仮面と嘘と踊る人々




  【4】



 舞踏会が始まった。
 仮面舞踏会では身分は関係ない……とは言っても、やはりそれなりに身分が高い者は優遇されて、専用の小部屋を用意してもらえるのもその一つだ。当然将軍であるセイネリアも受付を通った段階でまずはその小部屋の方へ案内される。アウドやソフィアも今回はセイネリアの身内扱いという事で同じ部屋に案内された。部屋には一応主催側から使用人が一人付けられるが、こちら側の使用人も最低一人は部屋に残しておくのが普通だ。

「そういう訳で皆さんいってらっしゃいって事で。俺ァこういう役目ならって事で来たんだし」

 会場の方から音楽が流れてくると、エルは使用人らしくなく偉そうに長椅子に座りながらそう言って手を振ってきた。
 そういえばいつもは小部屋で待機しているのはカリンかシーグルかアウドの役目で、確かにそれだと今回はエルがくるしかないのかとシーグルも思う。

「いくぞ」

 セイネリアがカリンの手を取って歩き出せば、それにアウドとソフィアが続く。実はアウドは今回受付で顔を見せるため、出発前にキールから違う顔に見せる幻術を掛けて貰っていた。そのためそろそろ切れてもおかしくない時間というのもあって、仮面を何度か確認してから焦った様子でソフィアの手を取った。
 その様子に少し笑ってしまいながら、最後にシーグルがついていく。

 会場に入れば、やはり周囲がこちらに注目して一瞬、場の空気に緊張が走る。
 いくら仮装していたところで纏う空気だけでセイネリアだという事が分からない者はまずいない。それに加えてその身長と、いつもの仮面と、おまけにいつもの側近の自分がついているのだからどれだけ馬鹿でも分かる筈だ。

 ただ今日は誰か分かっていても分からないふりをするのが決まりであるから、いつもならまずやってくる礼儀的に挨拶だけには嫌々しにくる……という連中は寄っては来なかった。というか誰も近づいては来ないから、邪魔されず悠々とセイネリアは壁の方へ向かう。
 まぁ元団の者であっても自分から進んでセイネリアと話そうなどと思う者はまずいないから、この事態は想定内だ。別にセイネリアがここにいる全員から快く思われていない訳ではない。
 それにおそらく、セイネリア本人も誰も挨拶にこないなどと怒る事はあり得なくて……恐らくはウザイ連中の相手をしなくていいから楽だ、くらいに思っているに違いなかった。

 ただ勿論、誰も寄っては来なくても皆注目しているのは分かる。その中でもあまりよくない意味で見ている連中は特に。意図としては恐らく、どうやってセイネリアにダンスをさせるか、というところだがろうが。勿論彼等の思惑なんてわかり切っているセイネリアは、いかにもリラックスして舞踏会を楽しんでいると見せるためにか、飲み物をとってカリンとともに椅子に座って話しだした。

――じらす気か。

 セイネリアは視線を無視して、はたから見るとパートナーであるカリンと歓談している……ように見える。話してる内容は仕事の話だったりするのだが、遠目で見ている者達から分かりはしないだろう。
 アウドとソフィアは暫くは壁際で様子をみていたが、思い切って踊りの輪に入っていったから、シーグルも暫くはそちらの二人の方を見る事にした。後ろ姿でも緊張が分かる二人だが、曲が始まれば多少のぎこちなさはあっても踊りだす。

――楽しんでくれているといいんだが。

 アウドは一応おかしくないくらいには踊れているし、ソフィアも問題はない。セイネリアの身内という事で当然彼等にも視線が集まっているから、緊張し過ぎて楽しめなかった、なんて事がないのを祈るばかりだ。
 ただ少しぎこちなく見えたのは最初だけで、見ている間に彼等の緊張が取れていくのが分かったからシーグルもほっとする。それにあの二人をじっとみていた者達も、彼らが普通に踊っているのを見るとすぐに飽きたのか視線を外していた。
 ただそうなると、自然と彼等の視線はやはりセイネリアの方へ行く事になる。

『……まだじらされるのですか?』

 セイネリアが座る椅子の後ろに立っていたシーグルは、そこでこそっと将軍様本人に聞いてみた。なにせ周りに人がいない。音楽や人の喧騒もあるからこの程度の声なら他に聞かれる事はないだろう。それでも一応があるから言葉使いだけは気をつけたが。

『まぁな、奴らのお楽しみをあっさり終わらせたら悪いだろ?』

 彼らしい返事に、横に座っているカリンがくすくすと笑う。今日の彼女の恰好は赤と黒に金が混じった豪奢なドレスで、首まできっちり高い襟で隠れているクラシックなつくりのものだった。勿論袖も長袖で、更に仮面の上から黒いレースのベールをかぶっている。もしこれでドレスが黒一色だったら豪華な喪服のように見えたかもしれないが、色使いと豪華さでそうは見えない。黒髪の彼女にはよく似あっていた。

『それよりあっちを見てみろ、バゼ卿が娘ともめてるだろ』
『……そうだな』
『きっと、俺をダンスに誘ってみろと言って嫌がられてるんだろ』
『あぁ……』

 それを楽しそうに言ってくるのはどうなんだ、とは思っても、これにはバゼ卿の娘に同情しかない。いくらセイネリアを踊らせてみたいと連中が思っても、恐怖の将軍閣下をダンスに誘えるような度胸のある女性は貴族にはまずいないだろうと思う。
 それこそ、いるとしたらロージェンティくらいだろう――とは思うが、まさか摂政にそんな事頼みに行ける馬鹿はいる訳はない。

『まぁだが、あんまりじろじろ見られるのも不快だしな、そろそろ踊っておくか』

 バゼ卿だけではなく、あちこちで娘や妻と言い合いをしている姿を見るようになってから、セイネリアは呆れたように立ち上がるとカリンの手を取った。
 そうして、周りの連中が注目する中、中央へ向かって歩いて行く。

――あいつやっぱり最初から踊れたろ。

 練習中はあれだけ無駄な動きやら間違ったふりやらしていた男は、今は普通に慣れた様子で踊っている。勿論カリンもソツなくこなしている。少なくともこれを見て文句をつけられはしないという状況だ。

 そして周囲を見渡せば、将軍を笑ってやろうと思っていただろう者達はこぞって皆呆けた様子突っ立っていた。当然セイネリアを支持している者達は好意的な様子で見ていて、一曲終わった後は拍手までしている者もいた。馬鹿な期待をしていた者達はその頃にはもう興味もないという様子でセイネリアの方など見ていなかったから、あまりにも分かりやす過ぎてシーグルとしては呆れるしかない。

 セイネリアはそのままカリンと2曲踊ると、シーグルがいた壁近くの椅子へと帰ってきた。

「閣下、お飲み物を取ってきましょうか?」

 やたらと機嫌が良さそうな彼にそう言ったのは嫌味を兼ねてもあったが、その返事はシーグルとしては少し意外なものだった。

「いや、いい。そろそろだしな」
「そろそろ?」

 何がだ――と聞こうとしたところで、人々のわっという歓声が上がる。それにつられて周りの視線の先を見ればシーグルも納得する。ロージェンティがやってきたのだ。

「さて、俺は摂政殿下にダンスを申し込んでくるから、お前達は部屋に行ってろ」

 言いながら立ち上がったセイネリアに、シーグルは驚く。

「いや、どういう……」
「はい、わかりました」

 だが文句を言うよりカリンが笑顔でそう答えたため、シーグルは文句を言いきれなかった。セイネリアは立ち上がるとロージェンティに向かって歩いて行く。そしてどうやら本当に彼はロージェンティにダンスを申し込んだようで、摂政と将軍のダンスが始まって周りから声が上がる。
 なんだか呆けてそれを見ているしかないシーグルに、そこでカリンが言ってきた。

「ではレイリース、私たちは部屋へ行きましょう」
「あぁ……はい」

 それでカリンの手を取って部屋の方へ歩いていけば、カリンが小声で教えてくれる。

『ボスはこれから摂政殿下と話があるそうです』
『あぁ……そうなのか』

 話をするためにダンスから入ったのか――とは思えば納得はするが、それならそれで自分にも言っておいてくれればいいのにという気持ちもある。なんだかもやもやしたものを感じていればそこでカリンがまたこそっと、ちょっと笑いながら言ってくる。

『もしかして、奥様とボスが踊っているのに妬かれてらっしゃいますか?』
『え? あ、いや、それはない』

 と即答で返したものの、シーグルは頭の中でこのもやもやした気分がもしかして嫉妬なのかと考えてみる。

――そもそも死んだことになっている段階で俺に妬く権利などないし、しかも相手がセイネリアじゃ妬く理由がない。これは妬いてるんじゃなくて、ただあいつの行動が唐突というかいかにも見せつけるようだからもやっとするだけであって……。

 カリンは横でクスクスと笑っている。今日の彼女はかなり高いヒールの靴を履いているらしく自分と顔の位置が殆ど変わらない。
 だがそうして頭が混乱したままカリンと歩き、部屋へと入ったシーグルはまた更に混乱する事になる。

「おかえりなさいませ、さぁ急ぎましょうか」

 何故か来ている魔法使いキールの言葉は当然として、アウドとソフィア、それにエルの楽しそう様子にシーグルは何故だかやたらと嫌な予感がした。




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 セイネリアのダンスはさらっと。本番?は次回。
 



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