魔法都市と天才魔法使い
<クノームの章>





  【1】




 その日は快晴だった、おそらくは。
 ただ、あいにく、上を見上げても高い木々に阻まれて殆ど空が見えないこの森の中では、どれだけ晴れていたとしても辺りは薄暗いのだが。

「おい、メイヤ、準備はいいか?」
「はい、大丈夫です」
「それじゃ、ま、気をつけていってこいよー」

 のんびりとした、彼の師匠である、顔だけなら綺麗な黒髪の魔法使いに見送られて、メイヤは見た目だけなら育ちの良さそうな、仮面で顔を隠した金髪の魔法使いの豪奢なローブを掴む。
 
 正式にティーダの弟子と認められ、一応魔法を使えるようになって数日、今朝唐突にメイヤは『それじゃ、今日はギルドの方に登録にいってこい』と師匠に言われた。
 どうやら、魔法使いは正式に弟子を取った後、その登録をする必要があるそうで、詳しい事情を聞く間もなく、迎えに呼び出されて不機嫌なクノームがやってきたという訳だった。
 彼と二人など嫌な予感しかしないが――更には向こうも相当に嫌そうな顔をしていて出だしから空気は完全に良くないが――それでもメイヤは思う処があった。
 師ティーダとクノームの関係。ティーダ側からの説明は一応聞いたものの、彼からの話も聞いてみたい。特に、彼がティーダに育てられたという話や「かわいそう」といった事情は気になっていた。だから今回、その辺りについて、彼にちゃんと聞く事が出来るのではないかと思ったのだ。
 それに、今回行って来いと言われた場所が、勿論行くのは初めての場所で、純粋にその場所への興味があったというのもある。

「それじゃ、いくぞ」

 その言葉のすぐ後に続けられる短い呪文。
 それと同時に辺りの風景はぐにゃりと歪む。
 そして、それが再びきちんとした形を繋いだ後には、ここ暫く忘れていた強い日差しと、メイヤが見た事もない整然とした街の風景が広がっていた。

「ここが、名前だけなら有名な、魔法都市クストノームだ。まぁ、魔法都市、なんて言われている程ご大層なとこじゃないがな」

 確かに、そこは一見して『魔法』が他の街に比べて特に多く使われている特別なところには見えない。ただ、故郷の村から殆ど出た事がないメイヤとしては、背の高い建物が並ぶその街並みだけでも感嘆の息を付いてしまうものだったが。

「どうも魔法都市なんて言われてる所為で、あちこちが魔法化された街ってイメージがあるが、早い話、魔法使い用の公共施設があるってだけのとこなんだよ」

 言いながら歩き出したクノームに気づいて、辺りに目を奪われていたメイヤは走って追いかけた。

「でもっ、確かにここは魔法使いの街っぽいですよ」
「そうかぁ?」
「だって、これだけの街なのに、一般人ぽい人は少なくて、ローブ着た魔法使いぽい人ばっかりじゃないですか」
「あぁ、ま、確かにそーだな。確かに陰気臭い連中ばっかだ」

 ところどころに冒険者らしき者達も見えるのだが、それらは見てすぐに余所者だというのが分かる程風景と浮いている。いかにもこの街に住んでそうに見える者は、皆が皆、魔法使い特有の丈の長いローブを着て歩いていた。大きなフードで顔を隠している者も多い。
 服装だけなら魔法使いと言い切るのは難しいとしても、杖を持っている者は確実に魔法使いだと断言していいだろう。

「基本的にここに住んでるのは魔法使いか、それに関する仕事なり勉強なりしてるモンばかりだからな。というか、こんな不便な場所、魔法使いくらいしか居つかない」

 どうやら、街はぐるりと回りを高い城壁のようなもので囲まれているらしく、中央には堀に囲まれた、街の中でも特に背の高い建造物が集まっている場所がある。クノームはそこへ向かっているらしかった。
 堀沿いの道はここでは大通りになるらしく、人通りはそこそこに多く、時々店を開いているらしき者の姿も見かける。クノームは辺りに目もくれずに早足で歩いていくものだから、いちいち回りを見回しながら歩いているメイヤは、何度も置いて行かれそうになった。
 通りを抜け、少し広い広場のような場所に出ると、堀に掛かる大きな橋の前に出る。クノームは迷いなくその橋に向かい、メイヤもあわててその橋を渡ると、街の中央にあたる高い建物が並んでいる場所に着いた。

「さて、ここがこの街の中でも、魔法使い用のいろいろな機関の建物が集まってるとこだ。で、あれがお前が行く魔法ギルドの建物……おい、聞いてるのか?」

 と、クノームが思わず聞き返したくなるくらい、彼の説明も上の空で、メイヤは回りの風景に見とれていた。
 堀の外からはただ背の高い建物が密集しているだけに見えたそこは、中に入れば堀にそってぐるりと外周を囲むように建物が建っているだけで、中央は広い広場になっていた。更にはその広場の真中に大きな魔法陣がかかれているのを見れば、そこは何かの儀式用の場所に違いないとメイヤは思った。

「中央のあれは、何かの儀式をするところなんですか?」

 だから好奇心のままクノームに聞けば、彼は面倒くさそうにしながらも一応答えてくれた。

「儀式っていや儀式だな。まぁ、普段は年一回の占いにしか使わないが、実際はもっといろいろ結構とんでもない魔法用の陣になってるらしい」
「あんな大がかりな陣なら、相当の魔法ですよね」
「まぁ、魔法使い数人使うような大魔法用だからなぁ」
「やっぱりさすが魔法都市っていうだけありますね」
「あぁ、そうなのかな、一応」

 あまりやる気のない返事を返すクノームだが、メイヤは浮かれてつい陣の方に近づいて行きたくなる。
 だが、それを見たクノームは、今までの面倒臭そうな素振りからは一転して声を荒げた。

「おいっ、中央の陣には近づくなよっ。ったく、得体のしれない他人の魔法陣には迂闊に近づいちゃいけないってのは基本だろ」
「あー……はい、そうですね」

 自分が子供っぽくはしゃいでいた事を自覚したメイヤは、言われてしゅんと首を項垂れた。
 仮面の魔法使いは腕を組んで溜め息をついた後、再び歩き出した。

「街を見て回るのは後でゆっくりやれ、とりあえずさっさとここへ来た用件を済ませるぞ」






 中央の広場を囲む建物の内、彼らが入っていったのは、背は他の建物に比べて低いものの、大きなドーム型の屋根を持つ、敷地的にはここで一番中が広そうな建物だった。 
 今回、メイヤがこの魔法都市クストノームにやってきた用件は、正式にティーダの弟子として魔法使い見習いの登録をする為だった。
 本来なら、師と弟子がセットでくるか、師の魔法使いだけが書類を持って来て手続きをするそうなのだが、ティーダは森を出られない理由があるという事で、クノームが師の代理も兼ねてメイヤをここに連れてきたのだ。

「はい、入り口で規約書類にサインはしたね? なら次は契約書だ、こっちは特に重要だからね、よく読んでからサインをしたまえ」

 クノームから離れて別の部屋に連れてこられたメイヤは、そこにいる灰色のフードをすっぽりと被って殆ど顔の見えない魔法使いの男にそう言われた。声からすれば老人だとは思えるが、歩く姿はきびきびとしていて若々しい。

「契約、ですか」
「そう。もし万が一、危険な魔法を使ったり暴走させたりした時の為にね、その契約書を使って君に制裁をくわえられるようになる」
「この書類でそんな事が出来るんですか?」
「だから、ちゃんと読んでおきたまえといっているんだよ」

 口元だけを歪ませて、老人はメイヤに笑い掛ける。
 メイヤは焦って、真剣に今手渡された紙を必死に読みだした。

「それで、納得したらそれにサインをして、君の髪の毛を一本くれるかな。まぁ、いろいろ脅すような事が書いてあるがね、要はそこに決められてる規則を守ればいい。なに、君が悪人でないなら何も難しい事じゃない」

 書類に書かれている内容は、要約すれば、犯罪に魔法を使ったり、魔法が暴走してどうにもならない時や禁止されている類の魔法を使った時は、契約に基づいて本人を拘束するというものだった。
 どちらにしろ、この契約書にサインをしなければ、魔法使い見習いとして認められないのだから、メイヤにはよく読んでも読まなくてもサインをするしかないのだが。

「よければ、お伺いしたいのですが……、もし、これを破って拘束された場合、どうなるんでしょう?」

 サインされた書類を受け取ってそれを確認していた老魔法使いは、メイヤの言葉に顔をあげた。メイヤはそこで、初めてフードに隠されていた老人の顔を見た。確かに、顔は声から感じた通りの老人のものだった。

「ふむ、気になるのかね? ……まぁ、犯罪を犯した場合で大した魔法使いでなければ、杖を壊されて警備隊に引き渡されるだけだがね。魔法使いとして危険だった場合は、殺されるか、封印される事になる」
「封印?」

 聞き返したメイヤに、老人は意味ありげな笑みを口元に乗せた。

「魔法使いの封印というのがどういうものなのかは、お前さんの付き添いで来た人物に聞いた方が早いんじゃないかね?」
「クノーム、さん、にですか?」

 そこで唐突に、メイヤはティーダの言葉を思い出した。彼が、魔法使いとして魔力があり過ぎて生活に支障がでる程だという事、その後に彼をかわいそうな奴、といった事。まさか彼は、封印された事があるのだろうかと。

 だが、聞き返しても老人はそれ以上は何もいわず、口元に笑みを浮かべたまま、メイヤに退出を促した。







 だから、ここに来るのは嫌なんだ、と。
 好奇の目でじろじろと見てくる視線達に、クノームは心の中で毒づいた。
 何しろ、この街は彼にとって嫌な思い出しかない。
 普段から、極力ここへは来なくて済むようにしていたのだが、ティーダの頼みとなれば別だ。たとえ気に入らない用件でも聞かない訳にはいかない、というのは立場的にも心情的にも確定事項だった。
 豪奢な仮面の中、不機嫌を隠そうともしないで、彼は魔法使いギルドの受付の前のソファに座っていた。既に保護者側の手続きは済ませた後で、後は待つだけである。
 本来、登録だけならさほど時間はかからない筈だが、思った以上に遅い、と思うのは自分がここにいるのが余程嫌な所為か。と、そんな事を思いながら、彼の中の苛々がピークを迎えた辺り、やっとの事で、馬鹿真面目で小憎らしい、彼の弟弟子に当たる少年が姿を現した。
 すぐにクノームは立ち上がる。

「登録は終わったか? それじゃさっさと行くぞ」

 だが、気の所為か、ここにきてずっと子供らし過ぎる程元気だった少年の様子がおかしい。
 メイヤは、歩き出したクノームの後を、気の所為などではなくどうにも鈍い足取りでついてくる。さっさとここから立ち去りたいクノームとしては苛立って怒鳴り散らしたくなるくらいに。
 だからクノームは面倒そうに頭を掻いて、ギルドの建物をでた途端にくるりとメイヤを振り返って、不機嫌さを隠しもせずに睨みつけた。

「なんだ、何か言いたい事あるなら聞いてやる。そんなだらだら歩いてると、本気で置いて行くからな」

 怒って言った言葉に、子供らしくない、難しい顔をしていた少年は思い切ったように顔をあげる。

「貴方に、聞きたい事があります」
「すぐに終わる話か?」
「分かりません、が、すぐ終わる話ではない気がします」

 それでクノームは溜め息をつく。

「分かった、聞いてやるっていったからには聞いてやる。だからさっさと歩け。ここでお前と問答する気はないからな。しかも、長い話なら尚更だ」

 言えばメイヤは、はい、と大きく返事を返して、きびきびと歩き出した。
 二人はそれからすぐに、街の中央区から離れた。



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クノームさんの章開始です。
とはいっても、あくまでも主人公はメイヤですので。そこまでクノームの話だけって訳じゃないです。


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