初心者騎士シーグルが初めて大人数パーティに参加する話。 【7】 「うぉらっ」 向ってすぐ、シンジラが盾で女王についていた2匹のコロッカの体当たりを受ける。ここから先はコロッカを倒してもいい代わりに時間との戦いになる。一応クラットが風を操って女王コロッカが出す仲間を呼ぶ臭いを周囲に拡散させないように巣穴方面に送ってくれてはいるものの、それも完全にとはいかないからだ。 「こっちは任せろ」 「じゃ俺はこっちなっ」 更にシンジラに向かって来ようとしてきたコロッカを、グリューとノノが一匹づつを引き受ける。その時点ではまだ女王は攻撃する素振りを見せていなかったが、グリュー達が抑えているコロッカをティーフォが撃って眠らせ、あっという間にシンジラについていた2匹を排除すると、大きな叫び声が周囲に響いた。 「うがっ」 「きゃ」 それぞれが悲鳴を上げて耳を抑える。シーグルも思わず歯を食いしばったが守護魔法が入った兜の所為で耳が聞こえなくなるまでにはならずに済んだ。ただ、盾役の3人は耳を塞ぐ事が出来なかったようですぐにそれぞれ叫んだ。 「悪いが耳をやられた。こっちは聞こえないと思ってくれ」 「こっちもだ」 「同じくっ」 耳が聞こえないながらも増えるコロッカをどうにかシンジラにいかないように、グリューとノノが受けてはティーフォが矢を放って眠らせる。勿論彼女は女王にも矢を飛ばしたが、女王が体をぶるぶる震わせると長い毛が逆立って矢を弾いてしまうようで、取り巻きのコロッカの処理に専念している。 だがそこで、女王コロッカが急に頭を低くした。耳が聞こえなくてもそれが何を意味するのか分かったシンジラが腰を落としてそれを受ける準備をした。 「シーグル、タレット、イージェンっ、シンジラが受けたら行けっ」 言ったのはマクデータ神官のクラット。直後に女王コロッカが突進してくる。シンジラはそれを正面から受け止めた。それと同時に彼の周囲に軽く光が弾けたようなものが見えた。リパ信徒であるシーグルにはそれが何か分かる、盾の術の守りが攻撃を受けて散ったのだ。事前に掛けられる一般的な盾の術は1回だけ受けた攻撃を無効化する術である。シンジラは女王コロッカの体当たりを盾で受けたが、術の守りが発動するくらいにはシンジラ本人にもダメージが来たと言うことだ。逆を言えば、術が入っていたせいで彼が吹っ飛ばされなかったのだろう。 そこで言われた通り、シーグルは女王に向かって飛び出そうとしたのだが、すぐに女王コロッカは後ろへ一歩飛びのいた。他のコロッカのように、そのまま押してこようとはしない。それで一瞬突撃組が躊躇している間に、また女王はシンジラにぶつかってきた。 最初の一撃と違って助走がほぼないせいでどうにかシンジラは素の状態でも受けきったが、体が後ろに少し押された。更に女王コロッカはまた後ろに下がって即突進してくる、そして受けられるとまた下がる。勿論リパ神官達は盾の術を掛けなおしているようだが、全部の攻撃に間に合いそうになかった、だからシーグルは叫んだ。 「クルス、キリがない、持続呪文だ。タレット、クルスを守ってくれ」 それに返事はない、けれど代わりにクルスの途切れない詠唱が聞こえてくる。持続呪文では呪文を唱えている間は『盾』の術がずっと継続する、つまり攻撃を無効化し続けてくれる。ただし呪文が途切れたら即、術が無効になるのでどうしても術者専任の守り役がいるのだ。 持続呪文が入った事でシンジラが安定して女王の攻撃を受けられたのを見て、その後ろに控えていたイージェンとシーグルは一度目を合わせる。その直後、丁度シンジラが攻撃を受けるタイミングに合わせてシーグルは女王に向かって突撃した。 剣を前に、まず狙うは前足。 手ごたえは多少軽い、だが傷は負わせた筈だった。女王コロッカは怒りに叫びながらその場で首を犬のようにぶるぶると振る。そうすれば顔あたりの固く長い毛が宙に広がって、シーグルは即座に飛びのいた。 ――確かに、足が軽い。 まだ風の術が入っている足は軽くて、避けられたのは勿論、思った以上に女王コロッカとの距離が取れた。見れば女王コロッカの前足は両足から血が出ていて、同じタイミングでイージェンも後ろに下がっていた。反対側の足のケガは彼がやったのだろう。 「神よ、貴方を信じる者にその加護を……」 シーグルは即座に自分で盾の術を掛ける。それと同時にまた女王コロッカに突っ込んでいく。女王コロッカはシーグルを見ていた。シーグルは剣を前に伸ばす。女王コロッカの口が大きく開いた。だからシーグルは伸ばしていた剣が女王の口の中に入ったところで、即横へと振り切った。ガチンと音がして女王の口が閉じると同時に僅かに血が飛ぶ、敵の口を少し切ったらしい。だがすぐに女王はまた口を開いて悲鳴を上げた。その後ろにはイージェンの姿が見えた。おそらくは彼の攻撃が入ったのだろう。 イージェンの与えた傷はかなり深いらしく、女王は暴れている。シーグルはすぐにまた距離を取っていたが、それを見て突っ込む事にする。 斬ったのは先程と同じ前足。だが今度は深く入って、女王コロッカはその足を折った。敵が歩けなくなれば攻撃も守りもかなりやりやすくなる。シーグルはトドメを刺そうと横に回り込んだ。 ただそこでシーグルは自分のミスを悔いる事になる。 女王コロッカが大きさ以外で普通のコロッカと大きく違うのはその毛の長さだった。顔周りの鬣のような毛と尻尾の毛が地面に引きずる程長い。胴体の毛は短いから今度はそちらを攻撃しようと思ったのだが、今までずっと地面に垂れたまま動かなかった尻尾が急に持ち上がってこちらに向かってきた。 正直にシーグルはそこで自分の失敗を認めた。それと同時に、まだ自分で掛けた『盾』の術が切れていない事を確認した。次の瞬間、痛みはなかったが押されたような衝撃はあって、シーグルは後方へ吹っ飛ばされた。 ……とはいえ、そのくらいは覚悟していたから、シーグルは受け身を取って字面に転がりすぐ起き上がる。 それから剣を構え、また盾の呪文を掛けなおし、今度は狙いを女王コロッカの首の辺りにつける。今のシーグルの位置は女王コロッカの斜め後ろ。鬣の後ろの首回りは死角になる筈だった。 「うおぁっ」 珍しく声を上げてシーグルは剣を前に出して走り込む。 そうして今度は狙い通り、剣は深々とそこに突き刺さった。剣を斬るように引き抜けば今までになく血が噴き出してシーグルはその血を浴びる事になったが、それでもそれがトドメになってくれたらしい。女王コロッカは動かなくなって、やがてゆっくりと地面に倒れた。 ――倒した、か。 シーグルもそれで安堵して、がくんと片足をつくと大きく息を吐いた。 ただ膝をついていたのは長くない。これで安心してはいけない事も分かっていたから、シーグルは立ち上がって少しずれた兜を直す。そうして皆の方を振り向いて、すぐに残ったコロッカと戦闘中の仲間の手助けに戻った。 女王コロッカを倒した後も、殺したコロッカの臭いを嗅ぎつけてどんどんコロッカが増えてはそれの対処に苦労したのだが、どうにか片付いた後がシーグルにとっては一番大変だった……かもしれない。 「言いたい事はいろいろあるが、まず体を洗うぞっ」 そう言われてグリューに引っ張られたと思ったら、ともかく全員で川に向かって、ついた途端前衛職の連中全員は水に飛び込んだ。勿論シーグルも例外なくグリューとともに川の中に飛び込まされたのだが、そこで皆が装備を外して裸になっていくのを見てシーグルもそれに倣った……ところ。 「ちょっと待て、シーグルお前はそこでストップ」 装備を外していざ服を脱ごうとしたところでグリューに止められた。 「あー……悪いがティーフォ、あっちの岩向こうの周辺にも動物避けの結界引いてもらえるか? ンでシーグルとクルスはそっちで体と服洗ってこい、それが終わったら交代で女性陣2人がゆっっくり水浴びしてくれりゃいい」 グリューは他のパーティ連中をちらちら見ながらそう言ってくる。女性は別の場所で水浴び――はまだ分かるとして(でも他パーティーでは既に脱いで皆と一緒に浴びている者もいる)何故自分だけそんな気を使われるのかは分からなかった。 いつもは見張りのために交代制だったから全員一緒に水浴びしない事を不思議には思わなかったが、今日はちゃんと動物避けの結界をかけてあるし汚れていない術者たちが見張りを引き受けてくれている。 「そうだな、その方がいいや」 「だなぁ、うん、頼むわ」 「あー……ンだな、うんうん」 こぞってそう言ってくる辺り、シーグル以外は皆分かっているらしい。 「はーい、了〜解♪ じゃ、すぐ準備するからシーグル様と可愛い神官さまは向うに行きましょうね」 そこでティーフォが笑いながら腕を掴んで引っ張ってくる。更にはクルスとタレットがやんわり後ろから押してくるから、シーグルはグリューに理由を聞く事が出来なくなった。 「待ってくれ、どうして俺達は別なんだ?」 だから女性2人とクルスに聞いてみたのだが。 「いーのいーの、気にしないでっ」 「そうそう、シーグル様は向うにいきましょ」 ……女性陣は質問に答えてくれそうにない。かといってこの状況で無理矢理行くのを拒否する程シーグルだって我が儘じゃない。ただやはり特別扱いは嫌だったので、最後のあがき程度には言ってみる。 「いや、ならせめて女性が優先でいい、俺達はあとでも……」 「なーに言ってるんですかシーグル様はっ、一番派手に女王コロッカの血浴びてるんですから早く洗わなくちゃですよ!」 「いやだが、特別扱いされるのは……」 「あら、シーグル様がそんなに私たちに気を使ってくださるというのなら、一緒に水浴びしても全然構わないんですけど!!」 さすがにそれは辞退したかったため、しぶしぶシーグルは先に浴びる事を了承した。だがやはり微妙に納得いかなかったので、水浴びをしている最中にクルスには聞いてみた。 「何故俺達だけは別なんだろうか?」 「えーと、その、シーグルは貴族ですから、身分の高い人の裸は見るべきではないと思ったのではないでしょうか?」 シーグルは思いきり眉をよせた。 貴族外の人間というのはそう思うものなのか? むしろ貴族の方が着替えを他人にさせる関係で人前で裸になるものじゃないか……と思うのだが。 「ならクルスは?」 当然シーグルはクルスと一緒が嫌だなんて事はまったくない。ただならどうしてクルスは一緒でいいと思われているのか気になっただけだ。 「私は神官ですしまだ未成年ですし、シーグルを一人にするのもよくないと思ったのでは……」 それは納得できるような出来ないような。だが自分以外の皆がその方がいいというのならそうした方がいいのだろうとシーグルは思う事にした。 --------------------------------------------- すみません、いつものことですが趣味に走りすぎました。あと2,3話で終わりかなー。 |