記憶の遁走曲
※この文中には、後半部分に、長くはないですが性的なシーンがあります。苦手な方はご注意下さい。




  【11】



 夜が駆け足で近づいてくる冬の日は、急がないとすぐに辺りは暗くなる。帰ってきたばかりの時はまだ明るかったのに、と思わず呟いてしまう程に、シーグルが部屋の外に出ると、外はもう完全に明かりなしでは真っ暗と言える状態に切り替わっていた。

 どうにか予定通りに帰ってきたシーグル達だったが、シーグル本人はそこから報告書を書いて提出しなくてはならなかったので、解散時間を待たずにすぐに執務室へと戻り、やっと今書類が出来上がって部屋から出たところだった。そこまで掛かった訳ではない筈なのに、部屋に入る前は日が沈み始めた程度だった風景は、今ではすっかり夜になっていた。
 早く提出しないと、また兄を困らせる。それにあまり遅くなると、受け取ってくれる文官連中さえいなくなってしまう。そう考えれば、自然とシーグルの足の歩みは速くなる。
 ただ実のところ、書類は本来なら提出は明日でもか構わないのだ。構わないのだが、この時間の内に提出しておけば、既に帰っているだろう上官連中の顔を見なくて済むという事情があった。彼らがいると、中身のない会話に付き合わされ、ただでさえ事務仕事に削られている隊へ顔を出す時間が、更に意味なく削られる。だからシーグルは、いつも少し遅くまで事務仕事をして、その日中に提出をする。書類に不備でもなければ、あとで呼ばれることもない。

 走るまでにならない程度の急ぎ足のまま、この建物内で一番広い、外に面した長い廊下へと入る。この時間の廊下はまず人が通らない。こんな時間まで残っているのは、仕事を押し付けられた文官達や、事務員達だけで、彼らもわざわざ寒い廊下にそうそう出てこようとはしない。夜勤の守備隊連中は仕事中で、この敷地内にいはしない。
 だから、誰もいないものと思って軽く駆け足に入りかけていたシーグルだったが、とある角を曲がった途端、人の声が聞こえて足を止めた。

「ン……」

 長い廊下の先、丁度明かりが途絶えて暗い場所に見える人影。

「ン、ゥ……ン」

 それは一人ではなく、よく見れば二人で、ぴったりと体をつけて頭だけが揺れるように動く様を見れば……彼らが今、キスをしているというのくらいはシーグルにも分かってしまった。しかも、その内の一人が長めの金髪で、もう一人が黒っぽい髪の人物となれば、後は背格好から二人が誰と誰か、簡単に予想が出来てしまう。
 まさかここで声を掛ける訳にもいかず、シーグルはその通路に踏み出していた足を戻して引き返し、その通路を迂回する事にする。内心の動揺は隠せず、急ぐ筈だった足取りがすっかりゆっくりになっていたのも、シーグル本人は気づかなかった。







 そんな事があったせいで、提出もどこか上の空のまま終わらせ、やはり考え込みながら自分の執務室へと向かっていたシーグルは、また人の気配に気づいて足を止める事になった。

「書類提出お疲れ様です、隊長殿」

 まるで待っていたように、シーグルの姿が見えるまで壁によりかかっていた長い金髪の青年は、わざと作っているとしか思えない満面の笑みを見せて、立ち止まったままのシーグルに近づいてくる。
 そして、すぐ傍にまでくると、足を止めて、一言。

「見たんでしょう?」

 シーグルは軽く顔を顰めて、あぁ、とだけ答えた。
 そうすればリーメリの顔は笑みから一変して、思い切り顰められた。

「だからこうして来たのですけど、何かおっしゃる事があるんじゃないですか?」

 両手を腰にあて、上官に向かって偉そうに……と確実に言われるだろう態度の彼の顔を、シーグルは真っ直ぐ見返す。

「いや、個人の私事にまでとやかく言う気はない。あえていう事があるなら、見てしまってすまなかった、と謝るくらいだ」
「……別に謝って欲しい訳じゃないですよ、偶然だってのくらいは分かりますから。というか、相手が誰だったかだってお分かりになったんでしょう?」
「……ウルダーツだったな」
「えぇそうです」

 少し得意げに軽く微笑んだリーメリは、ふぅと大きく一息ついて、わざとシーグルから目を逸らして壁に向かって歩き出す。

「ウルダと俺の関係、とか、まずはそこを聞いてくるでしょう、普通なら」
「仕事外の事にまで、こちらが口出しすべきではないだろう」
「そりゃまぁご立派な態度ですけど、では貴方個人としては興味はないのですか?」

 壁まで行った彼はくるりとこちらを向いて、待っていた時のように壁に寄りかかった。

「……そういう関係だったのかと、そう、思っただけだ。別に聞くような事はない」
「そういう関係って? 俺達が恋人同士だとでも?」
「あぁ」

 そこでリーメリは笑いだす。いかにも堪え切れずに笑い出した、というように、唐突に口を押えて肩を震わせる。
 シーグルはその反応にどう返したらいいのかわからず、ただじっと彼が笑い止むのを待つことしか出来なかった。

「まぁ、そんなとこかと思いましたけどね。いや隊長、思った通り、考え方がウブですね」

 やっと笑いが終わったと思えば返した言葉はそれで、シーグルは表情を益々顰める。

「違うのか」
「違いますよ、男相手で本気で恋愛なんてする訳ないじゃないですか。この間の話をちゃんと聞いていましたか? 今はあいつと付き合ってる方が都合がいいだけです。そりゃ寝るくらいですから、あいつの事は結構気に入ってはいますが、恋人というのは違いますね」

 確かに、前に彼は優位になる利用価値のある相手を選ぶ、と言っていた。シーグル本人としても、そういう考え方もありなのだろうとは思う。
 けれどどうにも実際見てみると納得出来ない部分があるらしく、自然とそれは表情に出る。それを見ていたリーメリが、少し怪訝そうに眉を寄せた。

「なんです、納得いきませんか?」

 シーグルは真っ直ぐリーメリの瞳を覗き込むようにじっと見つめる。

「お前はあいつを好きではないのか?」

 その真剣な様子に驚いたように、リーメリは少し顔を引いた。

「……そりゃまぁ、広い意味での好き、ではあると思いますが。恋愛というのではないですね」
「本当に?」
「そうです。……いや、それはその……こういう関係ですから、恋人ごっこ的に振舞ったりはしますよ。その方が楽しいですし、盛り上がりますし。ほら、折角割り切ってそういう関係やってるんですから、楽しめる分は楽しみますし、互いにその為に協力する訳で……でも所詮男同士ですから、適度にしとかないと寒いでしょう」

 シーグルは一度軽く目を伏せて考える。
 だがすぐに目を開くと、やはり真っ直ぐリーメリを見つめて言う。

「お前は、男同士で本気で恋愛はない、と言うが、本気な事もあると思う」
「は? ……はぁ」
「相手が男だったとしても、本気の恋愛はあると思う。本気の者に、寒いなどと馬鹿にするべきじゃない」

 リーメリは顔を引き攣らせてはいるものの、それでもじっと見つめるシーグルから目を逸らさなかった。そして、シーグルのその発言には、リーメリとしても当然湧いただろう疑問が質問として返って来る。

「隊長殿は……男で好きな方がいらっしゃるのですか?」

 シーグルはそれに、僅かに眉を寄せた。

「いや……」

 それでも語尾に迷いが出るのは仕方がない。
 リーメリはそれで何か察したらしく、困ったように頭を掻くと、壁につけていた背を離して、姿勢を正す。

「なんというか、本当に真面目ですね、貴方は。そんな真面目な貴方だから、きっと貴方に惹かれる人間も本気になってしまう訳なんでしょう」
「何故、話がそこになるんだ」

 今度はシーグルが驚いて眉を寄せる。

「まぁ、ウルダの奴にはそう言っときます。なんていうか、ここで貴方に本気になられたら、流石に俺も癪なんで」

 そう言って、反論の隙も与えず笑顔で手を振って去って行ったリーメリを、結局引き留める事も出来ずに、シーグルはただその背中を見送る事しか出来なかった。
 どうしてそこでウルダーツの名前が出てくるのか――それについてはまったくわからないまま、シーグルは憮然として自分も部屋に帰る為に歩き出した。








 熱い吐息と吐息が絡まり、それより熱い身体が絡まる。
 肌と肌が擦れ合えば、更にまた熱が起こり、体の芯が熱くなる。
 熱にうかされた頭は、羞恥やプライドなんてものを捨てて、ただ快楽を求める事しか考えない。足を広げて、腰を浮かせて、叩きつけてくる相手の肉をうけとめれば、肉と肉がぶつかって乾いた音を鳴らす。中を擦りあげてくるその感触をもっと強く感じたくて、相手の雄を離さないように足を絡めて、奥にそれを感じる度に背を逸らす。
 相手も自分も、腹は厭らしい液体でべとべとに汚れ、勿論繋がる箇所はもっとぐしゃぐしゃで溢れ落ちる程だった。肉同士がぶつかり、奥に男を感じる度に、中に出された液体は気泡が潰れる音を鳴らして溢れる。男の熱い肉欲の塊が体を行き来するその感触で、全身が熱と甘い疼きで満たされ、反射的にその肉を受け止める自分の中がひくひくと蠢いて締め付けているのが分かる。

「リ、メリ、出すぞ」
「あ、ウルダ、そのまま、もっと、深くっ」

 少し屈んだ相手の首に縋りつくように抱き付けば、ウルダの手がリーメリの性器を強く擦って奥を突く。
 それに耐えられずに、視界が白く弾けながら、リーメリはウルダに腰を強く押し付けて達した。

「あ、はぁぁああっ」

 ウルダの動きも止まる。肉だけでは届かないずっと奥に熱いものが注ぎ込まれた感触に、リーメリはびくびくと体を震わせた。

「あ……中、すごい……出てる」

 とくとくと、暫くは中に注がれる感触だけを感じて、呆けたようにリーメリは天井を見つめる。けれどもウルダの顔が近づいてきたことで、視界は彼の顔でいっぱいになる。

「ン……」

 そのまま降りてきた唇を受け止めて、リーメリは目を閉じる。
 彼の首に回していた腕に力を入れ、こちらに引き寄せて唇を押し付ける。
 流石に事後だけあって、2,3度合わせなおした程度で唇を離した彼は、リーメリの目の焦点がはっきりと彼に合った事を確認してから笑った。

「今日はどうしたんだ。いつも中は後が大変だから止めろっていうくせに」
「まぁ、気分だ。……ってか、やっぱやめりゃ良かった、後始末を考えたくない……」
「手伝ってやろうか?」
「じょーだん。手伝った最中にまたやる気だろ」
「そりゃな、ついでだし」
「黙れ」

 それでも彼は、耳元にキスを落としながらくすくすと笑う。どうやら、向うは気分がいいらしい。それになんとなく腹は立つが、それでも自分も今日はやけに感じて愉しんだ自覚があるので、リーメリも更に文句を言ったりはしなかった。
 だが。

「機嫌がいいんだな」

 自分が相手に対して思っていた事を言われて、リーメリは思わず怪訝そうに顔を顰めた。

「はぁ? 何いってんだ? 機嫌いいのはお前の方だろ?」

 だがウルダは笑うだけで、じゃれつくように顔を髪に埋めてくる。

「そりゃな、俺が機嫌いいのはお前のせいだからな」
「何言い出してるんだ、お前は……」
「オトコとしちゃ、ヤってる最中に相手が気持ち良さそうに乱れてくれればそりゃ嬉しいだろ」
「るさい、そういうのは女に言え」

 言いながらも顔やら背中やらにキスをしてくるものだから、リーメリはやたらと恥ずかしくなってくる。というか、言ってから、そういやこいつは女とはかなり遊んでるから、多少の恥ずかしい台詞は言い慣れてるんだよな、なんて事を思い出して、なんとなくむかついてもくる。

「女はなぁ、あんまそのままの反応するとそれはそれで怒るんだ」
「それはお前にデリカシーがないだけだろ」
「いや、女心ってのは難しいんだぞ。気づいてすぐ言ってやらないと怒るところと、気づいても気づかない振りしてさりげなく気遣ってやるところがな、まぁ、難しい」

 触ってきては体のあちこちにキスをしてくるウルダに勝手にされるまま、リーメリはただ呆れて、相手に聞こえるように、声を出してため息をついてやる。

「で、俺の場合は気遣わなくていいから楽なのか」
「まぁ楽だな。思った通りに振る舞っといても、文句あるならハッキリ言ってくるし、怒らせた場合もどうすりゃいいか聞けばいいだけだし。自分で察しろ、というのがない分楽だ、別に拘束もされないし」

 ウルダの言い分はずいぶん勝手で、リーメリとしてはむかつくのを通り越して、本気で呆れるしかなかった。

「なんか都合のいいオンナ、という気がしてきてむかついたんだが」

 だから、とりあえず怒ったふりをしてそう言ってやれば。

「何言ってんだ、お前だって俺の事、都合のいいオトコだと思ってるんだろ」

 起きあがって、顔を覗き込んでくるウルダに、リーメリは冷たい目と声で答えた。

「当然だろ」
「ひどいな」
「お前が言うか?」
「文句あるのかよ」
「ないさ、だからお前も文句はないだろ?」
「あぁ」

 と、言い終わってから、互いにじっと見つめあい、やがて耐えきれずに同時に吹き出す。後はもう、二人とも何を言っても笑い声にしかならなくて、呆れて諦めて笑い転げる。
 これで済んでしまう関係だから、彼が好きなのだ。
 いや、好きというよりも、心地よい、と言った方がいいのだろうか。どこまで続くか分からない、なのに終わらせる気もなくずっと続ける気もないという、そんなあやふやな関係だからこそ気に入っている。少なくとも、そんな関係を本気の恋愛とは言わないだろう。




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そんな感じですごいありがち展開&いちゃつく二人の話再び。
さすがに毎回こいつらのいちゃつきをかっちり書いてるのもあれなので、今回はさらっと。



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