ファンジン・インターセクション
■第00回 『ハヤカワ文庫FT総目録』
■第01回 『ハヤカワ文庫SF年鑑2003年度版』東洋大学SF研究会
■第02回 『Progressive25 ギャルナフカの迷宮
■第03回 『kluster vol.3』
■第04回 『星群』81号
■第05回 『宇宙塵』198号
■第06回 『ワールドコンの歩き方』のだなのだSF支部
■第07回 『「犬のがまんの物理学」を含む作品集—藤倉珊科学論文集—』
■第08回 永野のりこ『あのなつの原』ほか
■第00回 『ハヤカワ文庫FT総目録』
ここでは個人的に関心のあるファンジンを紹介していきたいと思います。
で、1回目は手前味噌ながら今年度のSFセミナーで企画「ハヤカワ文庫FT25周年 ファンタジー再考!」の資料として配布された『ハヤカワ文庫FT総目録』。
セミナーに参加された方ならご存知だろうが、今年4月にまで刊行されたFT全冊の内容紹介&書影に、表紙は藤原ヨウコウさんの特別描き下ろしという豪華版。セミナー規模のコンベンションで、ここまで作り込んだ出版物は昨今あまりないだろう、とスタッフの一人として内心思っていたりする。幸い参加者にも好評だった。なお、今後SF大会などで販売する予定なので、参加しなかった方もお見逃しなく!
とはいうものの実はミスもありまして、関連年表の箇所で1982年の項目が丸ごと抜けていて、逆に1984年が二重に入っている。済みません。1982年には企画出演者の石堂藍さんも関わった雑誌『幻想文学』が創刊されています。皆さん、本書を手にとった時は頭の中で訂正しながら読んで下さい。
余談。タニス・リー『月と太陽の魔道師』を「巨匠の奴隷萌えジュブナイル!」とまとめた井手聡司のセンスは、身内ながらちょっとどうかと思う。
■第01回 『ハヤカワ文庫SF年鑑2003年度版』東洋大学SF研究会
1回目からいきなり手前味噌な……と怒られそうだが、今回は私の後輩たちのファンジンを取り上げたい。昨年刊行されたSFマークのハヤカワ文庫35点のデータ・書影をまとめレビューを付したものである。
もともとこの年鑑を始めたのは私達の代である。
93年、名古屋大SF研が『ハヤカワSF文庫書評&目録 No.1〜1000』を刊行、その続編を作ろうというのが話の発端だった。こう書くと何だか殊勝だが、1000点分なんてウチじゃとてもそんな根性ないから、書評&目録という方法論だけいただいて、簡単に入手できる新刊でやっちまおう、というのがホンネに近い。
当時の東洋大は(というか、編集長だった私は)他人のフンドシで相撲を取ることが得意だった。卒業したあと続きが出るかどうかなんて考えもしなかったし、どうでもいいやと思っていた。事実、私が再度編集を勤めた2年目は諸事情でポシャっている。
ところが。おどろくべきことに。後輩達は営々と続きを作り続け、2003年度版でとうとう10年目に達した。10年! 一口に言うが10年に亘ってファンジンを刊行し続ける難しさは、こういう文章を読んでいる方には分ってもらえるだろう。4年単位で人材が入れ替わる大学のサークルならなおさらだ。しかも最新の文庫ナンバーは1474。名古屋大のほぼ半分まで辿り着いていたのだ。
本書を手にとったとき、いい加減なOBがノリと思い付きで始めた企画をよくもまあここまで……と歴代の後輩達に感謝したくなった。私達が密輸入した他人のフンドシは、今や彼ら自身のものである。
■第02回 『Progressive25 ギャルナフカの迷宮』
今年のSF大会は、小川一水の大会と言ってもよかったろう。『第六大陸』で星雲賞を受賞したのみならず暗黒星雲賞まで受賞、実力にふさわしい人気も兼ね備えた作家となった。
その小川が、名古屋のファンジン『Progressive』のために書き下ろした中篇が『ギャルナフカの迷宮』である。
舞台は未来とも並行世界ともつかない暗い管理社会。そこでは、反社会的な罪を犯した者に投宮刑なる刑罰が執行されていた。囚人は「ギャルナフカの迷宮」と呼ばれる地下に掘られた迷路に送り込まれるのだ。彼らに与えられるのは「餌場」と「水場」の在処を記した1枚の地図のみ。そしてその地図は1人1人違うのだ。
「迷宮」に送り込まれた主人公・テーオが見たものは、暗い洞窟の中で囚人たちがお互い騙し合い、殺し合いながら辛うじて生を確保する地獄のような空間だった。テーオは彼らと共同し地下世界にもうひとつの社会を組織しようとするが……。
孤独な人間同士が、非常に制限された環境下で社会を作ろうとしたら、それはいかなるものになるか。このあたりの緻密なシミュレーションは小川一水の独擅場でぐいぐいと読ませる。随所に出てくる小松左京テイストも作者らしいところで、『日本アパッチ族』などを連想させる。あるいは最近はまっているというネットRPGからの影響もあるのかもしれない。ともあれ、商業誌掲載作と比べても全く遜色のない傑作である。即売会等で見たら迷わず買いだ。
■第03回 『kluster vol.3』
入手した順番からしたら一番はじめに紹介しなくてはいけなかった『klustervol.3』だが、本の山に埋もれて後回しになってしまった。ここで改めてレビューしたい。
『kluster』発行人の山田和正氏は、1982年生まれ。東浩紀主催のメルマガにスタッフとして名を連ねるほか、最近は『SFマガジン』も活躍している気鋭の編集者・
ライターである。
この号で目を引くのは、何といっても秋山瑞人氏・西島大介氏へのロングインタビュー。両者で共通の話題として挙がっているのが「萌え」「セカイ系」という流行語(?)なのだが、秋山氏が“まあそういう言葉があるのは知っていますが……”的に一歩引いているのに対して、西島氏はそうした言葉に否定的でありながら熱く語っている、その対照が興味深い。
最近になって、こうしたオタク的タームが一般メディアでも持て囃される風潮があるみたいだけど、端が見て思うほど、オタク内部でも「萌え」や「セカイ系」についてコンセンサスがあるわけではない。むしろそれらを巡る矛盾や葛藤がオタク文化を動かしているのではないか——二人のインタビューを併読すると、そんな感慨に捕われる。いや、むしろ文化とは常に矛盾や葛藤を抱えてこその文化だったのではあるまいか。
■第04回 『星群』81号
今回ご紹介するのは創作ファンジンの老舗『星群』(発行・星群の会)の最新号。創作が6篇に、コラムと前80号についての感想文が各1篇掲載されている。
創作ではまず石飛卓美氏の「緑色の夢」が面白かった。砂漠の中にぽつんと森がある、遠未来とも平行宇宙ともつかない世界。そこで興味本意から森にやって来た少年は、世界に関する哀しい真実を知る。ベテランらしい筆力と技巧で読ませる1篇だ。
もうひとつ面白かったのが、堀州美安氏の「出生届異聞」。こちらは言葉遊びに人名用漢字への風刺を絡ませたシュールな小品で、学生時代に国書刊行会や福武書店の海外文学シリーズで読んだ、ヨーロッパの異色短篇を連想した。
ただこの『星群』に限らず他のファンジンでも時々感じるのだが、作品ごとに版組みがバラバラで、手にした時に違和感を覚える。創作主体なのだから内容が第一だ、というのはもちろん正論だろう。しかし、本文だけでも級数を揃えるなどの配慮があっ
ていいと私は思う。
■第05回 『宇宙塵』198号
『宇宙塵』198号は、創作3篇(他誌からの再録含む)、柴野拓美氏による荒井欣一氏らへの悼辞など。
その中でも興味深かったのは、松浦晋也氏による「レポート・コロリョフ最晩年の家を訪ねる」だった。
1950〜60年代、ソ連の技術者としてソユーズ型ロケット、ボストーク型有人宇宙船などを開発し、アメリカの技術者の間では「魔術師」と畏怖の念をこめて呼ばれながら、不慮の事故により死亡したセルゲイ・コロリョフ。
このレポートは、別件で(といってもやはりロケット絡みなのだが)笹本祐一氏と共にロシアへ渡った松浦氏が、ひょんなきっかけからコロリョフ記念館の存在を知り、そこを訪れる模様を記したものなのだが、最後に思わず絶句するような結末が待っている。
ほとんどロシア語が分からないのにも関わらず、情熱と身振り手振りだけで記念館に押しかける両氏の姿が感動的なエッセイだ。
■第06回 『ワールドコンの歩き方』のだなのだSF支部
今回から数回は、昨年末のコミケで入手したファンジンを紹介したい。
本書は題名通り、ワールドコン参加の指南書。
その実用性ははっきり言って半端ではない。休暇の取り方に始まって、予算の規模、日程の組み方、企画の見所に至るまで、ワールドコンに参加するために必要な情報が隈なく網羅されている。
ワールドコンに行ったことのない人間がこんなことを言うのも僭越だが、たぶん本書が1冊あれば、国内のSFコンベンションに未参加の人でも行って楽しんで戻って来れる。
読んでいて面白いのが全40頁のうち4分の1を占める「ワールドコン英会話集」。
「(作家に)サインしてください」「そのコスプレは何のコスプレですか?」など、他の語学書には絶対出てこない例文が満載されている。「やおい人口は80年代に急速に増加しました」なんて例文が出てくるところは著者の作家性か。
ビブリオグラフィ関係でファンジンに「実用書」はあっても、イベント参加において役に立つ本は(少なくともSF絡みでは)珍しいだろう。ぜひ一家に1冊。
■第07回 『「犬のがまんの物理学」を含む作品集—藤倉珊科学論文集—』
今回はちょっと毛色の変わったものを。と学会の創設メンバーとして知られる著者のパロディ科学論文である。
これは内容を要約するよりも、収録された論文の題を掲げる方が早いだろう。「仕事と納期の量子力学的考察」「HR図の経済論への拡張」「バージェス古書店の発見がSF進化論に与える意義」……。大部分は旧作の改稿とのことだが、私にはどれも初見で楽しく読んだ。特にインフレーション理論とか降着円盤などの物理学の概念を日本経済に無理矢理適用してしまった「HR図〜」には爆笑。
要はSFファンのバカ話なのだが、それを敢えて鹿爪らしくやっている様が楽しい。
プリントアウトをコピーしただけの素っ気無い体裁も、本書には合っている。
■第08回 永野のりこ『あのなつの原』ほか
永野のりこがコミケで出した個人誌を通販で入手した。
(詳細はこちら)
新作はほとんどない。多くは彼女がかつて商業誌に発表したエッセイ的漫画の再録である。
しかしそれを彼女の手抜きと解してはならない。収録作品のほとんどは、現在商業ベースでは読むことのできない、あるいは最初から単行本などへ入らなかったものである。
永野のりこという漫画家は強烈な磁場を放っている人で、ある作品を読んで気に入ると、他の作品も、いや、断簡零墨まで読みたいという気にさせられるのだ。
本書は、永野がそんな読者のニーズに応え、損得抜きで過去の原稿を拾い集め、1冊にまとめたものなのである。私は彼女のファンサービス精神に感動せざるをえない。
そして何よりびっくりしたのは、同人誌に同封されていた一枚の便箋だった。
永野のりこの直筆。
彼女は、どこの馬の骨とも知れない人間の通販申込に対して、わざわざ、律儀に、几帳面にも、コピーの文面で済ませたところで、いやそもそもそんなものなくても文句は出ないだろうに、ひとつひとつ直筆で返事をしたためていたのだった。
プロのクリエイターで、いや同人作家であっても、ここまで読者のために手間暇かける人が他にどれほどあろうか。私が手紙が直筆とわかった瞬間、座布団の上でピョンと正座してしまった。