それはすべて小さな奇跡





  【1】




 成り立て冒険者にとって、世間は厳しい。
 特に、魔法が使えるとか、剣士の家系だとか、目に見えてアピールするものがない一般市民の冒険者にとっては。
 クリュースに生まれた若者なら誰もが夢見る、冒険者、という職業。何にも持たない平民であっても、一攫千金――いや、夢の出世コースもありえる、なんとも夢あふれる職業だ。
 だがまぁそれは表向き、実際冒険者になってみれば、世間はそんなに甘くない、というのを実感するのもまた、若者のお約束である。
 それでも、この仕事に関していえば、シェスは運が良かった。
 信用も実績もない成り立て冒険者なんていうのは、運良く仕事にありつけるか、害獣退治でもしてくるか、薬草取りで地道にポイントを稼ぐか、後は神殿に通って神官にでもなるしかない。
 まぁ、考えればそれはもっともな話で、誰だってどこの馬の骨か分からない若造――というよりもシェスはまだ少年と言える歳だが――に大事な仕事を任せたりなんかしたくない。
 と、話は逸れたが、故郷の村から首都に出てきて仕事にありつけず、やっとの事で見つけたチャンスを手に入れたシェスは、喜び勇んでその仕事を受けた。
 ――そう、例えその仕事が、大嫌いなリパの神殿の仕事であったとしても。このチャンスを逃す手はないと思ったのだ。

「私の名はペイン・メイです。ペインと呼んでください。それでは、よろしくお願いします」

 どうみても人畜無害、のほほんと日向で寝転がってる猫のようにゆるみ切った印象の少年は、そう言ってぺこりとシェスに頭を下げた。
 この歳で神官見習ではなく神官、という事は、優秀なんだろうと思うがどうにもそうには見えない。
 サイズが少し大きそうなリパの神官服をだぼっと着た少年は、歳の頃は15歳前後とシェスとあまり違いがなく、柔らかそうな背の中程まである栗色の髪を後ろで一本に縛った、瞳も栗色、真白い肌の、いかにも子供っぽい顔をした外見をしていた。

「おう、俺の名前はシェスタル・ポーラ。シェスって呼んでくれていいぜ」

 とりあえずは営業スマイルを浮かべて、目の前の彼と握手をして、第一段階はクリアといったところだろうか。
 例えその平和過ぎる顔に内心イラっと来たとしても、その程度でこの仕事をだめにするほどシェスだって馬鹿じゃない。
 今回の仕事の依頼人は、リパの大神殿様。
 仕事内容はいわゆる道案内で、シェスの故郷であるグラスヒルス村へこの少年神官を連れていってくれというものだ。
 グラスヒルス村はそこまで首都から遠い訳ではないのだが、いかんせん小さい村だし思い切りの田舎だ。村の場所を知っているという条件を満たす者はそうそうにいるものではなく、こんな成り立て冒険者の子供にも仕事が回ってきたという訳だ。
 と、いうか。子供という部分に関しては逆に向こうにとっては逆に丁度良かったらしい。この仕事の説明をしてくれた、これまたリパ神官らしいトロそうな神官様は、殆ど同じくらいの歳の子と話す機会がないこの少年神官と、友達となってあげてくれと言っていたのだ。
 とりあえず、村に一番近い街までの馬車の費用は向こう持ち、村までの道のりはそこまで危険な訳でもない、となれば、仕事としてはかなりオイシイ。しかもこの仕事がちゃんと終了出来れば、ポイントと信用がぐっとあがる。後の仕事をとりやすくなる。
 本当に本当の、ラッキーな仕事だったのだ。
 ――そう、リパ信徒の連中をシェスが大嫌いだったとしても、我慢しようと思うくらいには。

「グラスヒルス村というのは、どういうところなのでしょう?」

 おっとりとした外見と同じく、のんびりとした口調の少年神官――ペインは、馬車の中でよくシェスに話しかけて来た。

「あー……田舎だよ。神殿もないし、夜は未だに明かりをとるのは魔法の火じゃなく、本物の火だけだ。畑仕事と狩りで生活してて、村の中じゃ物々交換が基本で金使う事も滅多にないし、村の奴全員が知り合いだから何処いっても声掛けられるし、説教される」
「それは、素敵ですね」

 にこにこと、笑顔以外の表情はないのか、というくらい笑っている事の多い少年が、ほわんと嬉しそうにそう答える。

「いやお前、今の話聞いて何処を素敵だと思うんだ」

 旅の始まりからこの調子じゃ、きっとこれから何度この少年につっこみを入れる事になるのだろうと、こっそりシェスは思う。

「素敵じゃないですか、お金にがつがつしないでいいって事は心豊かにしてくれますし、何処いっても知り合いなんて、何処にいても安心出来るって事じゃないですか。それに、魔法火の青い炎より、本物の赤い火のゆらめきとか優しい明かりは、私は大好きですよ」

 リパの神様を信じている連中は、信心深ければ深い程、楽観主義というか、なんでもいい方に考えるような奴ばかりだ。――それが嫌だったからシェスは彼らが嫌いなのだが。
 とにかく、住んでる当人じゃないとその不便さは分からないだろう、とシェスはこの話はそこで終わりにする事にした。どうせこれ以上言ったとしても無駄だろうし。
 だが、シェスが黙ればそれで気まずくなって話を終わりにすればいいのに、ペインはすぐに話しかけてくる。
 うわこいつ空気読めてない、と思いながらも邪険に扱う訳にもいかず、早くもこの先が不安になるシェスだった。

「シェスは馬車に乗った事ありますか? 私は初めてなんですよ」
「あるよ」

 ――つまりこいつ、街出た事ないのか?

「結構揺れるものですねー。あぁ、他の街までなんて、お馬さん達は走りっぱなしで疲れないんでしょうか」
「別に走るっていうよりも早足だろ。途中でちょいちょい休憩も入れるし」

 ――いやさすがにお馬さんはないだろ。この歳で。

「シェスシェス、あの動物なんですか? あの白いの、可愛いですねぇ」
「あれは羊、毛を刈って毛糸を作るんだよ」
「え? あれが羊ですか、もこもこしてて触ったら気持ち良さそうですねぇ」

 ――どれだけモノ知らないんだ、このガキは。

 心の声のつっこみが追いつかなくて、話を聞いているだけでシェスは早くも疲れてきていた。
 とりあえず現在までの彼との会話からシェスが分かったことは、この少年がおっそろーしく物を知らない、箱入り神官だということだ。おそらく、へたをすると、この歳まで大神殿の外に出た事がないんじゃないかというくらいの勢いだ。
 こういう馬鹿はテキトーにあしらって、できるだけ仕事を早く終わらせるに限る。
 ちらりと溜め息と共に当の少年神官をみれば、彼はずっと窓からの風景を嬉しそうに眺めていた。

「ねぇシェス。この馬車が着くのは、エル・エルの街でしたっけ。シェスは行った事ありますか?」

 そんなに窓からの風景が楽しいのなら、少しは黙って大人しく外見てればいいのに、と思いながらも、面倒そうにシェスは答える。

「あるよ、俺グラスヒルスに住んでたから、買い出しに街行くっていやエル・エルだったし」

 ペインはぐるりと顔をシェスに向けて瞳を輝かす。

「あぁ、それで村への行き方を知ってるのですね」
「……まぁな」
「では村に行けば、もしかしてシェスのご両親に会えたりするのでしょうか?」
「……まぁ、母親はいるよ」

 そこで彼は、その言い方でシェスの父親が不在だという事に気づいたのか、明らかに表情を曇らせて、心配そうにシェスを見つめてくる。
 シェスは溜め息をついた。

「別に俺の親父は死んだ訳じゃねぇよ。てかそもそも親は結婚してないんだ。……まぁよくある話だよ、村に立ち寄った冒険者と恋仲になったものの、その冒険者は二度と村にはやってきませんでしたって奴」

 そう、よくある話だ、この国じゃ珍しくない。
 少しだけ特殊かもしれないのは、シェスの母親はそれはもう敬虔なリパ信徒で、自分を捨てた男を全く恨んでいないという事くらいだろうか。
 どう考えても父親は酷い男だと思うのだが、母親が父に関して悪い事をいうのをシェスは聞いたことがない。父がどれだけ格好良かったとか、どれだけ強くて優しかったか、と子供の頃から父のいいところだけを話されてきたシェスは、母親のそのお気楽な思考がどうにも納得いかなかった。

『なんであの人を恨まないんだって? いいのよ、あの時私の事を好きだって言ってくれたのは本当だったんだから。あの人は帰って来なくても、お前を私にくれたんだしね』

 そういってぎゅうっと抱きしめてくる母親を、シェスは大好きで大嫌いだった。もし首都に出てきて父親に会う事ができたなら、一発思い切りぶんなぐってやろうと思うくらいには。
 まぁ、そんな母親に苛立ったからこそ、シェスは敬虔なリパ信徒というのが嫌いなのだが。

「つまり、シェスはお父さんを探しに首都に来て冒険者になったのですね!」

 唐突に手をがしっと握られて力強く言われた言葉には、さすがのシェスも驚いた。
 話のぶっとび方に、本気で目の前の神官少年の頭の中身を疑う。

「いや……冒険者になったのは単に、首都で出世したいっていうか、金持ちになってやるって思ったからで……まぁ父親が見つかったら、そりゃぁ一発殴っておきたいとは思ってたけどさぁ」

 ペインは両手で掴んだシェスの手を、ぶんぶんと上下に振る。

「お父さんの馬鹿ーって言って殴ってから、父親は貴方を抱きしめて親子は再会を果たすのですね。二人で泣きあって再会を喜ぶ姿が見えるようです。私も貴方のお父さんを探すのに協力しますっ」

 ――こいつ、頭大丈夫か?

 シェスは最早、驚くというよりも呆然としていた。
 つっこみが追いつかないどころではなく、何処からつっこんだらいいのか分からないレベルだ。
 唇をひくひくと強ばらせて、シェスはペインの顔を見る。
 疑いようがない程真顔の神官少年に、シェスはなんかもういろいろ諦めた。

「あ、あぁ、ありがとうな……」

 とにかくこの場を穏便に収めたくて、シェスはそう言うしかなかった。





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短編……のつもりだったのに思いの他長くなりましたorz。
一応サイト一周年記念。



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