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シーグルがセイネリアから離れて修行中の時の話 【４】 自分とまったく違う戦闘スタイルの人間と武器を合わせてみるのは面白いし必ず学ぶものがある。だから基本、手合わせを申し出られたらシーグルは断らない。 ディーゼンの剣はシーグルの剣よりも短くて軽い。つまり小回りがきくためどうしても向うの方が基本は速い、剣速ではなく動作が速いのだ。シーグルは長剣を使う者としては限界まで動作の無駄を省いて出来るだけ速く剣をコントロール出来るようにしたが、それでも剣の長さと重さでどうしてもディーゼンよりも次の動作へ移るのが遅れるのは仕方なかった。 となれば対抗するには予測と、先手を取る事だ。 後は長剣の重さを生かして力業で押すのも有効である。 力業なんて自分の戦闘スタイル的にはあり得なかったが、彼相手ならこちらの優位性は剣と剣をまともにぶつけたら押し切れる事であるから力で押すのはありとなる。 「くっそ」 受けた剣を力任せに弾けば、向うは一度大きく引く。 それから彼はこちらの隙を伺って、ゆっくり周囲を回るように横へと移動していく。彼相手だとこちらから仕掛けるのは難しい。こちらは次への動作が遅れるから、剣を避けられるか受け流されれば次は向うの剣の方が速くこちらにやってくる。 ただこちらの有利な点として、刀身の長さの分間合いが広いというのもある。もちろんいくら長剣でも攻撃として有効な間合いはそこまで広くないのだが、けん制をする程度ならこちらが一方的に仕掛けられる。 だからシーグルは当たらないのを承知で構えた剣を振る。訓練の時のように頭の左に構えた状態から振った流れのままに頭の右側の構えへ。この状態では向うの攻撃が来ても剣の軌道を変えるだけで対処できるから隙はない。 相手は手をだせないものの、剣を避けるために後ろへ退くしかない。 それでもいつまでも後ろに下がり続ける訳にはいかないから必ずどこかで仕掛けてくる。 シーグルはただ機械的に相手を追い込む、気配を変えず、相手にこちらの心情を悟らせないように。 そうすればやはりじれて仕掛けてくるのは向うで、それを気配で察したシーグルは彼の動きに集中して、そして彼が動いた途端反応した。 「ったぁっ……ってぇっえぇっ」 勝負は一瞬でついた。 一か八かで特攻してきたディーゼンの剣を受けると同時にシーグルは踏み込んできた彼の右足のつま先を踏んだ。受けられて引こうとしたディーゼンはそこで足が動かずバランスを崩して、シーグルがそれを押すように追撃をかければそれで終わりだ。 「くっそー……また負けかよ」 地面に盛大にひっくり返ったディーゼンは恨めしそうな顔でこちらを見上げている。 「足の長さの差で負けたんじゃないか？」 アウドが馬鹿にしていえば、いつの間にか周りに来て見ていた他の修行者達が笑い出す。 「そうだな、確かに武器だけじゃなく足の長さでもお前の負けだな」 「お前は気が短いから負けんだよ。何もかも短すぎだ」 皆から好きに言われて、ディーゼンは飛び起きると同時にギャラリーに向けて怒鳴り散らした。 「るっせ、おいサナエ、てめぇなんか俺に勝てないくせに笑ってるんじゃねぇ。俺の足が短けぇならお前なんかアレが短いクセによっ」 「うっわ、ディーゼンお前サイテーだな」 「るせぇ短小っ」 「んだと童貞っ」 周りは皆笑っているが、そうして言い合いを続ける二人の後ろに背の高い女性が近づいていく。それから彼女は二人まとめて、手に持っていた長棒でぶん殴った。 「人前で下品な話をするなっ、この馬鹿者どもっ」 「げっ、エスクーデア導師っ」 「す、すみませんっ」 一度は地面に転がったものの、慌てて起き上がるとディーゼンとサナエは背を伸ばす。エスクーデア導師は女性だが背はシーグルよりも高く、鍛えた体の迫力は男でもそうそう勝てる者はいない。目つきは更に厳しく、シーグルもセイネリアを普段から見ていなかったら気圧されていた自信はあった。 「特にレイリースの前では気をつけろ。この者の傍には粗野なお前達とは違う娘さんがついてるんだからな」 それで他の連中も含めて察したように皆目を泳がせた。 その当の『娘さん』であるソフィアはアウドの横で気まずそうに苦笑していたが、エスクーデア導師はソフィアに近づいていくとにこりと笑った。 「貴女が不快になるような事を言う馬鹿がいたらすぐ私にいいなさい。きっちり懲らしめてあげるから」 「は、はい……ありがとう、ございます」 ソフィアはどうにか笑って返したが、周囲の修行者達は導師の笑顔にざわついていた。この女性がこんな笑みを浮かべるのは相当に珍しい……らしい。 エスクーデア導師はアッテラ大神殿に仕える導師という神官の上位者――リパでいうと大神官に当たる地位――の人物で唯一の女性である。そのため、女性として困った事があれば彼女を頼るように、とここへきてすぐソフィアは大師に言われていた。それもあってかエスクーデア導師は常にソフィアを気遣ってくれる……のはありがたいのだが……少々構ってくれ過ぎるところが困る、というのはソフィアから聞いた話だ。 というのも――この山に来るような女性といえばそれはもう力自慢の男に負けない強い女性ばかりで、当然アッテラの導師にまでなったエスクーデア神官は自分もそうである事は当然として、他にもそういう女性としか接してなかった。そんな彼女にとってはカリンの下で鍛えているとはいえ女性らしいソフィアのような人物はあまりにも珍しく、彼女のところへ行くとソフィアの事を『可愛い』『可愛い』と言ってやたらと構ってくるそうだ。 『どうも、女性らしい興味を今まですべて我慢してきた分、私でそれを発散させているような感じで……』 ソフィアから聞いたのはそこまでで彼女は言葉を濁してしまったから、具体的な話はあまり言いたくない事なのだろうとシーグルは察した。 ともかく、そういう訳でエスクーデア導師はソフィアにだけは甘い、というかソフィアを少々過剰に守ってくれようとするのだ。有り難い事、には間違いないのだが。 「そ、そうだレイリース、さっさと二本目いこーぜっ」 そこで、とりあえず話を変えるためにもディーゼンがそう言って来た……のだが。エスクーデア導師は何も言わなかったものの、彼の発言に傍にいた他の修行者達が即反応して口々に声を上げた。 「はぁ、ざっけんな」 「そ、レイリースとやりたいのは他にもいんだよ」 「どうせお前また負けるだけだろっ」 言って彼らは一斉にディーゼンに圧し掛かったり殴ったりとそれぞれ一撃をくらわしていく。おそらく、多分、皆笑っているし本気の攻撃ではないと思うが、それでディーゼンは地面に倒れた。 「んじゃ次俺な♪ いいかレイリース」 「あ、あぁ、構わない……が」 地面に転がっているディーゼンを見ながらシーグルは答える。まぁ、シーグルとしてはここにいる利点としていろいろな人物と戦えるのが嬉しいから、一人と集中してやるより皆と一通り手合わせ出来た方が良いのは間違いない。とはいえここの修行者連中があいさつのように殴ったり蹴ったり投げ飛ばしたりという少々過激すぎるコミュニケーションを取るのにはまだちょっと引いてしまうのだが。 それでもディーゼンがこうして皆にボコボコにされるのも何度も見ている事であるし、それで毎回元気にシーグルのところにくるのだから今回も大丈夫だろうと思う事にした。 「んじゃいくぜっ」 そうして次の相手との手合わせが始まれば、シーグルの頭も完全にそちらに切り替わる。 ちなみにこの山でシーグルのように完全に正統派の騎士の剣を使うものは珍しい。だからこそ戦ってみたがる者が多いというのもあった。殆どの修行者はアッテラ神官見習い、もしくは信徒であるから貴族がまずいないというのもあるが、武器も戦闘スタイルも自由というだけあって皆個性的な戦い方ばかりでシーグルが初めて見るような武器持ちも多くいる。確かにエルが勧めてくれただけあって、闇雲に旅に出るよりここでの修行はいろいろな戦い方を見れるという点では最高の環境だと言えた。 だからシーグルは定期的にエルには感謝と近況を知らせる手紙を書いていた。セイネリアがそれで何故自分には寄越さないのだと文句を言って来たりはしたが、シーグルとしては毎晩話してる段階で何故手紙を欲しがるのだとその方が疑問である。 ――そうだな、今日はエスクーデア導師の話でもするか。 セイネリアへの夜の報告では、毎日ただの日課報告だけもどうかと思うから何か他の話題も考えておくのだが、毎晩だとさすがに話題が尽きる。もともとシーグルはあまり人と雑談をする方ではないからどうでもいい話を自然に続ける事も出来なくて、内容を決めておかないと話が止まるのだ。セイネリアとしてはおそらく話題自体はどうでもよくてシーグルが話す事だけが重要なのだと分かっていても、会話が途切れた時の気まずさにはシーグルの方が耐えられない。 本当に毎晩声を聞かせろというのは条件としては少しやり過ぎだろうとは思っても、彼がどんな思いで自分の手を離したかを考えれば文句を言えない。 それにシーグルも、毎晩彼の声を聞く事で確かに自分が安心する事も分かっていた。 --------------------------------------------- すみませんすみません、本気で次回こそセイネリアとの夜の報告シーンになります。 |