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【５】 シーグルの場合、食事はある意味戦闘よりも緊張する時間だ。 子供の頃は部屋中の皆に食べるかどうか見張られているような感じで、特に食べられなかった時のお爺様の落胆の溜息と表情が怖かった。自分は所詮出来損ないなのだ、お爺様の期待を裏切ったのだとそれが惨めで、悔しくて、悲しかった。見かねたレガーがたまに馬での訓練と称して外へ連れていってくれて、昼は外で食べるからと昼食の席につかなくていい時は嬉しかった。ケルンの実なら無条件で食べられたのは、味もそうだが、そうしてレガーと二人だけで、誰の監視もない外で安堵して食べていたモノだからというのもあったのかもしれない。 「外で食べるのは気持ち良いな」 シーグルが呟けば、すかさずそれを聞きつけたウィアがこちらを向いてにっと歯を見せて笑う。 「だろ、空気は美味いし開放感あるし、やっぱ外で食う飯は格別だよなっ」 「そうだな」 シーグルも笑って返す。 考えれば外で食べた経験はレガーとの食事か冒険者時代の事ばかりだから、それは確かに基本的にいい思い出しかないなとシーグルは思う。 ――そういえば、あいつはあの顔で料理の手際が良くて……。 普通に友人としてセイネリアと付き合ってよく仕事をしていた時、食事は獲物を取るのもその後の料理も彼が殆どやっていた。最強だとか、敵にしたら死ぬより恐ろしい目にあうだとかの御大層な噂持ちで、見た目の威圧感もその噂通りの男のくせに狩りはともかく、妙に料理の手際がいいのは意外過ぎて違和感がすごかった。食べるのさえいい思い出がないのに食事を作るなんて事、冒険者になって初めてやったのだからシーグルの手際が悪いのは当たり前の事で、だがそれを揶揄わられながらもいろいろ教えてもらった事も思い出す。 あの時の彼は笑っていたが自分をきっと見下していた。彼の心の変化は何時からだったのか……その後に続く彼に貶められた時期を考えてシーグルは屈辱に体を震わす。 けれど、セイネリアの事を思い返せばやはり最後は別れを告げたあの後ろ姿と、『愛している』と言った声を思い出だしてしまって怒りは持続しない。 シーグルは空を見上げ、そうしてから周囲を見渡した。 星の煌めき、あちこちで見えるチラチラと燃える火、楽しそうな人々の笑い声。冒険者として仕事をしていた一番楽しい時にはよくあった風景だ。皆の視線を浴びてはいるものの、食べるかどうか監視されているような屋敷での食事のものとはまったく違う。 ただ、皆とは違って心配そうな目でこちらを見ている兄に、シーグルは笑いかけた。 「それに、皆で食べると美味しいな」 フェゼントが驚いて、そして笑う。 ウィアが背中を叩いてくる。 「だよだよ、お、シーグルなんだスープ全部食ってるじゃねーか」 「あぁ、美味しかった」 「おぉっ、実はちょっと多いかなーと思いつつもったんだけどな、食えたなら良かったぜっ」 「……確かに、貰った時はちょっと多くて困ったんだが」 それでウィアだけではなく兄弟達も笑って、勿論シーグルも笑った。 「ならさ、別に遠出しなくてもたまには外で食おうぜ。どうせシーグルんトコの庭ならいくらでも広いところあんだしよ。焚火くらいいいだろっ」 「いやウィア……流石に庭で焚火は止めてくれ、お爺様も怒るし、庭師が泣く」 「そっかぁ、あんな広いならそんくらいと思ったんだけどなぁ」 「ウィア、別に火を使わなくても食事を外に運べばいいじゃないですか。あと夜ではなくやるなら昼食の方がいいですよ、片付けもしやすいですからね」 「まぁ夜空と焚火を囲んでの食事もいいけど、青空の下の食事も気持ちいーからなっ」 「ウィアはにーさんの作るもの食べられれば何でもいいんじゃない？」 「そりゃまーなっ、まずフェズの料理が美味いからどこで食っても美味いっ」 楽しそうなウィアとフェゼント、ラークとのやりとりを見ていれば、意識しなくても笑みがこみ上げてくる。兄弟たちと笑いあっているこの風景は、少し前までのシーグルからすれば夢のようだ。 けれどこれは今だけの夢ではなく現実で、これからずっとこの光景は見れるのだ。 考えたら目じりがじんわりと熱くなってきて、けれどどうにか涙を落さずには済んだ。昼間だったら危なかったが、今なら泣きそうだった事もバレずに済みそうだ。 「シーグル、食後のデザートっていうか、さっき拾った地ブドウの実を食わないか？」 そういえば道中で拾っていたなと思い出して、ウィアが差し出してきたそれにシーグルは手を伸ばした。 「なら、少し」 「食え食えっ、お前が食えるんなら全部やってもいいぞっ」 「いや、さすがにそれは……」 両手に持っていたものを全部差し出されて、シーグルは少々困る。 そうすれば更に横から手が伸びてきて、ラークがウィアの手から一部を取った。 「あ、俺が拾った分はあげないからね、あげるならウィアの分ね」 「お前な、こういう時は空気読めって。……仕方ない、俺の分をやるぜシーグル」 「いえシーグル、食べられるなら私の分を貰ってください」 シーグルとしては困るしかない状況なのだが、嬉しくもある。更には周囲からも、シーグル様私の分をどうぞ、なんて事があちこちで上がりだして、困るけれど嬉しくて、楽しくて、泣きたくなって……だから代わりに声を出して笑うしかなかった。 そうして結局、くれるという者達を断り切れず……皆から僅かづつ貰って、シーグルは２人分半の地ブドウを食べる事になってしまった。 朝の森の空気は清々しい。 まだ寝ている者もいる中、寝ぼけまなこをちょっとだけ開いたウィアは、寝ている筈だったシーグルの姿が見当たらなくて跳び起き……てから、その理由に思い当ってほっとした。 ――俺としたことが……驚いてうっかり早起きしちまったぜ。 誰よりも遅くまで寝ていないとなんか損した気がする！ ……というウィアは基本的に朝寝坊常習犯だ。そんなウィアとは対照的に朝日と共に起きるのが普通のシーグルは、朝起きればすぐ……起き上がって、ちょっと森の中まで入ってみて、ウィアは予想通りの姿を見つけた。 「お前ってさ、仕事の時も朝は早く起きて剣振ってるのか？」 剣を振っていたシーグルが、こちらも見ずに返してくる。 「そうだな、出来そうな時はやってる」 まぁそりゃシーグルは上級冒険者だからそういう余裕のないような場所ではやらないだろうし面子的にやり難い場合もあるのだろう――ウィアは考えながら一つ大あくびをしてその辺りの草場に座り込んだ。 ウィアは剣の事なんか分からないが、シーグルの剣を振る姿は綺麗だと思う。勿論、姿その者や顔は別としてだ。 動きの一つ一つが流れるように自然で、止まるところはぴたりと止まって少しも揺れない。素人の自分でも自分が普段から組むタイプの剣士なんかとはダンチだとすぐ分かるくらいには動きに無駄と隙がない。勿論、顔や姿はダンチどころか比べようもないが。 ウィアとしては、うっわいいもの見た、というくらいの光景に思わず見とれてしまっていたのだが、そうすれば背後から人の声が聞こえた気がした。 「あ、お前らっ」 振り向けば後ろの木の影に人の姿がある。別に怪しいものではなく、今回の参加者……にいた二人だ。 「す、すみませんっ」 焦って二人はペコペコその場で謝りだし、ウィアはちょっと小言を言おうと立ち上がったのだが。 「怒らなくていい、ウィア。それに他の皆も、見たいなら見ていていいから出てきてくれないか。こっそりのぞかれているほうが気になる」 シーグルが一度剣を振るのを止めてそういえば、周囲の木の影からぞろぞろ――といってもあと４人程だが――が出てきて気まずそうに顔を見合わせながらも座り込んだ。 ――そらまーシーグルなら、こいつらがこっそり見てても全部気付いてるよな。 「皆が戦闘職だったら一緒に鍛錬をしようというところだが、残念だな」 座り込んですっかり観戦モードになっている彼らにそうシーグルが声を掛ければ、あぁ〜と残念そうな声が上がる。まぁ確かに今回の面子が初心者冒険者（神官）じゃなく、（剣士）とかだったら、上級冒険者で正統な貴族騎士様に剣を習える夢のようなチャンスだったんだろうなとウィアは思わずうんうんと頷いた。 「まぁでもさっ、俺もちょっと朝の体解しくらいはしようかなっと。おいそこのお前もっ、ちぃっと手伝え」 「あ、え？ はい？」 見ていたひとりを指さしてウィアがシーグルの近くに行けば、おそるおそるといった感じでシーグルをちらちら見つつなり立て神官の一人がやってくる。 「軽く柔軟体操な、お前もやんだよっ」 「あ、はいっ」 そうして残りの４人にも声を掛けて立たすと、ウィアの指示で一緒に柔軟体操をする事になったのだった。 --------------------------------------------- 残りあと１，２話かな。シーグル食事事情はこれ以後回復していきます。 |