将軍様と側近……な二人の旅立ちまで間の物語 【1】 新政府も軌道に乗って、仕事が日々減っていく将軍府。ここが平和なのはなによりここの主が心穏やか……というか機嫌がいいからで、もっとぶっちゃけるなら将軍様の傍に彼の最愛の人物がいるからな訳で、周りの面々はその青年に同情の目を向けつつも平和な日常を過ごしていた。 新政府発足時はいろいろと……前から変えるものや新しく設立するものが多くてそれらをこなしていくだけで日々時間が飛んでいったが、体制が整って忙しさが落ち着いてくると平和なりにいろいろと要望が出て来てそれに応える事になる。その中でも人々の目について成果が分かるような、早い話が宣伝効果のある分かりやすいモノが優先される事になる。 そんな政策の一つ……首都セニエティの中央広場、そこにアルスオード・シルバスピナの像が立つ事が決まってから、その事を話す度にその本人は不機嫌そうに顔を顰めていた。 「……俺はそんなモノ作られるような偉業は何もしていない」 像の話が出る度にそうつぶやく彼をみれば、セイネリアは笑うしかない。 「言ったろ、英雄というのはのちの人間にとって『英雄であることで都合がいい人間』がそう呼ばれるのだと」 「だが本当に何もしていないぞ。冒険者時代の美談はすべてただ普通に冒険者としての仕事をしていただけだし、騎士団でだってあれだけ貴族院が俺を出世させようと手をまわしていたのに結局最初の地位のままだ。それでよく英雄譚なんて作れるモノだと感心する」 彼が英雄と呼ばれるようにあれこれ工作をしたのはセイネリア本人でもあるためセイネリアとしては当然の結果ではあるが、シーグルの性格上それが嫌がられる事は分かっていた。 「まぁあまり気にしなければいい。お前が英雄と呼ばれる事で現王族への国民感情が好意的になる、そして新政府の安定に繋がる」 「それは……分かっている、が……」 こんな問答は何度もやったが、結局は現政府の為、そして現王シグネット――息子の為となればシーグルは黙るしかない。 「だが……流石に中央広場に立つのは恥ずかしすぎる、せめてまだ騎士団とか城内とか……」 「それじゃ意味がない、民衆の為に命を落とした悲劇の英雄、だからな」 シーグルの顔が引きつる。今日は将軍府には誰も来る予定はないし、この部屋には入れるなと言ってあるからセイネリアも彼も顔を隠すものはなかった。 「お前が自分の像だけがあるのが嫌だといったから、アルスロッツの像も作ったんだ。しかも馬に乗った鎧姿にしたからあまり顔も見えないだろ、そろそろ諦めて割り切っておけ」 「諦めては、いるが……というか初代王と並ぶのはさすがに畏れ多すぎて……」 言いながらシーグルは大きなため息をつく。 ちなみに中央広場に像を立てるといっても、広場で行われる開催事の事情から中央に立てる訳にはいかず、いろいろあって広場から北へ向かう大通り入口の両脇に初代王アルスロッツと対になるようにシーグルの像は設置される事になった。アルスロッツの像は今までも城内にはあったのだが、ここで新しい王家に切り替わった事もあって改めて広場にも作ろうという事になったのだ。 「最初の王家と、新しい王家の最初の人間だ、釣り合っていると思うぞ」 「俺は王じゃない」 「王の父親だ、そんな差はない」 「ありすぎだっ」 正直セイネリアとしては彼を揶揄うのが楽しくてこの話題を口に出すというのもあるのだが、彼が人々に愛される様を見るのが好きだから今回の件が結構嬉しかったというのもある。 「どちらにしろもう決まった事だ、いい加減諦めとけ。それに、この件ではお前の元部下が責任者としてはりきっているそうだからな」 「元部下?」 「絵を描くのが好きなのがいただろ? その人物の絵から像をおこすそうだ」 「サッシャンか……」 そこで懐かしそうに表情を和らげる彼を見るのは、セイネリアにとっては嬉しくもあり、おもしろくなくもあった。なんだかんだと彼は家族や元部下等、かつての知り合いの話をした途端に喜ぶ。彼の喜ぶ顔は無条件で嬉しくはあるものの、セイネリアとしては……まぁなんというか嫉妬のようなものも感じてしまうわけである、我ながら馬鹿だと思うが。 ともかく、死んだ筈の像の本人の意見でどうにかなる筈もなく、人々に期待されながら順調にアルスオード・シルバスピナとアルスロッツの像の制作は進み、そのお披露目の式典には多くの人が訪れて喜びを分かち合った。 そんな式典からひと月。ある日セイネリアは事務処理の書類から意外な報告を見つけて眉を寄せた。 「シーグル、お前の像を蹴って暴れて取り押さえられた馬鹿がいたようだぞ。お前に恨みがあるやつの仕業か」 それは首都で警備隊が呼ばれた事件を報告するだけのものだったため内容は2,3行の短さだったが、アルスオード・シルバスピナの像と書いてあればセイネリアの目に止まるのは当然だろう。 「恨みを持つものなら、心当たりはなくはない」 「……まぁ、そうだな」 シーグルは基本的には人に好かれるタイプの人間である、いい意味でも悪い意味でも。ただその手の明らかに人に好かれる『善い人間』にはそれだけで反感を持つ者もいる。更に言えばシーグルの為にセイネリアが痛い目に合わせてやった人間やら、シーグルに手を出して酷い事になった者達の逆恨みなど、考えれば彼も彼で恨みを大量に買っていておかしくない。 だが、次のセイネリアの発言でシーグルの表情が変わる。 「ワーナン・レジンという男だそうだ。ただの酔っ払いのようだがな」 勿論、シーグルのその変化にセイネリアが気づかない筈はなかった。 「知ってる名か?」 「……あぁ」 シーグルの声は硬い。どう考えても嫌な思い出のある人物だというのはそれだけでわかる。 「どんな人物だ?」 「ただの冒険者だ。腕は良かったのにミスが原因で堕落した……馬鹿な男だ」 シーグルとしては感情が出ないように抑えているのだろうが、その口調はどうしても忌々し気になっている。 「お前と何があった?」 そう聞いてみれば今度は答えが返ってくる事はなく、セイネリアは眉を寄せる。 「あまり……言いたい話じゃない」 少し待ってやっと返ってきた返事はそれで、彼はそれきり口を固く結んで一度止めていた手を動かして仕事に没頭している、という体勢を取る。 セイネリアは考えた。 ここで無理に聞くべきか調べるべきか。だがここに彼がいるのにこっそり調べる方が彼の機嫌を損ねるだろうと考えて、セイネリアはまずは直接彼に聞く事にした。 「お前がそんな顔をする相手の事なら、俺は聞いておきたい」 「思い出したくない、むかつく男だ」 「何があった?」 シーグルは暫く口を固く引き結んで考え込んだが、軽く息をつくと諦めたのか言ってくる。 「騎士になる前の話だ……剣の師としてやってきたその男に……犯されかけた」 セイネリアの眉が強く寄せられる。さらに言えば瞳に昏い火が灯るのも仕方ない。 「それは……俺としては聞き流せる話ではないな」 「もう終わった話だし、結局最後まではされなかったからいいんだ。思い出したくない、奴の話はやめてくれ」 「そういう奴なら、少し痛い目に合わせてやってもいいと思うが」 「いい、放っておけ」 「お前が良くても俺の気が済まない、といったら?」 そうすれば彼はこちらを濃い青の瞳でぎっと睨んできて、嫌味を込めていってきたのだ。 「もう奴の事はいいんだ。……お前と同じ事をしてきただけだしな、お前より未遂な分無視出来る」 そう聞いてセイネリアがそれで納得できるわけもなく。 結局セイネリアは、その後カリンに言ってワーナン・レジンという人間を調べさせる事にした。 --------------------------------------------- 本編番外編「失くした日」関連のエピソードとなっています。 |