謀略と絶たれた未来




  【9】



「――さて、アルスオード・シルバスピナよ。今のお前は、ウォールト王子暗殺計画の首謀者という事になっている。お前からの使者に呼び出されて、王子が大神殿を抜け出したのが最後だった……というのがその理由だ」

 普通なら、それだけで旧貴族当主をいきなり拘束など出来るはずがない。最低限、その使者というのを捕まえて、それが本当にシーグルの命令だったのか確認をとれていることが前提となる。
 だがおそらく、この件に関してそれは行われていない。行われていたなら、シーグルの耳に入ってきていない筈はない。

「そもそも私がどうしてウォールト様を殺す必要があるのでしょうか?」

 だからシーグルはそう聞いてみる。いくらこちらに罪をなすりつけるにしても、現状どう考えてもシーグルがウォールト王子を殺す理由がない。これで発表しても、各地の領主はおろか、一般人でさえ納得させる事は出来ないだろう。
 そうすれば王はにやりと口元を歪ませて、シーグルに対して見下した視線を向けた。

「それは簡単だ、目的はわが国を混乱させる為――お前はノウムネズの戦いの後、アウグの捕虜となり、そうして自力で逃げて帰ってきたという事になっている。だが本当はアウグ内で洗脳され、かの国の為に働く為に帰ってきたのだ。……そうである方が、捕虜となったのに身代金の請求もなく、一人で無事帰ってきたという理由に説明がつくではないか」
「な……」

 そんな馬鹿な話が通る筈がない――そう言いかけてシーグルは黙る。
 つまり、アウグから帰還したことについて今まで何も追求されなかったのは、この為だったのかと今更に理解する。

「勿論、それでもお前が無実を主張するなら、後はリパの『告白』を使って証明するしかないであろう。だがお前は旧貴族の当主として『告白』を拒否する権利がある、裁判の席で無実を証明するために『告白』を受けるかどうかは……お前が決める事だ」

 王の笑みは消えない。
 王は確信しているのだ、シーグルが『告白』を拒否することを。
 無言で王を睨むしかないシーグルの顔を機嫌良さそうな笑みのまま見つめて、王は頬づえを止めると両手を肘掛けに置き、ゆったりと背もたれに背を寄り掛からせた。

「話は変わるが、セイネリア・クロッセス、あれは中々厄介な男だな。たかがごろつき集団の頭程度であるのに、奴の名が出ただけで皆腰が引ける。貴族共も騎士団の者も、奴にはヘタに手を出すべきではないとこの私を宥めてくる始末だ」

 シーグルは益々顔を顰める。
 ここでセイネリアの話が出るという事は――おそらくは、シーグルの罪状を取り下げる条件がセイネリアに関しての事なのだろうと予想出来た。

「私からも忠告させて頂きます、あの男には手を出すべきではありません」

 口元に苦い笑み浮かべながらも瞳は王の顔をじっと見据えて言えば、王はぐらかすようにわざと軽い口調で返してくる。

「そうもいかん、それだけの影響力のある者を野放しにもしておけまい。最強などと呼ばれて調子に乗った挙句、私に反旗を翻す者達に担がれて勘違いをする可能性もある」
「あの男は自分が地位を手にいれる事に興味がありません」
「それはどうだろうな。人間、自分が力を持っていると錯覚すると更に上を目指したくなるものだ」
「……彼が持つ力は、錯覚するような中途半端なモノではありません」
「ほう、お前は奴の情人として、よく知っているという訳か?」

 シーグルは口を閉ざす。
 否定はしないが、肯定も出来ない。当然向うもある程度は分かっていて聞いているのだろうが、正確な関係を知らせる訳にはいかなかった。

「違うのか? 一時期、首都では有名な話だったらしいではないか。情人であるお前の為なら、セイネリア・クロッセスが動くと。どのような間柄だったのだ?」

 シーグルは黙ってただ王を睨む。楽しそうにそれを見ている王は、再び肘を立てて頬杖をついた。

「否定をしないという事は、肯定でもある。……まぁいい、今の状態で聞いても真実を話すか分らぬしな、確認方法は別にある。だが、セイネリア・クロッセスがお前に対して大層執着しているというのが本当なら……お前はまだ私の役に立てるのだがな」
「どういう意味でしょうか」
「ここまで言えば交渉だというのは分かるのだろう。簡単な話だ、お前はあの男が国を乱す企みを持つ反逆者であるという証人となるのだ。そうして、我が命を受け、兵を率いてあの男を倒せ」

 それにはさすがに、シーグルも言葉を返すよりも先に一瞬、驚いた。
 だがすぐに王の意図を全部察して、怒りが湧き上がってくる。

「そうすればお前の罪状は取り消してやろう。何、いくらでも『犯人』候補はいるからな」

 つまりこれで本当に、今回のシーグルに対する罪状をでっちあげたのは王の仕業だという事が確定されたという事になる。それで今度は、そのでっちあげた罪状を無くす代わりにセイネリアを反逆者に仕立てあげろという訳だ。
 ある程度似たような内容を交渉をされるとは予想していたものの、王のあまりの考えなさ、愚かさに落胆と怒りで頭がぐらぐらと揺れる気がしてくる。ふざけるな、と思わず怒鳴り散らしたくなる自分を抑えて、シーグルは一度深呼吸をすると王をまた睨んだ。

「残念ながら陛下……私程度ではいくら兵を率いてもあの男を倒せるとは思えません。その計画を実行されても、あの男をどうにかする事は出来ないと思いますが」

 噛みしめる歯を笑みに変えてシーグルが王にいえば、王もまた満足そうに笑う。

「どうかな。……魔法使い共によれば、お前が『こちら側』にいさえすれば、あの男はそうそうに手を出せなくなるという事だが」
「あの男をそう簡単に思い通りに動かせると思わない方がよろしいかと」
「最悪、お前を盾にすればいいという事だが」
「私の存在一つであの男を好きには出来ません」

 ――それは、嘘だ。

 シーグルの為なら、セイネリアは動く。それはシーグルもわかっていた。
 それでも、王の意図通りに操られなどはしない。どちらにしろ王の思い通りには動かせなどしない、だから意味がない事に違いはない。

「まぁ、お前がそういうなら――今はそれでいい。だがよく考えておくことだな。さて、とりあえずは、お前とあの男の関係を確認しておく事にするか――イシュティト、良いぞ、後はお前に任す」

 そこで聞いた名に身構えれば、予想通りの姿が敷居となっているカーテンの向うから姿を現した。
 リーズガン・イシュティト、騎士団参謀部長であり常日頃からシーグルを汚らわしい目で見ていた男――だが彼が王側についているだろうという事は、彼の行動を思い起こせば十分予想の範囲内だった。だからシーグルは彼の顔を見ただけでは驚かなかった。シーグルがそこで大きく目を見開いたのは、リーズガンの後ろについていたフードを被った魔法使いらしき人物が、そのフードを外したからに他ならない。

「キール……何故?」

 見間違う筈もない、自分の文官の魔法使いの名を呟いて、シーグルは呆然とする。

「君は正式に騎士団から除名されたからね。彼は魔法使いとして有能な為、一時的に私の手伝いをしてもらっているんだよ」

 得意げに言いながら近づいてくるリーズガンと違い、キールは何も言おうとはしなかった。だがこちらを見てくる彼の瞳が、操られているようなモノではなく確実に正気である事を確認して、シーグルは一度目を閉じて顔から動揺を追い出した。

「意外な再会で驚いたかね? 裏切者と彼を罵るかね? まぁ仕方ない、権力の傍で生き残るには正しく現状を分析し優位な陣営を見極める能力が必要だ。……さもないと、君のように高貴な地位であってもこのような目に合う」

 リーズガンの視線は相変わらずじっとりとまとわりつくように不快で、彼がこうしてここにいるという事で、自分がこれからどのような目に会うかまではおおよそ予想出来た。

――誰に抱かれるのも同じだ、どうせそういう意味で惜しむような体じゃない。

 そう、『彼』以外なら、誰に抱かれるのも同じだった。嫌な男に無理に抱かれるのはリーズガンが最初ではない。それどころか、自分でももう正確に把握できない程だ。

「全く、相変わらず細い体だ。……前よりもまた細くなった気さえするね」

 荒い息遣いを隠そうともせず、当然のようにリーズガンの手がシーグルの服を脱がせていく。下肢の衣服に手を掛けてきた時には蹴ろうとしたのだが、そこは傍に控えていた顔に布を被った男に押さえつけられた。
 そうしてシーグルの裸体を露わにすると、一度リーズガンは下がって王の視界から引いた。

「確かに……男でも、なかなか見ても楽しめる体ではあるな」

 頬杖をついたまま王が言えば、リーズガンが王に向かって深々と礼をする。

「えぇ、見るだけではなく……実際とても楽しめる体でございます」
「まぁ私は男を抱く趣味はないからな。だがこれなら、見るに堪えないという事態にはならなそうだな。良いぞ、やるがいい」
「はい、とても好い声で鳴きますので、陛下も十分楽しめるかと」
「楽しみにしている」

 彼らのやりとりが終わって、リーズガンがこちらを向いた事でシーグルは覚悟した。
 この男はシーグルが騎士団に入った時から、ずっとそういう目を向けてきた。だから当然、ここでこれからこの男によって拷問代わりに犯されるのだろうと思ったシーグルだったが、予想に反して体に上から覆いかぶさるように近づいてきたのはキールの方だった。
 彼は顔を目の前まで近づけてくると、互いの唇が重なる直前に小さく囁いた。

『どうか、大人しくお飲みください』

 そうして、口づけと共に口の中に押し込まれた何か冷たい石のようなものを、最初シーグルは反射的に舌で押し返した。だが、キールの舌がそれを喉の奥に押し込んでくるにいたって、躊躇した後、こくりと飲み込んだ。
 唇を離したキールは、本当に申し訳なさそうな顔をしていて、それを見ていればだんだんと身体が重くなってくる、意識が急激な睡魔に覆い隠されていく。
 台の上に頭を預け、目の閉じたシーグルを見ると、キールはその耳元に呪文を呟いた。

「何をしているのだ?」
「彼の本心を引きずり出すのですよ」

 後ろで王とリーズガンの会話を聞きながら、目を開いたシーグルの目の前にキールは赤い石を押し付けた。どこか焦点の定まらぬ濃い青の瞳が、焦点があやふやなままその石を見た。

「アルスオード・シーグル・アゼル・リシェ・シルバスピナ、お前が今、一番会いたい、会わねばならない男を思い浮かべよ。その者が今、お前の目の前にいる」

 言えば、赤い石をぼんやりと見つめるだけだった瞳が定まっていく。
 キールがそれで体を引くと、代わりにリーズガンがシーグルの体の上に圧し掛かっていった。




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 キールさん、いろいろ事情があります……。次回はエロ。



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