過去となったモノ




  【2】



 リシェの街は、首都より人口は少ないものの流通の要所であるから主要な道はどれもかなり広めにつくってある。特に港から川側の船着き場までは広くて、大量に荷物を乗せた大型の荷車や、それを運ぶ馬、それにいかにも海の男といったいでたちの連中が多く行き来している。道というより広場を歩いているようなそこを進んで倉庫街を抜ければ、多くの船が並ぶ姿が見えてきてシーグルは思わず口元を緩めた。

「船が多いな」

 何度も視察には来ている筈のセイネリアでさえそう言うくらい、今日は停泊している船が多い。

「あぁ、港が拡張された分、増えたんだろ」

 シーグルはそう言いながらまるで船に引かれるように向かっていく。

「一番手前の桟橋は国内からの中型以下の船が泊まる事になってる。大型船はその向こうだ。基本的には国内の船がこちら側を使って、向こう側は国外の船が入る事になってる」
「あぁ、確かに最近はかなり遠くからの船もやってくるようになったと聞いてる。クリュースとの貿易のためだけではなく安全な港だからな、倉庫を借りて中継地点として使っている連中も多い」
「確かに、前からその手の連中はいた」

 基本、クリュース国内の街付きで整備された港はどこも安全ではあるが、その中でもリシェは特に安全だと言えた。港の近くの海には結界石を兼ねた岩が沈めてあって登録されていない大型船は入ってこれないし、もし小型の船で乗りつけてこようとしても小舟が接岸出来ないようにする魔法の仕掛けも準備されている。よしんば上陸されたとしても兵士は常に待機しているし、見張りのいる待機所には魔法使いもいる。この体制が出来てからは、リシェの港は一度も襲撃者が入ってくるのを許した事はなかった。

「国外からリシェの倉庫を借りたいという連中が増えすぎて、おかげで軍港は別に作る事になった」
「そういえばそうだったな」

 新体制が安定してきたころ、貿易船が増えすぎて軍港はリシェの街中ではなく街から飛び出した場所に別途作る事になった。勿論完成時の式典にはセイネリアもシーグルも来ていたし、軍港側には何度も視察に訪れていたが、考えてみればその分こちらの港の方にはそのせいでほとんど来なくなったと言える。
 だから久しぶりに見て、その船の多さに驚いたというのもあった。

「クリュースの港に入る場合、外国の船は上から3つの旗を上げる事になってるんだ。一番上が国の旗、次が船の持ち主の旗、最後がこの港に登録した時渡される許可証代わりの識別旗だ」

 勿論この国のものであるから、識別旗には魔法のマーカーが入っていて遠くからでも魔法使いなら識別する事が出来る。登録されていない場合はその3つめの旗がない訳だが、その場合は港まで入ってこれないため小舟を出して許可を取りにくる必要がある。

「待機所に必ず魔法使いがいるのは3つ目の旗を確認してもらうためだ。あとは登録にない船が来た場合は、千里眼が使えるクーア神官が呼ばれたり、似たような調査能力のある魔法使いが呼ばれたりする」
「船の積み荷を確認してから登録許可を出す訳か」
「そういう事だ。救命ボートが入れるようにという意図もあって小舟は許可がなくても入ってこれるようにはなってる。……まぁ、船倉があるくらいのサイズの船でなければ、何かおかしい場合は見張りが気づく筈だからな。ただどんな船でも結界石を越えれば見張り小屋に知らせが入るから、こっそり上陸とかは出来ない」
「港の防衛に魔法を使えるだけ使っている感じか」
「あぁ、だからリシェには元から割合多く魔法使いが住んでる。防衛の要の部分を担ってもらっているし、リシェ自体も金があるから待遇も金払いもいいという事で、気難しい魔法使いでも結構喜んで引き受けてくれる。それに今は……」

 言いかけたシーグルの言葉をセイネリアが楽しそうに続ける。

「今は領主が魔法使いだから、温室の植物目当てで植物系魔法使いが多く住んでいる、だな」

 セイネリアが喉を揺らしてまで笑っているのに気が付いたシーグルは、咳払いをしてから呟いた。

「……少し、しゃべり過ぎたな」

 久しぶりに港をじっくり見ていたのもあってテンションが上がっていたらしい。らしくなく喋ってしまったことを自覚したシーグルは気まずそうに口を閉じた。

「なんだ、いくら喋っても構わんぞ。というか今日はそのために来たんだしな。だからお前の行きたいところと言ったんだ」

 やっぱりこの男はシーグルが話すのを聞きたいのだ。

「なら……とりあえずいい加減移動しよう。ここにいるといつまでも港や船の話をしていそうだ」
「俺は別に構わないぞ」
「いや……あまり一か所に長居しない方がいいだろ」

 いいながらシーグルは周囲に視線を向ける。この辺りにいるのは船に関わる仕事の人間が多く、彼らは大抵忙しいからこちらに話しかけてまでは来ないが不審そうな目を向けてくる者は多かった。
 セイネリアもシーグルの発言の意図が分かったのか、苦笑してあたりを見る。

「そうだな、こんな格好でずっとここにいれば不審者に見られるな」
「あぁ」

 冒険者としては、こうしてフードを被って顔を見えないようにしている人間自体は珍しい事でもないのだが、顔を隠した2人組が港に立って船を見ながら何か話しているというのは、何かよからぬ事を企んでいるのではないかと警戒されても仕方がない。

「なら移動しよう。行先は任す」

 そう言って笑いながら道を譲るようなポーズを取られれば、シーグルの顔だって引きつるというものだ。更に言えばこちらのその反応自体もセイネリアは楽しんでいると思うと、それ以上何も言う気にはなれなかった。
 諦めて歩きだせばセイネリアは自分の後ろをついてきて、ただ距離はやたら近いから歩きにくい。

「どこへ行くんだ」
「前良く通っていた道が今どうなっているか見てみたい」
「そうか」

 それだけでセイネリアは黙ってついてくる。いつも隙あらばくっついてくる男だが、人目を一応気にしてくれたのか今度は自然な距離を取ってくれた。

「あぁ、この辺りはさすがに道は変わってないな」
「主に大きく変わったのは大通り周辺だろう」
「みたいだ」

 今歩いている道は港から大通りへ出ずに、直接高台方面に行ける住宅街にある道だ。

「お前、一人でこんな人通りの少ないところを歩いていたのか?」
「昼間は大抵皆仕事に出てるから人通りがないだけだ、周りの家は人がちゃんと住んでるから別に危ないところじゃない」

 いくら人通りがあまりないとはいえ、斜面沿いのこの辺りの道は日当たりがよくて明るいから普通は治安が悪い地区ではないと分かるだろうに。セイネリアとしてはシーグルの身の心配がまずくるのだろうが、頭のいい彼の発言とは思えない言葉には頭が痛くなる。

「人の多いところを歩いて騒がれると困るから、人の少なさそうな道を選んで歩いてたんだ。勿論危険な道は避けてたぞ。それにここを歩いてたら、普通まず他に思う事があるだろ」
「思うこと?」
「周りを見ろ、眺めがいいだろっ。普通まずそれを見て一言二言あるんじゃないか」
「あぁ……確かにな」

 言われてからやっとセイネリアは周囲を見た。
 この辺りは高台に向かって斜面に家が建っているから、下から登ってきて後ろを振り向けば海と港が見下ろせる。港に停泊するたくさんの船を一気に見る事が出来るうえに、海が遠くまで見えて港近くの街並みも眺められる。屋敷が並ぶ高台には行きにくい一般人にとっては、お手軽な絶景スポットとして街の人間なら大抵知っている道である。
 勿論、その眺めを楽しみながらシーグルはこの道を使っていた。
 ただそれ以外にもまだ理由があったが。

「あ……」

 声を出してシーグルは一度足を止めた。この道を使っていた理由のもう一つが見つかって、自然と唇に笑みが浮かぶ。

「どうした?」
「ここを通るついでに寄っていた店がまだあったんだ」

 思わず歩く速度が上がる。
 この辺りが絶景で有名であるのもあって、途中には老夫婦がやっているカフェがあった。何気なく気になって入った時、老婦人はこちらの正体に気づいた筈なのに普通にただの客として接してくれて、店のテラスにある席に案内してくれた。そこは眺めがいいのは勿論、他の客と顔を合わせなくてもいい席だった。以後、入る度に毎回同じ席に案内してくれて、シーグルは人目を気にせず兜を取って港を眺める事が出来た。

「うん、中も変わっていないな」

 中に入ってみても、記憶通りの風景が広がっていたことにシーグルは嬉しくなる。客は他にいなかったがこの時間なら当たり前だ。というか、シーグルにとっては都合が良かった。

「あら、お客様?」

 声に振り向いたシーグルだったが、出て来た人物を見て笑みが消えた。

「失礼……あの、前はもっとお年を召したご婦人がやっていらしたと思うのですが」

 カウンターから出て来た女性は、明らかにシーグルが通っていた時にいた老婦人と顔が違った。歳も当時の彼女より幾分か若い。

「あぁ、母さんはもう4年も前に亡くなったわ」
「そう……ですか。ご主人も、でしょうか?」
「父さんはそれより3年も前にね。……そっか、母さん達の時の常連さんなのかしら?」
「いえ、常連という程ではないですが……たまに来るといろいろ気遣って下さったので。……そうですか、残念です」

――そうか、そうだよな。

 たまにシーグルがここへきていた時から、少なくとも14年は過ぎている。考えれば予想出来た事だった。




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 長くなり過ぎたせいで2話でメインエピソードが終わらない(==;;。
 次回はカフェの話+いちゃいちゃ、かな。



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