【13】 多くの人々で賑わうウィズロンの街、その領主の館には今は国王であるシグネットと摂政であるロージェンティが滞在していた。つまるところ将軍府回りの人間と魔法使いは総管理官の屋敷に、王族は領主の館にと分けられた訳である。それは領主の館にアウグ側の王も滞在する予定であるからであって、その所為で今この館の警備はとてつもなくものものしい状態で、ウィアは折角のウィズロンを見物することもなく部屋に閉じ込められていた。 ――あれはシーグルだ。 間違いない、と納得出来た後、それでも彼が肯定しなかったのを見てウィアは察した。彼にはどうしても正体を明かせない理由があって、もう二度とシルバスピナを名乗る気はないのだろうと。 本当は今すぐにでもそれをフェゼントに教えてやりたいけれど、勿論そうする気はウィアにはなかった。彼が死んだ事にしてほしいなら、それは黙っているべきだというくらいは理解出来た。大切な恋人に隠し事は裏切りのようで胸が痛むが、せめてシーグル本人から伝えてもいいか許可が取れるまで、もしくは伝えないとフェゼントが耐えられそうもないという特別の状態でない限りは言う気はなかった。 ただ、良かった、と思った。 彼は死んでいなかった、無実の罪で処刑なんて惨い最後を迎えていなかったのだと、それだけは単純に心から嬉しかった。 「うぃーあー、けん、ほんとーにかえしてきた?」 「おぅ、ちゃんとレイリースの手に渡してきたぞ」 おもちゃを互いに積みあげていって崩れたら負けという、子供らしく分かり易い遊びをしていたシグネットは、そろそろ崩れそうな高さの上に慎重におもちゃを置こうとしているウィアに向けて突然にそう言ってきた。 「そっかー、じゃぁうぃあ、けんつかったのみた?」 「いんや、そういや見せて貰わなかったな、うん、なんかやって見せて貰えば良かったな〜」 「けんはねー、しーうるのいろをうすくしたいろだったよ、きれいだった」 「こーらシグネット、父上、だろ」 「……そっか、ごめんなさい」 一応シーグルを父上と言うようになったシグネットだが、たまにこうボロが出るところがウィアとしては可愛いかったりする。未だにシーグルとちゃんと言えないところもまた愛嬌だ。ただ、シーグルと前から付き合いのある人間には微笑ましくても、貴族貴族してる連中は顔を顰めてくるからそういう奴らに文句を言わせないためには最近注意するようにはしてるのだが。 そうしていると、護衛官以外でいたもう一人の声が割り込んでくる。 「そういえば魔剣の刀身には僅かに色がついてるって聞いたことはあるかな」 「へー」 ヴィセントは基本的に部屋の隅で本を読んでいるだけなのだが、興味がある話の時にはこうして唐突に話題に入ってくる。だからラークがいる時はちょいちょい入ってきていたのだが、ウィアとシグネットの会話が基本になってからは滅多に声を出す事がなくなっていた。 自分が理解出来ない難しい話題はあっさりスルーするのが得意なシグネットは、そこで瞳をキラキラさせてウィアに訴えかけてくる。 「すごいんだよー、れいりぃがけんをつかうとね、ごうって、わーって」 ともかくあの襲撃はシグネット的には怖くもあったが楽しくもあったらしく、今のこの少年王は暇さえあればその時の話をしたがった。とはいえさすがに子供な事もあって時折解読不能というか意味不明な勢いだけの言葉になるのだが。ごうっとわーって、つまりごうって何かが起こって敵がわーって騒いだ事だろうか――……とウィアは想像してみて、まぁシグネット自身もそれくらいあやふやに覚えてるくらいが丁度いいかもしれない、とも思う。 それから、自分の順番になっておもちゃを置こうと真剣な顔をしているシグネットを眺めていたウィアは、ふいに思いついて聞いてみる事にした。 「……なぁシグネット、レイリースが好きか?」 おもちゃを置く場所を悩んでいたシグネットは、そこで満面の笑顔と共に顔を上げた。 「うん、れいりぃすきっ、れいりぃはつよかった、うぃあよりかっこよかった」 「……いや、俺よりは余計だけどさ」 「ずっとおれをぎゅってして、かならずしょーぐんがくるからって」 何度も聞いた話だが、どうやら逃げている最中ずっとシグネットはレイリース……恐らくシーグルに抱きかかえられていたらしい。何も記憶に残らない赤子ではなく、ちゃんと覚えておける年齢になってから父親に抱いて貰えたんだな、なんて思ってしまえばウィアはなんだか嬉しくなってしまった、だから。 「んじゃお前は、そのときのぎゅってしてもらったのを忘れるんじゃねーぞ」 言って父親と同じ銀色の頭をぽんぽんと押さえて撫でれば、満面の笑みを浮かべて小さな少年王は精一杯元気よく答えた。 「うんっ」 END. >>>> 次のエピソードへ。 --------------------------------------------- そんな訳でこのエピソードも終了です。セイネリアの秘密が分かって、ウィアにバレて……と確実に終わりへと近づいてきてます。 |