【3】 「と、いう事があって……」 すっかり観念した声でロウがいえば、腹を抱えてグスが笑う。 「なーるほどな、そりゃまぁあれだ、若いなぁ」 実は、そんな体験をした次の日、シーグルの顔を見る度にヤバい空想が浮かんで腰を屈めてしまって彼に話しかけられない、という状況でいたロウは、グスに捕まって何やってるんだと問いつめられていた。ロウは最初、知られたらただじゃ済まないと決して口を開かなかったのだが、もしかして原因はテスタかと言い当てられるに至って、とうとう白状した、という状況であった。 ただ、ロウとしては少し予想外だったのは、シーグルを本気でそういう目で見てこんな事になっているのをつるし上げられるかと思っていたのが、グスは笑うだけで責めてこようとはしてこない事だった。 ……とはいえ、さすがにこれは笑いすぎじゃないか、とはロウは思っていたが。 グスは腹をかかえ、涙まで流して大笑いをしていたが、どんよりと恨みがましいロウの視線にやっと気づいて笑い声を止めた。 それでも、まだ顔はひきつるように笑みを浮かべている。 「何がそんなにおかしいんだよ」 落ち込むロウに、やはりぷっと吹き出して、それでも大きく息を吸って無理矢理落ち着かせると、グスはやっとロウに言葉を返した。 「あのなぁ、おまえさんはテスタの野郎にひっかけられたんだよ」 「へ?」 ロウは驚いて表情をひきつらせる。 「だっておまえ、紹介料代わりだ、とかいって、一緒に行ったロウの分も払ってきたんだろ?」 確かに、まさかお前が終わるまで俺に待ってろっていうのかと、ならその間に俺も……と言ったテスタの分もロウが払ったのは確かだった。文句がない訳でもなかったが、確かに初めての自分の為にお膳立てしてくれたし、相談にも乗ってくれたしと、一応納得はしていたのでいいことにはしたのだ。さらにいえば、紹介してくれた青年にもかなり満足してしまっていた為、気にもしていなかった。 のではあるが。 「あいつな、遊びに行きたくても金がないっていってたから、お前さん丸め込んで自分の遊び賃浮かせたんだぞ」 ロウは頭が一瞬真白になった。 「いやぁ、前の時は彼女となかなかコトに至れないってぇ悩んでた奴にな、初めての時に失敗しないように、ちゃんと彼女をリードできるようにしとけって言ってやっぱどっかの娼館に連れて行ってたなぁ」 思い出してまた大笑いをする親父騎士の前で、やっと実感が湧いてきたロウは、静かに燃えあがってくる怒りに固く握り締めた拳をぶるぶると震わせた。 「あんのクソ親父……」 グスとロウが話してから暫く後。 怒りに任せて大股歩きでずかずかと歩くロウがやってくるのを見て、テスタは日陰に座り込んだままにんまりと笑みを作る。あの様子だと、自分がいいように利用された事を理解したらしいな、と思いつつ鼻を掻いて。 「おい、おっさん」 目の前に立ったロウに、テスタは欠伸をしながら目線を上げる。 「グスのおっさんから聞いたぞ、あんた、俺をひっかけたんだな」 「あぁ?」 興味もなさそうに、テスタは顎の不精髭を爪で摘んでぷちりと抜く。 「あんた親切に俺に世話やいたふりしたのも、タダで遊ぶ為だったんだろ」 「まぁなぁ、ま、そりゃ否定しねーけどよ」 抜いた髭を弾いて飛ばし、顎を摩る男には、反省の色どころかまったく悪いと思っている気配がない。ロウは頭にきて自分もテスタの前にあぐらを掻いて座り込むと、目線のあった相手をぎっと睨んだ。 やれやれ、と肩を竦めたテスタは、それでもにっと笑みを浮かべて、そのロウの視線を真っ向から見返した。 「まぁ、んじゃ聞くけどよ。お前、本気で男初めての状態で隊長押し倒す気だったのかよ」 「う……」 そこを突かれると、ロウも強くは出れない。 「どーせ、俺が一押ししてやらなきゃ、お前絶対なーんも知らないままただ隊長の尻追っかけてるだけだったろ」 「それは、そう、かもしれねーけど……」 テスタは頭を左右に振り、芝居がかった大きな溜め息をついて見せた。 「んじゃ結果的には、昨日ちゃーんと経験しといてよかったんじゃねーか」 「それは、まぁ」 「いいコだったろ?」 「あぁ、まぁ、な」 「終った後、すげーイイ顔してたじゃねぇか」 「そりゃま、良かったし」 「これで突然男相手ってなっても、もう不安じゃなくなったろーが」 「確かに……」 怒りが有耶無耶にされて、自信なさげな微妙な表情になったロウを、まるで元気づけるようにテスタがその背をばんばんと叩く。 「なら、結果的には良かったろ。それで俺がちぃっと得したって、ちゃんとお前の為になってんだからいいじゃねーか」 「でも、自分が遊びたいからって、人利用すんのはひでぇんじゃねぇか?」 そのまま流されそうだったものをそれでもどうにか留まって、ロウは再びテスタを睨む。けれども、海千山千の親父相手には、ロウではやはり分が悪かった。 「あのなぁ、そりゃー俺はお前を利用したぞ、んでもお前さんにもちゃんとメリットあったろ。そんなら俺が受けたメリットはそれの正統な報酬だろ。それで納得したから、お前は昨日俺の分まで払ったんだろ?」 「それは、そう、だけど」 「だったら、男がひっかけただなんだのとぎゃーぎゃー騒ぐんじゃねーよ。ひっかかったってぇ自分で言う方が恥ずかしくねぇか? 為になる事をしてもらった、礼を払った、それ以上でもそれ以下でもねぇ」 「う、ん……」 すっかり顔から怒りの気配が失せたロウは、なんだか納得いくような微妙に納得いかないような気がしながらも、テスタの言葉に相づちを打つことしか出来なかった。 それからテスタに、『これで後は心置きなく本番を迎えられるってもんだろ、がんばって隊長口説けよ、若者』なんて力強く背中を押されれば、後は頭は、愛しい銀髪の冷たい美貌の想い人の姿で一杯になる。 「よ、よし、シーグルんとこ行ってくる!」 と、妙にやる気になって走り出していく若者の姿を、がんばれよと手を振ってテスタは送り出した。 ――勿論、その後ロウがシーグルにまた殴られてくるのは、既に決ったシナリオだったが。 それから1週間程後のこと。 テスタは、ふと思い立ってシーグルに聞いてみた。 「そーいや隊長、ロウの奴に昨日から会いましたか?」 「……いや?」 単にロウが昨日からシーグルのところに来てないのは仕事を休んでいるからだったのだが、それを知っていてテスタはちょっと試してみることにしたのだ。 「いや、実はですね、ロウの奴どうやら最近とある男娼にハマって男娼館通いしてるらしくてですね……」 いいながら、ちら、とシーグルを見てみれば、シーグルは僅かに考えた素振りをしている。 「気になりますか?」 「そうだな……娼館通いで、金を使いすぎて借金などしてなきゃいいんだが」 真剣に心配している様子のシーグルに、テスタはちょっと苦笑する。 「まぁ、そりゃ大丈夫でしょ。相手もいいコですし」 「知ってるのか?」 「えぇまぁ」 そう言えばシーグルは表情を和らげて、そうか、とどこか嬉しそうにさえ聞こえる声で言ってくる。というか、実際少し笑みを浮かべていたかもしれない。 「はぁ……てか、隊長嬉しそうですね?」 「それはな。別に相手がいるなら、これであいつも俺に好きだなんだと言ってこなくなるだろうし」 晴れやかなシーグルの返事に、テスタはちょっとロウが気の毒になってきて、だめもとに聞き返してみた。 「何かひっかかるモンとかないんですかねぇ?」 そうすればシーグルは、一瞬何を言われたのか分からないといった表情をした後、また少し考える。 「そうだな、出来れば相手は女性だったほうが、あいつの田舎のご両親も喜んだろうに……とは思うが、そういう感情は強制するものでもないだろうしな。あいつもあれで、思い込んだら一途なタイプだから、本気なら応援するさ」 こらだめだ、と思ったテスタは、内心がっくりと溜め息をついた。多少の嫉妬、とはまではいかなくても、あれだけ好きだといってた相手が心変わりしたとなりゃ、普通は何となく気分が悪くなるものだろうに、とテスタは思う。 それがこんなに晴れやかに『応援する』なんていわれたら、脈があるないどころか、全く可能性ゼロだ。しかも、シーグルはロウが一途だという事を理解してて、普段あれだけ盛大に振っているのだから、どんだけ望みないんだよ、と、なんだから他人事ながら泣けてくるくらいにロウが可愛そうに思えてきた。 「……冗談ですよ。男娼館いってるのは本当ですが、あいつは隊長一筋ですって。ここ2日顔出さないのは、風邪ひいたらしく寝てるって話ですな」 可愛そうついでに、余計な誤解をさせたままは悪いかとフォローもしておく。そうすれば明らかに、シーグルの表情が曇るのだから始末に終えない。 「硬いですなぁ、あんたは」 思わず呟けば。 「そういうのでもないんだがな」 とシーグルが苦笑交じりに返してくる。 「どうせ本気だといっても結婚したい訳じゃないだろに。団にいる間の気の休めどころくらいに付き合ってやりゃいいんですよ」 「あいつが本気なら、そういうのはよくないだろ」 「遊びとは違うんですよ。ちゃんと本気で恋愛を楽しんで、んでも割り切る。あいつはそれでも満足だと思いますよ」 「難しいな。そういう付き合い方は、俺は分からない」 真面目なシーグルなら、そう答える事はテスタだって予想出来た。でもだからこそ、そういう付き合いを覚えて、うまい心の休めどころを覚えて欲しいとテスタは思う。 それに、どうせ将来は許婚と結婚しかないこの青年に、今のうちにちゃんと恋愛をさせてやらなきゃ可愛そうじゃないかという親心のようなものもある。 「なら余計に試してみたらどうですかね? あんたはちっと気を張り詰めて何でも抱えすぎる、気ィ抜ける相手がいりゃ大分楽になれますよ」 「……これでも前に比べれば、随分気を抜いてるつもりなんだが」 いいながらシーグルが浮かべるのは、苦笑というよりも自嘲の笑みだった。 いっそ潔癖な彼なら怒るかもしれない、と思っていただけに、その反応は少しテスタには意外だった。 シーグルは瞳をテスタではない何処かへ向け、そして小さく呟く。 「テスタ、人が人を想う気持ちというのは難しいな。そして怖いな。……俺には分からない。だから、相手を傷つける事しか出来ないんだ」 その、憂いを帯びた横顔に、テスタは軽く見蕩れて、そしてすぐに気付くと苦笑して肩を竦めた。 この青年は、自分が思っている以上には場数を踏んできているらしい、と。 なるほど余計な世話だったかもしれない、と思ったテスタは、以後はロウの尻を叩くようなマネを自重する事にした。 END. --------------------------------------------- ロウさんの馬鹿話っていうか、不幸(?)話でした。でも最後の〆はシーグルとテスタでちょっとしんみりと。 次回エピソードはまたちょっと長めのシーグルメインの話になります。 |