WEB拍手お礼シリーズ18 <ランの家族と団欒> ☆☆ 招待(1/3) 仕事も後期に入ったある日。 最近では珍しく、冒険者支援石が光って事務局に行ったシーグルは、休暇中のランから自宅の夕食に招待したいとの連絡を受け取った。 そんな訳で。 週末に首都にあるランの自宅へと同じく招待されたグスとやってきたシーグルだったが、部屋の中に通された途端、その珍しい風景に目を奪われた。 「驚きました? うちの人の出身の地元の部屋っぽくしてるんで、初めての人は驚くんですよ」 ランの奥方ははきはきとした口調の黒髪の女性で、なかなか美人だと言えた。特に大きくてくるくるよく動く黒い瞳は印象的で、少し浅黒い肌の色と合わせてとても健康的で活発なイメージを受ける。 「俺も最初は驚きましたよ。家っていうよりどっかの店みたいでしょう?」 「お前は来たことがあるのか?」 「えぇ3回目です」 シーグルの目を引いたのは、部屋を飾る色とりどりの布達で、赤やら黄色やら青やら、原色の鮮やかな色彩で織られた大きな布達が、あるものは天井全体を覆い、あるものは部屋の中を仕切り、カーテン代わりに窓を隠し、床に敷かれ、壁に掛けられと、元の部屋の部分が見えない程隙間なく使われていたからだった。 「ようこそ、隊長」 迎えてくれたランに礼を言い、シーグルは部屋の奥まで通されてからも、その鮮やかな風景を眺めていた。 「この人の出身はコーラクトって海沿いの村なんですけどね、寒いところで冬の間は漁もいけなくなっちゃうから、ずっとこういう布を織ってるんですって。この賑やかな色合いも、寒い時だからこそ明るい色をって伝統なんですって、素敵ですよね」 「成程、奥方殿は、あの無口男とこんな色合いのギャップに惚れた訳ですか」 「やーね、それもあるといえばあるけどっ」 グスがからかうように言えば、笑顔で背中を叩いて返す彼女は、どこまでも明るくてあっけらかんとしている。イメージ的には少しウィアっぽいかもしれないとシーグルは思った。 「あ、隊長様、お料理をお運びしますけど、こちらの部屋でもよろしいですか? それとも別室になら椅子とテーブルがありますけど?」 「ランとこはですな、床に料理並べて座って食べるんですよ」 彼女の言葉に、すかさずグスがこそっと補足してくれる。 「あぁ、ならぜひこの部屋で」 言えば、ランが部屋の中でも奥の席を勧めてくれて、シーグルはそこへ座る事になった。 「隊長ならそう言うと思いました」 無口なランが言う通り、通された席は最初からシーグル用に用意された一番いい席だというのは、上からぶら下がっている布の様子からよくわかる。更に言えば、その席は部屋の中がよく見渡せて、シーグルはやはり座ってからも部屋の中をずっと見ていた。 ランとグスの方は、一度シーグルに軽く会釈をしてから酒を飲みだしたようだった。二人共、シーグルの下戸を分かっているので勧めてくる事はなく、代わりにシーグルの目の前には茶の用意がされてあった。 「お前さん、年越しは地元帰らなかったのか?」 「あぁ、赤ん坊がいるしな」 「そういやコーラクトは、雪降ってからいくのは相当きついっけか」 「あぁ」 部屋の中の布達は、漁村のものというだけあって、魚や波といった海関係の模様が多い。船やらそれにのるたくさんの人間の模様もあって、とにかく賑やかで人目をひく。 だが、そうやって部屋を眺めていたシーグルは、どこからか聞こえてくるダダダダっという足音(?)に気づいてその音の方に目をやった。そうすれば、子供がすごい勢いで走って来て、布に滑りならランに体当たりし、そのまま転んで布にくるまりながら本人も転がって壁に激突という、音だけで表現すればばダダダダドン、ドカッ、ドガシャ、ドーンという事態が起こった。 子供に声を掛けようとしていたシーグルもさすがに青くなる。だが、当の激突された筈の父親は、壁に転がる息子をちらと見て、固まっているシーグルにさらりと言った。 「いつもの事です」 ☆☆招待(2/3) 冬期休暇中のランの家に、グスと共に夕食に招待されたシーグルだったが……。 すごい勢いで走って来て、ランにぶつかった後、派手に転んで壁にぶつかった子供には、さすがにシーグルも大丈夫かと不安になる。当の父親であるランがあまりにも気にしないのも気になるが、子供は倒れた後泣きもせずにむくりと起き上がると、ずるずると布に半分くるまったまま、シーグルに対してランの影になる位置に行った。 ランが、その子供の頭を掴んで、少しだけ前に出させる。 「上の息子のメルセンです」 言われてメルセンは、父親の服をぎゅっと掴みながらもぺこりとお辞儀をする。 「よろしく、メルセン」 シーグルが笑い掛ければ、メルセンはまた父親の後ろに隠れて、その影からじっとこちらを見ながらまたぺこりと頭を下げた。 どうやら、父親に似て無口なのだろうか、あれだけ派手に転んで泣かないのはかなり強い子供だとそう思ったシーグルは、だが直後にまた聞こえてきた豪快な足音に驚く。 「メルセンっ、お客様の前で走るんじゃないっていったでしょっ」 次にドタドタと豪快な足音で入ってきたのは、先ほど部屋に案内してくれたランの奥方だった。彼女は、両手に持ってきた料理皿をまず部屋の中央におくと、ランの後ろに隠れるメルセンににじり寄る。メルセンはすぐに逃げようとするものの、飲みながらもひょいと伸びたランの腕に行く手を遮られて、母親にげんこつで殴られた。 「お父さんで遊ぶにしても、食事中はだめだって言ったでしょ」 首根っこを掴まれて母親に睨まれたメルセンは、こくりと頷いた。それから、そのまま引きずられるように部屋から連れ出される。 それを見送ったシーグルだったが、部屋から完全に姿を消したと思った後、またどたどたと激しい足音が響いて、メルセンが部屋に姿を現した。 「メールーセーンっ」 続く奥方の怒鳴り声。 だがメルセンは、今度は先ほどのいいつけを守ろうとしたらしく、部屋に入った途端ぴたりと一度足を止め、走らずに歩いてランの後ろに隠れるように座った。 「メルセンっ、お客様がいるんだから、こっちにいなさいっ」 再び姿を現した奥方は、またメルセンの元に向かう。 だが、今度はランが足止めをしたのは息子ではなく奥方の方へであった。彼は、先ほどとは反対側の手を伸ばして奥方を止めると、無表情で酒を飲んでいたその顔を息子に向けた。 「メルセン、静かにじっとしていられるか?」 少年はこくこくと頷く。ランは上げていた手を下す。 「なら、いていい」 そうすれば奥方も、ため息をついて部屋から出て行った。 そんなやりとりを見ていたシーグルは、暫く呆然として、それから微笑んだ。 「父親、なんだな、ランは……」 言葉にすればそれしか出てこないが、今のやりとりで、何故だかとても胸に温かくて、けれどきゅうっとなるような感覚がシーグルには湧き上がってきていた。 昔。 部屋の中で暴れて怒られるのは、大人しい兄ではなくいつもシーグルだった。 父親も母親もタイプはランの家とは全く違うから、怒り方は違ったけれど、でも静かにしている事を約束して褒めてくれるのは父親だった。 だから、とても懐かしい。 そんな事を考えて笑みが湧いてしまうシーグルに、おそるおそる、メルセンが父親の影から出てきて、手を前に出した。 「貰ってやってください」 ランに言われてシーグルが手を出す。メルセンがぎゅと握っていた小さな手を開けば、そこには綺麗な石があって、シーグルの手に石を落としてすぐ、メルセンはまた父親の影にと逃げてしまった。 「ありがとう」 シーグルが言えば、メルセンは顔を真っ赤にして、ランの背中に顔を押し付けた。 ☆☆招待(3/3) 冬期休暇中のランの家に、グスと共に夕食に招待されたシーグルだったが……。 程なくして、料理が出揃ったところで、奥方が赤子を抱きながらやってくる。 「下の息子のアルヴァンです。隊長様、抱いてみますか?」 シーグルがじっと見ているのに気付いた奥方がそう言って来て、シーグルは正直困った。だが、それで目があったランが軽く笑みを浮かべて、「ぜひ」と言った事で、シーグルはおそるおそる手を出した。 「ほーら、アルゥ、隊長様よ」 広げて出した腕に乗せるように、奥方が赤ん坊を置いてくれる。感触としてはふわりと柔らかく、けれどもずしりと確かな重みを感じる。ただ、腕を少しでも動かすとぐにゃりと頼りなく動く感触が返ってくるから、怖くてへたに腕を動かす事が出来ない。だから腕は緊張してしまって妙に力が入ってしまう。 赤ん坊は僅かに身じろぎして、その奥方によく似た大きくて黒い瞳をキョロキョロとと動かしてシーグルの顔を見てくる。うー、と何かを唸ってみせて、小石程しかない握りしめた手を僅かに振って見せる。 乳飲み子特有のミルクの匂いをさせた腕の中の子供を見つめて、シーグルは自然と笑顔になっていた。 「隊長も今のうちに慣れておくといいでしょう」 グスに言われて、シーグルは少し驚いたように目を見開いてから、すぐに苦笑する。 「そうだな」 シーグルももうすぐ20歳になる。成人すれば、おそらく間もなく結婚する事になる筈だし、跡取りである子供を作るのは立場的に義務でもある。 父親、というものは自分の中ではどうしても遠くて、自分が父親になる、という事は、いくら考えても実感にはならない。それでも、こうして本物の赤子を抱いて、自分もやがて我が子を抱く事になるのだろうか、と考えれば、今までよりも現実感が違う。 けれども、ふと、マントを引っ張られた気がして、シーグルは視線を更に下へと落とす事になる。 そうすれば、少し悲しそうな顔をしたメルセンがいて、気づいたシーグルは彼にも笑い掛けてやる。そうすれば。 「俺っ、もっ、騎士になるっ……からっ」 それだけ言って、大急ぎでまたランの足元に逃げ込んだ少年に、シーグルでさえ吹き出さずにはいられなかった。けれどもすぐにその笑顔をまたメルセンに向けて、楽しみにしている、と返せば、少年は父親の足から僅かにのぞかせていた顔を完全に隠してしまった。 その後は、珍しい奥方の料理と話で場も賑やかに盛り上がり、胡坐を掻いたランの上で座っていたメルセンがこっくりと船をこぎ出したのを見て、グスとシーグルは帰る事にした……のだが。 「遅くまですまなかったな、ラン。今日は楽しかった、俺達はそろそろ帰る事にする、ありがとう」 といってシーグルが席を立てば。 「え、遅くって、まだ夜になったばかりでしょー」 不満そうに奥方に言われて、シーグルはどうしようと視線をランとグスに向ける。グスは気まずそうな顔をして目を泳がせたが、その時はランが立って、奥方に有無を言わせず、外にまで送ってくれてどうにかすんなり帰ることが出来た。だが、後でシーグルはグスから恐ろしい話を聞く事になる。 「いやそのですね……。あの夫婦はどっちもそりゃー酒強くってですね……週末は朝まで飲むのが普通で、家に招待された連中は皆、朝まで付き合わされてぶっ倒れるように家に帰るってのがお約束になってんですよ。なんで、さすがに飲めない隊長と一緒なら帰してくれたって事で、俺は正直助かりましたがね」 --------------------------------------------- ランの家族とのお話。本編でも出したのでこっちの話を合わせてUP。 |