【3】 年長二人組みが屋敷に帰ってきて、まずした事は。 テレイズは、怒るよりもう頭痛がしてきて頭を抱え。 フェゼントは、その匂いに眩暈がしてきて部屋の換気を行った。 テーブルに散乱するのは、グラスや皿、果実酒の入っていた瓶。しかもその皿の上にはチーズや塩漬け肉、パンなどの保存食の食べかすがテーブルへとはみ出しながら乗っている。 椅子に座りながら半分眠りそうになっているヴィセントや、機嫌よく歌など歌っているウィアとラークを見れば、何があったのかなど聞く気もなくなる状態だった。 「おっかえりー」 と機嫌よく返してきた歌う二人は、頬を赤く染めていかにも上機嫌だった。 元気すぎる二人の声にびくりと起きたヴィセントは、驚いたように、遅れて彼もおかえりなさいとテレイズ達に返した。 「お前はこれも空けたのか……よくそれだけ飲めたな」 テーブルの下に転がっている樽を見て、テレイズは溜め息をつく。そこまで大量に入っていた訳ではないが、それでもそれなりに残っていた筈だ。 どうやら、腹が減ったウィア達は、保存食を引っ張りだして食べはじめ、勢いで酒まで飲みだしたのだろうと予想出来た。 「ラーク、貴方はまだお酒はよせと……」 「えー、俺にーさんと違って飲めるからだいじょーぶ」 「そういう理由ではなくて、貴方はまだ子供じゃないですか」 「俺、にーさんが飲んで倒れた時運んだのにー。俺だけに飲むなって言うのかよー」 酔っ払いとはマトモに会話にならない、というのは、いつの時代もお約束である。 自分の失態まで暴露されて、フェゼントは赤くなりながら弟を宥めようとする。 そこへ更に、そーだそーだと力強くウィアが同意をしてくるに至って、フェゼントは内心冷や汗を掻きつつ、テレイズからの視線まで意識してしまう。 「ほう、君はそんなによく倒れるまで飲むのかね?」 意外だという目で言ってくるテレイズに、フェゼントは小さくなってバツが悪そうに肩を竦めた。 「いえその……単に弱いんです、私」 恥ずかしそうに言えば、ウィアがさらに口を出す。 「フェズはなー、麦酒をジョッキ一杯でぶったおれるんだぞー」 「ウ、ウィアっ」 顔を真っ赤にしてそれを押さえようとすれば、更にラークも追従する。 「にーさん、麦酒なんて飲んだのかぁ、そりゃーたおれるよー、だって家でたまに飲むやつってさー、すごーくすごーく薄くした果実酒でさー、それグラス一杯飲んで赤くなってるのにさー」 「あれー? フェズってそれでも家で飲んでるんだー」 「にーさん弱いのにたまーに飲むんだよぉお。それで飲みすぎてそのまま寝ちゃうんだー、だから外では飲むなって言ったのにー」 温厚なフェゼントも、さすがにそこまで暴露されれば実力行使に出るしかなく、涙目になりながらラークの口を押さえこむ。ふがふがと藻掻くラークは、最初こそフェゼントの手を押し退けようと抵抗したものの、やがて降参したかのように暴れる事を止め、ふにゃりと体から力を抜いた。 「ラーク?!」 まさか息を吸えずに大変な事になったのかと、そう思ったフェゼントは急いで手を離す。が、自由になってもラークは声を出さず、どこか焦点の合わない目でぼおっとフェゼントの顔を見て、それからにこりと笑顔を浮かべるとそのまま兄に抱きついた。 「えへー、にーさん大好きー」 それを見ていたウィアが、すかさずフェゼントに背中から抱きつく。 「ずりー、俺もフェズ大好きー」 二人分の重みを体の前後から受け止めて、華奢な騎士の青年はしゃがんだまま体勢を崩してふらふらとよろける。それが、倒れるところまでいかなかったのは、背中の重みをテレイズが持ち上げて引き剥がしたからだった。 だが、それには当然ウィアが抗議する。 「えー、俺はフェズがいいんだー、兄貴なんか嫌だー、チェンジチェンジ! 交代を要求するー」 「何言ってるんだお前は……」 こめかみ辺りをぴくぴくとひくつかせながら、テレイズは酔っ払いの弟を抱き上げる。ウィアは抵抗をするのだが、所詮酔っ払い、力は入っていないに等しい。 「ずっりー、フェーズーフェーズー、俺もー俺もー」 テレイズに抱き上げられながら、フェゼントに向かって手を伸ばすウィア。 とはいえ、フェゼントの方はがっしりと抱きつかれた弟を持ち上げるのに精一杯で、困った顔をしながらもテレイズの顔を見返すしかない。 「君は弟さんをベッドへ連れて行ってくれ。こいつは俺が連れて行くから」 いくら大切な恋人とは言え、この状態ではテレイズの言う通りにするしかフェゼントにも選択肢は無かった。 テレイズは、未だ文句を垂れ流しているウィアを持ち上げたまま、眠そうにしているヴィセントに今度は目をやる。 こういう事態になる事が一番意外な人物だが、それでもまだウィア達と一緒に騒ぎ出さないだけの理性が残っている分、大丈夫かと判断する。 「ヴィセント、君は一人で部屋に帰れるかい?」 声を掛けられて驚いたのか、急に椅子から立ち上がって背筋を伸ばすと、テレイズを見上げて彼は目を大きく開いた。 「は、はい、大丈夫です、フィラメッツ大神官!」 それから、失礼しますと言うと同時に部屋に歩き出した彼だが、少し足取りが怪しいものの一応歩いて行く方向は間違っていなかったので、テレイズは彼に関してはそれでいい事にした。さすがに、これ以上連れていくには手が足りない。 ヴィセントの親にちゃんと見てやる事を約束している手前、後でベッドに入れているかは確認しなくてはならないだろうが、と思いつつも腕の中の弟にテレイズは視線を戻す。 「フェーズー、ベッド行くなら俺とー、添い寝添い寝ー」 諦めずに騒いでいる弟を一睨みして、そして彼は深く息を吐く。 「大人しく諦めろ、この馬鹿」 苛立ち紛れにこつんと頭を叩けば、ウィアは大仰に騒いでフェゼントに助けを求める声を上げる。とはいえ、そのフェゼントも既に弟を連れてこの場を去っていたので、ウィアの声は、ただテレイズだけを被害者にして部屋の中に響くだけだった。 その声も、テレイズがウィアの部屋へと移動を開始した事で、部屋の中から遠ざかっていったのだが。 やっと人のいなくなった食堂には、ただ散乱した食べかすや瓶が転がるだけの惨状が残されていた。 「フェーズーフェーズー、愛してる〜、寝るならフェズが一緒〜」 部屋の中についてベッドの上に放り投げても、酔っ払った彼の最愛の弟は、聞こえない恋人へのラブコールを只管唱えるだけだった。 「こらウィア、足をばたつかせるな、靴が脱がせない」 完全に駄々っ子状態なのだが、いくら小柄とはいえ子供と言える歳でもないウィアは、暴れていればそれなりに手は焼く。 テレイズはそれでもどうにか靴を脱がすと、幸せそうな笑顔を浮かべてベッドの上でごろごろと転がるウィアを見下ろした。 靴は脱いだものの、汚れたままの上着を着たまま寝かすのは、流石に不衛生すぎる。だから面倒だと思いながらも、僧衣の上着と肩掛けを脱がせようと手を掛ければ、今度はウィアが服を掴んで据わった目のままテレイズを見上げる。 「兄貴のエッチ、すけべー。何脱がしてんだよーこの淫乱性職者ー」 今の今まで苛付く発言を全て聞き流していたテレイズも、さすがにそれには何かが切れた。頭の中で、ぶちりという音が確実に聞こえた。 「ちょ、あに……んっ」 ウィアがそれ以上の文句を言う間もなく、テレイズの唇がウィアの声を塞ぐ。 顎を押さえ、顔を固定し、アルコールの匂いの香る弟の熱い口腔内を舌で舐め取る。 「や、んんっ……やらっ」 ウィアは勿論、暴れて兄を引き剥がそうとするのだが、素面でも勝てない相手に酔っ払いの力で敵う筈などなく、ただ単に藻掻いているだけにしかならない。その間にも、テレイズは冷静に弟の口内を蹂躙し、逃げる舌を絡めとリ、わざと唾液の音を立てる。 更には、前止めを外した上着の中に手を入れて、中着の薄い布地の上からウィアの胸をそっと撫で、そこからゆっくりと辿るように手を下肢へと這わせていけば、熱と酔いで浮かされていたウィアの頭は急激に覚醒させられた。 「まてまてまてー、ふっざけんなこらー」 無理矢理口だけずらして叫べば、テレイズが不機嫌一杯の顔でウィアを見下ろしていた。 「何やってんだてめぇ、冗談にしちゃやりすぎだろっ」 だがまだ、テレイズの体はウィアの上にある。 テレイズは、その険悪な瞳のまま、今度はウィアの耳元に唇を落とし、耳たぶを軽く水音をさせて舐めると、それに肩を上げて体を震わせるウィアに囁いた。 「向こうの弟君のように、にーさん大好き、とでも言ってくれれば優しくしてやってもいいんだけどな」 そうして、今度は中着の裾から手を入れて、直にウィアの素肌を探る。 「わーーー、だめだっやだやだやだっ、離せ馬鹿兄貴ー」 ウィアは精一杯の力で暴れた。 目を瞑って涙を滲ませ、闇雲に自分より大きい兄の体を叩いた。 そうすれば、ふわりとあっけない程簡単に、体の上の拘束は取れ、テレイズの体は離れていく。 ウィアが呆然と見上げれば、腕を組んで難しい顔をしている兄が見下ろしていた。 「少し調子に乗っている馬鹿者には、灸を据えた方がいいからな」 ウィアは一瞬、ほっとしたのと呆気にとられたのとの所為で、何も言えずにその顔を見上げる事しか出来なかった。 だが、状況が飲み込めてくると途端に怒りが湧いてきて、兄に向かって枕を投げた。 「しんじらんねー、弟相手になんつー冗談やってんだっ」 テレイズは枕を受け止めると、澄ました顔で枕を叩き、少し変形してしまったその形を直す。それから、未だにぎゃぁぎゃぁと騒ぎ立てるウィアの顔に枕を押し付けて、ベッドの上に押さえつけた。 暴れるウィアに、テレイズの冷静な声が届いた。 「全部冗談という訳じゃ無い。お前が可愛くしてれば、俺は優しいのは分かってるだろう、あの時のようにな」 ウィアがもがいて、その枕を押し返す。 顔から枕をはがせると、その枕をテレイズから奪うように取り返して、見下ろしてくる兄の顔をぎっと睨みつけた。 「うるせぇ、だーれが二度と兄貴となんかやるかよっ」 それから枕をベッドに置くと、ウィアは飛び起きて服を直す。 「ウィア、酔っ払いは大人しく寝ておけ」 ウィアは靴を履きながらも、じとりとそのテレイズを睨んだ。 「おかげさまでな、酔いなんかかーっきりはっきり覚めたよ」 そうして、靴が履けるとすぐドアに向かって歩きだし、さっさと部屋を出て行こうとした。 「どこへいくんだ?」 当然、テレイズはそう尋ねる。 ウィアは振り向くと、思い切り顔を顰めて、いーと歯を見せつけた。 「るっせーや、フェズんとこに決まってるだろ。口直しして、一緒に寝るんだよ! もー気分最悪だしなっ」 「フェゼントは今、弟君と一緒にいるだろ」 呆れたように言ったテレイズの言葉に、ウィアはにっと、今度は得意げな笑みを浮かべて、拳をぎゅっと握り締めた。 「だーから、邪魔者が酔いつぶれてる今がチャンスってやつだろ」 足取り軽く去っていく弟の背中を見送り、今度は呆然とするのはテレイズだった。 いや、呆然というよりも、弟のあまりのしつこさとめげなさに、呆れていただけだったのだが。 「全く……こちらの気も知らないで」 後は苦笑と愚痴にしかならなかった。 --------------------------------------------- フィラメッツ兄弟の方に過去に何があったか、なんとなく察してくれたかと。 今までにもちょっとそれっぽくほのめかしていましたし。 |