将軍と側近での二人。単に夜のいちゃいちゃ話。 【6】 次の日、いつもなら早起き(目が覚めてもベッドから出して貰えないから彼も大分寝坊慣れしてきたが)のシーグルが、押さえつけなくてもベッドからなかなか出てこないという状態だったからすぐにソフィアに言ってエルを連れてこさせた。ちなみに治療役として真っ先にエルを呼んだのは近くにいたからだ。どうやら事前に言っておいたせいで呼ばれるの待ちで近くでうろうろしていたらしい。 「どうよ、大分楽になったろ?」 「あぁ、ありがとう……その、エル、兄さん」 シーグルに礼を言われてエルの顔がふにゃっと溶ける。これがあるからウキウキで呼ばれるのを待ってたんだろうなというのが分かるくらい締まりのない、まさに溶けるといいたくなるにやけきった顔つきでエルは喜んだ。 「おう、きつい時はいつでも呼んでくれ。兄ちゃんはお前のためならどんな時でもすぐにきてやっからな!」 「いや、その、仕事がある時はそちらを優先で構わないから」 「大丈夫大丈夫、この将軍府じゃお前の無事がなにより最優先事項だ!!」 な、とエルがこちらを見て来たからセイネリアは澄まして、そうだな、と言っておいた。途端にシーグルた困ったように額を押さえる。 「いやさすがに将軍府としては公的な業務が優先じゃ……」 「いやその公的な業務を行う以前にだ、マス……ここのトップである将軍様が、お前に何かあったら仕事してくんねーんだから仕方ねーだろ?」 今度はシーグルがこちらを見て来たからセイネリアは出来る限りの笑みを浮かべて答える。 「当然だ。だからお前には自分の身を守る事を第一に考えろと言っているだろ?」 シーグルがため息をつく。それからこちらを睨んで一言。 「俺に何かあったらというが、今回俺が普通に起きれなくなった原因はお前だろ」 「それは仕方ない事だからな、だから事前にドクターとエルに声を掛けておいたぞ」 「仕方ないで済ますなっ」 「ちゃんとお前の同意のもとの行為だ」 それでシーグルも黙る。溜息がもう一つ追加されるのは、まぁいつもの事だ。 ただそんなやりとりをにやにや見ていたエルは、そこでシーグルの隣にいくと肩をぽんぽんと2回叩いた。 「どうしてもって時は何があっても許してやんなきゃいいんだよ。たまに我慢させてやりゃこいつにもいい薬になンだろ」 「それは……そう、だが」 エルが言わなくてシーグルが本気で怒った時はセイネリアが『おあずけ』を食らっているのは言うまでもない。エルも当然知っている事で……だからこれはただのこちらに対しての嫌がらせだろう。セイネリアもその程度でわざわざ苛つきはしない。 「しっかし、本気でお前って真面目だよなぁ。怠くて動くのが辛いのはマスターのせいなんだからよ、いっそそういう時は一日仕事放棄してだな、責任もって仕事はマスター丸投げってやってやりゃいいじゃねーか。ってか俺はそうしてたぞ!」 確かにエルは、自分と寝た後に怠いだきついだ言うとその日は一日ごろごろしていた。自分で治せる――実際治していてもだ。ただセイネリアもそういう時の彼のサボりは実際自分のせいではあるから好きにさせていた。勿論、その後どうしても放棄出来ない仕事がある時はエルもちゃんと起き上がって仕事する事が分かっているからだが。 「……いや、仕事を放棄するのは……」 「だっからお前は真面目過ぎるんだよ、たまには一日ごろごろだらけてたっていいんじゃね?」 「それは無理だ」 「へ?」 エルはシーグルの即答の全否定に顔を引きつらせる。どうやらエルはシーグルの馬鹿馬鹿しい程の真面目で勤勉なところをまだ分かり切っていないらしい。 「時間が勿体ない、というか、どうしてもという理由がなければベッドに寝て一日過ごすのがまず俺には無理だ。治して貰えば動けるなら治して貰ってやれることをやったほうがいい」 「え……あ、うん、あー……そっか、お前はそういう奴か」 その真剣さはエルが引くくらいではあった。 セイネリアは知っている、シーグルの場合、安静にしていろと言われても体が動くなら寝ていられないくらい、怠けるという選択肢が最初からないのだ。 「エル、こいつは少しでも時間があるなら体を鍛えに行きたがる奴だぞ。寝ていたら鍛錬も出来ないんだから、わざわざ仕事をサボる意味がない」 「あー……成程ね」 サボって好きなだけ体を動かしに行けるのならシーグルも多少は引かれるものもあるかもしれないが、何もせずにごろごろしていなくてはならないならシーグルにとってはサボる意味がない。 そもそもシーグルは、昔から無茶をやっては暫くベッドで安静にしなくてはならないという事が何度もあってそれにうんざりしているため、体に問題がない(もしくは治癒を受ければ済む程度)状態で無為に寝ていられる訳がない。 そう笑ってセイネリアが言えば、シーグルがセイネリアを睨んで言ってきた。 「確かにセイネリアのいう通りだが……多分、俺が寝てたらこいつもサボって一緒に寝ようとするぞ。だから結局、俺だけがサボるのはどう考えても無理だ」 それにはエルがぷっと吹き出して、それから声を上げて笑った。 「確かにな、そらそーだ」 エルに笑われるのはあまり嬉しくない事態だが、シーグルの言っている事は真実ではある。だから別に反論したりはしないが、軽い嫌がらせくらいはいいだろう。 「エル、前にお前がたまにサボってたのは許してやるから、今日の昼にあるスレットール卿との会食はお前が俺の代わりに出てくれ」 「え? ……て、え、え、げぇええっ?」 最初は何を言われるのか分からずキョトンとした顔をしていたエルが、最後まで聞いてから顔を顰めて怒鳴る。 「いや、え? まてまて、俺ァ貴族様との食事は嫌だっていってたろっ」 「安心しろ、カリンも一緒に付き合わせる。何、向こうの事情と訴えとやらを聞くだけでいい、夜に帰ってきたら話の内容を聞かせてもらう」 「いや、ならカリンだけでいいんじゃねーか?」 「女だけだと甞めて遠慮のなくなるエロオヤジもいる、お前がいたほうがいいだろ」 「そーゆー奴にはお前が一睨みするのが一番効くだろがっ、てかそもそも今更何言ってんだよっ」 「お前もいい加減将軍補佐として馬鹿貴族に睨みを効かせるくらいはやってもらいたいんだが」 最後はわざとらしく笑って言ってやれば、エルは文句を言う為に開けていた口を閉じて言葉を飲み込んだ。 「どうせ俺がいなくなってからは暫くはお前とカリンがこの手の役をやる事になる。ならいつまでも逃げていないで練習と思え」 「ってもよ、ならせめてもうちょっと前に……心の準備って奴がさぁ……」 と、更に引き下がってこようとしたエルだったが、セイネリアが無言でじっと見ていれば彼はそこで深く、深くため息をついた。 ただそこからまだ彼は諦めきれず、ちらと助けを求めるようにシーグルをみたから、セイネリアは見せつけるようにシーグルを引き寄せてわざとらしいくらい楽しそうに言ってやった。 「という事でシーグル、今日は一日空けたから南の森の奥まで遠乗りをして、そこで好きなだけ手合わせに付き合ってやる。なんなら前に言ってた通り弓を教えてやる」 シーグルは基本、馬鹿が着く程生真面目で自分の事より他人を優先する人間ではある、が……このいかにもお貴族様らしい綺麗な見た目に反して考えるより体を動かしたいタイプであるという事をセイネリアは知っている。そして彼はこのところ将軍府に篭りっきりで少々ストレスが溜まっていて、思いきり体を動かしたいと思っているという事も知っている。 それでもシーグルは少し気の毒そうにエルを見て考え込んだから、セイネリアはこそっと彼に耳打ちした。それに最初は顔を顰めたシーグルだったが、暫く悩んだ末にこちらが言った言葉を声に出した。 「俺からも頼む、エル兄さん」 エルが、う、と唸って顔を顰めた。それから引きつった笑みを浮かべて頭をぐしゃぐしゃと掻いた。 「あーもう、わぁったよ、やればいんだろっ」 「すまない」 すぐに謝るシーグルだが、それにはエルが笑って言う。 「しっかたねぇだろ可愛い弟の頼みじゃさ、いつでもなんでも言ってくれっていってるんだから断ったら嘘になっちまう」 それで今度はシーグルの頭をぐしゃぐしゃ馴れ馴れしくかき混ぜれば、セイネリアが同じ事をすればやめろと文句を言うシーグルが笑ってエルを見る。 「その代わりもう一回、『頼む、エル兄さん』って言ってくれっか?」 「あぁ……うん。頼む、兄さん」 「よし、任せろ」 エルはシーグルの頭を撫でながら満面の笑みを浮かべる。シーグルも少し恥ずかしそうだが笑っている。 二人を兄と弟という事にしたのは自分ではあるが、セイネリアとしてはその風景は少しムカついた。 「エル、いい加減シーグルの頭から手を離せ」 「なんだよ妬いてんのか、俺のは単なる兄弟のスキンシップだぞ♪ ヨコシマな下心のあるお前とは違う」 「いいから離せ」 言葉より手っ取り早く、セイネリアはシーグルの体を強引に抱き寄せた。 「おいセイネリアっ」 シーグルは怒ってこちらを見てくる、が。 「さっさと着替えて出かけるぞ、ぐだぐだ話して外へ行く時間が減ってもいいのか?」 そう耳元で告げれば、そうだな、と言うからそこで体を離す。そうすればすぐに彼は寝室の方へ行って出かける準備を始めた。 「そういう訳でエル、あとはカリンに聞いてくれ。それからソフィア、カリンに、これからすぐシーグルと森へ出かけるから準備を頼むと告げてくれ、至急だ」 ドアのところで一部始終を見ていたソフィアにも声を掛ければ、エルが焦って彼女の方へ向かった。 「あ、ンならついでに俺も連れてってくれっか」 それですぐにエルとソフィアは部屋から消える。セイネリアは悠々寝室の方へ戻って、急いで着替えをしているシーグルを見て笑った。 「セイネリア、お前もさっさと着替えろ」 「あぁ、だがお前が鎧を着るのを手伝ってから、こちらを手伝って貰った方が早いだろ」 「そうか、そうだな」 きびきびした動きはいつもの事だがシーグルは明らかに嬉しそうで、それだけでセイネリアも心が暖かいというか満たされた気持ちになる。そうして、こうしている事でまた、セイネリアの頭の中には『幸せ』という言葉が浮かび上がるのだ。ベッドで抱き合うのも、楽しそうな彼と共に出かけるのも、剣を合わせるのも、すべてがセイネリアにとって幸せだった。 まったくとんだお花畑脳になったものだと笑いながら、自分のこの変化は嫌いではない。 そういえばシーグルも今の生活に慣れて随分変わった事がある。例えば、きっと前ならエルに負担をかけてまで彼は出かけたいとは言わなかった。けれど自分の楽しみのためにエルにお願いをする程度には彼も甘える事が出来るようになった。自分の欲を優先するなんて、きっと前のシーグルにはあり得なかった事だ。 エルには少々悪いが……と考えたセイネリアだったが、おそらく明日あたり、シーグルが礼を言いに行って嬉しそうににやけまくるエルの顔が想像出来たので彼に対する悪いという気持ちはなくなった。 END. --------------------------------------------- この後は当然二人ウキウキでお出かけです。現政権の体制が整って安定してきてる時期なんで、こんな感じで二人はのんびり日常送ってました、というお話でした。 |