【1】 クリュース王国が他国にない特徴として、冒険者制度というのがある。 これはある意味国が国民を管理する制度ではあるのだが、ともかくこの冒険者として登録すれば、便利な各種専用のサービスを受けられる上、その人物の実力にあった仕事を斡旋して貰えるという制度である。仕事を受ける事によって信用度や実力が内部でランク付けされ、評価が上がれば平民出の者でさえ富や名声を手に入れる事も可能という、生まれで将来が決まるこのご時世では夢のような制度でもあった。 だからこそ周辺諸国から、平民に生まれた若者達には特に、その名は憧れと共に呟かれるのだ。自由の国クリュース王国、と。 さて、この冒険者だが、一定以上のランクに上がれば特別評価欄に星印が入り、いわゆる上級冒険者、と呼ばれるようになる。 彼らは仕事を自分から貰いにいく必要もなく、貴族の護衛や大物退治など、冒険者事務局から困難な仕事が入ると依頼がくるようになる。勿論、上級冒険者と呼ばれるようになるのはそう簡単な事ではないし、だからこそ一般冒険者にとっては憧れの存在であると言えた。 「で、しーちゃん♪ ちょっと大きい仕事に付き合わないかな?」 森で一人静かに鍛錬に勤しんでいるところへ唐突にやってきた男は、こちらが剣を振る手を止めた途端にそう言ってきた。 「何故わざわざ俺のところにくる。お前なら自分の部下を連れていけばいいだけだろう」 シーグルが不機嫌そうに、やってきた全身黒い甲冑に身を固めた男――セイネリアに言えば、この国でも有名な大規模傭兵団を率いる男は、笑って傍の切り株に腰かけた。首都周辺を拠点とする冒険者なら知らぬ者はいない黒の剣傭兵団、その長として最強の騎士と呼ばれるセイネリア・クロッセス。勿論上級冒険者であるこの男は、最近ずっとシーグルに付きまとっていた。 ちなみにシーグルも上級冒険者であるのだが……そう呼ばれるようになってまだ日は浅いし年齢は若すぎるし、実力ではまったく比較できるレベルではないのは自覚している。……のだが、何故かセイネリアに気に入られたらしく、こうして仕事に誘ってくれたのはこれで3度目になる。 「そりゃー、しーちゃん誘う方が面白いからじゃないか」 「面白い……のか」 ちなみにこんなふざけた話し方をよくしてくる彼だが、どうやらこれはシーグルに対して限定らしい。一度彼の傭兵団の者も一緒に仕事に行った時は、セイネリアがこの話し方をするたびに、顔が引きつって体が固まって顔面蒼白になっていた。ついでに他の冒険者仲間に聞いた時も、彼のイメージといえばその強さと非情さの話ばかりだったので、こんな彼はあり得ないのだろう。 なにせこの男についていえば、首都セニエティで言われているこんな言葉がある。――最強の騎士セイネリア・クロッセス。奴に逆らうな、逆らえば死より恐ろしい目に合う――と。 「そりゃもう、しーちゃんの反応も面白ければ、その戦い方を見てるのも面白いからね」 とはいえ目の前のは男は、クックックとそれを喉を鳴らして言ってくるのだから、多分こちらを揶揄っているのだと思われた。その証拠にシーグルが睨み付ければ、そこで彼は肩を竦めて、わざとらしい言葉遣いを止めるのが常なのだから。 「まぁ、そう拗ねるな。今回の獲物はエレメンサ――へたをしたらドラゴンだ」 エレメンサというのは小型のドラゴンの通称で、本体は大体人間サイズかそれより少し大型程度のものを言う。勿論それでも翼を入れると倍以上のサイズになる訳だが、ドラゴンと呼ばれるのは『化け物』に相応しく、足から頭までの高さが人間の3、4倍以上はあるものになる。 「そんな大物なら……討伐隊の面子が足りないのか?」 ドラゴンを倒すとなれば、普通は相当数の戦力を整えていくのだからそう聞くのは当然だった。だが黒い甲冑に黒い髪と黒ずくめの騎士は、その肉食獣のようだと恐れられる琥珀の瞳を楽しそうに細めて気楽そうに答えた。 「いや、俺とお前だけだ」 「無茶をいうな、二人だけでどうする気だ?」 最低でも、遠距離攻撃の専門家と、防御呪文に徹する魔法使いか神官が要る。 そう言おうとしたシーグルだったが、セイネリアは自信満々といった笑みを浮かべて返してくる。 「別に俺一人でもどうにかなる。お前が足手まといにさえならなければ楽勝だろ」 そこまで言われて断る事は、シーグルのプライドに掛けて出来る訳がなかった。 そもそもなんでこの男にこんなに気に入られたのかがシーグルには分からなかった。出会いは地方砦の戦いに参加した時で、砦の若い兵に怪我をさせたのが黒の剣傭兵団の者だった事がそもそものきっかけであった。それを見たシーグルが注意をして騒ぎとなり、どちらが正しいかという事で決闘騒ぎになったのだが、その時審判役をしたのが傭兵団の長であるセイネリアだったのだ。 なにせ彼は前述の通りあまり質のよくない噂ばかりがあったから、シーグルとしては不正をされるか、仲間びいきの判定をするのではとかなり警戒していた。だが、不正はなく、決闘の判定は公正であったし、勝ったシーグルに対して本人以外に団として彼自身も謝罪もしてくれた。その後首都に帰ってから、彼はこうしてちょくちょく仕事を誘いにきてくれるようなった訳だが、今でもシーグルは彼になぜこんなに気に入られてしまったのかがよく分からなかった。 まぁ、実を言えば男につきまとわれる、というだけならこれが初めてではない。なにせシーグルは銀糸の髪に少しつり上がった濃い青の瞳と、その整った容姿のせいか悪い意味で男にもてる。事情があって幼い頃から極端に食が細いというのもあって体も細い。クリュースの法的に女性を襲う場合の規則が厳しい事もあってか、冒険者間では気楽な肉体関係は同性同士がわりと普通という風潮もあった。であるから、そういう意味で誘われたりつきまとわれたりという事がシーグルには少なくなかった。 ただセイネリアの場合は、それらの手合いとは違うようではあった。彼の誘いは仕事の話ばかりであったし、その手の誘いは今のところはない。彼に関する噂といえば、そういう意味での手は早くてあちこちに相手がいるそうだから、目的がそれならここまで時間を掛けてつきまとう必要はないだろう。……相手に困ってない、というわけだし。 「シーグル、今日はあそこで野宿をするぞ」 言いながら、前をゆくセイネリアが歩みを落として馬を並べてくる。 今回の依頼はセイリカ地方の領主からのもので、首都からは転送を使わなければ馬で4日程掛かる。実を言えばセイネリアとの仕事でここまで遠出は初めてなのだが、彼と二人で野宿というのも初めてでもないし、そこまで警戒しなくても問題はないとシーグルは思っていた。 「分かった……随分古そうだな」 セイネリアが言ってきた場所は、砂に少し埋もれそうになっている小さなほこらで、マークからおそらく風の神マクデータのものに見えた。石を積み上げて四方を囲っている程度のものだが、風がしのげるだけでもありがたい。なにせこのあたりは砂地の荒野でここでただ寝た日には砂だらけになる上に火の維持が難しい。 「というよりこの辺はあまり人がこないからな」 彼の言う通り、この砂地はそこまでの広さでもないから、普通はさっさと通り過ぎて、野宿なら森まで行くのが普通だ。 勿論、今回のシーグル達も多少無茶をすれば夜中には森まで行く事も可能ではあった。ただ今回はパーティに狩人がいない事もあって動物避けの結界が張れない。それなら、安全さでいえばどんな動物がいるか分からない森よりも、生物の少ないここの方がずっと上という判断だ。 「シーグル、お前は火をたいておけ」 「分かった」 ほこらにつくとセイネリアはそういって、なにやら武器の準備を始めた。それをじっと見ていれば、気づいた彼が笑い掛けてくる。 「俺はちょっと何か獲物をとってくる。……出来ればその間に、何か他にメシになるものを作ってくれてると嬉しいんだけどな、しーちゃん」 唐突に茶化されて、シーグルは顔をしかめた。 「それともお貴族様は料理なんてしたことないから無理、なのかなぁ? だったら仕方ないけどさぁ」 「……分かった、作っておく」 ここまで言われればやらない訳にもいかないだろう。確かにシーグルは貴族で、冒険者になるまで料理なんてものはしたことがなかった。それでも冒険者として仕事をするようになってからは、組んだ者達から教えて貰って多少は作れなくもなくはなくなっている。勿論、自信を持って「出来る」といえるほどではないが。 ――とにかく、食えるものが作れればいいんだろ。 食える材料で基本の調理だけをすれば、少なくとも食べれるものは出来るはず。シーグルは不器用ではなかったから調理自体は最低限程度は出来るという自信はあるが『美味い』といえるものが作れるかには自信がなかった。 なにせシーグルは普段は極端に小食で、ほとんどまともな食事をしていない。 街にいる時でもパンや牛乳を少しで終わらせているようなシーグルの主食、というか足りない栄養を補うのは、いわゆる冒険者間では非常食となっているケルンの実という栄養値だけは高い食べ物だった。乾物の為保存性も高いが味は最悪に酷いと評判で、そんなものを常用している身としては味覚にはとてつもなく自信がない。 だから基本、仕事で野宿となった場合、料理方面の仕事は避けるか、やってもサポート専門に徹していたのだが……二人では逃げようがない、と今回は引き受けるしかなかった。 --------------------------------------------- シーグルとセイネリアのまったり(?)冒険者話です。 素直にセイネリアに憧れるシーグルと、企んで楽しそうなセイネリアさんをお楽しみください。 |