【5】 平和な世が続けば、戦争を生業とする連中が没落していって、芸術や文学などといった文化的分野がもてはやされるようになるのは世の常だ。 長く大国として大きな戦争をしていないクリュースも当然それに当てはまっていて、政権が代わる前の騎士団の没落ぶりからも分かるように、宮廷まわりでは武術方面は軽んじられがちだった。それでも蛮族達の襲撃や、内乱、化け物達の討伐などがあるから必要だとされてはいたが、やはり認められるのは芸術方面の――セイネリアから見れば贅沢に当てはまる方面の才能を持つ連中だった。夜ごと行われるどこぞの貴族のパーティーではこぞって貴族達はお抱えの楽士やら画家やらの腕前を披露させ、そいつらの名声が上がれば連れて来た貴族の株が上がるのがお約束だった。 ただし、前王リオロッツが即位した後はへたにパーティも開けなくなり、貴族達は常に王の機嫌を伺うような状況になってしまったから、その方面は一気に下火になった。そこに内乱と権力者達の大量の失墜がとどめとなって、芸術家や職人といった連中は路頭に迷った末ほとんどの者が姿を消してしまったらしい。 だからある程度現政権が安定してきたところでその方面の人材の育成や保護に力を入れる事にした。勿論セイネリアはそんなものに興味はなかったし、自分の分野ではないと思っていたから、そちら方面は全てロージェンティに任せた。 そのために彼女が打った策の一つが定期的に夜会を開く事で、貴族や役人達、侍女達にいたるまで幅広く推薦を受けつけて、有望な芸術家や職人達を招いては彼らの発表と売り込みの場としたのだ。 今回セイネリアが出ると言ったのがその夜会であるから、シーグルが不審に思うのは勿論、他の貴族達も何かあるのかと驚くのはあたり前の事だろう。 ただそれで参加を辞退する程後ろめたいところがある貴族はいなかったようで、逆に何かあるのかと普段あまり来ないような者まで来るからいつもより賑やかになりそうだ――と、夜会の2日前に届いた摂政からの手紙には書いてあった。 そして当日、セイネリアは普通にいつもの鎧姿でドレスアップしたカリンを連れて馬車に乗り込んだ。シーグルは馬車に乗らず、護衛として馬に乗ってついてくることになった。こういう席で部下が同じ馬車に乗るのは良く思わない人間がいるからというのが理由ではあるが、それでも普段のセイネリアならシーグルも同じ馬車に乗るよう言うところではある。だが今日はカリンとの打ち合わせもあったので『俺は馬車には乗らない』といったシーグルの好きにさせる事にした。勿論、フユもついてきているし、見えないところに魔法使いもいるから、彼の身に危険が及ぶことはまずない筈だった。 慣れた城までの道のりであるから、体感で到着のタイミングが分かる。馬車の速度が落ちたところで、セイネリアはカリンに笑いかけた。 「さて、今日は頼むぞ」 「はい、お任せください」 カリンも艶やかに赤い唇の端を吊り上げる。 そこで馬車が止まって、暫くすれば扉が開く。セイネリアは馬車から下りると、扉を開いた後、後ろへ下がって礼を取るシーグルに向けて笑ってみせた。 ――成程、これは男性だけで来ても意味がないな。 ロージェンティが芸術家や職人達のために開いている定期夜会がどんなものか、話では聞いていたが来たのは勿論初めてで、その内容が普通の貴族達のパーティーとはかなり違うモノであるのをシーグルは理解した。 早い話が、パーティ会場に貴族向けの露店街を設けたようなものだろう。 一応形式は立食形式のパーティなのだが、ダンスをする場所がない代わりに中央周辺では職人達が自信の品を並べて貴族達に売り込んでいて、外周では芸術家達が同じく絵や彫刻を並べ、楽団の場所ではメンバーが入れ替わる度に紹介を行ってから演奏をしていた。参加した貴族達は興味があるところへ行っては説明を聞いたり、展示品を買ったり、注文をしたりする。楽士や詩人などは、ここで気に入られればあとでほかのパーティに呼ばれたりして貰えるという訳だ。 職人達は主に服飾品関係や仕立て屋達であるから、当然そのターゲットはご婦人方だ。だから今回は男性一人での参加はだめなのだろう。 ――確かに、これだけ貴族ばかりがいる中だと購買意欲も上がるだろうな。 他の貴族や摂政に対するアピールとして金を出す者もいるだろうし、ご婦人方なら他の夫人が買っているのを見れば対抗して買いたくなるものだろう。こういう形式なら、貴族達から職人達へ強制せず金を流す事が出来る。 こういうことを考えるあたりやはりロージェンティは頭がいいと、シーグルとしては妻の聡明さに改めて感心してしまうところである。 ちなみにセイネリアの護衛役としてついてきているシーグルだが、この手の席では主にくっついて歩く訳にはいかないため、基本は他の貴族の護衛達と一緒に壁際での待機となる。顔見知りとかでない限りは護衛同士で会話をする事もなく、基本的には皆、自分の主の周囲を注意して見ている。シーグルも当然基本はセイネリアを見ていたが、ここにいる誰よりも強い彼に危険がないか注意する――なんて事をするくらいならシーグル自身の身の危険に備えて注意していろといつも言われているので、他の護衛達よりも職務に忠実ではないかもしれない。この辺り、この手の席でも兜で顔をかくしていられるのが助かっている。 それで会場の参加者たちを一通り見回した後、またセイネリアの姿に視線を戻したシーグルは、なにげに彼が大勢の人に囲まれているのを見て少し驚いた。 ――あいつに好意的な貴族も前より増えた気がするな。 最近では特に、こうして自由に話しかけられるような場所にセイネリアは出てこなくなったからか、彼と話をしたい者達が文字通り頭一つ抜けて目立つ長身の男の傍に集まっていた。その面子の顔をよく見ると基本は騎士団関係者なのだが、平民出の役人や、意外に地方領主達も多い。 ――アッシセグにいた時代に南部の貴族との繋がりを作っていたらしいし、冒険者時代に地方領主の仕事を結構受けていたと言っていたか。 将軍セイネリアをあまりよく思っていないのはいわゆる首都の宮廷貴族達ばかりで、地方領主達でセイネリアを快く思っていない者は実は少ない。直接恨む理由があるような者達は別としても、セイネリアを恐れつつも好意的な者ばかりだと言ってもいい。 特に国境地帯等、蛮族の襲撃を受ける事もある領主達からの支持は絶大な訳だが、そこはもう蛮族達に対するセイネリア・クロッセスの名が持つ効果のせいだろう。なにせセイネリアが将軍になった後は、明らかに蛮族の襲撃が減ったという報告があちこちから来ていた。 会場をまた見渡してみれば、貴族達は派閥ごとに集まって話している事が多く、あちこちで小さな人だかりが出来ていた。勿論セイネリアの存在を疎ましく思っている者達はそういう連中で集まっている訳だが、これだけ大勢の貴族達がいると明らかにセイネリアに非好意的な態度を取るような連中は少数派であるから、あまり目立たないところで集まっているようであった。 ただし、それはあくまで男性陣の事情で、それぞれのパートナーである婦人方が黙って部屋の隅でこそこそ話などしていられはしない。 彼女達は居心地の悪そうな旦那を置いて、思い思いに興味がある職人や芸術家のところへ行っていた。 「こちらを見せてもらってもいいかしら」 「勿論です、よろしければつけて見ますか?」 「あら、いいの?」 「勿論でございます」 高価な宝石もこの場では泥棒の心配もないから普通に皆、手にとって着けることも出来るようで、それだけでもご婦人方はテンションが上がっているようだ。どうやらドレスも着る事が出来るらしく、気に入ったものをいくつか見繕って別室に向かう女性も多い。 一方の旦那達の大半は集まって飲食とおしゃべりに夢中だったが、いつまでもそれで終わる訳もない。 ある程度欲しいモノが決まった女性達は今度は旦那の元に戻り、目当ての品物のところへとこぞって旦那を引っ張っていく。 ――夫というのは大変なんだな。 強引なおねだりに冷や汗を掻く旦那と、どうやって金を出してもらうかと騒ぐ奥方との夫婦攻防戦があちこちで勃発している様にはシーグルも乾いた笑いしか出ない。 だがそういえばシーグルはロージェンティに宝石やドレス等をおねだりされたことはなかったなと思い出す。団の部下達に言われて何かプレゼントをした方がいいのかと彼女に聞いたこともあったが、彼女はいつも物などよりも一緒の時間を増やしてほしいとしか言わなかった。それでも部下達に相談して、彼女が好きだと言った色のブローチを買った事があったのだが……彼女は大層喜んで、今でも大事な席では必ず身に着けている。 ――本当に彼女は聡明で謙虚な女性だった。 そんなことを思っていれば、参加者の中で一番背が高くて目立つ黒い男がこちらに向かってきて、シーグルはその場で部下の礼を取った。 --------------------------------------------- すみません、なんか説明とシーグルの独白だけで終わってます……次からはちゃんとセイネリアが行動しますので。 |