魔法都市と天才魔法使い
<クノームの章>





  【2】



「で、何が聞きたい?」

 堀の外の大通りの一つにある、看板も出ていない、外からは店なのかどうかさえよく分からなかった小さな店の中に二人はいた。いろいろな効果のある変わったお茶を飲ませてくれる店だという事だが、店内は薄暗く、客達は皆ぼそぼそと小声で話していて不気味な程に静かだった。
 だから、メイヤも自然小声で、目の前の金髪の魔法使いに尋ねた。

「さっき、魔法使いを封印する、という事について聞いたら、貴方に聞いた方が詳しい、と言われました。……それは、その、どういう意味なんでしょうか?」

 クノームは不機嫌そうに、テーブルの上に肘を立てた手の上に顔を乗せた。

「何に興味持ってんだお前……ま、別に隠す話じゃないから教えてもいいんだがな。ただ話は長くなるぞ、いわゆる俺のガキの頃からの身の上話って奴だからな」
「師匠に育てられたって話ですか?」

 明らかにメイヤの顔色が変わった事に、クノームは軽く笑う。結局、この少年が一番関心があるのは、あの黒髪の魔法使いの事なのだろうと。
 クノームは殊更勿体ぶった口調で彼に答える。

「そうだな、それが原因でティーダの世話になる事になったってのが正しい」
「どういう事ですか?」

 真剣な顔で、今にも乗り出してきそうな勢いのメイヤには笑いしかこみ上げてこない。とはいえ、ここから話を始めたら、笑う気などなくなるのだろうが、とクノームは思う。

「知りたいか?」

 少年は即答で答える。

「はい、出来れば……貴方と師匠の関係まで」

 クノームは吹き出した。

「バカお前、実はそっちがお前にとっちゃ一番気になる事だろ。……まぁいい、話してやるよ、ただし少しばかり長くなるがな」







 魔力の資質というのは生まれつきのもので、魔力の高い子供は魔法使いに見つけられて弟子入りする、というのが一般的に知られている魔法使いのなり方だ。

 だが、『魔力が高い』といっても、一般人が知っているのは魔法使いになれる資質がある、という程度の子供の事で、『魔法使いになるしか道がない』程の魔力の持ち主の事は全く知らない。ましてやそれが、常軌を逸する程の力の持ち主だった場合の事など、誰も知る筈がない。
 クノームは、その、常軌を逸する程の魔力を生まれ付き持っていた。
 それは、魔法ギルドが設立されてからの歴史の中にもなかった程の、ありえない、というレベルの力で、だから誰も彼をどうすべきかが判断出来なかった。

 普通、一般的に高い魔力があるといわれる者も、ちゃんとした魔法の使い方を勉強しなければ魔法と呼べるような事は出来る筈がない、というのが常識だ。だが、クノームはその常識が通用しない程の力を持っていたため、本人が意図しない、言葉や動作が魔法を引き起こした。
 まず、生まれた時の鳴き声で、建物が崩れた。
 その後も泣く度に物が壊れ、すぐに我が子を恐れた親は、赤ん坊を魔法ギルドに引き渡した。だからクノームは、親の顔を知らない。
 ただ、ギルドの方も、彼をどうすべきか判断出来ず、結局、ヘタに魔法を使わせない為に封印処理をする事しか出来なかった。
 体中に封印布を巻かれ、口は食べるとき以外は特に厳重に封印処理をされた。ロクに動く事も、話す事も出来ず、ただ生かされているだけの状態で、当然、魔法使いになるべく勉強以前に人間としての教育さえ受けられなかった。
 これならもう、危険だから殺してしまうかという意見がギルド内で話され出した頃、子供の魔力を惜しむ一派が提案したのが、『森の賢者』に託してみようという事だったのだ。

「森の賢者って……?」

 反射的に聞き返したメイヤの顔を見て、クノームはやれやれと息をつく。

「当然、ティーダの事だ。あの辺りの者はあの森を『賢者の森』って呼んでるじゃないか、何今更驚く事があるんだ」
「でも、あの森がそう呼ばれているのはかなり前からの事で……」
「何かおかしい事があるか? ティーダが見た目通りの歳じゃないって事くらい、お前分かってたんだろ?」

 そこまで言われれば確かにそうかと思いはするものの、『彼が見た目通りの歳ではない』と分かっていても、自分が今までそれを実感として意識出来ていなかった事にメイヤは気がついた。

「あの森の結界……ていうか、まぁ、仕掛け的にな、あそこではとんでもない魔法使ってもある程度以上は森が吸収するようになってるんだ。後ティーダも、どんな魔法ぶつけられても大丈夫なんだよ。そんなあいつなら、魔法が溢れてどうしようもない子供をマトモな魔法使いに教育出来るのではないか、とお偉いさん達は考えた訳だ」

 クノームは不機嫌そうに頭を掻く。
 仮面をつけた姿は、顔を隠して歩くこの街の住人達の間ではそこまで気にならないが、どうみても豪奢としかいいようのない衣装をつけてそんな行儀の悪い所作の彼には違和感を覚える。

「それが、貴方が師匠に育てられた理由、ですか?」
「そういう訳だ。それで、ギルド幹部のジジババ共の思惑通り、どうにか子供は魔法使いになれましたって話さ」

 いいながら、目の前のお茶を一気に飲み干したクノームは、そこで一つ背伸びをした。さて、話が終わったと席を立つ準備をしたところで、メイヤが続けて尋ねてくる。

「では今は師匠とどういう関係なんですか? あそこには貴方しか訪ねてきませんし、師匠と貴方は……その……体の関係があって、でも師匠は貴方は師匠以外とそういう事が出来ない事情があるから寝てるって……」

 どもりながらも聞いてくるメイヤに、クノームは口を思い切りへの字に曲げた。

「支離滅裂になってるぞ、お前。つまりだ、どうして俺とティーダが寝てるかって聞きたいのか?」

 メイヤは少しだけ恥ずかしそうに頬を染めてじっとクノームを見上げる。クノームはその様子を見て、口元に見せつけるように笑みを浮かべてやった。

「俺があいつと寝てる理由は単純だ。俺はあいつが欲しい、あいつが好きだ」

 メイヤの顔から色味が失せる。赤くなったり青くなったり忙しい奴だな、とクノームは思いながらも、益々その反応に笑みが深くなる。

「……だが、ティーダが寝てる理由はただの同情だろうな、それは分かってる」

 メイヤの表情がまた変わる。今度は少しだけ安心したように見えた。

「同情って、師匠以外とそういう事が出来ないって……事にですか?」
「まぁな、さっきも言ったろ、ティーダはどんな魔法ぶつけられても大丈夫だって。確かに何も知らないガキの時と違って、俺は魔法の制御方法を覚えた。でもな、それでも素の状態だと、魔法が溢れちまう事に変わりはないんだ」
「それで、その仮面を?」

 その質問というか、疑問を言葉にしてしまっただけの発言は、今度はクノームの機嫌を悪化させた。クノームの口元が、また引き結ばれて溜め息をついた。

「そうだ、で、それについては何処まで知ってる?」

 指をさされたメイヤは、思わず口ごもりながら答える。

「その仮面をしてると9割くらい力が押さえられてるって……」

 クノームは、今まで少し乗り出すように浅く座っていた椅子の背もたれに背を預けた。どこか投げやりな動作で、視線をメイヤから外す。

「そういう事だ。普段からこうして仮面で魔法を抑える事で、普通の魔法使いくらいの生活は出来てる。でもな、仮面を外したら何が起こるか分からないし、肌と肌の接触、特にセックスなんて強い接触は何が起こるか分からない。だから、今のところ、相手に危害を与えないって確定してて、俺がそういう事出来る相手はティーダ以外いない。あいつはそれを不憫に思って相手してくれてる訳だな」

 そこまで聞けばさすがに事情を察したのか、メイヤが黙って考え込む。
 クノームは茶を飲もうとしてカップを口に運んで、それで先程中身はすべて飲み干した事を思い出して舌打ちした。

「……それでいいんですか?」

 暫く黙っていたメイヤが思い詰めた顔をして尋ねてくる。クノームは唇に苦笑を乗せた。

「あいつにそれ以上求められないのは分かってるからな。まぁ、十分だよ、今のとこはな。俺以外はあいつとそういう接触あるやつはいないし」

 言いながらちらとメイヤの顔を見れば、真面目な少年はじっと恨みがましいような、挑戦するような瞳をクノームに向けてくる。

「……そこで満足するか、しないかの線引きは……今のお前じゃ、納得出来ないとこだろうな」

 言いながらクノームは、少しだけ辛そうに笑った。
 彼には、メイヤの姿がかつての自分と重なるところが見えていた。だが、その時の自分とメイヤが違い過ぎる事もまた、見えていた。

「俺にとってティーダは、親であり、恩人であり、好きな人だ。というか、こうして一応普通に魔法使いになれるまで、俺とマトモに接触のあった人間はあいつしかいなかったからな、あいつとあの森だけが俺の世界のすべてだったさ、丁度、お前くらいの時はな」

 言いながら彼は今度こそ席を立つ。
 メイヤは急いでそれに続いた。








 クストノームは山に囲まれた場所にある、というよりも、山の上にあると言った方がいいらしく、通常の場所よりも僅かに空気が薄いらしい、とメイヤは感じた。
 とはいえ、普通はそんな事感じる程ではないだろう。

 今、メイヤがそう感じたのは、走っているからだった。
 
 クノームの話が終わって店を出た途端、何か連絡がきたらしく、彼は急に足を止めるとギルドから呼び出しが入ったと言って、急遽メイヤは一人でこの街で時間を潰す事になったのだ。
 ただし。

「いいか、細い道には絶対に入るなよ、この大通り沿いだけうろうろしてろ。中央の島までは入ってもいいが、魔法陣の中には入るな」

 という事なので、あまりあちこち歩き回る訳にもいかず、大通りを歩いていて――そういえばこの街の大通りは中央の島をぐるりと囲むように一周しているのだと思いだし、それなら軽い鍛錬としては丁度いいかとメイヤは走り出したのであった。

 ……それに、今は何も考えていたくなかったというのもある。
 師であるティーダの事、そしてクノームの言った事、ぼおっとしていれば結論の出ない事を延々と考えてしまいそうで、それなら体を動かして考えてる余裕を無くしてしまおうとメイヤは思った。幼い頃から、ヘタに悩むくらいなら体を動かして何も考えないようにするというのはメイヤのクセでもある。

 人通りはそこそこあるが走るのに邪魔な程ではないし、これなら時間を無駄にしなくていい、と思ったメイヤだったが、ここはそんな剣士の家系に生まれた彼の常識とは程遠い、魔法使い達の街であった。
 当然、体力的な鍛錬とは縁のない街の住人からは、奇異の目でみられる事になる。
 しかも、1周走って満足するようならまだしも、メイヤは待っている間走るつもりだったので、既に3周目に入っていた。
 森の中で少し体が鈍ったのだろうかと思ったメイヤは、思った以上に息が辛くなったその原因が、ここの地理的な問題であるという事に思い立って納得しているところだった。

「あんたさ、何やってんの?」

 走っている背後から掛けられた声に、メイヤは、息を整えながらも足を止めずにその場で足踏みをして、声の方向へ顔を向けた。

「どこかへ急いでるのかと思えばそうじゃないみたいだし、何の為に走ってるのさ?」

 歳の頃は二十歳前後といったところか、道ばたに布を敷き、その上に売り物らしきものを並べている、頭からショールを被った女性がメイヤを見ていた。

「時間つぶしに、どうせなら少しでも鍛えておこうかと思って走ってるだけです」

 言えば女は驚いて、ひっくり返ったような高い声をあげた。

「はぁ? 鍛えるって……あんたは魔法使いじゃないの?」

 メイヤは足を止めて、にっこりと笑顔を浮かべて彼女に返した。

「はい、魔法使い見習いです」

 胸を張って言うメイヤに反して、女はいかにも不審そうに顔を見返す。

「……それでなんで体鍛えるって……」
「最近結構鈍っていたので、鍛えておかないと」
「魔法使いになるのに、体力や筋力鍛えるって話は少なくともこの街にいるようなのじゃ聞いた事ないよ」
「でも、鍛えておくに越した事はないじゃないですか。少なくとも、いい事はあっても悪い事はなにもありませんし」

 女の、いかにも異質なものを見る目で見られていても、メイヤは堂々と彼女に答える。
 それに女は呆れたのか、溜め息をつきつつも肩を竦めて顔を左右に振った。

「……魔法使いっていってもずいぶん変な魔法使いだねぇ、あんた」
「そうですね、魔法使いを目指したのはつい最近なので、それまでは剣士になるつもりでしたから、その所為でしょうか」
「成る程、ずいぶん面白いねぇ」

 呆れていた彼女は、だが、メイヤの真面目な受け答えに興味が湧いたのか、今度は少しだけ面白そうにメイヤの顔を見返してきた。
 それから、にやりと顔に笑顔を浮かべると、唐突に並べていた売り物を片付けだす。

「どうしたんですか?」
「今日は店じまいさ。あんた、暇だから走ってたんだろ? だったら私がこの街の案内をしてやるよ」

 言われたメイヤは一瞬迷う。
 けれども、メイヤの返事を待つ事なく店の片付けをしてしまった彼女を見て、半分仕方なく、半分は純粋に喜んで、彼女の申し出を受ける事にした。





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クノームさんの過去話。
前提となる生い立ちを軽く。次回は彼の立場もちょっと詳しく紹介。


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