シーグルと両親の過去の事情編 【9】 「今日はここまでにしようか。連絡はまたするから、金はその時に頼むよ。……言ったろ、少しづつ堕としてやると。抱くたびに一枚づつ、君の心の鎧を剥ぎ取っていってあげよう。光の届かない絶望の底にまで、君を堕としてあげるよ」 虚ろな瞳で、シーグルは天井を見つめる。 男の笑い声だけが耳の奥に残っていた。 まだ、大丈夫、まだ、耐える事が出来る。 堕ちるのは体だけ、どうせ自分のものではない、だからまだ生きていける。 自分をつなぎとめる呪文のように、シーグルは心で唱える。 大切な彼らの為なら、この体は最初から捨てている。 だから、まだ、きっと、大丈夫。 けれども、シーグルには予感があった。 今は、まだ。 けれども、いつか――いつまで、自分は持つだろうかと。 「……そうですか」 フェゼントの声は重かった。 「やはり、彼は私達の為に犠牲になっていたのですね」 フェゼントの瞳からは涙が零れた。 シーグルの顔を思い出せば、涙が止まらなかった。 「私は何も知りませんでした。10年ぶりに彼に会った時、ただ裕福な屋敷で、何の不自由もなく彼は暮らしていたのだと、そう私は思ったのです。けれど、シルバスピナの屋敷に入って、それは間違いだとすぐ分かりました。使用人達から彼の事を聞けば聞く程、彼は孤独で、苦しんで……私などよりずっと辛い思いをしていた」 極端な少食、笑わない子供、誰にも心を開かず、ただ勉強と鍛錬だけをする日々。使用人達の誰もが、彼とは仕事以外に接点がない事も聞いた。誰も彼の相談相手にならなかった、誰も彼に語りかける者はいなかった。 更に彼は、自分達を屋敷に住まわせる為、二十歳になったら騎士団に入って家を継ぐという条件に追加して、それと同時に祖父の言う通りの娘と無条件で結婚をする事まで約束していた。 それでもシーグルは、フェゼントを責める事もなく、ただ、出来るだけの事をしてくれた。 従者につくアテのないフェゼントに、ある女騎士を紹介してくれたのもシーグルだった。小柄な体での戦い方を得意とする彼女ならと、シーグルが頭を下げて彼女に頼んだ事を、後から師となった騎士本人に聞いた。 時間が経つ程に自分の罪が重くのしかかり、あまりにも自分が惨めすぎて、彼に申し訳なさすぎて、謝れなくなってしまっていた。 その所為でシーグルはずっと孤独なまま、ただ傷ついていたのだ。 たった一言、あの時の言葉を否定して、謝りさえしていれば。 「フェズ。俺はフェズが後悔してるって事を伝えた。フェズがシーグルの事を嫌ってなんかいないって伝えた。でも、これは俺が言ったんじゃだめなんだ、フェズが自分でシーグルに言わなきゃだめなんだ」 「えぇ、そう、ですね」 何時までも涙が溢れてくる目を手で押さえ、フェゼントは嗚咽と共に答える。 「仕事が終わったら、リシェに帰ります。今度こそ、彼に謝って……少しでも、彼を救えるなら、私は出来るだけの事をします」 手で涙を拭い、顔を上げる。 優しい瞳で自分を見つめてくれる愛しい神官の青年の瞳に、フェゼントは力を貰い笑顔を浮かべた。 「私は、彼の兄なのですから」 END >>>> 次のエピソードへ。 --------------------------------------------- そんな感じでシーグル酷い状況ですが、今回のエピソードは終了です。 次エピソードは今回の件の解決編です。セイネリアが事態を知って動き出します。 |