魔法使い達の古い事情
<成長編・1>





  【2】




 クノームの意外すぎる態度の理由は、思った以上にすぐ確認出来る機会がやってきた。

「おいメイヤ、持ってくるの忘れたのがある。お前ちょっとついてこい」

 帰り際に突然クノームにそう言われて、メイヤはどうしようとまず師匠の顔を見た。

「帰ってまた戻ってくるのが面倒なんだよ。お前に持たせて送り届けた方が楽だ。そんな時間は掛けない事は約束してやる、それならいいだろ?」

 そこまで言われれば断る訳にもいかないだろうが、一応こういう事は師の許可をとるのが弟子の義務である。

「ま、いいんじゃね、いってこいよ」

 予想通り、師匠は気楽にそう返したから、メイヤはクノームについていく事にする。まぁ、たまに荷物運びを手伝えとか、雑用係りとして用事を言いつけられて連れて行かれるのもわりとある事なので、メイヤは特に気にはしなかったのだが。
 ただ、クノームの様子にひっかかるものがあったメイヤとしては、だから最初から少し身構えていったというのもある。

 転送で着いた部屋は、ちょっと広くていろいろな魔法の道具がおいてある見たことのない部屋だった。初めて見る見慣れない部屋を見回していたメイヤは、装飾が施された偉そうな椅子にクノームが座った後、お前も座れと言われて、彼の向かいにあった特に装飾のない椅子に座った。

「さて、実はな、渡すモノがあるっていうのは嘘なんだ。まぁ、適当に誤魔化しの土産は持たせてやるが。……お前にちょっと、話がある。ティーダには内緒のな」

 わざわざこんなところへ連れてきて、そんな真剣な空気で話があると言われれば、ティーダに聞かれたくない話だという程度の予想はメイヤにもついていた。だが問題となるのは、どうして師に聞かれたくないかというその理由だ。
 そこまでのメイヤの考えも顔色で分かったらしいクノームは、唇に皮肉げな苦笑を浮かべた。

「何でティーダに内緒かってのは……理由が二つある。一つは絶対に、ティーダなら怒る事だからだ。二つ目は……それが、ティーダの為だって事だ」
「訳が分かりませんが」

 即答で答えたメイヤに、クノームは考えるように仮面の額あたりを指で叩く。トン、トンと彼の指の動きを目で追いながら、メイヤは彼の次の言葉を待った。

「一々質問に答えるよりゃ、筋道を立てて最初から話した方がいいだろな。……お前、前にクストノーム行った時、過激派の魔法使いにティーダの居所聞かれたろ」
「はい」

 確かにクノームは、あの時メイヤを襲った魔法使いの事を過激派といっていた。

「彼らはな、いわゆる人の世の政治は、世界の秘密を知っている我々魔法使いがやるべきだってぇ思想の連中だ」

 メイヤは思わず顔を顰めた。

「随分安っぽい思想の連中ですね」

 クノームが喉を震わせて笑う。

「いや別に、魔法で世界征服しようとか、魔法使いが支配する世界を作りたいっていう訳じゃないぞ」
「ならなんです?」

 クノームは未だに肩を震わせながら、それでも椅子に深く腰掛けると、椅子の腕おきに両肘をついて前で手を組み、一見、外見通り優雅にも見える格好でメイヤを見た。

「まぁ、魔法使いってのは一般人に比べていろいろ知ってる事が多い。人の世の政治も魔法使いがやったほうが上手くいくに違いないってぇくらいの話だな。……元々は『魔法使いはもっと政治に関わるべき』くらいの主張だったんだがな。ともかく、私利私欲で動いてる訳じゃなくてな、奴らの思っているのは『よりよい人の世』な事は確かだ」

 なるほど、とメイヤは頷く。一応メイヤを襲った女魔法使いも悪い人間ではない気がしていたので、そう言われると少しだけ安堵出来た。

「ただまぁ、当時これを支持したのが若い連中ばっかだったんでな、どうしても方向性っていうか行動が過激になった訳だ。……それと、ギルドで権力持ってた連中がそいつ等の意見に耳も貸さなかったからな、実力行使にでるしかないって事になったっていうのもある」

 そこまで状況を説明されれば、彼らの活動というのにもなんとなく方向性が分かってくる。
 だが、それならメイヤにとっての一番の疑問が残る。

「それで、何故彼らは師匠を探しているんです?」

 クノームはそれにさらりと答えた。

「そりゃな、その派閥を最初に作ったのがティーダだからだ」

 メイヤは思わず思考停止した。それくらいに驚いた。

「あの森に篭もる前のティーダはギルドじゃ問題人物でな、そういう特異理論を唱える上に、若い割に実績と地位があったもんだから、上の連中は無視する訳にもいかなかった」
「想像……出来ません」

 呆然としてメイヤが呟けば、見た目だけなら優雅な魔法使いは、カラカラと下品な笑い声をあげて笑う。

「あぁ、今のティーダからは考えつかないな。今なら『ンな面倒くせーことやる訳ねー』っていいそうだ。……ところが、これは真実で、事実、一度ギルドは昔ながらの掟に従う保守派と、ティーダにつく革新派で分かれてエラい事になったらしい」

 メイヤはだが、その話になかなか理解が追いついていかなかった。ティーダの過去にはそりゃぁいろいろあるとは思っていたが、メイヤの知る、あの、がさつで面倒くさがりで大ざっぱな師が、ギルドの体勢に反抗する者達の創始者だったとは想像力さえ追いつかない。

「けどな、ティーダは途中から自分の主張を取り下げて、派閥の連中にも解散を言い渡した。もちろんそれを下の連中がすんなり受け入れもしなかったんだが……結局、ティーダがあの森に篭もってしまった事で、ティーダについてた奴らはトップがいなくなって自然分解というか、一応大人しくなった。なったんだが……まぁ、表にでてくる事がなくなっただけで、過激派の奴らはまだいるわけだ」

 メイヤはあんまりにも自分の理解を越える内容に、まだ呆然としていた。
 確かにその話なら、あの連中がティーダを探している話も分かるし、前にちらっとクノームが言っていた、ティーダが要注意人物だというくだりも分かる。でもやはり、メイヤはまだ、実感としてそれを理解出来ないでいた。

「さて、それでな。ここからが本題だ」

 暫くはメイヤの様子を観察していただけだったクノームが、背もたれから背を離して、体を少し前に乗り出す。

「当時ティーダについてた連中も、全員が全員過激でヤバイ奴だったって訳じゃない。大半はティーダが派閥を解散するっていった時に、ちゃんと理解して従った。そいつらは過激派とは別に賢者派って呼ばれて、ギルドの方にはちゃんと在籍を認められてる。当時からの連中じゃなくても、ティーダの主張を支持してる人間は賢者派を名乗ってるし、俺もその派閥の人間扱いだ」

 となれば、彼の弟子であるメイヤもまた、その派閥扱いになるのだろうか。沸いたその疑問には、クノームがすぐに答えてくれた。

「お前も勿論賢者派って扱いになってる。少なくとも、ギルドの命令より何より、ティーダの言う事の方を聞くだろ? その段階で、上から見りゃそういうくくりになる」

 それならそれで納得が出来る。
 メイヤはこくりと頷くと、偉そうに腕を組んでいる金髪の魔法使いの話をじっと聞く。

「ところがだ、こういう経緯があるわけだから、賢者派の連中は肩身が狭い。しかもギルド側はこっちに、元仲間の不祥事はそちらで始末しろって言うわけだ」
「元仲間って事は、つまり……?」
「もちろん過激派の連中だ。……もう、仲間って程、こっちとは繋がりなんか何にもないのにな。あいつ等が問題起こしたら、賢者派でどうにかしろとさ。まぁ、ギルド側として、賢者派を許してる最大の理由がそれな訳だ」

 どう考えてもいいがかり以外の何者でもないが、そんな事はクノームも十分承知しているのだろう。その証拠に腕を組んでいる彼の足下では、いらだつように足がトントンと謎のリズムを刻んでいる。

「そんくらい、ギルドにとっても頭の痛い問題なんだよ。過激派の連中も……ティーダがいた時なら統制がとれちゃいたんだが、今じゃ主張さえもが変わってて、お前がさっき言ってたみたいな、人として優れている我々魔法使いが世界を統べるべきだって頭おかしいのもいる。さらには魔女落ちした奴らと手を組んでる奴らまでいる始末で、本気でこっちからしたら迷惑かかりまくりだ」

 ギルドに所属する魔法使いには、破ってはいけないいくつかのルールがあるのだが、その中でも禁忌扱いの事をした者は魔女と呼ばれ、ギルドからも追われる立場になる。今までの話の流れとして、立場的には追われる同士の彼らが手を組むのは自然に見えるが、その主張は全く違う筈で相入れる筈がないのだ。
 魔女は大抵、自分個人の欲望に従って禁忌の術を使う。だが、過激派の連中には、本来なら、例え歪んでいても世界をを良くしようという信念があった筈だ。

「つまり、今の過激派っていうのは、もう全く理想とか信念とかいうものはなくなった連中だってことですか」

 クノームは嫌そうに口元を歪める。

「そう、思ってもいいかな。あぁいや、全く残ってない訳じゃないし、昔ながらの主張のままの連中もいるんだろうが、そいつらは表に出て来て問題起こす程じゃない。最近見た連中は、ろくに先を考えられない馬鹿ばかりだったが」

 メイヤは何故だか、その話を聞いて悲しくなっていた。
 過激派が元はティーダが築いた派閥の一部であるなら、彼が現状を知ったら必ず悲しむだろう。いい加減に見える彼は、だがその実責任感はある。だから必ず自分の責任だと言い出して、自分を犠牲にしてもどうにかしようとするだろう。

「で、何もギルドのこっちの状況だけを知らせたくてお前を呼んだ訳じゃない」

 急に口調の変わったクノームの様子の変化に気づいて、メイヤは顔をあげる。
 クノームは組んでいた腕を解いて、テーブルの上におき、少し身を乗り出した。

「言った通り、賢者派の俺たちは、過激派の連中がなんかやったらとっつかまえてギルドに引き渡すか、始末しなきゃならないんだ」

 ならば既に、クノームは彼らを追って何かをしているのだろうか。
 じっと真剣に見つめてくるメイヤの瞳に、クノームはいらだつように外見には似合わないガサツさで、見た目は豪奢な金髪の巻き毛頭をばりばりとかいた。

「ところがだ、過激派の連中は最近どんどんタチ悪くなってきちまって、それに伴って水面下で人数増やしてやがる。元々こっちの派閥の人数はそんな多くないから……早い話、人手不足なんだよ」

 ごくりと、メイヤは喉を鳴らす。この先なにを言われるかは、既に分かっていることだった。

「だから、お前さえ良けりゃ、奴らを捕まえる仕事を手伝ってもらいたいんだ。お前の魔力は置いておいても、お前は魔法使い相手の戦闘に関しちゃへたな魔法使い以上だ。魔法使いの性質と弱点をちゃんと知ってる上で、剣士の戦い方も出来る。お前さんがそっちの仕事手伝ってくれると、すごい助かる」

 本当は、クノームはこの話をメイヤに振りたくはなかったのだろう。言い切った彼はすさまじく不機嫌で、机の上の指で何かを描く動作をしながらも、見ているのはメイヤの顔でも手元でもないどこかだった。
 しかも、大きくため息をつくと、軽く俯いて、悪いな、と彼にしては力ない声で呟く。
 メイヤもすぐには頭の整理が出来なくて、返事をする事も出来ない。暫くはただ沈黙が続く中、またクノームは大きく息を吐くと、思い切ったように立ち上がった。

「返事は今すぐじゃなくていい。なにせやるとなったらいろいろ覚悟が必要だ。……ただ頭ンなか入れといて、こっちの仕事手伝う気になったら言ってくれ」

 言い終わると、彼は気分を切り替えるかのように背伸びをして立ち上がり、テーブルから離れようとする。

「一つ確認したい事があります。その過激派を捕まえるって事は……師匠の為、なんですね?」

 歩き出す前にメイヤに聞かれて、クノームは少し驚くように足を止めた。

「あぁ、そうだ。少なくとも俺は、ティーダの為にこの仕事をしてる。自分で作った派閥の連中が、今じゃ魔女スレスレの事をしてる……なんてのは、あいつの耳に入れたくない。それにな……俺達なら、奴らを出来るだけ殺さないようにも出来るからな」



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ティーダさんのギルド内での秘密のお話でした。でもまだまだ彼に関してはいろいろあります。
今後のメイヤさんが何をするか、その方向性も見えてきたかと。




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