【22】 空はすっかり暗くなり、首都セニエティの街ではあちこちの街灯に火が入り、通りはぼんやりとした幻想的な光に照らされていく。この時間になれば、仕事から帰ってきた冒険者達で、事務局から酒場街は賑やかな喧騒に包まれる。 セイネリアは、エルと二人で酒場にいた。 事務局で仕事の終了手続きをした後、打ち上げ代わりに奢ると言われて彼に付き合ったわけだが、暫く飲んだ後、突然エルが『お前は、傭兵団とか作らないのか』と言いだした。 冒険者同士の諍いにおいて、例え死人が出たとしても相手はまず罪にならない――そんな法律があるせいか、冒険者として成功して、それなりの地位を手に入れたものは、まず自分を守る手段として、いつでもつるむ固定の『仲間』を作る。『仲間』が多ければ『傭兵団』と名乗り、パーティ単位ではなく団として仕事を受ける事が出来る。そうなれば、仕事における信用度があがって割のいい仕事を受ける事が出来るし、それだけの戦力を持っているとして自らを守る事も出来る。更に言えば、何の信用も名声も得ていない者であっても、その組織にに所属していれば所属『傭兵団』の信用で仕事にありつくことが出来る。 上にいる者にとっても、下につくものにとっても、分かり易い利害関係の一致するシステムであり、だからこそ名の通った冒険者は大抵その手の組織をつくり、本人と組織自体の名を以って人々から一目を置かれるようになっていた。 「俺には必要ないな。どうせ足手纏いがひっついてくるだけだ」 そう即答したセイネリアに、聞いた本人のエルは苦笑いをしてがっくりと肩を落した。 「いやまぁそうだろうけどよぉ。だがな、上級冒険者になると、一人で仕事受けるのにはやっぱ限界があんだよ。例えば、どっかの砦の傭兵で雇われるにしたって、団単位で雇ってもらえばある程度の自由がきいて、うるさい上の連中の話をある程度無視できる。そんな感じに、大きい仕事を団の人間だけで固められれば、使えない外の連中と組んだりしなくて済むし、ある程度の自由が利く。後は――そうだなぁ、いっくらあんたが馬鹿みたいに強いといってもさ、あんたにも出来ない事はあんだし、団となりゃ別に直接の戦力じゃなくて、そういうあんたの範囲外の特殊技能持ちを確保しておく事も出来たり……いろいろ便利だと思うんだけどな」 セイネリアとしても、そこまで言われれば成程と思わない事もない。ついでに言えば騎士団にいる間、カリンがいろいろと手を回して情報屋のネットワークを作っていたようだから、それらの一部をまとめて組織化しておくのも悪くはないと思っていたところでもあった。 ただ、妙に熱心にそんな事を言ってくるエルには、少し不審の目を向ける。 「で、ソレを誰に言えと言われたんだ?」 エルの顔が瞬時に引き攣る。相変わらず分かりやすい男だと思う反面、だからこそここまで付き合いが続いているんだが、とも思う。 エルは大きくため息をついて、観念したのか仕方なさそうに口を開いた。 「まぁ、お前が騎士団からこっち戻って来たって噂聞いてさ、結構あちこちで言われるんだよ。セイネリアの奴はそろそろ人集めるんじゃないかってさ。で、そうなったら是非声を掛けてくれって」 「つまり、俺の名で美味い仕事を欲しい奴らがお前をせっついてた訳か」 「そう言うと身も蓋もないけどよ、実際、お前も固定の部下っていうか下っ端がいれば役に立つ事もあるぜ。とりあえず、さっきも言った通り個人じゃなく団単位でなら、仕事する時の発言力が違う、それはお前にとっちゃ重要じゃないか?」 「そうだな……確かにそれなりのメリットはある」 だが、表情を明るくして身を乗り出してきたエルから視線を外して、考える素振りを見せながらも、セイネリアは席を立つ。 「おいっ、セイネリアっ」 慌てて立ち上がったエルに今度は顔を向けて、セイネリアは軽く笑った。 「俺が傭兵団を作るなら、半端なモノは作りたくはないからな。それなりに準備がいるだろ、すぐにどうこうという話は出来ないな」 「そ、そりゃなぁ……」 それでもどうにも不満そうなエルに、セイネリアは付け足してやる。 「安心しろ、実際、人を集める事にしたら真っ先にお前に声を掛けるさ、俺をせっついた分の責任は取らせてやる」 「ぇ……あ、お、おう」 一瞬だけ、間の抜けた顔をしたエルだが、言葉を理解してゆっくりとその口元が歪んでいく。それを見届けたセイネリアは、黒いマントを肩に羽織ると、彼に背を向けて、手を上げて別れを告げた。 今度は、エルがそれを引き留める言葉を掛けてくる事はなかった。 「で、お前の方の用件はなんだ?」 酒場から出て、わざと人通りのいない路地に入ってから、セイネリアは後ろにつけている気配に向けて声を掛けた。 そうすれば、すぐに相手は姿を現す。向うも最初から気配をわざと消してなかっただろう事を考えれば、声を掛けられるのを待っていたのだと思われた。 「俺を、あんたの部下にしてほしい、セイネリア」 赤い髪に不穏な空気を纏う青年は、そう言ってその場に膝をつく。 「あんたは本当に最強の男だ。俺は、強いあんたを見ていたい。最強であるあんたが最強のままである為に何でもする。俺は、役に立てる」 じっとその様子を見ていたセイネリアは、顔を上げた赤い髪の青年の、その赤い瞳を覗き込んで、それから口元に笑みを引く。 「確かに、お前は役には立ちそうだ」 赤い髪の青年、クリムゾンが、顔に安堵の色を浮かべる。その見かけによらず素直な様子にセイネリアの方も軽く笑いながら、それでももう一つ、彼に質問をしてみる事にした。 「だが……最強である俺の部下になりたいというなら、俺が最強ではなくなった場合はどうするんだ?」 「殺すか、去る。あんたがその強さを失ったら、あんたの部下でいる意味がない」 クリムゾンは迷わず即答した。 セイネリアは、それに声を上げて笑った。 「いい返事だ。そういう分かりやすい奴はいい。いいだろう、ついて来い」 言ってセイネリアが背を向けて歩き出せば、クリムゾンはそれから数歩の距離をあけてついてくる。その距離が、不意打ちを仕掛けてくるには少し遠く、それでも何かあればすぐ追いつける距離というところが、彼のこちらに対する服従の証なのだろう。 「言われたばかりで、またすぐエルに連絡を取る事になるのか」 呟いて、それは少し癪だなと思いながらも、セイネリアは頭の中で、本格的に傭兵団を作るための計画を立て始めた。とりあえず、カリンの作った情報網は彼女に任せ、傭兵団としての普通の冒険者達はエルに任せるのがいいだろう。クリムゾンは他人を使うタイプではないから、好きにさせておくのがいい。 赤い髪の青年を連れた黒い騎士は、そうしてまた、冒険者事務局へと足を向けた。 * * * * * * * 天井の高い円形の部屋。 窓もないその部屋の壁沿いに並んで座る者達は、皆が皆、フードで顔を半分隠した不気味な連中ばかりであった。 「あの男が望むものは何だ?」 「さぁ、分からぬ」 「あの男の好むものは?」 「さぁ……趣向程度なら調べられたが、あの男の意志を動かせる程のものはない」 「ならば、あの男の弱味は? 大切なモノは?」 「それも見つからん。あの男をどうこうするだけの材料は、今の我々にはない」 苛立つ声を抑えられずに言い合う者達は、全員、手にその背丈より長い杖を持っていた。 彼らは、魔法使いだった。しかも、すべての者達が、既に人間の寿命以上に生きている、魔法使い達の中でも地位ある者達ばかりであった。 「折角、あの剣を手に入れたというのに、あの男は何も望むものがないというのか?」 「きっと、剣の力を分かっていないのだ、だからこそ軽んじる」 「まさか、魔剣の主ならば、その剣の記憶を共有するはずだわ」 「だがあれは、普通の魔剣ではない。魔剣なら当然という事が当てはまっていない可能性はある」 噂に聞いているセイネリアという男なら、あれだけの力を手に入れれば、その野心を叶える為に彼らと手を組む事を選ぶだろうと、彼らは信じて疑っていなかった。 ところが、どれだけ彼らがあの男にいい条件を提示しようと、剣の力がどれ程のものかを説明しようと、セイネリア・クロッセスは欠片も彼らの話に興味を持つ事はなかった。望みがあるなら言ってみろと言っても、お前達に叶えられる望みではないの一点張りで、何も言おうとしなかった。 「メルーの記憶を探ってみたのか?」 「あぁ、それもやった。だがあの女の視点で見ても、あの男を理解する事は我々には出来なかった。分かったのは、色仕掛けも通用しないという事くらいだな」 「どうする事も出来ないのか……折角、あの剣の力が使える状態であるというのに……」 歯噛みする者達の声が不快な程に響く部屋の中、突然、一人の男が笑い出す。 それに一瞬、他の者達が動きを止めた。 部屋にいる者すべての視線を受けて、若い外見に見合わず淀んだ瞳を開いた男は、立ち上がって皆に告げた。 「何、今は手を出す事が出来なくても、いつか機会は巡ってくる。あの男も人間だ、完璧などありえんよ。それまで少し待てばいい、時間はまだいくらでもあるのだから」 END. --------------------------------------------- 長い長いお話、ここまでお読みくださってありがとうございます。 いやー本当に色気が少なくてすいませんでいした。 最後は微妙に続編への伏線を匂わせときます。 |