将軍様と側近……な二人の旅立ちまで間の物語 【6】 「……どういうつもりだ」 仮面から出た口元だけで笑みを浮かべているのが分かる彼に言えば、この国の恐怖の象徴となった筈の男は、手を伸ばしてこちらを引き寄せると、頭を自分の肩に寄りかからせた。 「どういうつもりも……お前は、あのジジイの話を聞けて良かったろ?」 「答えになってない、どういうつもりだと聞いてるんだ」 シーグルが少し語尾を荒げて言ってしまったのは、声が震えるのを誤魔化す為でもあった。 「先にお前が答えたら教えてやる、どうだ、良かったんだろ?」 兜の中で睨んだところで、やたら機嫌が良さそうなこの男には無駄である。シーグルは音が聞こえるくらいに大きなため息をつくと、出来るだけ自分の感情を落ち着かせながら答えた。 「あぁ、良かった。……俺は彼も祖父も……誤解、したままだったから」 言えば彼は満足そうに口角を更に上げて、こちらを抱き寄せると顔を少し下して耳元に言ってくる。 「あのジジイがお前に何か言いたそうだったからな、会わせてやっただけだ」 「バレて皆に言われる事を考えなかったのか?」 「ないな。分かったとしても現状に満足して勇退した男が、その現状を壊してまで言う事はないだろ」 確かにそれは、彼の晴れやかな笑みを見れば思う。 「あのジジイの望みはただ、生きているお前に会って伝えたかっただけだ、だから満足したのさ」 「それは……分かっている、が……」 ここではまた素顔を晒して触れ合えもキスも出来ない所為か、彼はしつこくこちらの体を抱き寄せてはベタベタとこちらの体を撫でてくる。 上機嫌な彼に対して何か釈然とせずに口を曲げていたシーグルは、だがそこでふと思いついた。 「お前、どうしてレガーに会ったんだ? 彼はもう呼びでもしなければそもそもここに来る筈がない」 「それは当然、俺が呼んだからだ」 「どうして呼んだんだ?」 声はどうしてもまた険悪になる。なにせそれなら、レガーが何か言いたそうだったから、という以前にセイネリアがそうする為に彼を呼んだ事になる。 「――俺がここへくるたび、お前がいない間何をしていると思う?」 そこでなぜか彼は唐突にそんな質問をしてきて、シーグルは思わず首を傾げた。 「それは……昼食と温室の見学とお茶会、じゃないのか?」 何を言っているんだこの男は、と思いつつもそう返せばセイネリアは楽しそうに返してきた。 「昼食はともかく……温室見学をそんなにじっくりすると思うか? そもそも領主がいないのに」 それでシーグルは初めて気づいた。シーグルとしてはお茶会の間にラークがこちらに来ていると思っていたのだが、確かに言われればその割にはラークが来ている時間が早すぎる。 「領主様が上手く抜け出した間、こちらはこちらでキールを呼びつけておいてな、この屋敷に残るお前の昔の姿を見ていた、という訳だ」 聞いて一瞬、シーグルは固まった。だがじわじわと実感するにつれてシーグルの顔が赤くなっていく。 「人の過去を覗き見てるなんて、趣味悪いぞ、お前」 「お前の事なら俺が何でも知りたがるのは当然だろ」 「まさか……毎回?」 「あぁ、でなきゃ黙ってお前に別行動をさせておく訳がない」 シーグルは頭を押さえた。セイネリアが黙ってこちらを離してくれていた裏にそんな事情があったとは。 「……それで今回、例のワーナンという奴との場面を見た」 頭を押さえたままシーグルはまたため息をつく。それで彼はレガーを呼んだという事なのだろう。だがそれならとシーグルは思う。 「あの場面を見たなら……てっきりお前なら、怒ってワーナンを脅してくるかと思った」 「当然、件のクズ男には頭に来たがな。だがそれよりお前が傷ついた顔をしていたのは、どう見ても後のやりとりだろ」 シーグルはそれに苦笑する。覗き見された事にムカつきはするが、彼はやっぱり自分をよくわかっていると思えば微妙に嬉しくもあった。 「お前は結局、そこまで憎しみが長続きする人間じゃない。何故ならお前は他人の所為にはしないからだ。そしてすぐに相手の弱さに同情してしまうからだ」 その分析には苦笑するしかない。あえて自分が今まで一番憎んだ人間を上げるならセイネリアだが――現時点でその男とこうしている段階で彼の言葉を否定は出来ない。 「悪かったな」 セイネリアが喉を鳴らして笑う。 「俺はそういうお前を愛してる」 言いながらもどかし気に兜の上から頭をすりつけ、こちらの肌が僅かに出ている耳の下と項の境目当たりにわざわざ舌を伸ばして舐めてくる。それでもやはり満足出来ない彼は、仮面と兜がぶつかった後、忌々し気に言ってくる。 「……さっさと帰るぞシーグル、せめて馬車に乗らないとキスも出来ない」 いつでも冷静で頭の切れる男が、そんな下らない事を本気で怒ったように言うのだからそれで笑うなというのは酷だ。 「あぁ……分かった」 勿論、そこからリシェまでの馬車の中では彼の好きなように――彼の膝に座ってほぼずっと抱き合っては何度もキスする事になってしまったのだが。 将軍閣下は基本、急ぎやおしのび、もしくは馬車だと行きにくい僻地へ行くのでなければ馬車に乗って出かける事になっている。その大抵の理由が行先側からその方がいいと言われているからだが――そりゃまぁイキナリ馬であの男がやってくるより、心の準備やらがしやすい馬車の方がいいよな――とはアウドも納得するところである。街道を行く時にすれ違う他の者を必要以上に威嚇しない為というのもあるとそう聞いた事もあるから、どんだけ周囲から怖がられてるんだあの男はと苦笑するところだ。 その将軍様本人としては、馬車はまだるっこしいと最初こそは言っていたもののシーグルが一緒に乗るのなら二人だけの密室で楽しみ放題――というのが分かってからは何処でも馬車で出かけるようになった、というのは将軍府の幹部周りでは皆知っている話であった。 「で、なんであんたはいつも通りさっさと転送で帰らなかったんですかね?」 馬車の護衛としてついているアウドは、自分の馬の後ろに乗っている魔法使いに呆れながら尋ねた。将軍の馬車の窓にはカーテンが掛かっているから、こちらから中が見える事はないがきっと将軍様は上機嫌であの人にべたべたしているに違いない……と思うとちょっとイラっともする。 「いやぁ〜貴方があのクソ騎士と会って来たという事ですからぁ、どうだったかぁ聞こうと思いましてぇねぇ」 あのクソ騎士、と言われて一瞬アウドは誰の事が分からなかったが、それでもちょっとしてすぐ気づく。 「あー……ワーナンって奴の事ですか」 「えぇぇえ、その通りです」 キールの声にちょっとばかり怒りが滲んでいるのが分かったから、アウドは苦笑する。 「まぁクソ騎士は確かですけど。どこまで知ってンですかね?」 「そりゃぁ最初から最後まで、包み隠さず場面ぜぇぇんぶですよぉ」 って事は実際あの場面を見たのかこの魔法使いは……と考えてアウドは思わず顔を手で押さえた。 「えー……一応言っときますけど、そういう他人のプライべートの覗き見はどうかと思いますが。気になるのは分かりますが、特にそういう嫌なとこは……あの人も見られたくないでしょう」 どうしてもという必要性があったのならまだしも、今更どうとも出来ない過去の話だ。シーグルとしても掘り起こされたくもなければ、見られたくもないだろうとアウドは思う。 「それは分かってはいるのですが……」 分かってたのかよ、と思わずアウドが心の中でつっこんだのはいいとして、次のキールの発言でまたがっくり項垂れる事になる。 「あの将軍様の指示でしたからねぇ」 あぁそりゃもうあの男には何言っても無駄だろうよ、とアウドはそこでもう深く考えるのを止めた。 「そりゃ……まぁ……仕方ねぇですね。……で、怒ってましたか、あの男は」 シーグルを襲おうとした男――そんなモノをあの将軍様が今見たらそりゃもう険悪な顔になったに違いない。 「えぇまぁ、そりゃもうおっかない顔してましたが。ここではある意味いつもおっかない顔して見てるのがぁお約束ぅですからねぇ」 いや、いつもってなんだよ、今回だけじゃないのかよ――と突っ込もうとしたが、どうせ聞いたところで『将軍様』の指示ならどうにもならないしとアウドは諦めた。 「で、話はぁ戻りますがぁ、そっちはどうだったんですかぁ?」 こちらの腹にしがみつきながら、顔を前に出して言って来た魔法使いにアウドは頭を切り替えた。 「そうですね……確かにクズでしたよ、クソ騎士さんは」 「はぁやはりですかぁ。で、殴ってきたんですか?」 「いえ、殴ってはきませんでしたが。一言二言三言くらいはいいたい事言って泣かせてきました」 「お〜やっぱりそれなりに仕返しをしてきましたかぁ〜」 「……いや別に仕返しとかではなくてですね……」 「なぁに言ってるんですかぁ〜。あぁいうのは立ち直れないくらいの痛い目を見せていぃぃいと思いますよぉ」 自分も大概だが、結局この魔法使いもシーグルの事が好き過ぎるんだと分かってしまって笑ってしまう。 「あの男ももう像を蹴るなんて事はしないでしょうよ。……多分、今頃は後悔してるんじゃないですかね」 あの男がかつて騎士として高い志があったというなら、きっと自分の言葉であの男は思い知った筈だ。そうしてきっと……アウドのようになれなかった事を後悔した事だろう。例え罪人として同じ立場にあったとしても、晴れやかに笑える自分を羨んだだろう。 あの男がここから立ち直る事は難しくても、まだ全てが終わった訳ではない。これからどうなるかはあの男次第だが――今度こそ道を正せればいいなと、ムカついた筈の男……それがどうしても過去の自分に見えて仕方なかったアウドは思う。 --------------------------------------------- 結局ラストはいちゃいちゃへ……。 |