WEB拍手お礼シリーズ16
<シーグル隊長悩むの巻>








■■シーグルの悩み 1

 ある日、シーグルの執務室に、やけに緊張した面持ちのマニクがやってきた。

「隊長、今週の休暇の前日の夜ってあいてますでしょうか?」
「空いてはいるが……何だ?」
「そ、そのっ……昨日、ランに二人目の子供が生まれたので……」
「そうだったのか」
 シーグルは初めて聞いた話に驚く。無口な男は滅多に自分の事を話そうとせず、シーグルは今まで彼の奥方が二人目を懐妊していた事さえ知らなかった。
「言われれば、このところランは少し落ち着きがなかった気がする……そうか、それはめでたいな。しかし、言ってくれれば休みをとらせたのに」
 思わず笑顔を浮かべるシーグルに、マニクはごくりと唾をのんでから思い切って言う。
「そ、それでですね……皆で祝ってやろうかと思いまして……」
 それに続くだろう言葉を理解して、シーグルの笑みは思わずひきつる。
「あいつも酒好きですし、その思い切り飲ませてやろうと思ってですね……ぜひ、隊長もご一緒していただければと」
 今までも何度かあった事であるから、マニクも玉砕覚悟なのだろう。シーグルとしても当然断りたい気分ではあったが、今回はさすがに普段かなり自分に気づかってくれる部下を祝ってやりたいという思いがあった。
――最悪、次の日が早いといって酒だけを断るか。

 という事で、シーグルが参加を了承すれば、それはその日のうちに隊の者皆が知る事となった。

 だが、問題はその後に起こった。
 店を予約し、すっかり準備が整って幹事のマニクが意気揚々としていれば、シーグルの参加を知ったランが急に中止してくれと言い出したのだ。
 説得してくれと頼んだグスにも断られ、どうしようもなくなったマニクは、結局シーグルに泣きついた。

 だから、ランが中止してくれと言った理由も、グスが説得を断った理由もわかってしまったシーグルは、一人で悩むしかなかった。

「シーグル、何か悩み事ですか?」
「あ、あぁその、隊の事で少し」
 家でまで考え込んで話し掛けても上の空のシーグルを見かねて、フェゼントが尋ねる。
「貴方は姿勢がいいので、滅多に下を向いたままなんてしないでしょう。何かあったのなんてすぐわかりますよ」
 くすりと笑ってフェゼントが言えば、シーグルは少し恥ずかしくなって顔をあげる。
「……実は、部下に子供が生まれて、皆でお祝いをしようという事になったんだが……」
「あぁ、それで週末の帰りは遅くなるって言ってましたね」
「その当人が中止して欲しいと言い出したんだ」
「何故です?」
「彼は俺が飲めないのを知ってる。だから、俺に気を使ってくれたんだと思う」
「もしかして、飲めないのを、他の部下さん達は知らないんですか?」
「知ってるのは隊の者では二人だけだ。いつも俺が飲まなくていいように気をつかってくれる」
 言ってため息をついたシーグルに、フェゼントは苦笑すると、彼の隣の椅子に座った。
「シーグルは皆さんを信用していますか?」
 言えばシーグルはフェゼントの顔をまっすぐ見て答える。
「しているに決まってる」
 フェゼントはにこりと笑ってみせた。
「なら、そろそろみなさんに言ってしまってもいいのではないですか? 皆知ってくれた方が、誰も負い目を感じなくて済むじゃないですか」
「確かに……今回も、最初から皆知っていれば、ランに余計な気を使わせる事なんかなかった……」
 落ち込んで顔を下げたシーグルに、フェゼントはまた笑って、その肩を軽くたたいて顔を上げさせる。

「ねぇ、シーグル、いい案があるんですけど……」



■■シーグルの悩み 2

 シーグルの隊の一人、ランに二人目の子供が生まれたという事で皆でお祝い宴会をすることになったのだが、当のランがそれを断った。理由は今回参加を決めた自分に気遣っての事だと知ってシーグルは……。

「えーと、皆喜べ。ランの子供のお祝いは予定通り週末決行だ。ただ、場所は変更になった、コブの店じゃなくて隊長の家だ」
 と、マニクが神妙な顔で伝えると、聞いた面々は最初に彼の言葉が信じられなくて一瞬固まった。
「料理も酒も隊長の方で用意してくれるらしい。って事で貴族様の屋敷だ、皆行儀良くすんだぞっ」
 最初はざわついていた彼らも、事態を理解していつか声が喜びに変わる。
「ま、隊長さんの家なら、もし万が一って事もないだろしな。ランの奴も安心だろ」
 はしゃぐ皆を見ながら、グスがひとりごちた。

 そして当日。

「さっすが立派な家だなぁ……」
 そういって屋敷を眺める面々だが、館の中に入って、暫く廊下を歩いていてからは、あたりをじろじろ眺めるものの、そこまで騒ぐ事はなくなった。
 それを見て、シーグルが苦笑する。
「外見はそれなりに見えるだろうが、中は結構殺風景だろ。貴族の家だからもっと豪華かと思ったんじゃないか?」
 図星をさされた彼らは、思わずシーグルに苦笑を返す。
「ウチの家訓で必要以上の贅沢は禁じられてるんだ。まぁ、他の貴族の手前、外見だけはそれなりにはしているが、中は余計な装飾は一切ない」
 それでも、リシェの本邸よりもまだこちらの方がマシなんだが、とシーグルはこっそり思う。こちらの屋敷は、フェゼントが掃除ついでに花を飾ったり、中を改装する時にも暖色系のカーテンにしたりと、重苦しくならない為にいろいろ手が入っているからだ。
 そんなシーグルに、緊張しまくった顔のシェルサが生真面目に返した。
「いえ、確かにあまりその……思っていたのとは違いましたが、それでほっともしました」
「そうなのか?」
 首をかしげたシーグルに、グスが肩を叩いてシェルサの言葉に補足する。
「貴族貴族してなくて安心したってこってすよ。なんていうか、身近に感じられて嬉しいってんですかね」
 シェルサがそれにこくこくと頷く。
「そうか。俺はがっかりさせたかと思っていたんだが。ついでに言っておくが、料理の方もその……貴族らしい、というようなモノは期待しないでくれ。ウチには料理専門の使用人はいないんだ」
「というと、料理は誰が?」
 ここの主であるシーグルの小食ぶりを知っているグスとしては、確かにそれ専門の人間はいらないかもなと納得しつつ、浮かんだ疑問をそのまま聞いてみた。
「兄だ。貴族らしい料理ではないが、美味い事は保証する」
「兄上です……か」
 確かシーグルの兄は、外見は女性のようで、初めて騎士団に来た時はシーグルの恋人かなにかかと皆で騒いだ事があったが、騎士だった筈、とグスは思う。
 それでも、機嫌が良さそうなシーグルにそんな事を聞く気にもなれなくて黙ってついていけば、食堂と思われる広い部屋についたの、だが。
「ようこそ、いらっしゃいました」
 部屋に入ってすぐ見えた人物の姿に、思わず皆、足を止めて固まってしまった。
 それはシーグルも同然だったようで、彼も無言で立ち止まっている。後ろの連中も、ある者は吹き出し、ある者は困惑し、『彼』がシーグルの兄だと気づかない連中は場の空気に気づかずににこやかに挨拶を返していた。
「兄さん……」
 シーグルが小さく呟けば、問題の本人は、急に焦って隣の、やはり『彼』と同様に問題の格好をしている人物に振り返る。
「ウ、ウィアっ、やっぱり変ですよっ。皆ひきつってるじゃないですか」
「いやいやいや、男ばかりのむさい中にはこれくらいの華が必要じゃないか!」
「それなら給仕だけでも使用人の女性の方に頼めばいいじゃないですかっ」
「それじゃインパクトないじゃんか!」
「インパクトは必要ないですよっ」
 放っておけば話が終わらない二人を、固まったシーグルに代わって、グスがこほんと咳払いをして止める。
「えーとその、まぁ、驚きましたが、別におかしくはないですので、どうぞそのままで」
 言い切ると、にやりと笑みを浮かべるグス。それに、Vサインをするウィア。
「いや、グスっ、それはっ……」
 それに反論しようとしたのはシーグルだけで、皆は逆に笑顔と賞賛をもってフェゼントとウィアの二人に話しかけた。

 それに答える二人の格好は……女性使用人……いわゆるメイドの服の上に、やけにファンシーなピンクのフリフリのエプロンをつけた姿だった。


■■シーグルの悩み 3

 シーグルの隊の一人、ランに二人目の子供が生まれたという事で皆でお祝い宴会をすることになった。しかもそれはシーグルの屋敷で……。

「あれ、もうあの格好はやめたのですか?」
「えぇその……シーグルがあまり嬉しくなさそうなので」
 という会話の後、セリスクは、兄が着替えたのを見て安堵の表情を浮かべているシーグルに苦笑した。
「いやぁ、でもお似合いでしたし、確かに華があったんでよかったですよ……」
 いいながら、ちらともう一方の小柄な神官の方を見れば、彼はまだノリノリでメイド服+フリルエプロンで愛想を振りまいていた。
「ウィアさーん、こっち皿足りないですー」
「わあったよ、ちぃっと待ってろ」
 姿だけは大層かわいいのだが、ガニまた歩きにその口調はどうかとはフェゼントでさえ思う。
「おっと、そこのでかいの、ちぃっと重いの運ぶから手伝ってくれ」
 ウィア、彼は今日の主役ですよ、一番大きい人物がランって人だっていってたじゃないですか、主役に手伝わせるのはやめたほうが。
 と、フェゼントが止める間もなく無言で立ち上がる大男に、周りの者も苦笑する。
 どうしようと、不安げにウィアが行った方向を眺めていたフェゼントは、近くにいたグスに声をかけられた。
「なぁに、ランの奴は子供にゃ弱いからな。言われなくてもあの子が重そうになんか持ってたら自分から手伝うくらいだ。気にしなさんな」
 はぁ、と苦笑を返しながら、ウィアがシーグルと同い年とは誰も思わないのだろうなとため息をしてしまうフェゼントだった。

 さて、ウィアがランをつれて酒樽を持ってくると、皆のグラスにそれぞれ注がれ、宴会が始まる事になった。
 隊で最年少とはいえ、地位的に仕方なくシーグルが祝いの言葉を言い、それから乾杯、酒盛りが始まると、場は一気に騒がしくなる。
「うっわ、美味いっすね、これ」
「ふふーん、フェズの料理は世界一だからなっ」
「ってかさすが隊長だなぁ、俺こんないい酒飲んだ事ねぇよ」
「いいかセリスク、飲み過ぎて吐くとか今日だけはよせよ」
「わかってるよっ。お前こそはしゃいでグラス割ったりするなよ」
 ……そして、時間はすぎつつ。
 皆思い思いに、飲んで食べて騒ぎながらも、視線はちらちらとシーグルに向けられている。
 彼らの最初の感想は共通して「うわ隊長がまともに食ってる」であって、その次に「いつ飲むのかな」である。
 一応乾杯の後に、シーグルも杯に口をつけたのは見たのだが、その時から中身が減っているようには見えない。食事しながらシーグルが飲んでいるのはもっぱら水のようで、なかなか酒に手が伸びていかない。
 仕事先で宴をもうけられてもいつも酒を断っている彼であるが、明日は休暇で祝いの席でと、今日こそは酒を断る理由はない筈であった。
 そこで思い切って、マニクが聞いて見る。
「隊長は、その……お飲みにならないのですか?」
 途端、皆の視線が明らかにシーグルに集まる。それを受けて、シーグルも覚悟を決めた。
「実は、俺は飲めないんだ」
 一瞬の沈黙。けれどその後にはざわめきが広がる。シーグルの発言を冗談かと信じない者もいれば、飲めないといっても全くだとは思わない者もいる。それでも今までのシーグルを考えれば、やっぱりと納得する者も多い。
「本当にだめなんだ。全く飲めない」
 そう言って、シーグルは思い切って酒の入ったグラスをぐいっと呷る。
「隊長っ」
 予め言うと聞かされていて黙っていたものの、その時ばかりは、グスとランは驚いて立ち上がった。
 グラスをテーブルに置いたシーグルは、立ち上がった二人に目をやると、座るように手で指示した。
「大丈夫だ、何の為にここでやったと思ってる」
 二人は座るが、視線は心配そうにシーグルに注がれたままだった。その反応を見て、そんなに不味いのかと思った面々もまた、シーグルに目がくぎづけだった。
「体質的に、俺は酒がだめらしいんだ。血筋的にも、シルバスピナ家は飲めない者が多い……らしい」
 軽く視界がゆれてきたシーグルは、頭を押さえながら話す。
 途中で水を飲み、一度喉の熱さをどうにかする。
 だがそれで再開した話は、明らかに今度はその言葉尻が妙にゆっくりと途切れがちになり出して……一同はシーグルの先程の発言に納得するしかなくなった。
「最初は……どうにか……しよう、と、したん、だ、が……どうに、も……」
 こっくりと、シーグルの頭が揺れる。と、思った直後に、ぐらんと大きく揺れてテーブルに突っ伏す。
「隊長っ」
 思わずそれを見て、立ち上がってしまった者、今度は多数。
 そうして彼らの視線が集まる中で、銀髪の青年は気持ちよさそうに静かな寝息を立てる。その顔は、普段の緊張感を纏った凛とした彼の姿とはうって変わった、幼く、可愛らしいとも見えるもので……皆が皆、一瞬その顔に見蕩れた後、ふと我に返って目を急いで逸らした。
 その中でランが立ち上がって、シーグルの体を有無を言わさず抱き上げる。
「どこへ運べば?」
 傍にいたフェゼントに尋ねて、そのままランは彼に付き添われて部屋を出て行く。
「あー、隊長から予め伝言を貰ってる。自分は気にしないで続けてくれ、だそうだ。主役のランもすぐ帰ってくるだろ」
 そうグスが言ったことで宴会はそのまま続いたのだが、そこにいた者全員は、その時固く決意した。

『隊長に飲ませちゃだめだ、あれはヤバイ』




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13のお話とは微妙にセットっぽいですね。これで部下全員による、隊長(シーグル)を酒から守れの会結成。

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