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※この文中には、軽い性的接触の場面……早い話、未遂くらいの表現がありますのでご了解ください。 【２】 騎士団では、役職持ち、つまり貴族騎士には専用の個室があてがわれる。だから周辺の見回りや城や門の警備等、騎士団の外に出る仕事がある場合以外は、彼らは主にあてがわれたその部屋にいる事が多い。もっとも、そういった騎士団外の仕事が主な隊の隊長クラスだと、殆ど留守の主に代わって、実質その者付きの文官の部屋となっているが。 と、いう事であれば、騎士団内にいる事が多い予備隊の隊長の場合は仕事中は殆どその部屋で過ごす事になる筈であって、まずは部屋を確認して置くのは部下への顔合わせより重要事項ではないか……というのが文官であるキールの言い分であった。 「ちょっと待って欲しい、事務仕事がある時は仕方ないとして、訓練中はここにいる訳にはいかないだろう」 「まぁ別に訓練を見に行ってもいいんですけどねぇ、大抵の隊長さんは、代表のモンに今日の予定を言っておいて部屋にいる事が多いですねぇ」 「事務仕事がなくても、か？」 「えーとですねぇ、あれですよ、隊の連中の前じゃ流石にそれなりにちゃんとしてないと格好がつかないじゃないですか」 「？？ ……それは当たり前の話だ」 「そーゆー事です、部屋籠もってれば寝てようが遊んでようが問題ないじゃないですかぁ」 当たり前のように笑顔で言ってくる魔法使いの顔を見て、シーグルは頭痛がしてきた。 騎士団の貴族騎士達のやる気のなさは分かっていたつもりであったが、ここまでは酷いと返す言葉さえ思いつかない。 道理でわざわざ、鎧を着用してくる必要はない、と事前に言われた訳である。 「ではなんだ、大抵の隊長連中は騎士団に来て遊んでるのか？」 「そうですねぇ、ひどい人は事務仕事だけじゃなく訓練スケジュール立てるのも文官任せで、一日中絵書いてたりするのもいますしねぇ」 なんだか、聞けば聞く程あまりにも酷すぎて眩暈さえしてくる。シーグルは思わず頭を押さえて、湧いてくる怒りを押さえ込んだ。 「まー私らみたいなモンがついてなきゃ、とっくにここは回ってないでしょうねぇ」 「いたからこそこうなった、とも思えるが」 もし文官制度がなかったならば、どうにもならないという事に上が気づいて、それなりの対処がなされていたのではないか。 その可能性をシーグルが言えば、魔法使いはやっぱり屈託ない、というか他人事のようにあっけらかんとした笑顔で答える。 「そりゃー否定しませんねぇ」 この、シーグル付きの文官になった魔法使いは、こんな話題でものんびりとした口調が変わる事がない。 これ以上ここの現状の話を聞いたら憤りが抑えられなくなりそうで、シーグルはもう話を切り上げる事にした。 「ともかく、手続きでも何でも、やるものがあるなら出してくれ。喋っているだけの時間も無駄だ」 明らかに声に苛立ちを含めて言ったシーグルの顔を、キールは少しだけ意外そうに眺める。 シーグルの言葉が終わると、一瞬考えたような間をあけて。 「……もしかして、訓練が終わる前にこっち終わらして、あっちにまた行く気とか？」 「当然だ」 それには、はぁ、と気のない返事をして。それからやっと行動する気になったのか、彼はシーグルの机の上に書類を並べ出す。 ――それから、暫く。 部屋の中には言葉はなく、シーグルはひたすら事務作業に没頭していた。 どうやら前任者はここでいう普通にさぼっていたらしく、相当前の作業から放置されていた書類ははっきりいって山積み状態であった。 それでも、口調や態度からすればあまり仕事が出来そうになく見えたキールが書類の優先順位を上手く指定してくれた為、仕事自体は順調には進ませる事は出来た。シーグルが書類に目を通している間に未処理のものに一通り目を通して整理しておいてくれている彼は、言動はともかく、文官としての能力は信頼出来るとシーグルは思う。出世させる気満々で期待していると言っていた貴族院の誰かの顔を思い出して、流石に優秀な人材をよこしてくれたらしい、とそれには素直に感謝をする気になった。 そうしてまた一つ、面倒な書類を片づけたシーグルが次に手をのばそうとしたところで、机の上にことん、と湯気をたてたカップが置かれた。 「一息つきませんかねぇ」 シーグルが顔をあげると、にこにこと笑顔のキールがいる。何時の間に茶をいれていたのだろう、と不思議に思ったが、それだけ自分が作業に没頭していたのかと思い直す。 外を見れば、まだ夕暮れではないもののそれなりに日が降りて来ていて、結構な時間が経っていた事をシーグルに気づかせる。 「ありがとう」 シーグルは素直に礼を言って、カップに手をのばした。 「いえいえ、私も丁度お茶の時間ですので」 すまして向こうもカップの中身をすすっている姿を見て、シーグルはくすりと鼻を鳴らす。 恐らく、上司にあたるシーグルに対しては失礼と取られても仕方ない行動なのだが、どうにも憎めないとシーグルは思う。それ以前に、シーグルは他の貴族騎士のように自分は上官だと威張る気もなかったが。 カップに口をつければふわりとハーブのいい香りがして、シーグルは口元に笑みを浮かべる。 だが。 「ちなみにシーグル様は従者はいないのですかねぇ？」 唐突に聞かれて、シーグルはカップから口を離す。 「あぁ、まだ騎士としては未熟すぎて、従者を取る程じゃ……」 「なーに言ってんですかぁ、貴方が未熟だったら他の連中なんか騎士とも言えませんよ……って、まぁその通りなんですけどねぇ」 他の人間がいれば問題発言だろうに、こののんびり気質の魔法使いは邪気もなくそんな事をさらりという。……わりと毒舌家らしい、とシーグルはあきれた溜め息をついた。 「別に従者がなくて困っていないし、実際、私の歳で従者を持つのは早いだろう」 「早いっていうか……その歳で問題があるとしたら、従者のが年上になるってぇ可能性くらいじゃないですかねぇ」 「それも確かに困るんだがな。まぁ、まだ俺は自分の事で一杯一杯で、とても従者を持てるような状態じゃない。幸い、冒険者生活が長かったからな、基本何の準備も自分一人で出来る」 と、言ってから、思わず一人称に地が出てしまった事に気づいて、シーグルは口を閉じて眉を顰めた。 それを見たキールはにぃっと歯を見せて笑う。 「あぁいやぁ、私がこんなんですし、そうやって砕けてくれちゃってかまいませんよ。ていうかですね、自分より下の連中にはそれでいいと思いますよ」 「だが、そうやって砕けすぎるから規律が……」 言い掛けたシーグルの言葉を止めるように、キールは少し強い声で返す。 「下の騎士さん達はですね、ちゃんと騎士試験をクリア出来るくらいの実力はある訳です。その彼らがだらけちゃってるのはですねぇ、上の連中が上にいるのが納得出来ないような実力も頭もない馬鹿ばかりだからです」 珍しく彼の顔に笑みはなく、落ち着いた雰囲気は魔法使いらしい威厳に近いものを感じさせた。 「だから、貴方は実力で示せばいい。自分の力にそれなりの自信がある連中なら、それ以上と認めた者には自ら進んで従ってくれるものです。ついでに貴方はただでさえ堅くてとっつきにくいイメージですからね、少しくらい砕けた部分を見せた方が好かれるんじゃないですかねぇ」 キールの歳は見たところ二十歳少し過ぎ、シーグルより上とは言えそこまで年齢差は開いていないないように見える。だが、笑みを収めて真剣にこちらを見る彼の目は落ち着きすぎていて、まるで長く人生経験を重ねた老人のまなざしのように感じる。 「そう、か……」 彼の言葉をよく考えてながらそう返せば。 「そうですよぉ、間違いなく貴方は正当なるちゃんとした騎士様ですから、遠慮するような事はないですよぉ」 今度はにぱっと、最初の時からずっと浮かべていた屈託ない笑みを浮かべられた。 「いやぁ、貴方が従者をとってくれるとですね、こーゆーお茶入れとか、鎧の着替えとか、隊のみなさんへの報告とかですね、そーゆーのが頼めちゃって私は楽なんだけどなぁ、と思った訳ですよ」 シーグルは正直すぎるその言葉に思わず目を丸くする。だがすぐにそののんびりとした笑顔を見て、つられるように笑みを浮かべた。 「楽出来る為に従者をとれ、というのは酷い話しだ」 「いやいやー、楽したいってのは別に悪い考えじゃないんですよ。楽する為にって思いついた合理化や工夫が、後々発展に大きく貢献する訳です」 最初は彼の口調に苛立ったものの、慣れてくれば彼と話すのは面白い。 シーグルはこの魔法使いの事を今ではかなり好ましく思っていた。 「成る程……」 しかし、そう言って呟いたシーグルは、なぜかその直後にぐらりと目眩を感じる。 瞼を押さえて軽く頭を振り、それからもう一度頭をあげても、視界は揺れてぼやけていき、どんどんそれは酷くなっていく。同時に、急な眠気が意識を覆い、シーグルの体はぐらりと机につっぷした。 「なん、だ……」 呟いた言葉は、状況が掴めていない証拠。 これが誰の所為かと考える間もなく、シーグルの意識は眠りの海に飲まれた。 「さて、と」 机につっぷしたまま反応のなくなったシーグルを見下ろして、魔法使いの青年は大きく溜め息をついた。 「こんなに素直に信用されると、さすがに私も心が少し痛みますねぇ」 口調は変わらないものの、キールの顔には今、笑みはない。 彼は懐から赤い石を取り出すと、眠っているシーグルの顔だけを無理に上げさせて、小声で呪文を唱える。 眠っていた筈のシーグルの瞳がゆっくりと開いてゆく。 更にキールがその上体を起きあがらせれば、シーグルはそのままの姿勢を保つ。 キールは自分の杖を取り出し、赤い石をシーグルの目の前にかざしたまま、再び別の呪文を唱えた。今度は少し長く、そして、呪文の終わりにこう言葉を付け足して。 「――……シーグル・アゼル・リア・シルバスピナ。お前が今、一番会いたい者を思い浮かべよ。その者が今、お前の目の前にいる」 言葉とともに、開いたものの焦点が定まっていなかった濃い青の瞳が定まる。目の前のキールを見つめて、驚いたように目を見開いて、そして銀髪の青年騎士は、ハッキリとある男の名を口にした。 「セイネリア……」 キールの顔が僅かに顰められる。それから彼は吐き捨てるように、確定か、と呟いた。 「……セイネリア……すまない」 シーグルの顔が苦しげに歪む。噛み締めるように言うその声は苦しそうで、キールはそんな彼の様子に少しだけ驚いた。 「すまない……感謝している、すまない、すまない……」 青い瞳からは涙がこぼれる。 苦しげに呟くその顔に吸い寄せられるように、キールはシーグルの頬に手を伸ばした。 「すまない、セイネリア……」 普段ならきついあの濃い青の瞳からぽろぽろと涙を流し、苦しそうに呟く彼の顔はあまりにも頼りなく儚げに見えて、キールはごくりと喉を鳴らして、シーグルの顔に顔を近づけていく。 「……全く、綺麗な坊やはこれだから困る」 言うと同時に、ぺろ、と舌を出して、彼はシーグルの涙を舐める。 それからそのまま唇をずらして唇同士を合わせる。嗚咽に震える舌をすくい舐めれば、大人しくされるがままに彼は舌を差し出す。粘膜をぬるぬると擦り合わせてちゅくりと濡れた音を出せば、彼は、あ、と小さな喘ぎを漏らした。 彼は拒まない。当然だ、今の彼にはキールの姿は彼が一番会いたい者に見えるのだから。セイネリアがシーグルと体の関係があったのは確定されている、だから彼にとってセイネリアは拒む必要がない筈だった。 だから、今なら。 この青年を抱いてしまってもかまわないだろう、と魔法使いは思う。彼にとってはセイネリアに抱かれている事になるし、そもそも術が切れれば記憶は残らない筈だった。 「これから苦労させられる訳ですし、これくらいの役得はいいでしょうかね」 キールは名残惜しく思いつつもシーグルの唇を離し、彼の服へ手を掛ける。貴族らしい刺繍の入った上着を脱がし、首もとのスカーフを外す。ブラウスのボタンを外し現れた肌に舌を這わせば、はぁ、とシーグルが熱い吐息を漏らした。 若い肌はなめらかで、僅かに汗ばんだ肌はしっとりと指に吸いつく。 はだけた胸を撫でれば、ぴくんと肌が震えた。 「あっ……」 平時の落ち着き払った声からは想像出来ないような高い声が聞こえて、思わずキールは口元の笑みを深くする。白い肌に唾液の跡をつけていけば、あ、あ、と小さな喘ぎと共に肌がぴくぴくと揺れるのが分かる。 小さな尖りを口に含み、そこに塗りたくられた唾液を指ですくって、すいと彼の体をなぞる。固く引き締まった腹筋を通って下腹部に辿り付き、そこから彼のベルトを外して、服の中にそうっと手を忍ばせる。 彼の欲望はまだそこまで反応してはおらず、ならばとその手でやんわりと包み込めば、吐息のように微かだった彼の声が大きく上がる。 「あぁっ……や……」 びくんと彼の腰全体が揺れて、背がくんっと撓ったところで、魔法使いは軽く口の中の小さな尖りに歯を立てた。 「あっ……」 手の中の彼のものが反応する。 快楽に慣れた様子の彼の体に、キールは笑みを抑えきれない。 さて、これからどう抱いてやろうかと思ったところで――――彼は、自分の首筋に当てられた冷たい金属の煌めきと、背後に現れた殺気に気づいた。 「そこまでにしてくれますかね」 事態を察した彼は溜め息をついて、あっさりとシーグルから離れた。 「止める、止めますってぇ」 言いながら降参というように手を上げれば、首筋のナイフは引かれて背後にいた相手は一歩下がる。 思い切りばつが悪そうに眉を寄せながら振り向けば、そこには黒い服に身を包んだ、灰色の髪と瞳の男が立っていた。 「敵ではない、と思ったんで様子を見てたんでスけどね。俺の立場上、さすがにそれ以上は黙っとく訳にはいかないんでスよ」 キールはその彼に苦笑しながら肩を竦めて見せる。 「あぁ、それは確かですね。少なくとも彼を害する気はないですからねぇ」 「おや、思い切り今その坊やに手を出そうとしてたように見えたんスけど」 「ふむ、これはまぁ据え膳って奴かなぁとですね、調べものついでに個人的に楽しませてもらちゃってもいいかなーというちょっとした出来心って奴ですねぇ」 「その出来心の所為でもう少しで死ぬとこでしたね、アンタ」 灰色の男は表情だけなら笑顔ではあるものの、纏った殺気はそっちが専門でないキールでさえもはっきりと分かる。 「あぁいや、今のは冗談、実はこうすれば貴方が出てきてくれるんじゃないかなーと思ったんですよねぇ」 キールの言葉に一瞬考えるだけの間が空いて、それから相手は手に持ったままだったナイフを腕のホルダーに戻した。 見せるような大仰な安堵の溜め息が、キールの口から吐き出される。 「まぁいいでしょう。俺もアンタの目的を知りたかったっスからね」 「あぁ勿論、その辺りも話すつもりですよ」 キールはいつも通りののんびりとした笑顔を相手にしてみせる。……残念ながら、相手の目は笑ってはいなかったが。 「さて、まぁぶっちゃけちゃいますとねぇ、私は貴族院から送られて来た事になってますが、実は魔法ギルドの方から派遣された訳だったりしましてねぇ。シーグル様に関しては、ちょっと確認する事と、それから彼が不慮の事故とかで死んだりしないようにするっていうお仕事だったりする訳なんですよ。……ほら、少なくとも貴方がたにとっては敵とは正反対でしょ？」 灰色の髪の男――シーグルの報告役として一人首都に残ったセイネリアの部下、フユの様子は変わらない。殺気を収めないまま、彼は顔だけを笑顔に戻して、目の前の魔法使いの言葉を考えた。 「それが本当かどうかが問題っスけどね。そもそもこっちとしちゃぁ、アンタがこの坊やを守ろうとする意味が分からないっスからね」 のんびりとして見える魔法使いは、頭を掻きながらにへらっとしまらない顔でフユに笑いかける。 「そこはー貴方には教える訳にはいかなくてですねぇ、その辺りの話もしたいって事を貴方のボスに伝えて欲しいんですよ。いやー、今までもギルドの方から何度も使者を送ってるんですけどねぇ、悉く返されちゃって話も聞いてもらえなくて困ってましてねぇ、こっちは」 「うちのボスはどうやら魔法使いが嫌いみたいですからねぇ、そりゃぁ聞く耳持たないってぇ奴じゃないっスか」 キールがへらへらと笑顔で言えば、フユも笑顔で返す。空気は緊張しているのに、二人とも、顔と声にそれは出さない。 「ですから貴方から、シーグル様のことについて魔法ギルドとして話があるっていうのを伝えて欲しいんですよねぇ」 互いに相手の笑顔の下を伺いつつ、探りを入れる。 それでもこの場は魔法使いの言う通りにしたほうがいいと判断したフユは、軽く肩を竦めて見せると芝居がかったお辞儀をした。 「それでは、その件についちゃアンタの言う通り、うちのボスに伝えておきます」 それににっこりと笑顔を返したキールは、次の瞬間に目を丸くする。 納めた筈の金属の鋭く輝く切っ先が、気づくより早くキールの見開いた瞳の寸前で止まっていた。 「……ですが、くれぐれもこの坊やには手を出さないように願います。次の時は止める気はありませんので」 「りょーかい、肝に命じておきます」 手をあげたキールに、今度こそ灰色の男は武器を納めて礼をすると、すぐにその場から姿を消した。 キールはほっと、今度こそ本当に安堵して体から力を抜いた。 どっかりと自分の椅子に座り、冷めきってしまった茶を一口喉に流し込む。 「面倒な事になったモンですねぇ。全く、あの男も化け物なら化け物らしく、死ぬまで心なんか知らなくて良かったんですけどねぇ。そうすりゃ、こんな弱みが出来る事もなかったでしょうに」 言いながら、キールの瞳は机の上で眠りにつくシーグルを見つめる。 さて、この坊やが居眠りはないだろうし、どうしていたと説明するべきかを考えて、キールは頭を乱暴に掻いた。 --------------------------------------------- 昼行灯型同士の対決……という事で、キールさんはなにやら企んでシーグルに付いてます。一応味方といや味方なんですけどね。 |