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この話は２６話でシーグルが一度死なずに帰った場合の別ENDです。バッドENDの一つのつもりでしたが割とラストは明るいです。 【４】 夢を、見ていたのかもしれない。 長い、長い、夢を見ていた。 小さな息子が自分に話しかけている。その姿はどんどん大きくなって、大人になり、グスくらいの歳になり、そうして老人になっていく。その傍にはいつもセイネリアがいて、更に途中からはもう一人銀髪の少年も加わっていた。その少年も見る度にどんどん大きくなっていって、シグネットが来なくなると代わりにまた別の小さい子供が来るようになった。変わらないのはセイネリアだけで、彼だけはずっと変わらずその時傍にいる一番小さい銀髪の少年を抱いていた。 勿論彼は一人だけで来る事が圧倒的に多くて、誰も見ていないと思っている所為か、約束を破っていつも最後に言っていくのだ。 愛してる。 いつも、いつも、こちら見つめて、話しかけて、最後にその言葉を告げてから彼は去っていく。変わらぬ彼は、変わらぬ言葉をずっと掛けてくれる。 夢は移り変わる。夢は変わらない。何度も何度も繰り返すように彼はいつでもそこにいた。 そうして、ある日唐突に夢は終わる。 目を開いたシーグルの目にまず真っ先に映ったのは、黒い髪につつまれた琥珀の瞳だった。最初は視界がぼやけてそれが彼だと分かっただけだったけれど、きちんと見えた途端、シーグルは思わず笑ってしまった……変わらぬ彼の変わった姿に。 「老けたろ、お前」 手を伸ばして頬に触れたら、少しざらつきを感じた。 彼も笑ったから、鼻から口端にかけた線が昔より深く浮き上がった。 「あぁ、俺も立派なオッサンになったぞ」 くすくすと二人で笑い合って、互いに互いの頬を撫でる。 その姿を見れば聞かなくても彼が剣の魔力から解放されたというのは分かって、それが嬉しくて、少し老けた彼の顔が可笑しくて、シーグルは笑いが止まらなかった。 けれどもそうして二人で笑い合って頬を撫ぜていたら、急に彼から笑い声が聞こえなくなってシーグルは不思議に思う。 そうして、ぽたり、と顔に落ちてきたその感触に目を見開いた。 彼は笑っていた。けれども瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。 ほう、と震える息が聞こえて、震える声が言葉を紡ぐ。 「やっと、お前に触れられた」 その次には抱きしめられて、相変わらず強引な腕に持ち上げられてしまった。 「シーグル、シーグル……」 何度も名を呟いて、彼は頬を擦りよせながら自分を抱きしめる。シーグルは頬にあたる髭の感触に笑ってしまいながらも、目の前に見えた黒髪を手で梳いた。そうすれば前はなかった白い髪を見つけてしまって、またくすくすと笑みが零れた。それから、震える彼の体に手を伸ばしてこちらからも彼を抱きしめると、子供をあやすようにその背中を何度か軽く叩いた。 「ただいま、セイネリア」 「あぁ、おかえり、シーグル」 彼の体の震えが止まって、彼の手が昔のように髪を撫でてくる。それから鼻をやはり髪の中に埋めてきて、ふぅ、と彼が大きく息を吸い込んだのが分かった。 「どれくらい、待っていた？」 「そうだな……２４０年というところか」 「お前はまだ、将軍様なのか？」 「あぁ、怖い将軍様だが……それも今日で廃業だ」 言いながら彼が声を出して笑ったから、少し体を離して彼の顔を見上げた。 「お前がいるのに、のんきに将軍などやってられるか。代わりの奴に全部投げて二人だけで出かけるぞ」 「浮かれすぎだ」 「当たり前だ……どれだけ、この日を待っていたと思う」 「あぁ……分かってる」 言えば、彼の唇が近づいてくる。 唇同士が触れ合えば、もう互いに我慢が出来なくて、何度も唇を合わせ直して互いの舌の感触を確かめた。熱い口腔内を舐めとって、唾液を交わして舌先同士を擦り合わせた。彼の首に抱き付いて、彼に抱きしめられて、飽きる事なく愛しい人の感触を追う。 だが、軽い咳払いの声が聞こえて、シーグルは唇を離した。 「あの……マスター、今はそのくらいで……まず、シーグル様のお体の具合を調べなくては」 見たその姿はあまりにも変わり過ぎていてすぐにわからなかったものの、マスターと呼ぶその口調で思い出した。 「もしかして……アルタリア？」 後ろにずらりと魔法使いらしき者を従えて立っている威厳のある老女はそこで背筋をぴっと伸ばすと、胸を張って微笑みと共に答えた。 「はい、シーグル様」 けれど彼女は杖を持っていなかった。後ろの者達も、少なくともてみすぐわかるあの大げさな杖を持つ者は見当たらなかった。 「剣の力が解放された事で、今は前のような大仰な杖はいらないのです。世界はあの時からとても変わったのですよ」 シーグルは眠った時と同じ……いや少しだけ装飾が変わった氷の部屋を見上げた。だがそこで、ふわりと浮遊感を感じて急いで目の前の男に抱きつけば、彼はこちらの足を掬ってそのまま完全に抱き上げて立ち上がっていた。 「当然、お前ももう不老ではない。魔法なぞ今は誰でも使える世界になってる。お前の中にいる馬鹿魔法使いにはお前の体に執着する理由はもうない筈だ」 「なら……」 サテラを追い出す方法が見つかったのかと聞こうとしたら、セイネリアの顔が笑みから苦笑になった。それで察したシーグルはそのまま口を閉ざす。 「最初から……中の魔法使いがすんなりお前の中から出る気があるならどうにかする方法はあった。ただ当然、あの時の状況で奴から出ていってくれる筈がない、それでも無理やり引き離せばお前に何が起こるか分からなかった。だが今なら状況は違う、不老でないお前に奴が執着する理由はない上に、こちらは奴に代わりの体を用意してやってる」 「代わりの……体？」 「ドクターの仕事を引き継いだ者が作った、人形、といえば分かるか？」 サーフェスの、と言われてシーグルもすぐ理解した。彼が犯した禁術でもある完全な人間の全身擬体、あれをサテラ用に作ったというのだろうか。 シーグルの顔で答えを察して、セイネリアは少しまだ苦笑のように微笑んだ。 「いっておくがあの時より改良されて更に人間らしく『使える』ようになってる。特に魔力がそこらから補充出来る所為で前のように頻繁に作り直す必要がないし、当然歳は取らない。魔剣の魔法使いに抑えられ、俺が常時見張って好きに動けないお前の中にいるのと、その擬体とどちらがいいかと奴に問う訳だ。ついでに言えば、今の世界は魔法使いどもが望んだ通りの誰もが魔法を使える世界になってる、魔法使いならそれを味わってみたいんじゃないか」 確かに現状サテラがシーグルの体に拘る理由は何もない。代わりとして擬体というのも条件として悪くはないだろう。なにせサーフェスの作った擬体ならシーグルの記憶からほぼ人として動ける事は分かる筈で、それが更に改良されているならかなり条件はいい筈である。 ただし問題として彼は現状、魔法使いとしては罪人で、たとえ人形の体を手に入れても自由になるのは難しいだろうという事情がある。だがシーグルの中にいる限りは誰も彼に手を出せない。シーグルを人質に取っている段階で、少なくともセイネリアは何があってもサテラ毎シーグルを守るしかない。魔法ギルドに対してもセイネリアに対しても最大の優位点をそう簡単に手放すだろうか。 「確かに、奴にとっては悪くない条件だとは思うが……そう上手く奴が納得してくれるだろうか」 言えばセイネリアは苦笑しつつも、顔を下ろしてこちらの肩口に埋めてしまった。 「さぁな、上手くいくとは限らないが、出来る限りの手をうつさ。……だがそれで……もし、追い出せなかったとしても……俺が傍でずっと見ててやる、お前が耐えられなくなったらお前の望むようにしてやる、殺してほしいなら殺してやる。今の俺には恐れるものがない」 声は静かだが迷いがなく、彼の喜びが分かるからシーグルも思わず手を伸ばして彼の頭を抱いてしまう。……確かに、少なくとも彼を独りぼっちで置いていかなくていいのなら、シーグルも恐れるものはない。最悪二人で死ねばいいという事を嬉しそうに言う男に呆れはするものの、確かに今の『最悪』は眠る前の『最悪』に比べれば大したものではないだろう。 それに。 ――ノーディラン、貴方にかつての世界と同じ、魔法が普通に使える世界を見せる事が出来そうだ。 そう考えれば、そうだね、と心の中に返ってくる声がある。 サテラの意思はいる事は分かるが、今のところは特に暴れている様子もない。セイネリアの言う通り、今の彼はこの体にいる意味がなくなってしまったから途方に暮れているところかもしれない。『交渉』はおそらく彼が現状をハッキリ把握してからになるだろう。 考えていればまた唐突にセイネリアは顔を上げて、驚くシーグルの額にキスをすると笑顔で言ってきた。 「さて行くぞ、今は時間が限られている、お前といられる時間を少しも無駄にはしたくないからな」 まったくこの男は――と思いつつも、夢の中でいつも苦しそうにしていた彼を知っているから、シーグルはやっぱり折れて彼のしたいようにさせてしまうだろう自分を予想出来てしまって笑う。 少し老けた彼の顔は曇り一つない笑顔で、それを眩しく思いつつもシーグルは彼の肩に寄り掛かる。そうすればセイネリアが顔を覗き込んできて、目元にに触れるだけのキスをしてから囁いてきた。 「愛してる、シーグル」 シーグルはまた笑って、少し意地悪く彼に言った。 「その言葉は契約違反だ」 いえば彼は悪びれもせず澄まして答えた。 「先にやぶったのはお前だろ」 「俺は声に出していない」 それから二人で顔を見合わせたままくすりと笑って、彼は得意げに言い放った。 「２４０年も守ってやったんだぞ、いい加減契約も時効だ」 言って彼がちょっと拗ねたように眉を跳ね上げたから、シーグルも笑いながら返した。 「まぁな、違反だというなら将軍をやめるのも違反だしな」 「あぁそういえばそうか」 「まったくお前は、そんなに将軍の地位がどうでもよかったのか」 「当たり前だ、お前がいなければ２４０年も大人しくここにいるものか」 彼の発言がどこまでも彼らしくて、彼が何を言ってもシーグルは笑えてしまう。 だから今度は彼の首に手を伸ばして、彼の首に抱きついた。 「……契約はシグネットが生きている間までで十分だ、それ以上お前を縛るつもりはなかった……愛してる、セイネリア」 「あぁ、愛してる」 再び唇と唇が重なる。 今度はアルタリアの声が掛けられても止まる事なく、二人ともひたすら互いの口腔内を貪った。 ただ微かに意識があるうちに『……終わったら呼んでください』という声が聞こえたから、きっと彼女も諦めたのだろう。 --------------------------------------------- オッサンといってもこの時のセイネリアの体年齢は３０歳過ぎたとこくらいですね。 最初はもうちょっとやりとりがあって、ここでＥＮＤでした。ただちょっともやっと残るのがあるので……次回はエロ。 |