『その濁りない青に』0話から1話の間、セイネリアがシーグルと再会する話。 【2】 いかにも面倒そうな、ちょっと疲れた顔をして天幕の中に入ってきた副長のアッテラ神官に、セイネリアは笑って言った。 「ジジイ共のお守りご苦労、と言ってやろうか?」 言われた青い髪のアッテラ神官――エルは、ぎゅっと眉を寄せてこちらを睨んでくる。 「嫌味かよ」 「まぁな。だが団の長としてねぎらいの言葉を掛ける程度には感謝してるぞ。おかげで俺がジジイの相手をしなくて済んでる」 「おー、それで更に俺が肩身の狭い思いをしてる訳だがなっ。あんたが出てこないって事で奴らこっちを完全に無視してきやがる」 それは最初から想定していた事である。今回の仕事は、向うからどうしてもと頼まれてセイネリア本人が団員を引き連れて参加している。その前提がある以上作戦会議に呼ばなくてはならないからこちらの席を用意してはいるが、騎士団の連中からすれば完全な部外者など本音は会議に呼びたくもないだろう。しかもそうして嫌々呼んでいるのに一番上が出ないとなれば更に気分が悪い事は想像に難くない。 「こちらも適当に無視しておけ。どうせ会議といっても今は報告を聞くだけの価値しかないんだ。今の時点であれこれ言っていることなぞ何の役にもたたんさ」 「まぁ……そりゃそうだけどなぁ」 「ちゃんと出る意味のある会議には俺が出てやる、今は偵察の報告だけを聞いてきてくれればあとは寝てていいぞ」 流石にそれにはエルのつっこみが入る。 「いや流石に寝たらまずいだろ、ただでさえ睨まれてンのによ」 「そうか、まぁお前がいなかったら俺はきっと会議でずっと寝てる事になると思うがな」 「……あんたなら本気でやりそうだよな」 「奴らの話を聞くくらいなら寝てる方が有意義だろ」 「そんでもそこで本当に寝れるのはあんたくらいだろうよ」 エルは頭を抱える、セイネリアは笑う。 この砦の指揮官は無能ではないが有能ではない。一言でいえば普通なのだが、なにせ戦慣れしていないのが決定的に使えないところである。その段階で戦闘が始まる前の話し合いなど机上の空論ばかりで聞く価値などなく、例えこちらがマシなアドバイスをしたところで窮地に立っていない内は聞かないだろうと予想出来た。 だから結局セイネリアの立場として、彼らが困るまでは発言権はないも同然なのだから会議に行く意味はない訳である。 「とはいえさすがに今回は人数を集めすぎだな、この分なら俺は最後まで会議に出ないどころか本当に脅し用で居るだけで終わりそうだ」 今回、傭兵団としての参加だけではなくセイネリア本人にどうしても直接参加してほしいといわれたその理由は、手っ取り早く言えばセイネリアの名前を使って蛮族を脅す為であった。一時期続けて蛮族退治の仕事を受けた所為でセイネリアの名は蛮族達の間で恐怖の対象として広まっていた。正直なところ最近では冒険者として仕事をする気がすっかりなくなっていたセイネリアとしてはバカバカしすぎて最初は断った話だが、最悪戦闘に出なくても蛮族に見えるところに出て来てくれればいいと頼み込まれて来てやったという事情があった。 だからこそ今回のこちらの待遇はやたら良く、騎士団の隊長クラスが集まる重要会議には必ずこちらの席が用意されている、という訳だ。 「まぁな、だからこそ連中も余裕そうにしてるんだがよ。……あーそういや、なんでも旧貴族の若様が一人傭兵として参加してるらしくてな、それに何かあっちゃならないからって一部隊は実質お飾りで使えないってぇ話もしてたな確か」 思い出したようにエルが言って来た言葉に寝転がっていたセイネリアは起き上がる。どこのモノ好きな馬鹿息子かは知らないが、貴族として地位のある人間が自ら志願して戦場に来るというのは珍しい。クリュースの貴族は基本皆騎士である筈だが、近年平和な世が続きすぎて偉い人間は危険な事をしないというのが普通になってしまっていた。 「旧貴族の? ……それはまた珍しい奴がいたものだな」 世間知らずだからこそこんなところに来たのかもしれないが、万が一くらいに有能な可能性もある。一度顔を見ておくくらいはしてみたいものだと興味は湧く。 「まぁな。だが愚痴ってたぜ、そういうのは大人しく安全な仕事だけ受けて満足していればいいのにってな」 エルが面倒そうに言う言葉に、確かにな、と言ってセイネリアは笑った。 冒険者としてある程度仕事を続けていると仲間としてのグループが出来上がり、大抵は固定のパーティを組むのだが、それは割合出身地によって固まる事が多かった。 今回の仕事を受けたシャレイの仲間は基本他国出身の者ばかりで、それもあって蛮族出身で苦労している彼には皆同情的で、彼を中心としてとても結束力の高いパーティであった。実を言うと帰るに帰れない国外出身者達のパーティはやたらと結束力が高いか仲間内で会話が殆どないくらい完全個人主義かの二極で、ただどちらも仕事に対する真剣さと必死さはクリュース人のパーティに比べて高いという特徴がある。 シーグルもメインの固定パーティはあるにはあるのだが、ずっと一緒だった内の一人が田舎に帰ってしまった事でそちらの面子だけで仕事を受ける事はほぼなくなってしまったという事情があった。その為最近は知り合いに呼ばれてあちこちのパーティに参加するか、一人の仕事を受ける事が多くなっていた。 「今日の見張り役は俺とザッカリ、後はナールが行く、他は寝ていいぞ」 そう言って、隊の中のリューネイがザッカリとナールを連れて部屋を出て行く。傭兵部隊の1つの隊は10〜12人で、その人数を集めてからパーティで参加すれば天幕を一つ使える為シーグルが呼ばれたのは人数合わせの意味もあった。 今はまだ戦いが始まっていないから、夜は隊から3人づつ見張りを出せば他は寝ていい事になっていた。ただシーグルに関しては余程の事がなければ見張りに出ていかなくていいと最初から言われていた。これはまぁ、出せば出したでここの上層部的に問題があるそうだから仕方ない。 「シーグル、寝るか?」 一通りの武具の手入れが終わってから横になろうとすれば、そこからちょっとだけ離れた隣にシャレイもやってくる。どうにも彼としてはこちらを守るつもりらしく、仕事で一緒だといつもシーグルの近くで寝る。ただそうして毎回近くで寝ていても一度もこちらに何もしてこなかったという安心感があるから、シーグルとしてもそれは歓迎すべき事であった。 「シーグル、朝、起きたら勝負」 寝転がる前に彼がそう言って来たから、シーグルは笑って答えた。 「あぁ、起きたらさっきの続きをしよう、約束だ」 やはり先ほどちょっと手合わせを始めたら二人共に熱くなってしまって、敵の襲撃があった訳でもないのにかなり疲れるところまでやってしまった。だから続きは朝起きてからにしようといって帰ってきたので、彼はそれを確認したかったのだろう。 シーグルの返事に安心したのか、彼はやはり嬉しそうに笑うとシーグルに背を向けて横になる。その時にいつも通り、彼が大事そうに自分の剣を抱えたのをみてシーグルは軽く笑みを漏らした。 彼の剣は祖父から父、そうして彼に継がれたモノという事で彼にとっては大事な相棒であり宝物だった。鞘に入っている状態では年期が入ったのが分かるだけで特に特徴のない剣だが、抜けばその刀身には祖父の代から少しづつ彫られていったという飾り文字が刻まれていてちょっと感動するくらいには美しい剣である。 それを毎晩実に嬉しそうに手入れをするシャレイを、シーグルは少しだけ羨ましく思っていた。 ランプ台の明かりを落として目を閉じれば、静けさの中で天幕の外の音が僅かに聞こえてくる。恐らくは見張りの者が見回っているのだろう、足音と話し声が近づいてきてシーグルは自然と耳を澄ました。 「――や、今回は黒の剣傭兵団が団として参加して……だろ?」 「あぁ、な……せあのセイネリア・クロッセスが来てるそうだ」 「なら今回は勝ったな……でさえこの人数なら楽……ろ」 彼らの声は一応小声だが、静かな夜ならそれでも大体は聞き取れた。 ――黒の剣傭兵団、か。 シーグルもその名は聞いた事があった。 団員は皆黒い恰好をしていて、その実力は大規模傭兵団の中でも随一だと。 特にその団長が化け物じみた強さを持っているというのも聞いていたから、もし出来るなら彼のその強さを見れたらいいなとも思う。 強さだけでなく割合黒い噂も聞くから関わらない方がいいとは思うが、騎士団にいた時は最強の騎士と言われたくらいだからその剣技がどれほどのものかは気になる。本音を言えば一度試合として剣を受けてみたいくらいだが、流石にそこまでの機会はないだろうと思うしそこまで関わる気はなかった。 そんな事を考えていればいつの間にかシーグルの意識はまどろみの中に落ちていて、やがて完全に眠りの沼に飲み込まれていた。 --------------------------------------------- 次にちょっと事件が起こる……かな。 |