<警備隊西第2隊> 【前編】 冒険者制度のあるこのクリュースでは、基本的に戦闘能力があると認められている冒険者同士の諍いでは相手を殺したとしても罪にはならない。……という事で、それ幸いと罪にならない殺人を楽しむような輩が出たりもするのだが、それも大抵は恨みを持った者や邪魔だと思った者に始末され、意外に秩序は保たれているものだ。 と、いうのが建前の話なのだが。 勿論、全てがそんなに毎回上手く行く訳もなく、どうしようもなくなった場合は政府がこっそり裏で始末をさせているというカラクリが実はあったりする。それは普段は街を守る警備隊の一員として働きながら、上から命令があった時だけ夜の闇に紛れて始末をする者達によってなされている、訳だが……。 皆の視線の中、とても申し訳なさそうに縮こまって座っていたザウンは、向うからちょっとだけ急いだ様子でやってくる人影を見て気まずそうに首を竦めた。 「えぇ? ザウン君どーしたの?」 この警備隊西第二隊の隊長であるオールベイ・クッツ・ロウズモアの、いつも通りの緊張感のない声が警備隊詰所入口の小部屋に響く。 「ねん挫だ、ねん挫、そんな騒ぐものじゃない、気が散るから黙ってろ」 と、隊長の事を敬う気など皆無と分かる声は、この隊の隊員兼治癒役でもあるアッテラ神官の女性、エレーナ・ハプルスのものだった。ちなみに女性とはいえ戦神アッテラの神官というだけあって、言動からしてかなり男前な人物である。 「スリを捕まえようとして走ったら転んでなぁ」 と言ったのはニコ・デーメイで、警備隊員らしく、いかにも戦士といった体付きで早い話ガタイがいい。 「あの辺りは石畳も古いままでぼこぼこだからな、慣れてないと仕方ない」 それに続けたのはニコの相方であるカウルス。こちらも勿論警備隊らしくガタイが良くて、彼ら二人に挟まれているとザウンはいつもとてつもなく居心地が悪い。そんな二人も隊長が近づいてくればザウンの両脇からどいて、いつも緩い笑顔のおっさん隊長がザウンの傍にしゃがみこんだ。 「まぁねぇ、他に怪我はなかったかな?」 「後はちょっとした擦り傷だけです、もう治して貰いました」 「そっかぁ良かったねぇ、ザウン君に何かあったら俺そのスリを殺してきちゃったかもだよ〜」 そういって頬を摺り寄せてくる隊長の言葉は不穏過ぎて笑えない。ざりざりと無精髭の感触に頬を引き攣らせながらもザウンは、貴方が言うとシャレにならないですから、とここに来てから慣れ過ぎてしまった心の中だけ突っ込みをした。 「だ〜か〜ら〜邪魔だっっ、気が散るといってるだろっ。アッテラの治癒術は術者だけじゃなく術を受ける側も集中が必要なんだぞっ」 そこで再びエレーナが怒鳴れば、隊長も大人しくしゃがんだままの体勢でスススと後ずさった。 この、一見やる気がなさそうでのほほんとしてゆるいただのオッサンに見える隊長が、実は剣を持てば凄腕などとはその正体を知っている者以外一体誰が想像できるだろう。政府の命を受け、どうにもならない極悪人をこっそり始末するなんて物騒な仕事をしてるなど、皆に言ったら笑われるに違いない。 「ま、しっかたないかぁ。んじゃザウン君が抜けた分、今日は俺が見回りいってくるかな」 だが隊長がそう言った途端、回りの者達の表情が変わってざわめきが起こった。 「えぇぇっ、隊長が見回りですかっ」 「いつも執務室で昼寝が仕事みたいな人がっ」 「面倒だなぁが口癖の人がっ」 彼らの反応を見て、そういえば、とザウンは考える。隊長の裏の仕事ぶりは何度も見ているが、昼間の通常業務については入った初日以外は外に出ているのを見ていないかもしれないと。思い出してみてもいつも執務室でだらだらしてる姿しかないなと。 「やぁだなー俺だってたまには外にも出るよ〜」 『たまにも』なんですか、とザウンは喉まで出かかったつっこみの言葉を飲み込んだ。 「それにさぁ〜ザウン君は真面目で義理堅いからね、ここで貸し作っておくと後でいろいろ楽しい事頼めるじゃない?」 えぇぇぇ楽しい事って何ですかやっぱりベッドの中でのことですかそれとももっと無茶ぶりですかーーーと叫びたい言葉をザウンは必死で抑える。するとそこで、ずっとザウンの足に触れていた手の感触が消えた。 「……よし、もういい、痛くはないだろ? だが今日一日は安静にしている事。とはいえアッテラの信徒であるならそもそもこの程度で怪我なぞしないようにする事だな」 「あ、はいっ」 実はアッテラ信徒であるザウンは、右の足首近くに小さくその印である入れ墨がある。治療でエレーナにそれを見つかってしまった段階で『軟弱者』とか怒られるかと冷や冷やしていたのだが、彼女は割とさらっと流してくれてほっとした。なにせ、アッテラといえば鍛える事が正義というような教えの神である。強くなりたくてアッテラの信徒になったザウンだが、神殿に行く度にこの貧弱な体格を怒られるのが常であるから、信徒であるのにアッテラの神官も神殿もちょっと苦手だったりするのだ。 「よし、なら今日は有難く隊長に仕事を代わって貰って留守番でもしているといい」 言ってエレーナは立ちあがると、今度は隊長を一度睨みつけた。 「いいか、今日一杯はこの子は安静、ヘタな事はするんじゃないぞ」 「はいはい、ちゃぁんとザウン君に頼み事するのは明日以降にするよぉ」 隊長のセリフは楽しそうだが、ザウンにとっては不安要素しかない。 立ち上がって足の様子を確かめながらも、ザウンは顔を引き攣らせつつ、こちらを見てくる隊長から目を逸らす事しか出来なかった、のだが。 「ではこれで私は仕事に戻る」 と彼女が去った途端、しゃがんでいた隊長が立ちあがって、にこにこといつも通りの(見た目だけなら)無害そうな笑顔で近づいてきて……なんだろうかとザウンが首を傾げるより早く、あまりにもあっさり、こちらの背に腕を回してひょいっと抱き抱え上げられてしまった。 「んじゃ、いこーか」 「何処へですかっ?!」 あまりにも楽しそうな声と顔に、抱き上げられた事を突っこむ前に思わずそう聞いてしまう。そうすれば隊長はやっぱりにへらっと緩い笑みでザウンを見て、全く悪意がなさそうに言ってくるのだ。 「え? お留守番だから俺の代わりに俺の執務室で座っててもらおーと思ったんだけど」 あぁ成程、と思いつつも、すぐさま流石に新人の分際でそこに座るのはどうなんだともザウンは思う。 「あの、隊長室に俺みたいな新人はマズイでしょ、留守番ならなんならこの部屋の入口とかで見張りとかでもいいんですけど」 だから素直にそう言えば、隊長はからからと笑って……こういう場合はこっちの意見は却下なんだろうな……と思ったそのままを返してくれる。 「だめだよぉ、皆出払った後の留守番役だからね。扉前じゃ悪い人が来た時に危ないじゃない。隊長室なら外の連中に連絡付けるためのモノとかあるからね、緊急の時はいろいろ仕掛けもあるし」 「し、仕掛け……ですか」 「うん例えば、ボタン一つで椅子が飛んで空へポーン、とか」 「そんなのがあるんですか?!」 「いや、ある訳ないじゃない」 やっぱり笑う隊長に、ザウンは腕の中でがっくりするしかない。 「ただもしへんな連中が襲ってきたとしてもね、緊急装置を使えば本部に連絡がいって詰所内のドア全てが締まって鍵が掛かるようになってるから、助けがくるまでザウン君も無事でいられるでしょ」 それを聞けば、隊長がいつも一人で留守番をしている時はあの部屋にいるのも分かる、とは思うが……これは身を案じられているというか、俺って大事にされてるのかな、と思いつつも隊長の笑顔に不安を感じて仕方ないザウンだった。 そんな訳でともかく、その日のお留守番中には何者かの襲撃も臨時の連絡などもなく、ザウンの一日は平和に隊長室でだらだらしているだけで終わってくれた。 のだが、夜になって皆が帰って来てから、今夜は『仕事』で出かけるから、と隊長に告げられて困る事になる。勿論、ザウンは留守番になるのだが、まぁそれ自体は仕方ない事だし、ちょっと安堵したのもあるし、別に問題という訳ではないのだが……。 「うーん、これはいいのか悪いのか」 先に寝てていいからね、と言われて隊長の部屋にいるザウンは、一人だと広すぎるベッドの上に座って腕を組んで悩んでいた。 ちなみに、新人として入ってきた時からいろいろあって、現在ザウンは隊長の部屋に居候というか隊長と同室扱いとなっていた。しかも彼とは同じベッドで寝ていて、既にそういう……いわゆる肉体関係もあったりする。人目もはばからずやたらと隊長がザウンにベタベタしてくるのも既に隊では公認の仲(?)と皆に認識されているからで、事実な分否定が出来ないザウンは既に無駄に足掻いたり言い訳をする事を止めていた。 「隊長、帰ってきたらヤルんだろうなぁ……」 実は隊長は、裏のお仕事で人殺しをした後はどうやら精神的にいろいろ不安定になるらしく、ほぼ必ずといっていいくらいザウンに手を出してくる。今となっては馬鹿強くて大人なあの人に、慰めてよ、なんて言われて許したのが運の尽きとは思っているが……ザウン自身嫌という訳でもなかったりするのが困るところだ。そりゃ恥ずかしいし男としては悔しいし喘ぎ声とか情けないけど、コトの時の隊長は優しいし巧いし……まぁもろもろ忘れて没頭してしまえば気持ちいいのは確かなので嫌ではないのだ、本当に困った事に。 それに、隊長が時折見せる影は仕事をすると濃くなっていくのに、帰って来てから自分と寝ると次の朝にはいつも通りのふんわりしたおっさんに戻ってくれて、それを見るのが……なんというか……嬉しかったりもするのだ。 「よし、寝よう!」 ベッドの上で悩んでいたザウンは、唐突にそう呟くとベッドサイドのランプを消してごろんとベッドに転がった。 「うん、寝よう、今すぐ寝よう。どーせ隊長が帰ってきたら起こされてヤル事になるんだし、ならそれまでにしっかり寝とけばいいんだ」 それにこの広いベッドを独り占めなんて初めてだし、隊長が帰ってくるまで目いっぱい満喫させて貰えばいい。そう考えたザウンは、ベッドの真ん中で手足を伸ばして思い切り大の字になると、おやすみなさいと目を閉じた。 「今日は昼間張り切り過ぎてお疲れ……という訳ではないでしょうね?」 副隊長であるテデースの嫌味しか詰まっていない言葉に、西第二隊の隊長であるオールベイはいつも通りににへらっと笑って見せた。 「俺も歳だからねぇ、疲れてやる気出ないかも」 そうすれば明らかに表情を顰めてイラっと感を出してしまうのだから、彼も単純なんだよなぁなんてオールベイはのんびり思う。 「寝言はそこまでにしてください、今日の相手は早く見つけた方がいいですよ、なにせこのところ奴は毎晩殺してるらしいですから。出来れば今夜の犠牲者が出る前に始末したいんじゃないですか?」 嫌味どころか感情の全くない、今夜のもう一人の面子であるキタの冷静過ぎる言葉に苦笑しつつも、今日のターゲットを考えれば頭は自動的に仕事モードへと切り替わる。 「……そうだね」 だからそう言って、オールベイは走り出した。 警備隊の中の一部が関わるこの仕事は、実は調査部隊と実行部隊に役目が分れている。調査部隊は事前に問題の人物を特定し、その人間にマーカーと呼ばれる魔法の粉をあらかじめ掛けてくるまでが仕事で、それが完了した後に実行部隊にそのマーカーを追える魔法石が命令と共に届く事になっている。 だから仕事が決まった時点で敵を探して街中を歩き回るなんて無駄な事はしなくてよく、実行部隊はただ魔法石が示す相手を見つけて殺せばいいのだ。 懐から取り出した魔法石を見れば、マーカーの方向を示す光はかなり強くなっていた。つまり、ターゲットは近いという事だろう。 神経を研ぎ澄まし、辺りを見回す。 そうしてオールベイは目的の相手を見つける前に、僅かにか細い悲鳴を聞いて目を細めた。 「遅かった……か」 剣を抜いてまた走り出す。今度は声で場所の方向特定は出来ていた。もう魔法石を出すまでもなく、オールベイは正確に相手を追う。 そうして、暗く、細い路地に入ったところで、彼は今日のターゲットを見つける。その傍に倒れるピクリとも動かない小柄な影と血の臭いと共に。 「殺したのか?」 それだけを呟いて近づいていけば、興奮に目を血走らせた男は武器をオールベイに向けて叫んだ。 「誰だてめぇはっ」 オールベイは表情もなく――もっともこの闇の中ではあったとして顔自体が見えなかっただろうが――目だけに昏い怒りを宿し、ただゆっくりと男に近づいていった。 「殺したのか?」 もう一度聞いて、歩きながら剣を肩の上に構える。 「……あぁ、そうだ。だがこのガキは自分からやってきたんだぜ、親父の仇だってな。だから俺の罪になる事はねぇ」 途端、オールベイは表情のないまま歯を一度噛みしめた。それから踏み込めば、男との距離は一瞬でなくなる。 下種とは言っても戦闘能力だけはある男は、一応反応だけはしてみせた。 両手に持った湾曲した剣を前で交差して構え、腰を落としたその姿は、だが構えた直後にガクリと片足から力が抜けて崩れていく。 「え?」 男には何が起こったのか理解出来なかった。 だがその時既にオールベイは男に一太刀を与え、男の背後にまで行っていた。 それに気づいた男が振り向こうとしたところでもう一度オールベイの剣が男の前に走れば、ガランガランと今度は剣が落ちる音が派手に響く。 「う、うあぁぁあああっ」 地面に倒れながらも、男は血を吹きあげている自分の両手を掴もうとした。けれどそれは叶わず、遅れてきた痛みに悲鳴を上げて地面でのたうち回る事しか出来ない。腱を斬られた足も手もまともに動かず、醜い男はただ騒音と血をまき散らして石畳の上で蠢いている。 「殺していればいつか自分も殺される……それは忘れないほうがいいよ」 そうしてただ喚くだけの肉塊に最後の剣を落とし、辺りには静寂だけが残った。 オールベイは剣から血を払うと、少し離れたところに倒れている少年の死体に目を向ける。 「ごめんね」 呟いて、一度目を閉じると小さく祈りの言葉を呟く。それから目を開いて空を見上げ、見えた丸い月に目を細めた。 「そっか、今日は満月か。なら俺の祈りよりリパの祈りの方が良かったね」 そうして、ふぅ、と軽く息を吐いてから、近づいてくる副隊長のテデースとキタを見てつぶやいた。 「本当に……今日はザウン君がいなくて良かった」 --------------------------------------------- 殺伐とした話の前後にザウン君、って事で後編は爆睡ザウン君から。 |