駆け出し騎士の仕事事情
初心者騎士シーグルが初めて大人数パーティに参加する話。



  【9】



 大人組の反省会:

 冒険者にとって仕事が終わった後の打ち上げ、つまり飲み会はもうお約束のようなものだ。勿論ソロの簡単な仕事とかならまた別だが、よっぽどウマの合わない連中と組んだとかではない限り、ある程度の人数と日単位で掛かる仕事をすれば終わった後は互いの無事と仕事の成功を祈って乾杯となる。だからこそ冒険者事務局から通りを挟んで東の下区へいけば飲み屋がずらりと軒を並べているのだ。

 とはいえ今回のパーティメンバーには未成年者がいた。

 ……まぁ、実のところ未成年と言っても16歳なら普通は気にしないで皆と一緒に飲むものではある。この国には別に未成年者が酒を飲んだからと言って罰するような法律はない。単に子供に酒は体の成長的によくない、と言われている程度だからモラル的に割合テキトーな一般冒険者ならまず気にしない。むしろ大人と同じ仕事をしているなら飲め、と勧めるのが普通だ。
 だがその未成年者が、無茶苦茶真面目でいい育ちとなれば酒を勧める訳にはいかない。しかも本人いわく酒の臭いだけでもふらっとする事があるというのなら目の前で飲むのもはばかられる。更に彼の場合食も細いとくれば、目の前でガツガツ飲み食いなど出来る訳がない。
 という事でグリューはシーグルと組むようになってからはずっと、仕事後の打ち上げは自粛していた。勿論仕事後にシーグル、クルスと一緒に反省会的な意味で酒場に行って、軽い食事をしつつ1、2杯飲むくらいはやっていた。だが仕事終わりにパーッと飲む、というのは長くご無沙汰だった。それがシーグルと組んでいる唯一のマイナス点と言えばそうと言えるかもしれない。
 だからこうして、行儀のよくない連中と気兼ねなくハメを外して飲み会なんてのは本当に久しぶりだった。シーグルとクルスはこちらが打ち上げをする空気を読んでくれたのか解散後すぐに帰ってしまい、いたら口煩そうなマツィネはクルスと一緒に帰ったから、本気で今日は飲む気だった。

「いやーお前が言った通り、本っ当にいい子だなぁ。俺ァあんな謙虚な貴族様は見た事ないぞ」

 クラットはさっきからずっと同じ事を言っている。マクデータ神官である彼は、最近は冒険者を半引退して貴族や金持ち息子の家庭教師をやったりしていたそうだ。だからこそそこに感動するのだろう。まぁグリューだって、あんな謙虚で真面目な貴族息子なんてシーグル以外は知らない。

「そらーよ、やっぱ身分もあるんじゃねーか? 旧貴族の跡取りともなるとそりゃー厳しく育てられるんだろ。中途半端な金持ちとはそれこそ格が違う訳だし」

 そこでシンジラが威勢良く言えば、ノノやクラットが同意する。

「あーそらあるかもなぁ、ちょっとだけ偉いくらいの奴が一番えばって性質わりーんだよな」
「フツーは俺達みたいなのがあのレベルの人間と会う筈ねぇからなぁ」

 彼らの言う事も合っている部分もあるのだろう。確かに本気で身分の高い人間の方が、半端に偉い人間より人格者である事は多い。……が、シーグルの場合はそれだけではない事をグリューは知っていた。

「ま、それもあるけどよ。シルバスピナ家ってのが特別なのもあんだよ。家訓からしてあくまで国を守る騎士として、政治にかかわらない、富を得すぎるなって事になってて、子供のころから立派な騎士になるため厳しく育てられるんだとさ」
「そらまー……」
「随分と古めかしい……てか立派な家だな」

 シーグルもシルバスピナ家は旧貴族の家として異質であるとは言っていた。ただしそれを誇りに思っているようだからこそあの性格なのだろう。どこからどこまでもあの歳にしては人間が出来過ぎていて、だから自然とグリューも彼の事を話す時は得意気な口調になってしまう。

「知ってるか? だからシルバスピナ家の領地リシェの運営は基本は議会で行われてるんだぜ。勿論領主は議会に対して大きい発言権は持つんだが、税類の取り決めは議会で、領主は議会から金を貰う仕組みになってるんだ」
「え? 領地の金は領主の好きにするもんじゃないのか?」
「領主であるシルバスピナ家は領地を守るから領内の兵力は握ってるが、金に関しては議会が使い道を決めるんだとさ」

 それには皆してほへーと間抜け顔で感心する。グリューだってシーグルから聞いて初めてリシェのその特殊さを知ったのだが、そりゃー大商人達がリシェに集まる訳だと思ったものだ。自分達に領地の運営を任せてくれて、領主はただその地を守ってくれる――商人達からすればそんな有難い領主は他にない。

「更にいうとだ、シーグルがあんま贅沢言ったり、イイトコのぼっちゃんらしい我が儘を言わないのはさ、その生い立ちもあんだよ。あいつのとこの両親は駆け落ちして、シーグルも子供の頃は庶民として育ったんだよ。ただ4つの時にあいつだけ跡取りにするために親兄弟から離されてシルバスピナ家に連れてこられたんだそうだ。4つだぞ、まだホントにガキじゃねーか」

 言いながらちょっと涙ぐみそうになって、グリューはぐっとジョッキを飲み干した。最近ここまで飲んでないから、ちょっと酔い過ぎたかもしれない……なんて思って他の連中を見たら、自分より明らかにハッキリ啜り泣いてるデカイ男3名程が目に入った。

「そっかー、4つで親から離されたら、そらーしっかりするよなぁ」
「独りぼっちで親も兄弟もいない中厳しく育てられたのか……それでよくひねくれないであんな真っすぐに育ったもんだなぁ」
「あの歳であんだけの腕なら、尋常じゃなく厳しい訓練をしてきたんだろうしなぁ」

 クラットだけではなく、ノノとシンジラがみっともなく泣きながらそう言う。……こいつらも相当酔っているらしい。

「やーだーそれ知ってたら、私がお母さん代わりになってあげたのにー」
「そーよねー。もうぎゅっと抱きしめて顔中にキスしてー」
「えー、タレットずるいー、私もー」

 ……という女性陣の反応には頭が痛くなったが。彼女達は一応違うテーブルに座っているのだが、こちらの話を聞いてはちょこちょこ反応してきていた。
 いや絶対それシーグルが嫌がるからやめてくれ、事前にそこまで言っとかなくてよかった――とグリューは頭を抱えながらも思うところだ。

「ま、あいつが強いのはそのガキん時からの事情もあるんだよ。寂しかったり辛かったり、とにかくストレスたまるとぶっ倒れるまで訓練で体動かしてたらしい。だから暇さえあれば剣を振って……あれだけの腕になったんだとさ」

 それを言えば、またみっともなく泣いてる大の男3人が声を上げて大泣きする。

「なんだそれ、それは強くても当然だよな」
「あの速さと正確さは訓練の積み重ねなんだな」
「あの歳であそこまでになるなら、一体どんくらい剣を振ってきたんだよ」

 確かにその通りだし、グリューも最初にシーグルから話してもらった時には涙ぐんでまで感動してしまったが、酔っ払いとはいえここまで泣かれるとさすがにうっとおしい――もとい、暑苦しい。

「……まぁ、人は見かけによらないもんだ。正直最初に見た時は、もっと貴族らしい高慢なタイプかと思ったからな」

 そこで酒に強いせいで他のように泣いてないイージェンがそう言いながら酒を呷った。グリューは苦笑して返す。

「そらー……見た目だけなら、完璧な貴族様で気が強そうで近寄りがたい感じに見えるからな」

 実際シーグルは黙っていれば割合冷たいイメージというかキツそうに見える。おそらく冷たく見えるのはあの白と青の容貌のせいだとも思うが、少なくとも初見ではあんな謙虚な性格には見えはしない。

「顔の品が良すぎて、整い過ぎてて、いやもう見ただけで庶民じゃねぇしな」
「うん、まぁ見ただけで同じ人間じゃねーとは思うな」

 戦士連中のつっこみにはグリューも一緒になって頷く。

「ったくよ、貴族様が皆あーゆーのばっかだったら、貴族特権だろうがいい生活してようが納得できるし、言われる通り崇めてやってもいいんだな!」
「それな!」

 クラットが叫んでノノが追従する。それでその後全員で馬鹿笑いをする。
 泣いたと思ったら笑うあたり、いかにも酔っ払い集団だ。これだから単純馬鹿共は――なんて思いはしても、最近こういう馬鹿騒ぎがなかった分グリューも楽しかったりする。しかも話の内容も、自分が認めてて助けてやりたいと思う少年を褒める事なのだからそりゃあ気分もいいというものだ。

「だがまぁしかし、あれが理想的な貴族様って奴なのかね。謙虚で人の話を良く聞く上に、前にでて戦う覚悟もあってその実力もあり誇り高く……そして見た目だけでも崇拝されるくらいの美人、と」

 にまっと笑ってノノが言えば、また一斉に皆言い出す。

「まー確かに、ありゃ理想の姿だなぁ」
「もーねー、貴族様というより、おとぎ話の王子様よね、あれはっ」
「違いねぇ」
「見ただけで、様付けなくていいって言われてもつけたくなるものっ」
「……いや、シーグルどん引いてたろ」

 そこでまた馬鹿笑いが起こる。
 グリューといえば、あんな王子様がいて将来王様だったらそらー国の未来は明るいだろうな、なんて考えてはやっぱり一人で笑みを浮かべたままうんうんと頷いていた。

「しかしな……美人とか綺麗って顔はいろいろ見てはきたが……本当にあれは別格だな」

 ぼそりとそう言ったのはイージェン。そしてその言葉から、ちょっと話題の方向が違って行ってしまう事になった。
 腕を組んで神妙な面持ちでクラットが言う。

「女みたい……って顔じゃないんだよな、どっちかと言うと綺麗過ぎて人間ぽくないというか、本気でおとぎ話の登場人物ぽくてな……」
「鍛えてるだけあって儚いイメージじゃないんだが、なんかこう、触ったらマズイ、みたいな繊細さというか不安定さがあるんだよな」

 言いながらシンジラも腕を組んで考えだす。
 勿論そこはグリューも分かっている事で、そしてその理由の一つには心当たりがあった。

「まー……細いからな、シーグル」

 それには周りがうんうんと頷く。そうして皆また腕を組みながら口々に言いだす。

「ひ弱そうに見える訳じゃないけど、細いからなんか壊れそうでな」
「姿勢がすっげーいいから弱そうには見えないんだがよ、いやだがそれがまた」
「あの綺麗な顔で、宝石みたいに濃い青の瞳を真っすぐ向けられたら……見惚れてついふらふらってなりそうだよな」
「それであの細腰に触れたら理性が飛ぶわ」

 どんどん怪しい方向に向かう会話には、さすがにグリューが咳払いをして止めた。
 いくら酔っぱらっていても、そこで全員が引きつった笑顔で誤魔化す。

「まー……なんだ、グリュー、お前がすごい苦労してるのは分かったわ、あれは危険だわ」

 しみじみとそう言ってきたのはクラットだ。

「返してもらったローブ着たらいい匂いまでして、ちょっとヤバかったし」

 そう続いてグリューの顔はひきつったが。

「強いから簡単に力づくでどうにかされるとは思えないが、あれでよく今まで無事だったよな……」
「警戒しなさすぎるのが困るよな」

 それには同意をしてがっくり項垂れるしかない。
 あのとびきり心も外見も綺麗な少年は、その綺麗さとあの不安定さが絶妙な色気となって早い話がソソるのだ。グリューや今回の面々のように親目線な気持ちで見ていられる連中ならいいが、冒険者に多いその時その時で楽しむ事優先な連中なら手を出したくなるに違いない……と断言できるくらいにはヤバイ。なんというか綺麗過ぎて、壊したいとか組み敷きたいとか泣かせてみたいとか嗜虐心を煽るタイプである……というのはそういう趣味がないグリューだって分かってしまう。

「やー……俺らは事前に聞いてたから気を付けてたけどよ、他パーティーの連中とか、あの坊やが脱ぎだした時ににたにた見てやがったからな」
「つーか一番の問題は依頼主だろ、あの目はヤバイ、絶対狙ってた」
「あいつ仕事終わったあと、こっそりシーグル様にご馳走したいから屋敷招待するって言ってたのよ、もう下心見えっ見えっ、ホント汚らわしいったらないわ!」
「散々シーグルに飲み物進めようとしてたしな、何が入ってるかわかりゃしねぇ」
「サイテー」
「坊や見てる時の奴はただエロ親父だったよな、あの目とかさ……」

 そこで今回の依頼主の悪口大会が始まる。飲み会の最初は確か、いい仕事だったと依頼主太っ腹だったとかいろいろ持ち上げていたくせにこれだ。

 ちなみに、他パーティーの連中はこちらの面子があからさまにシーグルに近づけまいとしているのが分かったのか、邪な目を向けてた者達も早いうちに諦めてはくれたようだ。だが雇い主だけは積極的にシーグルに話しかけてあわよくばを狙っていたのが分かるため警戒が必要だった。仕事の話はまだ仕方ないとして、宴会の時などはシーグルも薄着だったのもあって、傍にも寄らせないように皆で必死に邪魔をしていた。他のパーティでも数人はそれを理解してくれていて協力してくれたのだ。

「ったく、依頼主だからこっちもへたに文句は言えねぇからな、んっとに最初仕事についてくるって聞いた日にはマジかって思ったぜ」

 ため息とともにグリューは呟く。
 ……まぁ、さすがにそれはシーグルのためではなく、女王コロッカを確実に倒したのを確認するためと鉱石を勝手に持っていかれないよう見張るためと分かっているが、聞いた時はまさかと思ったものだ。
 言い切ってからも、はぁ、とため息をつけば、他の連中が肩をばんばんと叩いてくる。

「苦労するなっ」
「るせ、でもあれは守らねーとってなるだろ!!」
「いやそれは否定しねぇよ」

 ははは、と皆が笑う中、グリューはそこで頭を下げた。

「とにかく皆、今回は無理言って仕事を受けてくれてありがとうよ。んで出来たら、今後シーグルが仕事する時は相手見てやばそうだったら注意するなりフォローするなりしてくれねぇか。あとは信用出来そうな奴を紹介とかさ、頼むわ」

 それにはまた、皆が笑う。

「んとに随分入れ込んでるじゃねーか、ルー」
「親父か兄貴の役だろそれ」
「まー気持ちは分かるけどよ、なんでまたそんなにあの坊やのためにがんばってんだ?」

 そんな事を改めて聞かれると恥ずかしいが、それでも酒の勢いか口から言葉が自然と出た。

「そらー……だってよ、シーグルがあのまま偉くなってくれたらいいって思わねぇか? あの性格のままさ、偉い貴族様になってくれたら……なんかいろいろ良くなりそうだし、この先希望が持てそうな気がすんじゃねぇか」

 ちょっと間があいてから、ノノとクラットが両側から背中を軽く叩いてきた。

「ま……そうだなぁ」

 他の皆もそれに同意してくれて、そこであらためて皆で杯を上に掲げた。

 ただもう一つ、皆には伝えなかったがグリューにはシーグルに救われたからその恩を返したいという思いもあった。街の掃きだめのような場所でゴミのように死んでいた娼婦の女は、彼に祈りを捧げられてきっとその魂を救われた。そうしてグリューの中にしこりのように残っていた、娼館の片隅で冷たくなったまままともに葬儀なんてしてもらえなかった母親の記憶に救いをくれた。

「いやーでもグリューよ、ホントにお前気をつけろよ。理性だけはちゃんと保て、大変だと思うけどよ」

 そこでこそっとクラットに耳打ちされてグリューは顔をひきつらせた。

「わあってるよ、だからちゃんと気を付けて、あいつの前では酒も飲み過ぎねぇようにしてるんだよ!」

 そう返しつつ今回の仕事を振り返ってグリューは更に顔を強張らせた。
 実は倒した後の宴会で、シーグルが皆に感謝を伝えた後周りからの歓声に恥ずかしくてなって下を向いてしまった時――思わずグリューは感極まってシーグルを抱きしめようとしてしまった。だがシーグルが鎧姿じゃないのに気付いてどうにか理性を総動員させてそれを止めて頭を撫でるだけにしたのだ。

――半裸で、あんな薄着のシーグル抱きしめたらぜってーやばかった。

 もし抱きしめてたらどうなったか考えると怖くなって、グリューは引きつった顔のまま黙って酒を飲んだ。


END.



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これで終わりです。最後なんか長くなりましたが、内容はくだらない酔っ払い話なので(==;;
 



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