本編最終話から騎士団に入る前のお話。 【6】 状況がつかめていないシーグルに、ファンレーンが説明をしてくれる。 「あのねシーグル、こっちの2人は今回の件は貴方が誰にも言っていないと思っていたのよ」 「いや、さすがに招待主を騙していたら何かあった時に問題になる。幸いサヴォア夫人はその手の『遊び』が好きな方なので、余興の一つとして楽しみにしていると言って下さったから今回の事を実行したんだが……」 咄嗟にシーグルがそう返せば、ウィアが盛大にため息をついてテーブルの上につっぷした。 「なーーーんだよ、心配損じゃないかー」 それにガクリとフェゼントも真っ赤な顔で下を向く。 「……つまり一部の方々はあれが私だと分かっていたのですね……」 ぶつぶつと呟き出して落ち込んでいる様子の兄に、シーグルは困惑というより混乱していた。 「いや、その、礼儀的に……招待主にはあらかじめ言っておくのは当たり前だと思っていたん……だが。偽名でも受付をすんなり通れたのはそもそもその名を事前に伝えてあったからだし、兄さん達も分かっていると思っていた」 「あー、うん、そうだよなー。シーグル真面目だから騙してこっそりなんて考えないよなーあーそっか、貴族様の間じゃ後で問題発覚ってマズイしなー、悪戯とかどっきりなんてことはシーグルは考えないよなー真面目だもんなー」 ウィアがやたらと感情の入っていない声でそう言っている。フェゼントはずっと下を向いてぶつぶつ言っていた。異様な雰囲気にどうすればいいのか分からないシーグルはファンレーンを見るしかないのだが、彼女は彼女でまた大笑いをしていた。 「……俺が、悪いのだろうか」 とにかく兄が落ち込んでいるのは分かるので、シーグルはそう呟いた。 「いーえ、そんな事ないわよ。むしろ貴方がちゃんとしてたから心配事が杞憂で終わっただけ。めでたしめでたし、ね?」 ファンレーンが言いながらこちらの頭を撫でてきて、それから他の皆を見る。彼等は皆焦って、そうそう、とか言って彼女の言葉を肯定していたが、こちらに気を使っているのは当然で……やはりなんだかシーグルは釈然としなかった。 ――なんていうか、これで『めでたしめでたし』なんスかね? とてつもなく気の抜けた顔でフユはシルバスピナ家の首都の屋敷をあとにした。なんというか、結果的には問題ないのだが気分的にスッキリしない、骨折り損のくたびれもうけ感があって納得いかない感覚だ。 だからコトの顛末を報告するためにも、フユは現在のねぐらに帰ってからセイネリアと直接話す事にした。別にさほど重要な話ではないからわざわざ高価な水鏡術の石を使う必要もないのだが、今回ばかりはセイネリアに一言二言言ってやるだけでなくその反応というか彼がどういう顔をするのか見てみたかった。……勿論、たとえどんな馬鹿馬鹿しい事でも、あの青年に関してであればあの男が多少の出費など気にしないというのが分かっているというのもある。 「――そンな訳で、坊やについての噂が出る度にサヴォア夫人がいろいろフォローを入れて問題にならないようにしてたって訳っスよ」 ……といつも通り、ここまでは水面の上に映る黒い男に普通に報告をして、それからフユは付け足した。 「で、ボスとしちゃ実はそのヘン最初から分かっていたんじゃないスかね?」 黒い男の口端が僅かに上がる。水の揺れで見難いといえば見難いが、おそらく間違いないだろう。 『あぁ、サヴォア夫人にはあいつはガキの時に結構世話になってる。それであの馬鹿がつくほど真面目なあいつが当人に断りなく偽名の人間を連れていく訳がない』 「そりゃそーでしょうねぇ。ってか、知ってたなら教えてくれても良かったんじゃないスか?」 最初の報告時点でセイネリアからの指示が『こちらに任す』と簡潔過ぎたから、フユも実は少し違和感を感じてはいたのだ。 今回の報告で彼の顔を見てその違和感が確信になった。だからこそちょっと嫌味の一つくらい言っておきたかったのだ。なにせこちらは一応あの坊やが下らない面倒事にまた巻き込まれるんじゃないかといろいろいらぬ世話を焼いたというか、それなりに走り回ったのであるから。 『なら聞くが、お前はあいつが自分の態度で女共が騒ぎ立てそうだとまったく思っていなかったと思うのか? 更に女共の視線にも気付かなかったと?』 それにちょっとフユは眉を寄せた。我がながらこういう感情を持つのは珍しいのだが、そう言われればフユだってちょっと自分に対して抜けていたと思うところはある。 『あいつは確かに貴族のボンボンらしく抜けているところもあるが、育ちのせいもあるから他人の事はよく見ているぞ。特に自分に対して好意的な人間に対しては細かすぎるくらい気を遣っている』 それでフユもセイネリアが何を言いたいかが大体は分かった。 「つまり、俺が思ってる程あの坊やは馬鹿じゃないといいたい訳スか?」 『そうだな。お前はあいつの事を危険に対して鈍感過ぎていらないトラブルに巻き込まれると思ってるだろ?』 「……まぁ、そうッスね」 そこは大人しく肯定する。確かに少し自分はあの青年を馬鹿にしているところがあったかもしれない。 『お前が思ってる程、あいつはガキでも鈍感でもない』 フユはそこでまさかと思って聞いてみた。 「……もしかしてですがボス、俺が坊やをちょっと馬鹿にしてる事にムカついて、それを後悔させるために黙ってたとかでスか?」 そうであるなら本当にこの男らしくない、けれどあの青年の事ならありえるのか、と妙に納得するところである。 『どうだろうな』 黒い男はそれに意味ありげに笑った。いや、微笑んだ、と言ってもいいのかもしれない。水面の揺らぎのせいかもしれないが、それくらいにはいつもの彼からすればその笑みは柔らかく見えた。 それからまた彼は考えるように視線を軽く下に向けると、今度は自嘲を込めて言ってくる。 『あいつが鈍感になるのは、気付かない事によって起こる問題が自分に対しての時だけだ、他人に何か起こりそうな場合はすぐ気づく。……困った事にな』 まったく――と呆れたのはこの男に対してか、それとも自分か、あの青年に対してなのか。ともかく、目に映る遠い目をする黒い男の顔に思わずフユは軽く肩を竦めた。この男にこんな顔をさせるのもあの青年くらいなのは確かで、最後の彼の『困った事に』の部分にこの男がどれほど『困って』いるのかというのも分かってしまう。 「では、ボスの気持ちに対して鈍感だったのは、『自分に対して』だったからなんスかね?」 それは軽い嫌味を込めて言ったのだが、この男はそれにも機嫌良さそうに答える。 『それもある、が……あれはわざと気付かないようにしていただけだな。本当は分かっているのに認めたくなかった。意地でも俺を憎もうとしていた』 「そういうのをガキっていうんじゃないんスか?」 『まぁ、そういうところがガキっぽくはある』 そこで彼はまた微笑む。それがどこか嬉しそうにも見えた事でフユも笑いそうになった。 『だが、あいつがあんなガキっぽく反発するのは俺に対してだけだ』 いや、これは本気で嬉しいんだろう――そう思ってしまえば、なんだかいろいろ呆れてしまってそれ以上言う気はなくなった。 後日。 フェゼントが厨房に篭ってまた新作のお菓子を作ろうとがんばっている最中、ラークの薬草洗いを手伝っていたウィアはシーグルに改めて謝られる事になった。 「すまない、ウィア。サヴォア夫人のパーティでの件なんだが……あの状況がまずい事になるんじゃないかと心配してファンレーンに注意してくれるようウィアが頼んだと聞いたんだが」 「え? あ、いやー、うん、まぁ、でもほら、結局余計な心配だったし、気にしない気にしないっ」 ウィアは悩み事があってもそれが解消すると綺麗さっぱり忘れて気にしないタイプだ。だからそれは本心だった。 「いや、俺が最初に説明していなかったのが悪かった。きちんと夫人に手紙を出しておいたのを皆に言っておけば良かったんだ」 やはりシーグルは自分の落ち度を必要以上に気にする。フェゼントがシーグルに注意をすると落ち込むからやめて欲しいと言ったのもこれを見ると分かるというものだ。だからウィアは少し考えて、それから言ってみた。 「んーでも、夫人に事前に連絡したって言ってたらフェズが女装を嫌だって言ってやってくれなかったかもだしっ。だってさーあれからすげーフェズ落ち込んでたんだぜー、もう絶対サヴォア夫人には会えないって」 「そうなのか……兄さんにも謝らないと」 そこでウィアは閃いた。 「よし! ここは謝罪のためにシーグルも女装だっ! 大丈夫、ぜってー似合う!!」 「え? ウィア……その、話が見えないんだが」 シーグルは顔を青くしてフリーズしている。 ウィアはここぞとばかりに畳みかけた。 「ファンレーンさんがフェズの女装見たかったって残念がってたし、フェズももー一回やってシーグルも女装しておあいこな♪ なんなら俺も付き合って女装すっからそれでファンレーンさんを呼ぼうぜ!」 だがそこで、洗った薬草を並べていたラークがぎとりと睨んできた。 「ウィア、仕事サボって何言ってるんだよ。てか俺にーさんの女装はみたいけどウィアは見飽きたしこいつのは見たくないからっ」 「俺は見たいぞ、絶対似合うだろ!」 「似合うから見たくないんだよ!!!」 「勿論ラークもやるんだぞ」 「うん絶対そういうと思ったから絶対嫌だっっ」 その後もウィアとラークのやりとりは続いたが、シーグルは青い顔で固まっているだけで二人を止める事も出来ず、結局騒ぎを聞きつけてフェゼントがやってくるまでその言い合いは続く事になった。 勿論、そのやりとりとシーグルの反応はフユによってセイネリアに報告された。 --------------------------------------------- そんな感じでほのぼの(?)話終わりです。 |