復讐者への言葉
将軍様と側近時代の二人の話




  【5】



 軽く意識を飛ばして気づいたら目の前に満足そうな男の顔がある。こういうシチュエーションは何度目だろうとシーグルは思う。というか、ここで本気で満足してあとはべたべたするくらいで我慢してくれれば可愛げがあるのに、とため息をつく。

「重い」

 言えば、嬉しそうな顔で目を瞑っていたその瞳が開く。こちらを向いた琥珀の瞳をぐっと睨めば、馬鹿強くて馬鹿ずる賢くて馬鹿みたく自信家な男が少し体を浮かせてこちらの頬やら目元にキスしてきて、シーグルは大人しく彼が気のすむまで待つしかなくなる。

「相変わらずお前は事後の言葉に色気がないな」
「あってたまるか、男だぞ俺は」

 言えばくくくと笑い声を返してきて、彼がナカにいない事にほっとする。どうやら今日はぎりぎりでちゃんと抜いてくれたらしく、理性が残っていたのか、なんて事をシーグルは思う。
 こちらが怒ったせいなのか、セイネリアは起き上がってこちらの上からどいてくれる。ただそこからこちらの体をじっと見下ろしてきたから嫌な予感はしたのだが。

「男でもその姿は十分以上に色気があるぞ」

 そんな事を言って来たから、反射的に足が上がって彼を蹴る。……が、足に力が入らなかったのは勿論、彼にあっさりと足を掴まれた。

「本当にお前、見た目と違って行動には色気がないな。最中を除いて」

 やけに楽しそうにそんな事をいう男にむかついてシーグルも起き上がろうとするが、ちょっと下肢に力が入らないでもがいたら彼が足から手を離してこちらの腕を持ってひっぱってくれた。……まぁ、それだけで済まずに、勢いのまま彼に抱き着かされてしまった訳だが。

「まったく……」

 今日は好きにさせてやるかと思っていても、こういう扱いを受けるとなんだかシーグルは人形にでもなったような居たたまれない気分になる。女の子がどこにいくにもずっと抱いて歩いてるあの状態だ。
 放っておけば抱きしめたまま、セイネリアはこちらに頬をすりよせてきたり髪に鼻を埋めていたりと恥ずかしいマネをいつまでもやっていそうなので、シーグルはうんざりしながらも彼に言う。

「いい加減にしろ、いつまでこうしてる気だ」

 そうすればやっと体を離して、彼はこちらの顔を見てくる。

「俺としてはいつまでもやっていていいくらいだが……お前は嫌か?」

 嬉しそうに笑っていってくるから、シーグルはその顔を睨んだ。

「恥かしいだろ、いい大人が」
「二人しかいないのに恥かしいも何もないだろ」
「……お前は二人だけじゃなくてそうだろ」

 言えば彼はあっさり、まぁな、と返してくれるから呆れるしかない。シーグルが頭を抱えて何と言おうかと考えていれば、急に抱きかかえられて……気付けば彼に運ばれているのだから更に困る。

「おいっ、何をしてるんだっ」
「風呂だ、少し黙れ。入りたいだろ?」

 言われればシーグルは黙るしかない。確かに事後は本当なら体を拭くだけではなく水浴びをしたいのは確かで、そういう理由なら文句のつけようがない、なにせ。

「どうせ腰がだるくてすぐは歩きたくないんだろ。こういう時くらいは黙って運ばれろ」

 シーグルが黙って口をへの字に曲げれば、セイネリアはまた笑う。それから次に下されたのは湯船の中で、セイネリアは笑いながら言ってくる。

「もう湯ではなく水だが構わんだろ。さすがに少し水を足すか」
「……あぁ」

 いくら貴族生活が長かったシーグルだって、さすがにここで水を変えろとまでは言わない。汗や互いの吐き出したものが洗い流せれば十分だ。セイネリアは予備の水がめの水を入れて、それから自分も入ってくる。勿論、楽しそうに。

「気持ちいいか?」
「あぁ」

 最初は大人しくこちらとは反対側に背をつけて入ってくる彼だがそれだけで満足しないのは分かっている。

「ヤってる時とどちらが気持ちいい?」

 笑ってそんな事を聞いてくるから、シーグルは険悪な顔で彼を睨んだ。

「お前はどこのスケベ親父だ」
「なんだ、好きで抱いてる人間には聞きたくなるだろ」
「そういうのはわざわざ聞くものじゃない」
「いいだろ、たまには答えてくれても」

 この男のムカつくところは自分が上手いと分かっていて聞いて来るところだ。だから絶対に彼との行為を『気持ち良かった』なんていってやらない。

「煩い、あまりしつこいなら、風呂の方が気持ちいいといってやる」

 そうしたらざばりと音がして、彼は湯船で立ち上がる。そして当然のようにこちら側に座って抱き込もうとしてくる。

「おいセイネリア、何やってるんだ、離せっ」
「だめだな、風呂よりこちらのほうが気持ちいいとお前の体に教え込んでやる」
「馬鹿かっ、おいやめろっ」

 勿論セイネリア相手に力で敵わないのは分かっている。ただ彼もこういう時に本気で押さえつけてくる訳でもないからまったくチャンスがない訳でもない。腕を叩いて、足を蹴って抱き込まれるのを阻止しようとするが、彼は後から被さるようにしてこちらを抱き込むとそのままこちらの体を足の間に入れて体ごと足でも挟んでくる。……こうなればさすがに諦めるしかない。
 けれど、抱き込んだ後の彼はいつも通りいらずらにあちこちを触ってくる事はなく、顔をこちらの肩口に埋めたままじっとしていた。

――まったく。

 シーグルは天井を眺めて、大人しく体の力を抜いた。
 セイネリアは動かない。
 真昼間から始めただけあって、今はやっと日が陰ってきたという時間だから当然部屋の中は明るい。シーグルの部屋は特別西日がよくはいるという程ではないが、西館だった場所の建物だから西日の方がよく入るのは仕方ない。
 少し赤味の入った光に染まる部屋の中、家具や立て掛けてある物達が長い影を床に落としている。その様をぼうっと眺めながら、シーグルは大人しくセイネリアに抱き込まれたままでいた。

 けれど、どれくらいそうしていたのか。さてそろそろいいかとシーグルは苦笑すると、自分の肩に顔を置いている最強で俺様で自信家で……けれど自分にだけはこうして弱みを見せる愛しい男に声を掛けた。

「セイネリア、いい加減にしろ。いくら寒い時期じゃないといっても身体が冷えて俺が風邪をひく」

 そうすれば肩口で彼が僅かに息をもらして笑ったのが分かって、それから彼の腕が緩んだのを見計らってシーグルは立ち上がった。

「ほら、体を拭いてベッドにいくぞ」

 手を伸ばせばやっと彼は顔を上げてこちらを見る。琥珀の瞳は夕方の日の光に同化して妙に透き通って見えた。彼の不安定な感情を映すように揺れる瞳に、シーグルは思わず笑ってしまう。

 だって、これがあのセイネリ・クロッセスなのだから。

 セイネリアが手を上げてこちらの手を掴む。だが彼はこちらの手を引っ張って立ち上がる――ふりをして、そのままこちらを抱きしめるとまた抱き上げた。

「おいセイネリアっ」
「この方が早いんだ、黙って運ばれてろ」

 声はすっかりいつもの調子を取り戻していて、シーグルは諦めて彼にまた運ばれる。ここでずぶぬれのままベッドに放り投げられたらどうしようかと思ったが、ベッドの傍に、待ってろ、といって置かれて少しだけほっとした。
 ……のもつかの間。
 ばさりと彼はベッドからシーツを剥ぐと、そのままそれをこちらに投げてよこした。

「おいっお前なぁっ」
「どうせ汚れてるんだ、替えるからそれで拭いてろ」

 そう言われたら文句のいいようもないが、それにしても大ざっぱというか――まぁ彼は合理主義者だし、間違ってはいないのだがなんだか微妙な気持ちにはなる。セイネリアはこちらに渡したシーツの端をもって大ざっぱに自分の体を拭くと、予備のシーツを引っ張り出してさっさとベッドに敷いていく。
 なんというかやっぱり、自分の方が部下という立場なのにこの手の雑用を全部彼に任せるのには微妙な気持ちになる。
 体を拭いてぐしゃぐしゃと髪を拭いていれば、シーツを敷き終わったセイネリアがまたこちらの持っているシーツの端をもって自分の頭を拭く。湯浴みの時から彼はいつも後ろで縛っている髪を解いているから、長い髪がだらりと彼の体に張り付く。シーグルも随分髪は長くなったが、セイネリアにはまだ遠く及ばない。

「シーグル」

 名前を呼ばれたから顔を上げたら、セイネリアが有無を言わさず口づけてきた。しかも最初から深く舌を入れてきて、こちらの舌を絡めとられる。こいつまだやる気かと思っても、今日は仕方ないなと思うあたり自分も相当彼に甘い。

「ン……」

 立ったままキスになると、彼がどんどん唇を強く押し付けてくるから自然と体が反ってしまって体を支えるために彼の首に腕を回すことになる。そうすればセイネリアはそれを待っていたかのように腿から掬うように抱き上げて、こちらをベッドの上に下ろす。

「ふ……ぁ」

 しかもそれでキスを止めもしない。体制的に苦しくなっても、唇が離れそうになっても必死に口付けてきて、終わりが見えないそれにいつまでやってるんだと怒鳴りたくなる。いやそれ以前にキスだけで済めばいいのだが、この流れではそのままもう一度となるのは目に見えていて……セイネリアの手がこちらの体を撫でてきた段階で、膝で彼の腹を蹴った。
 さすがに少しも痛がるようなことはないが、唇を離した彼が不機嫌そうに見下ろしてきて、シーグルは彼を睨んだ。

「折角さっぱりしたところでまた、は嫌だからな」
「俺が……一度で終わると思うのか?」
「普通は一度で十分だろ。もういいって気分なのに毎回毎回無理矢理付き合わされるんだぞこっちは」

 彼の生まれた環境も関係しているんだろうが、シーグルからしたらこの男の精力お化けぶりはたまったものではない。一応一度でいいと思う自分の方が普通ではないのかもしれないと一部に相談してみたこともあるのだが、全員一致でセイネリアが化け物だという結論しか出なかった。
 ただシーグルだって、彼を止めるのにただ『嫌だ』だけ通すのは難しいのは分かっている。特に今日の彼はそれじゃ納得しないだろうというのも分かってる。
 だから。

「その代わり、今日はお前を甘やかしてやる」

 言って手を広げてみせれば、セイネリアは目を大きく開いた。

「俺の方からお前を抱いててやる。体をくっつけるのと擦り付けるのと……キスは好きなだけしてやる」

 セイネリアはそこで暫く驚いたように黙ってから、それからククっとのどを震わせて笑った。

「確かにそれは悪くないな」


 言って彼が早速体を下ろしてきたから、シーグルはでっかいガキのその大き過ぎる体を抱きしめた。






 部屋が暗くなってきたところで、セイネリアはベッドのそばにあるランプ台に明かりをつけた。ただし明るさは最小限にしぼって――今はシーグルの顔さえ見られればそれでいい。疲れたのかシーグルは眠ってしまったが、こうして文句一つ言わない眠っている彼を見ているのも楽しいから、今日はおとなしく朝まで眠らせてやろう。
 『甘やかす』といっただけあって、あれからシーグルはずっとセイネリアを抱きしめてくれて、いつも自分がするように、こちらの顔のあちこちにキスをしては髪を撫でたりしてくれた。
 彼を抱きしめるのは勿論楽しいが、彼の胸に抱かれるというのも悪くない。二回目はなかったものの下肢をすり合わせるくらいまでなら怒りながらもつきあってくれたし、強請れば好きなだけ彼からのキスがあるというのはなかなかに贅沢だ。こんな子供のじゃれあいみたいなことでこれだけ幸せな気分を味わえるのだから……我ながらそのガキっぽさに笑えてしまう。正直に口元から笑みが消せないくらいには自分はうれしくて仕方がないらしい。

「う……ぅん」

 瞼にキスしたらその瞼が震えてゆっくりと開いていく。
 起こす気はなかったんだがと思いながらも、彼の青い瞳が現れるとやはり嬉しい。
 瞼が完全に開ききれば、青い瞳がしっかりと自分の顔を映すからそれもまた嬉しくなる。

「セイネリア」

 少しだるそうに彼が名を呼んできたから、セイネリアは少し顔を近づけた。

「なんだ?」

 そうすれば彼はこちらの頭に手を伸ばしてきて、そのまま引き寄せて抱いてくれた。

「……まったく、いい加減落ち着いたか?」
「シーグル?」
「何があったのかは知らないが、お前、今日は妙に情緒不安定だったろ、何が不安なんだ?」

 それには苦笑して、やはり彼には隠せないなとセイネリアは思う。

「ちょっとばかりあって……悪いな」
「お前が素直に謝るときは、いろいろ面倒くさい事情があるに決まってる」

 言いながら彼の手が優しく頭を撫でてくるから、セイネリアは思う存分彼に甘えて彼の肌に頬を擦り付けた。

「セイネリア」

 今度は少し強い声で名前を呼ばれたから、セイネリアは顔を上げて彼の顔を見た。

「お前の傍から絶対に離れない、なんて言ってはやらない。……だが、今の俺はお前と共に生きてる、お前のために生きてる。だから……お前のために死ねない。それではだめか? お前はまだ不安なのか?」

 その強い瞳が愛しくて、その瞳が自分だけを見ているのが嬉しくて、セイネリアは笑う。

「いや……十分だ。ただたまに、それを確かめたくなるだけだ」

 それに、まったく、と彼のつぶやきが聞こえてセイネリアは笑った。


END.

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 結局いちゃつきまくって終わりなお話になりました……。



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