愛を語るは神官の務め
フェゼントとウィア(兄騎士×弟神官)サイドの出会い編。





  【1】



 右を向けば冒険者、左を向けば冒険者。
 クリュース王国首都セニエティの大通りは、異国カラー溢れる雑多な服装の冒険者達でごった返していた。
 今から110年前に起こった兵士の反乱を発端とする国民開放以降、この国は冒険者と呼ばれる管理されたならずもの達が、近隣あちこちの国からやってくるようになっていた。そんな訳で、首都セニエティは、いつでも人種展覧会会場のようなありさまで賑わいを見せていた。

 冒険者、というのはこの国ではちゃんと認可された職業な訳で、仕事内容は傭兵からお使い農家の手伝い、果ては名前通り未開地区への調査と、早い話が人手が欲しいところに使われる何でも屋にも近かった。他にも賞金稼ぎやら、化け物退治、奥地の動物の珍しい毛皮を取ってきたり、珍しい鉱石を拾ってきたりというトレジャーハンターのような者もいて、それらを全て冒険者として登録する事で、この国では彼らを管理していた。

 国に冒険者として登録すると、有事の時に国の事業に協力しなくてはならない代わりに、さまざまな特典を格安で受けられる権利が手に入る。
 仕事や宿の斡旋、冒険者同士の手紙のやりとり等専用の連絡手段、怪我をした際の手当てに、審査が通れば支度金として金を貸してもらう事も出来た。登録の条件は然程厳しくはなく、受けられる専用の特典は便利なものばかりであったので、多数の国民がこぞって冒険者の登録をした。
 更にこの冒険者登録の条件は、別にクリュースの国民である必要もなかったので、身寄りのない連中や旅人、いわゆるどこの国民でもないならず者達がやはりこぞって登録をしにきた。
 
 そうなると、お尋ね者やロクでもない連中が増えて、国の治安が悪くなると普通は思う。
 だが、国はあくまで自国領内での犯罪を犯していない限り、彼らを一冒険者として権利と義務を与えるだけで、特に彼らを排斥しようとはしなかった。そうなると、彼らも手に入れた自分達の居場所を守ろうとすべく自浄作用が働くもので、冒険者として素行に問題があるものは他の冒険者達から疎まれて、うまい情報を流してもらえなかったり、仕事にありつけなくなった。更に、腕っ節に自信のある冒険者は個人警護や警備隊に雇われる事が多かったから、犯罪を取り締まる側の人員もかなり強化され、意外に治安は保たれていた。

 まぁ勿論、表面上は、の事ではあるが。

「こんの、何だてめぇはっ」

 冒険者の群れの中、悲鳴と怒声が何処かで飛び交っている。

「なんだお前はっ、そんなでかいの背負って邪魔だって言ってんだろ」

 …………まぁ、血の気の多い連中は多いから、ちょっとした喧嘩程度は絶えない。

 男達二人を囲んで、すぐに野次馬が垣根を作る。その、人同士の僅かな隙間に、大きなフードを被った小柄な人物がするりと入り込んだ。

「はいはい、ちょっと邪魔するね」

 人垣の中心には、いかにもごろつき風情の男が二人。片方の男が背中に大きな武器らしきものを背負ってるところをみると、それがもう一人の男にぶつかったらしい。
 取っ組み合いを始める男二人をちらりとだけ見て、ウィアはすぐにまた人の壁をぬってその場を離れた。

「どっちも好みじゃないな」

 それで興味は終いである。
 そうなればもうどうでもいいウィアであったが、離れたものの、あまりにも多い野次馬達が自分と反対に走って行くのには気になって、暫く歩いた後に立ち止まり、一度考えた末に振り向いた。
 案の定、怒声の声が増えていて、野次馬の数も相当膨れ上がっている。どうやら思ったよりも大事になったらしい、と思ったものの、かといって別段興味が湧いた訳でもない。多少先程よりも湧いた興味といえば、何が理由でそんな盛り上がったのだろうかという疑問くらいだ。
 ウィアは、ぼうっと野次馬が増えていく様を暫く見たものの、見てる時間が勿体ないと、くるりとまた踵を返して歩き始めようとした。

 そこに、掛けられる声。

「おーい、アンタ、あれ止めねぇのか?」

 それが自分に、という事はすぐに分かったものの、ウィアは声の主の顔を見て自分を人差し指で指差すと、さもいわれたのが意外というように首を捻ってみせた。
 それに男は声を苛立たせて言う。

「そうだよ、アンタだよ。あんた神官様だろ」

 声を掛けてきたのは、外国からきた商人らしい気の弱そうな二十歳くらいの男で、声を掛けた理由は、ウィアが予想した通りのようだ。内心またかよという気分だったが、ウィアは一応、口に営業スマイルを張り付かせて答えてやる。

「いやー、神官って言っても、俺は準神官ですから。ちゃんとした正神官様じゃなくてね」

 大きくリパ神殿のマークのついた肩掛けで神官と判別したのだろう、この国に慣れない人間お約束なミスで、だから恐らくこの男はまだここに来て日が浅いのだろうと思われた。
 正神官様だと引きずりそうなくらい裾の長い上着を着ていて、確かに彼らなら争い事を止める事もあるかもしれないが、準神官はただの冒険者だから、この程度の喧嘩なんか慣れててわざわざお仕事しましょうなんて事はしない――というのは分かる人間の言い分なのだが、正直説明が面倒で、そもそもそんなことをわざわざ教えてやろうと思う程ウィアは親切じゃなかった。
 ……まぁ、この男がウィアの好みでなかったというのが一番の理由ではある。

「でもリパの神様に仕えてる身だろ、あれを止めないのか?」

 聞こえてくる怒声に肩を竦めながらも、男はそれくらいで諦めなかった。
 ウィアは正直うんざりする。自慢ではないが、ウィアは自分でも気が短いと思っているのだ。
 確かにウィアが仕えてる神様は慈悲の神で争い事を好まない。だが、だからと言って、術が使えるようになりたかっただけの下っ端神官が、そこまで慈悲深いなんて事はない。
 ついでにいうなら、別に高位神官でもあっても所詮人間である以上、そんな慈悲の心に満ち溢れているような者は稀だ。但し、それでも正神官ならば、立場上は聖職者らしく振舞ってはいるだけの話である。
 とはいえここで延々説明なんてしたくもないので、それらを全部飲み込んで、こういう時のお約束のセリフを言う事にする。

「いや、俺が大の男二人を止められると思う?」

 目深に被っていたフードをとって顔を晒し、ウィアは堂々と胸を張る。
 威張れる事ではないが、ウィアは男としては小柄だ。
 更に威張れる事ではないが、ウィアの顔は一言で言って可愛い。肩まで伸ばした明るい茶の髪の毛をポニーテールにしている姿は、遠目や後ろ姿では女と思われる事も多いくらいだ。
 しかも、ついでにいうなら歳は十八で、目の前の男よりも、喧嘩中の男二人よりも明らかに若い。外見でいうならもっと若く見える。
 そんな外見少年のような青年が胸を張っていう言葉は、大層説得力があった。
 言われた男はまじまじとウィアの姿を上から下まで見ると、明らかにガッカリしたかのように肩を落として呟いた。

「確かに、それもそうか」

 そう返される事が分かって言ったものの、実は内心ちょっぴり傷つきつつ、ウィアは離れて行った男にほっとする。ただ暫くするとむかついてきたので、去って行った男の背に嫌そうに顔を顰めると、けっと言いつつ地面の石を蹴飛ばした。

 準神官、というのは一応神殿所属の神官ではあるのだが、正式に神殿に務めている者ではない者達の事をいう。
 務めていなくても所属している身分なので、神殿の仕事も多少するし、神殿からの命令があればそれに従わなくてはならない。だが、神殿の命令がないと何も出来ない正規神官と違い、戒律違反さえしなければ基本は自由なので、神官としての術を覚えたいだけの冒険者などがこの準神官になる事が多かった。

 冒険者は、自分の技能を登録し、それによって仕事を紹介される。仕事を終了すると依頼主から評価が事務局に返ってきて、それによって内部でランク付けされていく。
 技能は多い程仕事は手に入り易いし、高く評価されやすい。とにかく自教徒を増やしたい神殿側と、冒険者として術を学びたい連中の両方の需要の下に、準神官という役職は出来た。

 ちなみにこの国には、正規所属ではないが半所属しているので資格と技能はある、という職業が他にもいろいろある。冒険者達に合わせてできたシステムではあるが、こうして自由な状態のまま各種技能の習得が出来るのもあって、単純にこの国にその為の勉強でくる人間も多かった。

 そんな訳で、ウィアは冒険者であって、リパ神殿所属の準神官である。そして、お約束のように、神様の為に神官になったのではなく、冒険者として技能をつける為に神官になったのだった。
 一応、正規神官は冒険者としての仕事をしてはいけないので、冒険者という前提の元だと、準神官の事を普通は神官と呼ぶ。とはいえあの男の場合は冒険者の事も良く分かっていなそうであったので、そこまで説明してやるつもりはウィアにはなかった。
 ウィアとしても実際のところ、屁理屈で煙に巻いて単に面倒事を無視したいだけだったというのが本音ではあったので。

「ったく、失礼だよなっ」

 拗ねるように言い捨てると、ウィアはまたフードを被り直して歩きだす。
 実はこうして顔をあまり見えないようにしているのは、いわゆるナンパ防止だったりするのが情けない。なまじ顔が可愛い分、女と間違えられて声を掛けられる事が少なくなく、また、男と分かっててもよこしまな理由で声を掛けられる事も多かったのだ。

 男が男にそういう意味で声を掛けてくる事に関しては、実はウィアは別に悪いとは思わない。冒険者連中のモラルはその辺りいい加減だし、リパ神殿の教えは同性愛を禁じてはいない。実際、ウィア自身もそういう相手は男でも女でも構わないと思っている。
 そう、男でも女でも構わないのだ。

「あー……今日こそは、俺の可愛い子猫ちゃんが見つかるといいなぁ」

 相手が可愛い子ならば。
 つまり、男相手であるなら、自分が女役ではないという条件付きだ。ウィアとしては、男として生まれたからには、やはり押し倒す側にいたい、と思うのだ。
 そういう事なので、自分でも可愛いと自覚があるウィアに向かって声を掛けてくるような男は全く眼中にない。
 男でも女でも、自分より小さくて自分より可愛い子を恋人に欲しい、それがウィアの目下第一の目的であった。その為、ウィアの他人に対する全ての基準は、自分の好みか好みでないか。可愛い顔をして、聖職者のくせに、考えてる中身はその辺のナンパ師と違いはないと、知り合いの間では有名な話であった。
 だから毎日の日課として、午前のお勤めが終わったら、ウィアはすぐに冒険者の仕事紹介所の類を巡回して、自分の好みの相手を探しているのだ。

 思わぬところで時間をとられた所為で、今日はいつもよりも遅くなってしまい、ウィアの足は自然と早足になる。
 王城から真っ直ぐ伸びる中央通り沿いにある、冒険者用の仕事紹介所は2つ、通りを進んで町の中心の広場から東通りに入って更に1つ。最後は中央通りを広場を越して更に進み、終点である南門から少し離れたところに立つ冒険者事務局本部。他にも国営ではない私営の紹介所は幾つかあるが、ウィアの好みそうなタイプはそういう慣れた連中が行くような場所には行かない。ウィアとしては、まずは慣れてない相手に、手取り足取りいろいろ教えて仲良くなろうという計画である。あくまで、自分がリードする側にいたいという願望を計画にしただけだが。

 ――しかし、本当にいろんな国の人間が増えたな。

 すれ違う人たちをちらちらと見ながら、ウィアはしみじみと思う。
 ここ近年、東の小国同士の小競り合いが続いている所為もあって、自由の国クリュースの噂を聞いてやってくる人間は増えている。土地を焼かれて絶望した農民や、戦争に飽いた傭兵達、脱走兵などが自分の国を捨ててやってくる事が多く、おかげでこの国の人口は順調に増え、首都はいつでも大賑わいだった。

 ウィアはクリュース領内の東にあるテマ地域のとある田舎町の出身で、多くの国内の若者がそうであるように、冒険者として大成する事を夢見て首都へやってきた。
 ウィアが行く事をあっさりと親代わりの伯父夫婦に認められたのは、実は先に勉強をする為に首都へ行った兄のところへ身を寄せる予定だったからというのが大きい。兄は優秀な人物で、ウィアがくる6年前から首都にいたのだが、候補生から最短記録で正神官になり、ウィアが来た時には神殿内で既にかなりの地位についていた。

「あー……あいつの事考えるのはよそう」

 思い浮かべた顔に、ウィアはフードの下で思い切り眉を顰めた。自然、足取りも前より大股で乱暴になる。

「ったくよー、早くあいつを見返してやらねーと」

 呟きながらも再び思い出した兄の顔に苛々し、すれ違う人がその険悪な空気にそれとなく距離をとる。
 だがそれでも、最初の目的の場所が見えると、ウィアの頭は簡単に切り替わる。兄の顔などあっさり吹き飛んで紹介所の中に飛び込むと、並ぶ者達に真剣な瞳を向け、物色を始めた。

 冒険者、という名前もあってか、外の国からやってきた者達は特に、いかにも腕に自信のありそうな体格の連中が多い。だからまず、ウィアの好みに引っ掛かるような外見の人物を探すだけでもかなり厳しい。そこから、年齢や職業、仲間がいなそうかどうか等々、それらを全部クリアして、ウィアが話し掛けてみようかという気になるようなものは滅多にお目に掛からないと言っていい。

 一通り見回して、どうやら中にいる連中には当たりなしと思ったウィアは、今度は新しく入ってくる人間の方をチェックすべく出入り口を眺める。
 そこへ、頭の上から声が掛けられる。

「よ、ウィア」

 更に、声と同時に、ウィアの頭の上に手が乗せられた。

「うるさい、お前に用はねぇ。あっちいけ、そんで頭から手をどけろ」

 声で誰か分かっていたウィアは、その相手に顔さえ向けずにそう言い放つ。
 相手の溜め息が、頭の上で聞こえる。

「お前も懲りないね。……なぁ、今日は諦めて、仕事しねぇか? ロクロクを狩りに行くのに治癒役がいねーんだ」

 そこでやっとウィアは顔を上げた。

「るせぇな、エネ。てめぇら無茶ばっかりすっから付き合いたくねぇよ。あんまりに荒っぽいから、大人しい神殿育ちの連中は怖がって付き合ってくれねぇんだぜ」
「だから、お前に声掛けたんじゃねーか」

 言いながらまたウィアの頭に手を下ろして、くしゃくしゃと明るい茶の髪を撫ぜるエネ。

 彼は、冒険者として何度かウィアと組んだ事があるのだが、正直ウィアは彼をあまり好きではなかった。別に悪い人間ではないのだが、とにかくエネはウィアにとってイヤガラセとしか思えない程背が高い。平均より小さいウィアが平均よりやたら高いエネと並ぶと、まさに子供と大人状態で、ウィアとしてはとにかく傍にいたくない人物だった。
 だがエネは割とウィアを気に入ってるようで、見かけるとよく声を掛けてきて、ウィアも気が向いた時は付き合う事もあった。
 ただし、今日はそんな気分ではではなかったし、頭上から声を掛けられた事でいつも以上にムカついたというのもあった。

「今日は時間がないんだよ。他当たってくれ」

 頭に載せられた手をはたき落として、ウィアはエネから顔を逸らす。
 流石にそこまで言われたエネは、軽く肩を竦めると、紹介所で雑談をしている自分の仲間の方へ戻って行った。
 背後の気配が消えた事を感じて、ウィアは再び入り口に意識を集中する。とはいえ、くる人物くる人物がウィアよりも背が高くて、好みの範疇に入る人物はそうそうにいない。女性でさえ、いかにも戦士くずれの風貌ばかりで、ウィアよりも背が高い者ばかりだ。流石にいつものことだと思ったウィアも、愚痴の一つも言いたくなる。

「くそー、いかにも頭脳労働者っぽい連中でさえ俺より背ェ高いとか嫌味かよ。ったく、俺ももうちょい背があればなぁ」

 同年の一般的な男子と比べて、ウィアの背は拳二つ程低い。そこまで極端に低い訳ではないのだが、可愛い顔もあって、女の子だったら調度いいんじゃないかとよく馬鹿にされ、その所為でウィアも必要以上にこの背がコンプレックスになっている。更に言えば兄は普通に背があるので、ウィアのコンプレックスをそこでも悪化させていた。
 考え事の所為で顔を顰めていたウィアだが、視線を感じてちらちと振り返る。そうすればやはり視線の主はエネで、ウィアは軽く溜め息をついた。付き合う気がないのに、見られていると落ち着かない。
 考えた末に、ウィアは決断する。

「今日はここは諦めるか……」

 思いつけば即行動、ウィアは建物を足速に出て行く。
 とはいえ、外に出てから急に足をぴたりと止めると、今度は難しい顔で考えこんだ。それから、顔を軽く顰めて、はぁと一つ息をつくと頭を乱暴に掻いた。
 ここから近いもう一つの国営冒険者紹介所に寄って、東通りの紹介所も見て、それから事務局本部へ、というのがいつものウィアの巡回コースで、今日もその予定であった。だが、なんだか今日はもう気が削がれて、全部を回る気になれなくなってしまっていた。

「もう今日は、事務局行くだけでいいかなぁ」

 呟いて、ぐんと一つ背伸びをすると、ウィアは歩きはじめる。紹介所の方へ歩いて行く冒険者達に未練がましくもチェックの目を向けて、それでもやっぱりウィアの希望に合うような人物は見つけられず、余計に気が抜けてくる。

 ―――いや、だめだろ俺。

 はっとしたように背を伸ばし、ウィアは自分の頬を乾いた音をさせて叩く。

「妥協はしない、兄貴が驚くような、希望通りの相手を見つけるって誓っただろ、俺!」

 ぐっと握りこぶしを振り上げて言って見れば、周りには何事かとこちらを見る通行人の目がある。それに気付いたウィアは、にへらっと営業スマイル的に笑ってみせると、そこから逃げるように走り出した。
 流石のウィアでも、今のはちょっと恥ずかしかったので、赤い顔を下に向けて全力で走る。首都セニエティの大通りを勢いのまま走り抜けて、広場もつっきって南へ真っ直ぐ。流石に追う者はいなかったが、途中名前を呼ぶ声がひとつふたつ聞こえていたので、後で知り合いに何があったんだといわれそうだなと思いはしたが、とりあえずウィアは只管走った。
 そうして走って、息を切らして足を止めれば、視界の奥に南門が見えていた。

「流石に、きつい……」

 息を整えながら、ウィアは南門から来る人々に目をやる。

 首都の南は、森と穏やかな田園風景が広がり、大樹海まではずっと広い平地が続いている為、農村があちこちに点在している。その為、田舎から出てきたような者は南門の方から入ってくる事が多く、外国からの人間になると、港町の近い西門からはいってくる者が多い。当然海外からの商人達も西門からくるので、西門が一番賑やかといえた。ただし、南方面は森や樹海、少し遠くには砂丘などもあって、未知の生物や場所を求めた、冒険者達が行き交う姿でかなり賑わっている。

「今日も結構人多いなぁ」

 やっと息が整ってきて、少しづつウィアは歩き出した。歩きながらも、南門から来る人達を眺め、行き交う冒険者達を注意深くチェックする事も忘れない。とはいえ、暫くするとまたがっくりと肩を落とす事になるのはいつもの事ではあった。だがそれでも、ウィアは再びハッとしたかのように顔を上げると、急いで顔を左右に振った。

「あー、もう、考えるのはやめだやめ。さっさと事務局いこう」

 だらだら歩きをやめて、急に足を運ぶスピードを上げる。

 南門の傍まできてから、くるりと右へ曲がると、『冒険者事務局』と大きな看板を設置している門が見える。門の向こうには大きな建物が見えて、それが事務局本部になっていた。

 冒険者事務局は、国営の冒険者向けサービスを行っている機関のことで、首都にあるのはその本部になる。国内の、それなりに人のいる街には大抵支部があって、そこではやはり各種の冒険者向けサービスを行っている。ただし、本来は国営の紹介所も事務局の管轄なので、支部だと同じ建物内で紹介所の仕事もやっていた。単に首都はあまりにも利用者が多い為、混乱防止として紹介所は別にしただけの事だ。

 ウィアは、他の冒険者達と混じってその門の中へ入る。門から建物までは真っ直ぐ進めばいいのだが、その間の石畳の歩道の両脇には、まるで市場のように幾つものテントが並んでいた。
 実際、そのテントは商人達の露店ではあるのだが、事務局の敷地内でやっているそれらは冒険者向けの特殊な商売人ばかりだ。建物に向かう人々も、その露店を見ている人間も、まだ昼そこそこのこの時間はかなり多い。ウィアはそれらの人々をやはりちらちらと眺めてチェックしながらも、建物の中へ入って行く。

 建物の中は、冒険者関係手続きに関しての総本山であるだけあって、紹介所よりも多くの人々が行き交っていた。冒険者登録や、各種の手続きをやっている人間も多いが、ウィアのように人々をじっと見ている連中も多い。そういう奴等は大抵危険地区へ行く連中で、一緒にパーティを組めそうな者を探している。

 ウィアは壁際にある長椅子の空きを見つけると、ささっと人をすり抜けてそこへ座った。そうして先程と同じように、建物の中の人々を一通り眺めると、ガッカリした顔をして出入り口に視線を向けた。
 いつもの事ながらも、ウィアはいい加減嫌になってくる。

「俺の希望ってそんなゼータクかなぁ。10歩譲って俺より可愛いまでいかなくてはいいけど、そこそこ可愛くて俺よりも小さい……いやせめてあまり変わらないくらいの身長でさぁ。……ってか俺そこまで低い訳じゃねーと思うんだけどなぁ」

 ぶつぶつと一人ごちて、自然と顰められる顔。
 身長だけでいうのならば、実はウィアの希望くらいの人物は女性ならばそこまで少なくはなかった。更にいうと、好みの娘もここまでウィアが嘆く程いないという訳ではないのだ。問題は、そういう娘は大抵彼氏つきだという事で。これはと思った娘には、いかにも、な男が既に傍にいるのだ。
 ウィアは、また溜め息をつく。
 考えてみれば。
 ウィアが希望するような大人しそうな娘が、一人で冒険者に成りにここにくる事はほぼないと言っていい。女一人で手続きにくる事自体も珍しいし、一人でくるようなのは、腕に自信のありそうないかにも屈強なご婦人方ばかりだ。
 そして、男、というのなら。
 ウィアと同じ程度の身長で、そこそこ可愛い、なんてのは相当にレアなケースになる訳で……結果、ウィアはいつもがっくりと肩を落として帰るしかなくなるのだ。

「可愛いフリーの女の子と、可愛い男ってどっちのが確立高いかな……」

 現実逃避気味にそんなことを考えながら、ウィアは諦め半分に椅子から浮いた足をぶらぶらとさせる。気分的に、大柄な相手に合わせて作ってるこの長椅子からしてムカついてくる。
 
 だが、そんなウィアにも、その日はやっと運命の女神が微笑んだ。





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