将軍と側近での二人。二人のいちゃいちゃ+セイネリアが裏でちょっと動きます。 【9】 気付いたらやたらと嬉しそうな男の顔がある、というシチュエーションは毎回過ぎてもう何回目かなんて数えていない。この男にこんなにやけた顔で見られるのはかなりシャクだが、彼がこんな顔をしているのも平和な証拠だろう――なんて思って、睨んですぐ諦めるのがいつものシーグルだった。 こちらが彼を見ると、更に彼の口角が上がって今度は顔中にキスをしてくる。この手のキスはまるで母親が子供にしているキスみたいで……正直なところシーグルとしてはとても恥ずかしいのだ。ただこれも、彼が幸せで嬉しくて仕方がない状態というのが分かるから嫌いではなかった。……本当に、とてつもなく恥ずかしいが。 ただ思い出せば、少し前は目が覚めたら息苦しいほどしっかり抱き抱えられてこちらの頭の上から彼の寝息が聞こえているという状態の方が普通だった。体は拭かれていて……それは有難かったが、そこまで反応ないくらい自分は気絶していてのかと毎回自己嫌悪に陥った。その時からすれば今の方がずっといいとはシーグルも思ってはいる。つまりそれは、今は彼が前より加減してくれていて、気絶するまではしないようにしてくれているという事であるから。 それでも、満足しきった彼の顔を見てしまえばどうしても嫌味の一つくらいは言いたくはなる。 「嬉しそうだな」 「それはな、当然だろ」 そう言って彼はまたこちらの顔のあちこちにキスをしてくる。彼の場合、今の言葉が嫌味だと分かっていて尚そう返してくるのだからまったく嫌味に効果がない。というか彼には口喧嘩でも力づくでも勝てないのだからどうにもならない。 シーグルは諦めの溜息を一つついて、そこからゆっくり起き上がった。体の具合的に……まぁ本当に加減はしてくれたのだろうと思う。 「もうすっかり暗くなったな」 窓の外は完全に夜になっていた。ただ部屋はランプ台に明かりがついていたから部屋の中で何かする分には問題はない。大方セイネリアがこちらの顔を見たくてつけたのだろうと予想はつくが。 「さて。飯の前に、お前は風呂に入りたいだろ?」 「入れるのか?」 「あぁ、用意させておいた」 この男は先読みが上手いから、こういう時はこちらの希望を分かって用意しておいてくれる。これは彼が好き勝手した後のご機嫌取りの常套手段でもあって、確かに有難くはあるのだがやっぱりムカ付きもする。ただこちらがちょっとムスっとしているくらい、彼にとってはまったく気に障る事でもなんでもないようで、そうなると怒るのさえ馬鹿馬鹿しくなってきたりもするものだ。 「それじゃさっさと……っておいっ」 ベッドから降りようとしたときには、彼に抱きかかえられていた。こちらをひょいといかにも軽そうに抱き上げた男は、そのままベッドを降りる。 「この方が早いだろ」 それが、こういう時の彼の常とう句だ。 「たかが隣の部屋に行くだけだぞ、たいした距離はないだろ、歩くのと運ぶのでそんな違いはない筈だ」 だから今日はそう反論してみると、セイネリアは即こう返してきた。 「この方が、お前に余計な事をさせずに直でいける」 シーグルはそれに反論をするのをやめた。 北の大国クリュースの現国王はまだ少年ではあるが、部下にも国民にも愛されていた。……が、その部下達が王の『困ったところ』を上げるとすれば、それは王がたまに突然暫くいなくなる事だと口をそろえて言うだろう。 ――この城の抜け道なら俺が一番詳しいからね。 と胸を張って言えるくらい、シグネットは自信がある。最初はウィアが作った抜け道マップ頼りだったが、今ではいろいろそれに追記してマップ製作者を越して一番になったと自負している。……ただしそれは、将軍や魔法使い達を除いて、となるが。将軍は魔法が一切効かないという事で、魔法の仕掛けを使う事前提で移動する事になっているこの城の中をそれを使わずに移動しなくてはならないらしい。だからシグネットの知らない道を知っているのは仕方ない。 という事でシグネットは現在、ちょっと夕食の席から抜け出してきていた。 今日は母上が一緒の食事ではないので、ウィアやフェゼントと食事を取る事になっていた。彼等との食事はマナーに煩くないし楽しいのだが、このチャンスは逃す訳にはいかない。急いで食べてちょっと行くところがあると言ったら勿論怒られたが、ウィアはシグネットをじっと見て、就寝の鐘が鳴る前に帰るのが約束出来ればという条件で許してくれた。 ――この時間なら、多分くると思うんだよな。 ウィアと違って真面目な神官なら、寝る前に祭壇前でお祈りをする筈……とそう思って城内の祭壇の隅にこっそり隠れていたシグネットは、数人の神官や敬虔な信徒の兵を見送ったあと、やっとやってきたその人物が一人である事にほっとした。 この間見た時と同じく何か思いつめた顔をした神官は、祭壇の前につくと膝をつく。 だからシグネットは、一心不乱に祈っている神官を見ながら、そうっと彼の方に出て行った。 「んー、ちょっとお話いい?」 神官は飛び上がって驚いた。 「うわっ……って、え? あ、あの……陛下、ですか?」 最初は声に、そして次はそれが国王だった事に。シグネットは口の前に指を一本たてた。 「しーっ、内緒だからね。あとあんまり時間がないから、あれこれ理由とか話すのもなしでいいかな?」 驚きすぎたリパ神官――クラタク・カランは、膝まづいたまま頭を下げた。 「た、大変失礼を致しました。私は……」 「あー、今煩い人達いないからそういうのはいいよ。言ったでしょ、俺も時間ないからさ、失礼だとか無礼だとか抜きで話してくれない?」 なんだかあっけにとられたように口をぽかんと開けてから、神官は苦笑してまたゆっくり頭を下げた。 「はい、なんなりと」 それでシグネットもにこりと笑った。 「俺はね、俺が王様になるためにたくさん人が死んだ事を知ってるし、俺のせいで不幸になった人がいるのも知ってるし、今でも俺が王様になるのが反対だって人がいるのも知ってる。だからその人達が俺を恨んでても仕方ないし、その人達が全員間違ってて悪かったんだなんても思っていない」 そこまで一気に言ってから、シグネットはまた大きく息を吸った。神官はまた驚いた顔でこちらを見ていたが、気にせずそこからまた一気に話した。 「つまりっ、皆は俺を褒めて敬ってくれるけれど全員そうじゃないのは知ってるし、それはそれでいいと思う。でも……憎んでも恨んでも死んだ人は生き返らない、終った事は取り戻せない。だから俺は、今生きてる人達のこれからのために何が出来るか考えて働こうと思ってる。出来るだけたくさんの人が幸せになれるため、やれる事をやろうと思ってる。終わったことが覆せないなら、その後悔を忘れずに同じ後悔をしないようにするしかないって思ってる」 母を見て、父の話を皆から聞いて、そして将軍を見てきたシグネットはそう思った。そして、自分を助けてくれる皆にいつもこう言っている。 「それでもこれから、俺が間違える事はあるかもしれない。俺は自分がいつでも正しいだなんて思ってない。だから、俺のやってる事で違うと思ったらいつでも言って欲しいんだ。俺だけじゃ間違える事があっても、いろいろな人の話を聞けば間違えずに済むでしょ」 そうしてまた大きく息を吸ってから、今度はちょっと背筋を正して彼に言う。 「……神官クラタク・カラン、私と一緒に、この国の人達のこれからのために働いてくれないだろうか」 それでも真面目モードはそこまでで、最後に、ね、と笑って見せれば、神官は震えながら頭を下げた。下げたまま頭を上げずに彼は言った。 「……私などには……勿体ない、お言葉です」 ちなみに、この時のシグネット達をこっそり影から見守っていたフユとウィアは、それぞれ同じ事を思った――人たらしは父親譲りか、と。 セイネリアはこの上なく機嫌が良かった。 このところわざとシーグルと少し距離を取っていたのをする必要がなくなって、早速彼を好きに楽しめたのだから当然だ。今日はどうやら彼も諦めているらしいから、少なくとも明日の朝までは彼を満喫できるだろう。ただし、調子に乗り過ぎて彼を怒らせなければという条件はつく。 だからセイネリアは今日は最後まで彼を怒らせないため、彼を思いきり構い倒すのはいいとしてもやり過ぎないようにいろいろ抑えていた。 風呂まで運んでやって一緒に入りはしたものの、風呂ではヘンな悪戯を一切せずにさっさと上がった。風呂を早く終わらせたのは彼にしっかり食事をとらせたかったからというのもあるが、シーグルはあまりにも風呂で何もなかったから逆に警戒していたくらいだ。ただそれでシーグル機嫌が良くなったのは確かで、だからセイネリアは更に彼の機嫌を上げておく事にした。 「昼寝分、明日は早起きして鍛錬に付き合ってやろうか?」 「いいのか?」 まったくこの鍛錬好きは――と思わなくはないが、そういう彼が好きなのだし、彼が明らかに嬉しそうなのが分かるからこちらも自然と笑みが湧く。 「あぁ、ただし無茶はしないから寝る前にもう一回付き合え」 それを見せつけるように笑っていえば、彼の顔は引きつる……が、今日はここまで機嫌を取ってやっている分、彼も嫌だとは言わなかった。 「分かった。起きてすぐ鍛錬しても問題ないくらい、本気で加減をしてくれるならな」 「あぁ、さっきも大丈夫だったろ?」 「まぁな」 シーグルはちょっと顔を赤くする。その反応もセイネリアとしては楽しい。 そこで食事の準備が整ったから食べる事にしたのだが、準備をしに来てくれたソフィアが部屋を去った後、シーグルは少し難しい顔をしたかと思ったら面白い事を言ってきた。 「そういえば……キールの部屋で仕事中に、お前が俺以外の誰かと寝ても俺が怒らないのはおかしいと言われたんだが」 思わずセイネリアは食事の手を止めて彼の顔を見てしまった。 「それで?」 シーグルは顔を少し赤くしながら答えた。 「お前が他の人間と寝ているのにいちいちどうこう思っていたらキリがないだろ。お前の普段の素行的に」 「まぁ確かに、だが……」 「だが?」 シーグルが顔を顰めて聞き返してきたからセイネリアはわざと笑顔で言ってやった。 「少しくらいお前が妬いてくれた方が俺は嬉しい」 シーグルの顔が更にぎゅっと顰められる。 「まぁ単純に気持ちの問題だ。普段から俺はお前の事しか考えていないのに、お前は俺の他にも大切な人間が何人もいてそいつらの事を気に掛けている。そこは俺としては面白くない」 「……それは仕方ないだろ、それに彼等はお前とは関係が違い過ぎる。彼等はあくまで家族や知人として大切な人間であって、お前は……」 「俺は? お前にとっての俺は何だ?」 聞き返せばシーグルは溜息をついた。 「今日、キール達にもそれは聞かれた」 「ほう、ならどう答えたのか聞きたいな」 じっと見てれば、シーグルは拗ねたように下を向くと口を開いた。 「……お前には俺が必要で、俺のいない事は考えられない。俺にとってもお前が必要で、お前がいない事は考えられない、とそんな感じだ」 そうして言い切ってから、シーグルはこちらをギっと睨んできた。 「それ以上に言いようはないだろっ……不満か?」 セイネリアは満足そうに笑みを浮かべた。 「いや、悪くない」 その夜、寝るまで……そして起きてから約束通り鍛錬に付き合っている間もずっと、セイネリアは口元が緩んで仕方がなかった。勿論寝る前の『もう一回』も馬鹿丁寧に優しくやってやったのは言うまでもない事である。 END. --------------------------------------------- これで終わりです。結局タイトルとは違ってセイネリアはシーグルに教えてはいるという(==; |