将軍府の人々
シーグルとセイネリア以外がメインの将軍府の日常話



  【6】



 セイネリアがいなくなった場合の対処の一つが身代わり役に幻像投影、ではあるのだが、もう一つの手が植物擬体によるセイネリアの人形を置く事であって、その担当は当然ながら通称ドクター、つまり魔法使いサーフェスの仕事となっていた。

 植物擬体は植物の細胞から作り出した人体のことで、基本は手や足などを欠損した人のための義肢として作られる。本人に合わせたオーダーメイドであることは勿論、調整に手間がかかって出来上がるまでにかなり待たされ、しかも材料が植物であるから枯れる前に定期的に作り直しをしなくてはならならない。それが金も時間も掛かる所以であった。
 それでも一度作れば作り替えはそこまでの手間も金もかからないし、自分の体に合わせる事に拘らなければ指とか足とか手とか腕とか、そういうよく使われるパーツなら一応安価に作る事も出来る。拘れば拘るだけ金も掛かるが自分のもとの腕と違和感なく動かせる可能性もある……という植物魔法使い特有の技術であった。

 サーフェスは植物魔法使いとしては特に、擬体に関しては天才と言えるレベルの魔法使いであるのだが、禁忌である『人間の体一つをまるまる作る』事をしてしまったが為にギルドから追われる立場となった。ただし、セイネリアの下につくという事から特例措置として、今はギルド追放という処分だけでわざと拘束されず見逃されていた。

 ……と、魔法使いとしてはなかなか複雑な立場であるサーフェスだが、今の彼の基本の仕事は傭兵団時代と同じこの将軍府の医者である。

 傭兵団時代のような荒くれ仕事……ではないから怪我人はかなり減ったし診察室を訪れる人間の治療の仕事は大幅に減ったのだが、へたに地位がある場所になったせいで騎士団の連中や貴族官僚、偉い連中の擬体の仕事も入るようになってそれなりに忙しかったりする。……まぁ、偉い奴らからは遠慮なく金を毟り取れ、とセイネリアから言われているのでおかげて儲かっているのではあるが。

「まーこんなところでいいんじゃないかな?」

 とりあえずこの人のOKを貰えば大丈夫だろう、という事でカリンに尋ねてみれば、彼女は少し離れた位置でじっと見た後に呟いた。

「そう……ですね、窓から見える程度ならそれでいいと思います」
「まー、それくらいでいい事にしてもらえないかな、コストの問題もあるし。ただこれで装備全部つけたらぱっと見で違うと思う人間はそうそういないと思うけど」

 擬体で作ったセイネリアの人形は、当然ながら遠くから見た者にそう見えればいい程度のつもりで作っている。仮面から見える顔部分とか首とか髪の毛とかは一応ちゃんと作っているが、服や鎧で隠れる部分はただカタチだけがあればいいというハリボテみたいなものだ。体形だけは一応大雑把にセイネリアからデータをとって作っているから、きちんと鎧を着せて座っているだけならアウドよりも『らしく』見えはする。それでも命がないモノを傍で本物だと思わせるのは難しい。ついでにいうとセイネリアのあの目も作り物では無理だから目を閉じた状態だ。
 アッシセグ時代にも試作品のようなものを作ってたまに代理で置いたりしていたのだが、今回のモノはそれよりも低コストでこれから何度も作れて……サーフェスがいなくなった後でも作り続けられるくらいに単純化させてあった。

「会議とかでも奥で座ってるだけならこれで大丈夫なのではないですか?」

 ソフィアの疑問にサーフェスは満足そうに微笑む。

「まー会議中は問題ないけど、やっぱ入場退場の時は……余程遠ければ幻術でどうにかなる、かなーってとこかな。とりあえずあの坊やの部下さんに何かあった時とかにはこれでどうにかすることも一応考えてはあるけどね」
「そうねー、幻術で動いてるように見せる……か、いっそ幻術で姿見えないようにした人間があやつって歩いてるように見せかけるのもありじゃない」

 それを言ったのはアリエラで、だが彼女の発言の後、皆でそれぞれその光景を想像して……一斉に笑い出した。

「そ、それもありかとは思いますが……それはちょっと……動きが不自然になるような」
「暗いところでしたらどうにか、でしょうか」
「悪い案じゃねーと思うけど、想像するとな、やべぇな……ぷっ」

 ちなみに現在ここにいるのはサーフェスとホーリーは当然として、カリン、エル、ソフィア、アリエラ、ロスクァール、アルタリアで、セイネリアをよく知る者でちょっと時間があった者に集まってもらっている状態だった。

「で、人形はマスターのだけなのか? レイリースのは作らねぇの?」

 エルの疑問はある意味当然……ではあるのだが、皆の冷たい視線が彼に集まる。

「……え?」

 サーフェスはため息をついてから、この察しが悪いアッテラ神官に冷たい目のまま笑顔を浮かべて言ってやる。

「エル、もしあの坊やの人形を作るとしたら、だけどね。ちゃんと作るならちゃんとデータをとらないとならない訳で、そうすると坊やに裸になってもらって調整する事になるんだよ」
「お……おぅ」
「マスターがそれを許可してくれっこないでしょ」

 実はこのやりとりはアッシセグで試作品を作った時にもやっていた。……ただしあの時はマスターのために作れば、だったが。
 ちなみにセイネリアは普通の感覚の人間ではないので、あの青年の裸やコトの最中を見られるのくらいはそこまで気にしはしなかったりする。問題はデータを取る為にはサーフェスが多少は触らなくてはならない事と、データとして残る事の方なのだが……。

「まぁ……なぁ、でも今回は場合が場合だし」

 まったく事情を察せていないエルの言葉に、サーフェスはやれやれと思いながら大きく息を吸い込んでから彼に言う。

「うんじゃぁさ、そもそもレイリース役の人形なら、肌見せるとこないし体形も鎧着れさえ出来ればいいだけだし、だったらちゃんと作る必要なんかないと思わない?」
「え? ……あー……ま、そっか」
「しかもマスターの計画では、いつまでも生きてるかのように見せる必要があるのは将軍セイネリア・クロッセスだけでいいから、途中から側近役なんて明らかに誰がみても違うって分かる人間に切り替わっても全然問題ないんだよね。そもそも普段だって坊やがついてない事も多いし、まったくいないと不自然に思われる程度だからたまに代理つけとこうってくらいだし」
「……そう言われりゃ……そうだな」
「てことで、わざわざあの坊やの人形なんて作る必要はなし、基本はあのエルクアってのにやらせとけばいい。必要になったらあの鎧を着て立たせられる木偶人形を作れば十分。そもそも将軍府内で偉そーに座っるのが基本の将軍様が動かない姿をちらっと見られるくらいは不自然さはないけど、側近までも動かないで固まってたら不自然じゃない?」
「そ……そうか。成程、な」
「なら代理出来る人間がいなかった場合でも、人形で誤魔化すくらいなら最初からいない方がいい、って事で少なくとも今から気合い入れて人形なんて作る必要はなし」

 一気に畳みかければエルも顔を引きつらせて納得する。まぁ実際、セイネリアもシーグルも人形を作るにあたって、鎧姿が基本だから正確なデータを取る必要なんかないのだ。実際セイネリアも顔の形のデータだけはちゃんと取ったがあとは体の大まかなデータを取ったくらいで正確にあの男の人形をきっちり作れるようなデータはとっていない。

「……ま、どうしても必要ってンじゃねぇなら、確かにたとえ人形だったとしても、マスターとしちゃあの坊やを模したモンを残していきたくはねぇか……あンの男の独占欲はやべぇしな」
「そ。エルはあの坊やの人形とかあったら、たまに抱き着いたり出来てうれしかったかもしれないだろうけど」
「ちょっ……なんだそりゃ、抱き着くとかはねーぞ。肩叩いたり頭触ったりしてちょっと話しかけたりしたくはなっかもしんねーけど」

 それにまわりからは笑い声が上がって、エルは誤魔化すように頭を掻いた。

「俺ァ別にあいつに対してよこしまな気持ちとかねーからな! ただちょっといなくなったら寂しいだろな、ってくらいでよ」

 それにもやっぱり周りの笑い声は止まらなくて、エルはちょっと顔を赤くしながらも口をへの字にまげて腕を組む。

「分かってます、レイリース様の兄として、ですよね」
「おうよ」

 さすがにちょっとその様子が同情を誘ったのか、ソフィアがフォローを入れる。ただそのやりとりさえ、また皆の笑いを誘ったのだが。






 皆が去って、いつも通りホーリーと自分だけになった部屋の中で、自分の作ったセイネリアの人形を見てサーフェスは自嘲の笑みを浮かべた。

「まったく、やっぱあんたは強いよなぁ」

 実はサーフェスはシーグルの人形も……という話をセイネリアとした時、木偶人形を作るためではなくもしシーグルの身に何かあった時、その体だけでも作れるようにデータをとっておくかとも聞いたのだ。それに対するセイネリアの答えはNoで、その理由を彼は二つ上げた。
 一つはシーグルのデータを残しておいて人形を作られて悪用されたくない、という事。そしてもう一つは、そういうイレギュラーな『保険』を掛けておくと自分が彼を守り切れそうにない時に諦めてしまうかもしれないから、という事だった。

――まぁ、あの能天気ないちゃつきぶりも覚悟が出来たからこそって事なのかな。

 あまりにも幸せそうに最愛の青年にべたべたしているセイネリアを見るとその能天気さに呆れるが……あれがそれだけの覚悟の上だと分かっている分、サーフェスも嫌味を言う気にはなれなかった。なにせ自分は彼と逆で、自分のエゴで最愛の人を縛ってしまったのだから。

――もし、僕があの人と同じ立場だったら、絶対に相手にも自分と同じ不老不死を願っただろうね。

 愛する『彼』も自分と同じ時を生きられたなら――という無意識の願いが剣によって勝手に叶えられ、あの青年の体の時は止まった。けれど彼は『不死』にはならなかった。自分が『不死』である事にどれだけ絶望したか分かっていた男は、愛する人間にそれを望まなかったのだ。『彼』を失う事が恐ろしくて、失ったら自我を失う程の苦しみを味わうと分かっていてもなお、愛する人に自分と同じ『絶望』を味あわせたくなかった。
 シーグルが歳を取らなくなったのがあの男の弱さの現れなのだとしたら、不死にならなかったのがあの男の強さの証なのだろう。
 あれだけ自分勝手に生きてきたような男が、無意識下の願いでさえエゴより相手を優先させたなんて、サーフェスにとっては耳に痛い話だ。こちらの弱さを実感させてくれるから――正直、少しばかり今の幸せそうな彼らの姿を見るのは辛かったりする。

「まったく、参るよなぁ……」

 苦笑してセイネリアの姿だけをした人形を恨めし気に睨めば、いつの間にか傍にきていたホーリーが笑いかけてくる。

「ありがとう……ごめんね」

 サーフェスは彼女を抱きしめて呟いた。
 あともう少しだけ――『彼ら』が旅立つまでには自分も覚悟を決めよう。



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 思ったよりサーフェスの話が長くなってしまった……。
 



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