【7】 「父上、そういう催促の仕方はみっともないです」 「だがなぁゼッテン、お前もこいつの素顔を見れば分かるぞ、折角会えたなら一分一秒でも長く見てたいっていうくらいの美人なんだぞ、ヤれなくても顔が見れればいいと俺が思うくらいの美人なんだぞ」 「父上……さすがに他国にきてまで色欲に素直過ぎる言動は品性が無さすぎます」 「お前、そういう話し方するとあいつにそっくりだな」 「俺は母上からさんざん父上の愚痴を聞いて育ってますから」 「うむぅ……お前はあいつに任せ過ぎた。もう少し早く鉄の館に連れてくるべきだったな、失敗した」 どうやらレザの息子は色事方面の感覚は父親に似なかったらしい。戦場だと敵にとっては恐怖の対象のような男だが、普段は部下や息子に怒られる情けない一面があって、そんなところもあれだけの目にあわされても彼を憎めない理由だった。 「それでも、戦士としての貴方は俺の誇りです、父上」 散々父親にきつい事を言っていたゼッテンだが、最後に笑顔でそう言えばレザも目を細めて嬉しそうに笑う。そんな二人の関係をシーグルも目を細めて羨ましく見つめ、だが同時に心に落ちてくる寂しさのようなものがあるのも分かっていた。 「……で、レイリース、向うはなんて言ってるんだ?」 意識が沈んで行きそうなところで横に来ていたエルにそう言われて、シーグルは急いで考えを切り捨てた。客人の前で暗い考えに囚われる訳にはいかないと自分を叱咤し、一度軽く息をついてから、この団での兄である男に向き直った。 「あ、あぁ……レザ男爵の隣にいるのは彼の跡継ぎだそうだ。あとは男爵が……ちゃんとセイネリアにも許可を取っているから兜を取って顔を見せて欲しいと言ってきたんだ」 そういえば自分かラウドゥが通訳しないとエルは向うの言葉が分らないのだと思い直し、慌ててシーグルは説明したのだが。 「そうか……よしレイリース断れ」 「エ……エル?」 即答でなんだか不機嫌そうにエルがそう言ってきたから、思わずシーグルは彼の顔をじっと見つめた。 「なんつーかあの親父はお前の事をいつもいやらしい目で見てやがる。そんな奴にお前の顔を見せるこたねぇ」 「いやだが……隠す必要がないのなら兜を取らないのは失礼だろう」 「いや、見せンな。危険だし勿体ねぇ」 「エル……勿体ないというのは分からないんだが」 困るというかシーグルは頭が痛くなってきた。そしてそんなやりとりをしていれば、当然ながら今度はこちらの言葉が分らない向う側がおかしいと思いだす。 「ラウ、あっちは何を言ってるんだ?」 「えーバロン、向うの御仁は貴方のスケベ親父ぶりを見抜いたらしく、レイリース様に顔を見せる必要はないと言っているようです」 「なんだとぉ、奴はどういう権限で言ってる訳だ」 そうなればそれでラウドゥがエルに男爵の言葉そのままを伝えて聞いてくるのもまた当然で、聞かれればエルは堂々と答える。 「俺はこいつの兄だ!」 「……という事らしいです、バロン」 「何ィっ、兄だと、前はそんな事言ってなかったじゃないか。ならちゃんと話さないとならんだろ!」 と、ラウドゥが間に入って本格的に二人で話しだし、やたらと話が盛り上がったと思ったら、何故か気づけばエルとレザ男爵が飲み比べをする事になっていた。更にその後、すっかり顔を赤くした二人はいつの間にか意気投合していて、豪快な笑い声が部屋に響いていたりしていたのだった。 「うーむ、なかなか気分のいい男じゃないか、お前のアッテラという神の教えも面白い」 「とんでもねぇスケベ親父だがわっかりやすい男だな。流石国民が全員兵士と言われるアウグ人だ、貴族様でも気取ってねぇ」 そうしてやっとのことで、相当に酔っぱらって機嫌が良くなっているエルからシーグルに許しの言葉が出たのだった。 「ま、仕方ねぇなぁ、マスターに手ぇ出さねぇと約束してンならいいだろ、レイリースっ、顔見せてやってもいいぞ〜」 ただその時にはシーグルもなんだかすっかりあっけに取られて呆れ切っていた為、言われてやっとそもそも自分が兜を取るかどうかで揉めてたという事を思い出したのだが。だからまぁ言われたからには仕方ないと兜を取ったのはいいとして、ほっとして外気を思い切り吸った直後、思わず顔を顰めてしまう事になったのは当然と言えば当然だった。 ……原因は酒臭い、というその一言に尽きる。 兜をしていた時から臭いはあったが、遮るものが何もなくなった分一気に臭いが押し寄せてきたらしい。シーグルはすぐに手で鼻と口を押さえて下を向いた。 「どうしたっレイリースっ」 「酒の臭いが一気に……」 「何ィ、換気だ換気、窓開けろっ」 今度は部屋の面々がばたばたと走り回って、窓を開けたりマントやテーブルクロスで仰ぎ始めたりの騒ぎとなる。それで確かに大分臭いは去ってシーグルも顔を上げる事が出来たのだが、なんだか大の大人の男が皆そろって部屋の中でバタバタバタバタ扇いでいるという図が目に飛び込んできて、そのまぬけぶりには悪いと思いつつも笑ってしまった。 「どうだ、もう大丈夫か?」 「あ、あぁ……ありがとう、すまない」 全員がほっとした様子で席に戻って、ちょっとぐったりと椅子に座るのを見ていればまた笑みが湧いてきてしまうのも仕方ない。 だがそうしていれば今度はいつの間にか皆の視線が集まっていて……気付いたシーグルは困惑する。 「うむ、やっぱり相変わらず美人だな。眼福というのはまさにこういうのを言うものだ。どうだゼッテン、とびきりの美人だろ」 「は、はい、父上……」 にこにことやたら嬉しそうなレザと、ぼうっと自分を見つめている彼の息子の視線は、さすがに真正面から受け止めるのは恥ずかし過ぎた。しかも酒が入って赤くなっているエルまでもが上機嫌でじっと見つめてくるのだからシーグルとしては困るしかなくなる。 「そういや俺も元気になってからのお前の顔見てなかったよな〜うん、まさに眼福、ってか前より細くなった所為か余計色気があるような……」 酒に酔っているのもあってほわんとした顔でそんな事を言うのだから、シーグルは視線の持って行き場が無くて天井などを意味もなく見る事になった……のだが。 「……やっぱり親子だな、お前の息子はお前にそっくりだ。将来この国にくる楽しみがまた増えたぞ」 そのレザの言葉にシーグルが思わず彼の顔を見れば、根っからの戦士である男は、にかりと屈託なく笑った。 「お前さんの正体とここの王様の間柄の事は我が王にも言ってはいない、レザ家だけの秘密として伝えていくつもりだ。ゼッテンには例え再びクリュースと我が国が敵となったとしてもそれだけは秘密にしろと言ってある。そして、出来るだけはお前の事を助けてやれともな。ゼッテンもやがて自分の跡継ぎにそう伝える筈だ。……そのくらいの覚悟がある程度には、俺はお前の事を本気で気に入っているんだぞ」 それでシーグルは、レザもまた自分の時が止まっている事を知っているのだと分ってしまった。 だがそれを聞き返そうとするより早く、いかにも戦士らしいいかつい体躯の男は、にかっと笑った顔そのままで息子の頭をぽんぽんと押さえるように何度か叩いた。 ――あぁ、何故だろう。 「俺の血を継ぐ者達だ、こいつを見て分かるようにきっと皆お前を気に入るさ。だからな、いつだってなんかあったらアウグのレザ家を訪ねてこい」 尚も調子にのって叩いてくるレザの腕を迷惑そうに避けたゼッテンも、父親と少し椅子を離してからシーグルに向けて姿勢を正す。 「そうですレイリース様、我が家の名誉と戦士の誇りに掛けて貴方の秘密は守ります。そしていつでも我が家は貴方を大切な客人としてお迎えすると誓いましょう」 何故、彼らはこんなに簡単に自分の事を受け入れてくれるのだろう、とシーグルは考える。元から好意を持ってくれていたとはいえ、歳を取らない存在なんて普通は簡単に受け入れられるものじゃない。受け入れたって、こんなに当然のように笑い掛けてなんてくれないだろう。 その彼の変わらなさが有難かった。彼が息子と笑い合うその姿には少しだけ羨ましいと思ってしまうものの、彼らを見ているのをとても嬉しいとシーグルは感じていた。 「……まったく、レザ男爵がくるなら最初からそう言えばいいじゃないか」 遅くに帰って来たセイネリアと夕飯を取りながら言えば、彼は食事の手さえ止めずにしれっと答えた。 「お前を迎えに行かせたくなかったからな」 それにはシーグルの方が食事の手を止めてしまう。 セイネリアは不快そうに顔を上げた。 「相手がレザだと分かってたら、お前は自分から迎えにいくだろ」 「それは……彼の身分的にもその方が失礼がないだろうし……」 「奴に失礼だなんだと気にする事はない、今回のあいつは自分の身分を隠してあくまで冒険者として来ただけだ。それこそお前の立場で迎えに出る事はない」 「……それならエルの出迎えも不自然だろ」 「あいつが自分から行くと言ったからいいんだ」 それは恐らく――最初からレザの事をシーグルを狙っている人物だとでもセイネリアが彼に吹き込んだからじゃないのかとシーグルは考える。それならどうにも最初からエルがレザの事を良く思っていなそうな目で見ていたこともよくわかるというものだ。それにここのところセイネリアの言動にびくびくしていたエルなら、セイネリアが迎えを引き受けて貰いそうな空気を出していたら二つ返事で了承するだろう、というのもある。 とりあえず、これ以上この件について話してもどうにもならないと思ったシーグルは話を変える事にした。 「それにしてもレザは冒険者になったのか……彼ならすぐ上級冒険者になれそうだ」 腕が確かな事は分かっている分、シーグルは確信を込めてそう言ったのだが、セイネリアはそれに少し楽しそうな声で返してきた。 「さぁどうだろうな、最初の仕事はやり過ぎて依頼主から文句が来た上に、その依頼主を怒鳴りつけた所為でポイントが減らされたらしいぞ」 その風景が簡単に思い浮かぶだけにシーグルは笑ってしまった。 「らしいな。……だが、楽しそうだ」 あの豪快過ぎる男と、それを抑えようとする部下達。たまに息子に怒られて気まずそうにするレザと部下達の仕事風景を想像したら、それには素直に楽しそうだという言葉が出てしまった。更には自分が騎士になって間もない頃……クルスやグリューと冒険していた頃の事まで思い出せば、それを懐かしく感じてしまうのも仕方ない。 「シーグル」 名を呼ばれてセイネリアの顔を見れば、彼はただじっとこちらの顔を穏やかな様子で見つめていて、シーグルは少し首を傾げながら聞き返した。 「何だ?」 そうすればセイネリアは軽く笑って、それからなんでもない事のようにさらっと言う。 「いや……お前は綺麗だなと思ってな」 シーグルは固まった。いや、容姿を褒められるのは慣れているし、今日など散々レザに美人だなんだと言われまくったが……考えれば、茶化していないセイネリアに真顔でこんな事を言われたのは初めてな気もして、そう思えば何故か顔がカァっと熱くなるのが分る。 「お、ま、え、は……今になって、何、を……」 「いや、俺もあまり意識してなかったんだが、改めてみてお前は綺麗だなと思っただけだ」 なぜそういう事をしれっと恥ずかしげもなく言えるのか、シーグルは一度口を手で押さえて一度感情を抑えてから、大きく息を吸って怒鳴った。 「そういうのは女に言えっ」 それにセイネリアは何故か嬉しそうに笑った。 --------------------------------------------- レザさんやっぱいいオッサンだな……って話を最後にただのバカップル話にするセイネリア。 |