタイミングで二人が話せないのなら、兄弟の和解はまた遠のいてしまう。いやそれどころか、手後れになる可能性すらある。 「それで今、シーグルは何してんだ?」 「今は仕事だそうです。何時帰って来るかは分かりません」 ウィアは溜め息をつく。 「じゃぁ、その前はどうしてたんだ」 溜め息のついでに吐いた言葉は、そこまで深く考えたものではなかった。 けれども、その言葉を聞いた途端、フェゼントは泣き出してしまいそうな程に眉を顰めて顔を俯かせる。 「殆ど家にいなかったんです。何処にいたのかまでは知りません。夜になってもずっと帰ってこなくて、やっと昨日帰ってきて会えたと思ったら、すぐに仕事があると出かけてしまったんです」 「随分忙しいんだな、シーグル……」 ウィアとしてはそうとしか言い様がない。 けれど、単純にそれで済む話ではなさそうなのは、フェゼントの様子を見ていれば分かる。彼は膝の上で掌をきつく握り締めて、肩を震わせていた。 「私は、避けられているんだと思います……」 震える声がぽつりとそう呟く。 「まさか」 心からそう思ってウィアが言えば、フェゼントは激しく頭を振った。 「昨日、出かける直前、彼の名を呼んだ私を、シーグルは気付いたのに見ようとはしなかったんです。明らかに私の顔を見ないようにして、これから仕事だからとだけ言ってすぐに去ってしまったんです」 確かに、それは彼らしくないとウィアも思う。 「まぁ、よっぽど急いでたんじゃないかなぁ」 口ではそう返したものの、ウィアだってそれはシーグルの方がフェゼントを避けているのだと判断するしかなかった。 あのシーグルが、いくら忙しかったとしても、声を掛けて来たフェゼントにそんな対応をするとは思えない。だから彼に何かあった――何か理由があって彼がフェゼントを避けている――そう考えるのが自然だった。 「あいつ……また何かやっかい事に巻き込まれてなきゃいいんだけどな」 呟いた声は殆ど音にならず、それがフェゼントには聞こえる事はない筈だった。 けれど、呟いた途端、俯いていたフェゼントが顔を上げてこちらの顔を見て来たから、ウィアは慌てて、冷や汗を掻きながら強張った愛想笑いを浮かべるしかなかった。 「ウィア、何か心当たりが?」 「いいや、ないっ、そういうのじゃない。ただほら、シーグルもいろいろ大変だから、フェゼントにちゃんと受け答えしてる余裕なかったんじゃないかなーとか考えてさっ」 ウィアの様子をフェゼントはじっと見つめて来る。 何時になくプレッシャーを与えて来るその視線は真剣で、まるで縋るようにさえ見える程必死で辛そうだった。恋人には甘い、というよりも甘くありたい、と思うウィアが何時までもそんなフェゼントの視線に耐えれるものではない。 「いや本当に心当たりがある訳じゃないんだ……ただ、さ」 「ただ?」 「あいつ、いろいろあるからさ」 「それは、シルバスピナの家の事以外……ですか?」 「うん、まぁ……」 「何があるんです、シーグルに。ウィアはまだ、彼の事で私に言ってない事があるのではないですか?」 「う……それは……」 ウィアは口篭る。今のところフェゼントには、この間シーグルと話をした時のその内容についてしか言っていない。シーグルの置かれている現状については、フェゼントが知っているであろう家族の事とシルバスピナの家の事だけでも、十分に彼の辛い立場が想像出来ていると思う。 けれど、彼の置かれている状況はそれだけでは済まない。 そもそも、その所為で、自分達にまで危害が及ぶ可能性がある。本当なら直接関わる可能性がある分、とっくの昔に言っていなければならない事だった。 「約束、だけど、さ……」 ウィアは呟く。黙っていて欲しいと頭を下げたシーグルの顔を思い浮かべて。 ウィアはおしゃべりだが、秘密を平気で喋るような口の軽さはない。約束したからには守るつもりではあった。けれどもここまで来て、フェゼントにこれ以上何も教えない訳にはいかないと思ってもいた。 「あのさ、フェゼント。黒の剣傭兵団のセイネリアって名前、知ってるか?」 ――ごめん、シーグル。 心の中で謝って、けれどもフェゼントは知るべきだとウィアは思う。 だから、話した。 --------------------------------------------- 新エピソード開始です。とはいっても、話が少し飛んだんでアレ?と思われた方も多かったのでは。 その辺りの補完は次の話の中、セイネリアサイドで。 |