束の間の遊戯




  【3】




 広いクリュース国内でもほぼ南北の中心に当たる位置にあり、海から遠い内地のセイリカ地方は、砂漠や荒地といった人々が住むには適していない地の締める割合が多い。そのためこの地方の領主であるアルダレッタ卿は、領地の面積で言えばかなりのものだが実質の力はあまりない、所詮は田舎貴族、という扱いを王宮貴族達からはされていた。
 それでも、アルダレッタ卿の住むサルーゾの街に入れば人通りは多く、街中の賑やかさはかなりのものであった。流石に首都セニエティや首都へと至る海の玄関口である港町リシェなどと比べると人の密集度は違うが、それでもこんな荒地の中にある街としては活気があって十分栄えているとシーグルには思えた。

 シーグルとセイネリアの二人はあの後も大きな問題が起こる事もなく、予定通り順調に4日目にして目的地であるサルーゾの街についた。今回の依頼はここの領主からであるから、まずは真っ直ぐ領主の館を目指す……つもりだったのだが、思わぬ事で問題が起きた。

「なぁ、あれ騎士様じゃないか?」
「そうだよ、二人共立派な鎧を着てらっしゃる」
「流石、いかにも強そうだなぁ。……あぁ、もしかしてあの方々がドラゴン退治に呼ばれた冒険者様じゃないか?」

 門に入って大通りを歩き出した途端、人々から注目されて遠巻きに人だかりができるに至ってシーグルもその理由に思い至った。
 首都ならそう珍しくもない冒険者で騎士の称号持ちは、地方にいけばそれだけで珍しく人々から注目を浴びる。自由の国クリュースは、他国なら貴族でなくてはならない『騎士』という称号も平民が得ることが出来る事で有名ではあるが、それでもそれが狭き門であることは間違いなく、また騎士試験や騎士となった後の義務の為に殆どの冒険者騎士は首都を根城にしていて、地方ではまず見かけないというのがある。
 だから地方に行けば、冒険者の騎士というだけで憧れの対象となる。一応彼らも、領主や、その親族達や部下の騎士は見た事があるものの、偉そうにえばっているだけの騎士ではなく、冒険者の騎士として一般人と同じ場所で仕事をしている者となれば見る目は別である。

「どうする?」
「どうする、というと?」

 前を行くセイネリアに小声で聞いてみても、彼は平然としていて動じていない。いやむしろ動じていなさすぎた。
 現在二人は道が狭い為馬を降りて歩いているのだが、遠巻きに集まった人々はこちらを見ながらついてきている為、道の両側と後ろにいる人数が歩く度に膨れ上がっていた。呼び止めて話しかけたりしてこないのは幸いだが、その内人々から歓声が起こりだし、まるで二人だけでパレードでもしているような気分になる。

「騎士様、あのドラゴンを倒してください」
「騎士様っ、お願いしますっ」

 領主の館に近づくにつれて人々の声は大きくなっていき、困った事に増え過ぎた所為で溢れた人々が道の中側に押し出されてくる。そうしてついには道を塞いでしまって前に行けなくなった時、騒ぐ人々の中、セイネリアが兜を脱いでさっと手を上げた。

「確かに、俺達はドラゴン退治に呼ばれてきた。まずは領主の館にいかねばならんので道を通して貰えるだろうか」

 集まる人山から頭一つ抜ける長身の黒い騎士がそういえば、人々の声はぴたりと止まり、徐々に道が開いていく。

「騎士様っ、どうか奴を倒してください。うちの息子の仇を取ってやってくださいっ」

 静まる人々の中から突然、そう悲痛な声が上がれば、セイネリアはその見ただけで人を威圧する琥珀の目を細めて答える。

「任せろ」

 そこでまた人々の歓声がわっと上がる。
 そうして兜を被り直して顔を隠した彼は、シーグルに向かって、いくぞ、と告げると前を歩きだした。
 シーグルは言われた通りに彼の後をついて歩きながら、熱狂する人々と、堂々と前を歩く男の背中を見てため息をついた。







「だから言ったろ、領主の館につくまではお前は兜をつけたままでいろと」

 領主の館について客間に通された後、兜を脱いだセイネリアは、同じく兜を抜いたシーグルに向かって突然そう言ってきた。

「どういう意味だったんだ?」

 実を言えば、普段から街中では兜を被ったままでいる為何故今更と思ったのだが、セイネリアは理由が分らず顔を顰めるシーグルを見て軽く喉を鳴らした。

「そりゃお前があの状況で顔だした日には収集がつかなくなる」

 それで益々シーグルが顔を顰めると、セイネリアは長椅子に深く腰掛けて背もたれに両腕を乗せて笑った。

「お前の顔を見ようと女共が押し掛けるだろーが。なにせ顔のイメージ的にお前はマズイ」
「なんだそれは?」

 セイネリアは相変わらず楽しそうに喉を鳴らし、足を組んで見せた。

「俺はいかにも現場の冒険者と見えるだろうが、お前の顔は一発で貴族だとバレる。ヘタをするとそれだけで旧貴族の若様だと言われるかもしれんぞ」
「まさか……こんなところで」
「まさかでもない、お前は自分が思っているより名前が知られてる。旧貴族シルバスピナ家のシーグル様ってな」

 家の名まで出されれば、シーグルも反論する言葉が出なくなる。
 このクリュースにおける貴族制度は他国とはかなり違い、爵位による貴族の序列が付けられていない。ただ建国王の時代からある旧貴族と一般貴族ではその『格』に大きな差があって、旧貴族と呼ばれる貴族の当主だけは王位継承順位が付けられる事からして、扱いが別格扱いになる。
 シーグルはその旧貴族であるシルバスピナ家の次期当主であった。
 一般の平民からすれば雲の上の存在であるシーグルが、一冒険者として普通に依頼を受けて仕事をしている、というのはそれだけで確かにあり得ない事であると言えるだろう。

「……しかもそのシーグル様は上級冒険者で、貴族や金持ちの依頼だけではなく、貧しい村を少ない謝礼でいくつも助けている……となれば、そりゃぁ吟遊詩人達はこぞって歌にしたがる」
「俺の事を歌ってるような連中がいるのか?」

 そんな事は初耳で、思わずシーグルは驚いて聞き返した。

「あぁ、首都じゃ生きてる人間の歌はあまり聞かないが、地方にいけば現役の有名な冒険者達の歌ってのはよく歌われる。お前の歌はかなり人気があるぞ」

 それを聞いて、思わずシーグルは目眩を覚えた。
 その手の歌というのは、人々の『ウケ』を狙って大げさに物語を膨らまされるのがお約束である。自分が知らない地方の街で、自分のした仕事を大げさに褒め称えられていると思えば気が遠くなるほど恥ずかしい。想像しただけで顔が赤くなって目眩を抑えられないところだ。

「銀糸の髪にくっきりと濃い青の瞳、白い肌、華奢にも見える細い体、見ただけで高貴な方と分かるその姿は――……だったか」
「なんだそれは?」
「勿論、どこぞかで聞いたお前の歌の一節だ」

 そこでシーグルは本気で頭痛までしてきて頭を抑えた。もし自分が実際その歌を歌っているのを聞いた日には、やめてくれと騒ぎだしてしまいそうだ。

「お前の容姿は目立つ、だから普段は隠しておいた方がいいという自覚はあるんだろ?」
「それは……」

 余計な連中に目を付けられなくて済むから、と言おうとして、部屋の入口に兵士が現れた事でシーグルは口を閉じて姿勢を正した。

「我が主、アルダレッタ卿がいらっしゃいます」

 そうしてやってきたこの辺りの領主は、思ったよりもまだ若い、商人ぽい印象を受ける男であった。







 早朝の空は青というには白っぽく、乾いた地の割には水気を含んだ空気が体にまとわりつく。
 大岩と大岩の間をくぐってやっと広い場所へ出たところで、一行は今日初めての休憩を取る事にした。

「シーグル様、こちらにお座りください」

 用意されたクッションの敷かれた椅子をみて、シーグルの動きが凍り付く。

「い、いや、ありがたいが俺はそこの岩の上でいい、気にしないでくれ」

 声が不機嫌にならないように必死に抑えているシーグルの様子に笑いそうになりながら、ため息をついて座った彼の近くにセイネリアも腰をおろした。

「『シーグル様』もいろいろ気をつかうな」
「……だから貴族から仕事を受けるのは好きじゃないんだ」
 
 それには笑ってやって、ただ兜のせいで嫌そうに顔をしかめているだろう彼の顔が見えないのが惜しいとセイネリアは思う。

 今回の依頼主であるアルダレッタ卿は、セイネリア達が待機していた部屋に入ってきてすぐ、シーグルの鎧の紋章をみて家の名前が分かったらしい。その後の態度を一変させてからのシーグルへの気の使いようは、ある意味かなりの見ものではあった。

『私はなんという幸運なのでしょう。あの騎士中の騎士であるシルバスピナ家の次期当主である貴方に来て頂けるとは。これで我々を悩ませていたあのドラゴンめも必ず退治されることでしょう』
『あぁ、申し訳ございません、貴方様がいらして下さるなら、今すぐ一番いい客間を用意させます』
『しかしさすがでございますな。あのセイネリア・クロッセスを従わせているとは』

 セイネリアは何を言われても黙っていたので、馬鹿貴族は調子に乗って浮かれるまま好き勝手にセイネリアに対して暴言ともいえる事を喋りまくっていた。セイネリアとしては、なによりアルダレッタ卿に話しかけられている時のシーグルの反応を見るのがおもしろかったので、向こうの発言内容など聞き流していたが。
 だから調子に乗り過ぎたアルダレッタ卿が、セイネリアをまるでシーグルの従者のように扱っても黙って従っていた。なにせセイネリアにとっては、それでこちらに向かって申し訳なさそうにしたり抗議するシーグルを見る方が意味があったので。それにそもそも、あの程度の小物のいう事などいちいち腹が立ちもしなかった。

「シーグル様、飲み物をおもちしました」

 うやうやしく立派なグラスを差し出されて、シーグルの口元が引き攣る。グラスの表面を見れば水滴がついている事から、わざわざ冷却粉を使って冷やしてあるらしい。

「……そういうのは必要ない、喉が乾いたなら水袋から自分で飲む」
「しかし私は、我が主から貴方様が道中出来るだけ快適に過ごせるようお世話するよう仰せつかっておりまして……」
「なら放っておいてくれるのが一番快適だ。そうしてくれれば、アルダレッタ卿にはちゃんと貴方にはいろいろよくして貰ったと伝えておく」

 アルダレッタ卿本人がここにいない事もあって、シーグルも彼らに表面だけでもつきあうのはやめたらしい。

「しかしもう用意したものですし、これだけでも飲んでいただければ……」

 シーグルへのゴマすりに用意したものであるから、いらないと言われても困るくらいにはグラスの中身は高価な飲み物なのだろう。本気で困っていう男に、だがいい加減相当にうんざりしていたらしいシーグルは冷たく言い放った。

「なら貴方が飲めばいい」
「いえ、滅相もございません、これは私などが……」
「なら、俺が貰おう」

 セイネリアが手に取って、男が文句を言う暇も与えず一気に飲み干す。
 後口に残る甘さがいま一つ好みではないが、貴族どもがよく夏場にのむ甘露水という奴だろう、とセイネリアは判断して口を拭くと男にグラスを返した。

「まぁ、それなりには美味かった。甘すぎるがな」

 泣きそうな顔をした男に嫌がらせで笑ってやれば、後ろからシーグルが流石に男に同情したらしく言ってくる。

「と、そう俺が言っていたとアルダレッタ卿に伝えてくれ。まだあるなら残りは誰か飲みたい者で飲んで欲しい。……実は甘いものはあまり好きではないんだ」
「ほう、貴族のくせにしーちゃんは甘いモノが苦手だったのか?」

 ついでにそうつっこめば、シーグルは軽く溜め息をつく。

「まぁな。実をいうと味以前に甘い匂いが嫌なんだ……気持ち悪くなる」
「成る程、そもそも食い物の匂いを美味そうと思わない奴だからな、お前は」
「……あぁそうだ、悪かったな」

 いつも通り拗ねて、乱暴に水袋から水を飲むシーグルを笑う。それから彼が口を離して手で拭いたのを見ると、セイネリアは手を伸ばして言った。

「俺にもくれ、甘さが口に残って気持ち悪い」
「自分のを飲め」
「取りにいくのが面倒だ」

 そうすれば彼は、相当嫌そうにしながらも水袋を渡してくれるのだから、余計に笑いが止まらなくなる。彼が自分をどれくらい信用しているのか考えると、いろいろな意味で楽しくなる。

――あぁ本当に、甘いな、お前は。





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 次回はドラゴンとの戦闘。……BLなのかよってツッコミは許して。


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