【5】 相変わらずにぎやかな首都の大通りは、並ぶ露店を見て回る冒険者達で人だらけである。一時はリオロッツの暴政で閑散としていた事もあったが、今はすっかり人も戻って、いや前以上に人が押し掛けてきて、首都の中心地周辺は連日満員御礼状態であった。 「ひっさびさにこの時間に出てくるとやっぱ人多いなおい」 「とーぜんでしょ、だから行くなら朝一か夕方っていったじゃない」 「うるっさいな、朝は礼拝があるし夕方は遅くなって夕飯に食いっぱぐれたら大変だろ!」 人波からやっと抜け出した小柄な二人は、顔をあわせた途端慣れた喧嘩を始める。どちらももう年齢的には子供だからと言えない歳な分、はっきりきっぱり大人げない。とはいえなんだ喧嘩かと周りの人間に注目され出すに至って、これはまずいかとウィアとラーク、年齢の割に子供に見られる二人は気がついた。 「あははは、いやちょっとした意見の食い違いってだけだからっ」 「そうそう、これくらいは普通だからね俺達っ」 などと顔を微妙に隠しつつ周りに言ってから、二人は脱兎のごとく走り出す。何せ二人とも王様の身内扱いだからこんなところで喧嘩をしていられる身分ではない。ついでに言えば本来なら護衛をつけて歩かなくてはならない立場でもあるのだが、面倒だから何も言わずに勝手に出てきた、という事情もある。……まぁ二人は知らないが、実はこっそり陰ながら見てるだけの護衛はついてきているのだが。 そうして逃げるように少し人の少ない裏通りにやってきた二人は、二人して仲良く安堵の息をついて顔を見合わせた。 「……で、こっちでいいのかよ」 「うん」 それだけのやりとりをして、また互いにほぉっと息を付く。それからぜいはぁと二人して荒い息を整えながらその場に座る。兄弟だと言われたら大抵の者が信じるだろうくらいに二人の行動はぴったりと揃っていた。……護衛でこっそりついてる者が思わず呆れて笑うくらいには。 「こっから遠いのか?」 「ううん、すぐだよ、そこ入って真っ直ぐ行けば緑の看板が見えるから」 「おーし、んじゃさっさと行ってそっちで休憩すっか」 「ウィア……お師匠様のとこを休憩所変わりにしないでよ」 「でも茶くらいは出して貰えるんだろ? なにせ植物系魔法使い様なんだから」 「そりゃ、まぁ……」 ここでこっそり、『ウィアには疲労回復用とかいって思い切り苦いお茶を入れてもらおうか』とラークが思ったのはおいておいて、今日二人が街に繰り出したのは、ラークの師匠である魔法使いのところで少し貴重な薬草を分けて貰う為だった。ラークの師匠は当然ながら植物系の魔法使いで医者をしていて、ついでに言えば魔法使いとしてはまだ若い方で、行先に興味があれば冒険者として仕事にもちょくちょく出かけるという珍しい人物だ。なので持っている薬草の種類は同じ系統の魔法使いの中でも相当にすごい事になっているらしい……のだが、変わり者の分他の魔法使いとは付き合いが悪く、今回は宮廷魔法使いの一人に『彼の弟子なら頼めるかな』という事でお使いに行く事になったという経緯があったりする。ちなみにウィアは単に、行きたい、と言ってついてきただけである。オマケのくせに行く時間の調整はウィアの都合に合わせる事になったので、ラークとしてはその部分に関してはかなり面白くない。 「お師匠様は……まぁ、ウィアの事は割と気に入りそうだけど、あの人も気分屋だからなぁ……今日は機嫌がいいといいんだけど」 「ん? 何か言ったか?」 「なんでもないよっ」 ラークの師匠は魔法使いとしてはお堅い人物ではないのはいいのだが、機嫌のいい時と悪い時の差が激しいので話しかけるタイミングが難しい。魔法使いなのに魔法使いがあまり好きではなく……だから魔法使いっぽいへんくつだったり理屈屋だったり偉そうだったりという人間も嫌いである。そういう事なのでウィアのような人間は比較的歓迎されやすい筈だとは思うのだが……それには、機嫌が悪い時でさえなければ、という条件がつく。 家と家の間の細道に入れば緑の看板は本当にすぐ目に入ってくる。途端ウィアが、あれだな、と声を上げて駆けだすのを見たラークは、本当にいつまで経ってもガキだなと思いながら後から余裕の足取りでついて行く。そうして、急いで行ったはいいがドアを開けるにはラークを待つしかなくてドア前でうだうだしているウィアの姿を見ると、優越感にこっそり気分が良くなりながら仕方ないなぁなんて言ってドアに手を掛けた。 とはいえ、ドアを開けるのは師匠の人柄的に毎回緊張するものである。いつも通り、今日はお師匠様の機嫌がいいですようにと祈りながら思い切ってドアを開ければ、にこやかな笑顔の師匠と目が合って、緊張して身構えていたラークの体から一斉に力が抜けた。 「おぉラークか、今日はどうした?」 くったりと気が抜けながら中へ入ったラークは、そこで辺りを見回して老人が一人椅子に座っているのを見つける。 「そのちょっと薬草を分けて貰いたいなというのと手紙を預かってきて……すみません、治療中でしたか?」 「いや、患者じゃない、ちょっとした昔の知り合いが来てたところだ」 そうすればその老人はにこりと笑ってラークに笑い掛けてくる。 「用事があるなら私は待っているからね、気にしないでいいよ」 それに会釈を返したラークだったが。 「あーーーーーあんたはあん時のじーさんっ」 と、そこで後ろからとんでもない大声が飛び込んできてその場で軽く飛び上がる事になった。 後ろから覗き込むように入ってきたウィアの声に、ラークは驚いた後に耳を塞いで嫌そうに振り返った。 「ウィア、何を……」 と、聞こうとしてもウィアの目にラークが入っていないのだから聞いてくれる訳もない。ウィアは中に入ってくるとラークの横をすり抜けて、座っている老人の前にずかずかと歩いていった。 「ったく、何者だってずっと思ってたんだけどなっ、やっとこの間あんたの正体分ったぞっ、本当にとんでもないタヌキ親父だぜ」 「ははは、そうかい、今回は君でもちゃんと交代式を見てたという訳だね」 「そりゃーなー……」 何がどうなっているのか分らない――ラークはどうやら知り合いらしい老人とウィアの顔を交互に見てから顔を顰めた。 「まぁこの間はね、私の正体を言う訳にいかなかったのは分かるだろ?」 「まぁ、そりゃー……なぁ」 「で、この間の私との話は役に立ったかい?」 「そりゃー……あぁうん、少しあれでほっとした、ありがとう……ございます」 「うん、それなら良かった」 まったく話が見えないラークだったが、笑顔でにこにこしているだけなのに老人には妙に威厳みたいなものがあって話に割り込むのにも躊躇する。だから黙って彼らの顔を睨んでいると、頭にぽん、と手を置かれて顔を上げた。 「手紙ってのは誰からだ?」 魔法使いらしくないラークのお師匠様は、冒険者としてあちこち行っている分ガタイが良くて背も高い。この人と最初に会った時からは相当に自分も背が伸びた筈なんだけど……と思いながらも、やっぱりいつも通り見上げるしかない彼の顔は機嫌がいいから、ラークは少し肩の力を抜いてその体勢のまま答えた。 「宮廷魔法使いで、クノームっていう人です」 そうすれば彼は顔を顰めて……だがそれは機嫌が悪くなったというより考え込んでいる所為だと分かってまたほっとする。 「そっか……んじゃ決まりか。よしラーク、少し大事な話がある、こっちへ来い」 「え、えぇっ、御師匠様っ、ウィアの紹介はっ」 「あぁ、後でいい。向うも向うで立て込んでるみたいだしな」 頭に手を置かれたまま引き寄せるように押してから歩き出した師匠に従って、ラークはそのまま治療室の方へ連れて行かれる。ウィアは老人を睨んで話している最中だったがその老人がこちらに手を振っていたので、まぁいいか、と思いつつ、ともかくこの師匠に抵抗するのは無駄なので大人しく言う事を聞く事にした。 そうして部屋に入ればすぐ、診察用の椅子に座った師匠である植物系魔法使いダンセンは、ラークから手紙を受け取ると少し難しい顔をしてそれを読み始めた。ラークとしては読み進める内にどんどん表情が険しくなっていく師匠にちょっとはらはらしていたりしたのだが、とりあえずいきなり怒鳴り出したり立ちあがったりという事はなく……ただ彼は読み終わると大きく大きくため息をついて、けれどもそれから膝をぽんっと叩いてこちら向いた後、怒ってはいないが真剣な目で見つめてくる。しかも待っているのになかなか師匠は話し出さないのだからラークとしては困るしかない。 「あ、あのーお師匠、様?」 さすがに耐えきれなくてラークから聞いてみれば、肉体派魔法使い(前に本人がそう言っていた)の師匠はやっと口を開いてくれた。 「なぁ……ラーク」 「はい?」 だがそこで師匠はまた口を閉ざす。ラークとしてはその間がかなり怖いのだが、目の前の魔法使いはまたため息をついた後、やれやれと首を振ってまたこちらから目を逸らしてしまった。……のだが、それで内心ガクっとしていたラークに、言い捨てるように師である魔法使いは言ってくれた。 「お前さ、今のまま魔法使いにしてやるっていったらなるか?」 「……え?」 口を開いたまま、ラークはその場で硬直した。 --------------------------------------------- ラークの師匠のダンセンさんは前に出てたウォルキア・ウッド師の弟子です。 |