ゆくべき道と残す想い
※この文中には性的表現が含まれています。そこまで長いものではないですが、読む場合は了解の上でお願いいたします。




  【1】



 青い空が白灰色にかなり浸食され、裾野に赤色を纏う頃、首都セニエティの大通りは慌ただしく歩く人影でにぎわう。その、人々の流れを逆行するように、一台の馬車が北に向けて走っていた。
 作りのいい馬車をひく馬は立派で、おそらくそれは貴族のものかと思われたが、紋が入っていない為それがどこの家のものかは分からない。更に小窓は布で隠され、中に乗っている者も見えない。とはいえ、そんな事は別に珍しい訳でもなく、少なくとも自前の馬車など使う金持ちが不審者と思われる事もなく、そもそも忙しい人々は馬車をじゃまだと思いこそすれそれに興味を持つものなどいなかった。
 馬車は大通りを抜け、貴族たちの多くが首都に別宅として屋敷を持つ地域に入ってくる。そうして、その中の屋敷の一つ、シルバスピナ家の館の前で止まった。

「ようこそシルバスピナ夫人、無事に着かれて安心しました」

 主がいない間、この館を取り仕切っているというロージェンティにとっては義理の兄にあたる青年が、本当に安堵した顔でそう言ってくる。
 長い髪に女性のような穏やかな容貌の青年の名はフェゼントと言って、一見するとシーグルに似ていないが笑った時は面影が重なる。シーグルの話によると彼はとても母親に似ているらしい。実はロージェンティが彼に会ったのはこれで3度目なのだが、どれも挨拶程度の会話しか交わした事がなかった。
 そのすぐ後ろにいるのは、シーグルの弟で魔法使い見習いのラーク。彼にもやはり彼女が会ったのは2度目で、フェゼント以上に会話は少なく、挨拶の一言二言しか話した事はなかった。
 そうして、さらにもう一歩離れたところにいるリパの準神官だろう青年に関しては、ロージェンティは一度しか会った事がなく、会釈だけで言葉を交わした事はなかった。確か、フェゼントの友人と紹介された筈だと彼女は思い出す。こんな時間に、しかも客人がくると分かっていてここにいるという事は、相当に仲の良い人物なのだろうと思われた。
 後に続くのはみただけで使用人達だと分かるものの、その数はロージェンティの常識から考えてもかなり少ない。ただシーグルが、首都の館はロージェンティが滞在するには狭くて使用人も少ないから不便を掛けてしまう、とよく言っていた事を考えれば納得する事ではあった。
 と、そこで彼女は、はたと気がついた。
 初めて来た場所ではまず、迎えの様子からその家の事情を分析してしまうのは彼女のくせだった。とはいえ、こんな時にまでそんな事を考えるという事に、彼女は自分自身で嫌になる。彼女がここへ来たのは、そんな事をみる為ではなかったのだから。

「あの……それで、何かあれから連絡がありましたでしょうか?」

 ロージェンティは彼女の夫であるシーグルについて、少しでも早く、正確な情報を手に入れたくて、待っていられずにここに来たのだ。
 今はシーグルの兄弟の事情やこの館の事情などを考えている場合ではなかった。

「新しい話はまだ……ですが、今日も後でシーグルの部下の方が経過の報告に来てくれる事になっています」
「そうですか」

 それなら、やはり来てよかったと彼女は思う。少なくとも人づてではなく、直接様子を聞けるのだから。
 それでロージェンティが少し落ち着いたのをみてとったのか、フェゼントが彼女を促すように手をさしのべた。

「急ぎでしたので、十分な準備が出来ず申し訳ありませんが、滞在用の部屋を用意しました。まずはそちらに案内いたしましょう」

 けれども、彼女は少し考えて、長い髪の、自分と同じ程度の身長しかない小柄な騎士の青年に答えた。

「お気遣いありがとうございます。ならばそちらへは、こちらのターネイと荷物の方を通しておいてくださいませんか。私は出来ましたなら、まずはあの人の部屋へ案内していただきたいのです」








 部屋の中は白い。異常なまでに、不気味なまでに。天井も壁も白一色で統一されている、そんな余り広くないベッドだけの白い部屋の中は今、汗と雄の匂いで満たされていた。

「ぅん、ぁ、あ、ぁ……やめ、ろ、アウド……」

 言いながらも、身体は言葉を裏切って男が与えてくれる快楽を貪る。中を突き上げられるソレに合わせて、腰を揺らして、足を絡ませて、浅ましく深くを満たされる事を望む。

「いいから、あんたは大人しく喘いでて下さい」

 それでも、口では嫌だとしか言えないでいれば、忠実な部下は更に深くを突き上げながら、そう言ってシーグル胸の頂きを口に含んだ。

「う、あ、あぁぁっ」

 叫んで、シーグルは今日2度目になる吐精をする。
 直後は勿論、体の全てから力が抜けて、全く動きたくなくなる、気力も体力も全てが限界だと感じる。
 けれどもすぐ、身体の奥に燻る熱がじわじわと全身に広がっていって苦しくなる。身体のあちこちが疼いて、欲しいのだと騒ぎ出す。
 それを分かっているアウドは、すぐにまたシーグルの中に埋めたままの彼の欲をゆっくりと動かしだした。

「うんっ……いい、もういい、アウド」

 喘いで、快楽に身を任せてしまいそうになるのを我慢してシーグルは言う。けれども、抜けるぎりぎりまで抜かれて、一気に深くまで突き込まれると、言葉が途切れて甘い悲鳴が口から抜ける。

「あぅ、ぁぁああっ」

 深くを抉られて、それに悦ぶ肉の反応を感じる。
 ぎゅっと締め付けて、ヒクついて絡むその場所の感触が分かる。それが確実に快感だと分かるからこそ、悦ぶ体に反して瞳からは悔しくて涙がこぼれた。

「まだ辛いのでしょう、我慢せず感じててください。これはただの処理です、貴方の治療の為の」

 出来るだけ声に感情を乗せないようにしたアウドの声がそう掛けられた。彼は言葉通り、シーグルの為に、極力感情を殺して事務的な口調にしているようだった。

 ――ここに連れてこられて、シーグルの意識が完全に正気と言えるところまで回復するのには、丸々一日程が掛かったという。
 それまでのシーグルは意識があってもどこか虚ろで、ずっと夢の中にいるような状態だった。だからこうして、正気がなかった間アウドに抱かれていた時の事は、ぼんやりとした記憶がかろうじてあるという程度で殆ど覚えていなかった。
 魔法使いの薬と、暗示も入っていたらしいシーグルの体は、ただひたすらに快楽を欲しがっていた。意識があやふやな間はそれに歯止めが利く筈がなく、快楽を求めて与えられるそれを貪っていたらしい。
 その状態でここにいて、見ず知らずの人間に抱かれずに済んでいたのはアウドがいたからだった。それはシーグル自身が身体の処理はアウドに頼むと言ったからで、シーグルが欲しがる度に彼はその相手をしていたという事だった。

「あ、はぁっ、んっ、んんっ、ぁあっ」

 身体を横に倒されて、片足だけを抱え込むように大きく広げてアウドが突き上げてくる。そうすれば彼の肉塊が奥深くを抉って、堪らずにシーグルは喘いでしまう。ぎち、ぎち、とベッドの軋む音に合わせて、奥が突かれる、ベッドに性器が擦られる。与えられる過ぎた快感にびくびくと体が震える、ぎゅっと中の雄を締め付ける。
 正気ではあっても、あまりの快感に頭が持っていかれそうになるのを、シーグルは耐えようとして無意識に手を伸ばした。その手がシーツを掴むと、それを引き寄せて口に押し込み歯を食いしばった。

「んぐっ、んぅ……うぅぅっ」

 それでも感じる事は止められない。身体は快楽を享受し、再び登りつめる。固く噛みしめた歯と握りしめた掌だけは抵抗しても、びくびくと震えてイク体は止められなかった。

「……まったく、何やってんですか。我慢した方が体力が持たないと言ったでしょう」

 その声をシーグルは荒い息の中で聞く。
 3度目の吐精を迎えた事で、体の熱は大分楽になってきてはいた。だが、アウドの言う通り、体力の消耗は激しく、言葉を返す余裕どころか、そもそも口からシーツを吐き出す気力さえ湧かなかった。

「隊長、口を開けてください。水を飲ませるだけですので」

 アウドの気配が離れたと思ったのはどうやら水を取りにいったかららしく、彼はシーグルの上半身を起こして支えると、その口からシーツを取り、代わりに口づけてくる。いや、正確には口づけてきたのではなく、彼の口からは言った通りに水が流し込まれてきた。
 シーグルの喉が動き、それを飲み込む。腹に落ちる前に喉で大半が吸い込まれていくような感覚は、自分がどれほど喉が渇いていたのかを教えてくれる。
 シーグルは無意識に、更なる水を求めてアウドの口の中を吸う。気づいたアウドは一度口を離して、再び水を口に含んで口づけてくる。
 こく、こくと、その度にシーグルの喉が動き、水がなくなるとアウドはまた口に水を含んでから口づけてくる。何度かそんなやりとりをして、シーグルの喉を通るより唇から溢れる水の方が多くなると、アウドは口を離してその口周りを拭ってくれた。

「もう、水はいいですか?」
「……あぁ」
「体も少しは落ち着きましたか?」
「……あぁ」
「まったく、大人しく感じてれば、水を自力で飲む体力くらい残ってたでしょうに」

 それには何も言えなくて、シーグルは黙って彼を見上げた。

「ただでさえ体力ないんですから、無理をしないでください。魔法使いの話じゃ、まだ数日は体がそんな状態のままだそうですから、大丈夫だなんて強がったとしてもすぐには帰れませんよ。とにかく今は、俺とヤルのは治療の為と割り切って何も考えずに感じて、へばったら大人しく寝てください。そこまでぐったりされたら栄養剤飲ませるのさえ大変です」

 苦笑して、心配そうに見下ろしてくる彼の瞳を暫く見つめて、シーグルは目を閉じた。体の疲労が一気に押し寄せてきて、眠気が意識を奪おうとしてくる。それには抵抗する事なく、シーグルは大人しく眠りの中に沈んでいった。

 眠っても、きっとまた身体がどうしようもなく疼きだして、誰かに抱かれる夢を見ながら目が覚める。夢と現実で意識が混ざる中、あの男に抱かれている気がして、歓喜の声を上げて、アウドに抱かれながら正気を取り戻すに違いない。

 シーグルの頭の中に、断片的に浮かぶ一場面がある。
 酷く現実感のない視界の中、傷ついた顔で自分を見つめる黒い騎士。誰よりも強く、誰よりも自信に満ち、おそらく誰よりも自分を愛しているあの男が、酷く傷ついた目で自分を見つめていた。
 その理由をシーグルは知っていた。
 彼を傷つけたのは自分であると分かっていた。
 現実味のないその場面が、いっそ本当に夢であれば良かったのにと思っても、それは間違いなく現実だと理性は告げていた。

 すまない、セイネリア。

 眠るシーグルの唇がそう呟いて動いたのを、アウドは目を細めて見つめていた。



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新エピソードです。前回の襲われ話の後始末というか、それによってどうなったかというお話ですね。



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