無自覚騎士の困った噂
本編最終話から騎士団に入る前のお話。



  【1】



 クリュース王国首都セニエティ。当然王の直轄地であるここは、言うまでもなく政治においても文化においても国の中心として別格に栄えている。
 だから地方に領地を持っている貴族達でも、それなりに力を持っている家ならこの首都に別宅を持っているのが普通であった。

 であるから由緒正しい旧貴族であるシルバスピナ家なら首都に別邸を持っていても当然の事ではある。いくら日帰りで往復できる距離とはいえ、首都に数日滞在しなければならないような用事があれば毎日リシェからやってくる訳にはいかない。更に言えばシルバスピナ家の当主、もしくはその息子等が代々騎士団に所属していた事を考えれば、どう考えても首都にも家がないと厳しい。

 とはいえその別宅も、ここ数年は放置されて管理人しか出入りしていなかった。理由としてはシーグルの父が若くして亡くなった事が大きい。父は冒険者として数年修行を積んだら騎士団に入る予定だったのだが、その前に駆け落ちをし、その後帰って来て騎士団に所属したものの間もなく反乱の鎮圧の仕事で命を落としてしまったのだ。
 だから祖父が歳のために引退してから暫くはここに家主が訪れる事はなかった。父が騎士団に所属した時にはこの屋敷は使わせなかったそうで、今回シーグルが騎士団に入る事で久しぶりに使われる事になったという訳だ。

 兄を認めてからの祖父は前と比べれば驚く程シーグルを束縛しなくなった。
 ただそれは甘くなったというのとは少し違って、シーグルに次期領主としての自覚を持たせるためにある程度の権限を与えるようになった、という感じである。

 だから騎士団に入るなら首都の屋敷を使えばいいと言った後、祖父はそちらの屋敷の事は全てシーグルの好きに決めていいと言ったのだ。
 実のところ、屋敷の掃除や改装、使用人の手配等全てを任されたシーグルは最初、途方に暮れた。
 兄やウィアに相談して励まされ、リシェの屋敷の使用人達にもいろいろ聞いたりして、やっとどうにか首都での生活がスタート出来たのだ。

 特に兄フェゼントは、ずっと母や弟の面倒を見てきたのもあって料理や掃除が得意という事で、その方面の使用人のまとめ役は自分がやると言ってくれた。そのせいか細かい事に気が付く兄は、一緒に屋敷の下見に行った時に改装や内装の変更ポイントを具体的に上げてくれてシーグルは依頼や手続きを行うだけで済んだのだ。
 首都での生活が無事始められたのは、兄のおかげと言っても過言ではない。
 祖父の目を気にしなくていい兄弟との生活はまるで夢のように楽しくて、シーグルはこんなに何もかも願いが叶っていいのだろうかと思ったくらいだった。

 ただ、旧貴族の跡取りとして首都に住むのなら、面倒も当然舞い込んでくる訳で……。

「シーグル、そんなに嫌なら断れないのですか?」

 祖父からの手紙を見ては、何度も考えてはため息を繰り返すシーグルを見てフェゼントが心配そうにそう言ってくる。

「いや、お爺様がもう返事を返しているからそういう訳にはいかないんだ」

 まぁ、首都にずっと滞在している、というのなら予想出来る事ではあった。
 祖父からの手紙の内容は今週末のサヴォアナ夫人の誕生祝いのパーティーに出席しろというものである。サヴォアナ家は旧貴族で、一応当主は夫の方ではあるのだが彼は養子なので実質の現当主は夫人のようなものだ。その彼女の誕生祝いなら、同じ旧貴族としてたいした理由もなく断る事は出来ない。

「確かに、首都にいるなら俺が出ろと言われて当然なんだが……」

 今までは、その手のどうしても出なくてはならないパーティーはシルバスピナ家当主として祖父が出席していた。勿論シーグルが祖父の代わりに出るよう言われる事もたまにはあったが、それは主に若い貴族達が多く集まる部類のパーティーで、いわゆる婚約者探しの顔見せも兼ねたものが多かった。

 今までは基本祖父が出ていたから、祖父の体調がすぐれないとかの理由でも断れたそうだが、確かに次期当主のシーグルが首都にいるならシーグルが出るのが当然、となる。
 シーグルが落ち込んでいるのはサヴォアナ夫人のパーティだけではなく、首都に住むなら今後はずっと首都のパーティーにはシーグルが出席しなくてはならないという事にであった。

「今後もずっとこの手のパーティーに出続けなくてはならないと思うと……正直、きつい」

 勿論、これも次期当主としての義務だと思えば嘘の理由をでっちあげて欠席など出来る訳がない。

「とにかく、今回は出なくてはならない。今後も声が掛かれば基本は出ないとならないだろう。ただ騎士団に入った後ならまだ……仕事の都合で断れると思うんだ」

 今でも先に冒険者としての仕事が入っていれば急な招待なら断れなくもなかっただろう。だがシーグルは騎士団に入ったら仕事が出来ないのは当然として、入る前にもいろいろやる事もあるからと冒険者事務局には既に休止の届けを出してきているのだ。別に休止中でも上級冒険者として依頼がこなくなるだけで仕事が出来ない訳ではないが、そう頻繁に受けていれば疑われる。そうそう何度も使える手ではない。

「なら今は仕方がないですよ、それも仕事と思って出るしかありません」
「うん、そうだね」

 兄に笑いかけられてシーグルも力なく笑って返す。
 正直、貴族付き合いに関しては今までは逃げていたところもある。どうせ当主になったら逃げてばかりいられないのだから今は出るしかない。

「まーそんな堅苦しく考えずにさ、この機会にシーグルもちゃんと貴族様らしくパーティを楽しめるようにしたらいいんじゃね?」

 そこでウィアが暗い空気を無視するような明るい声でそう言ってきたのだが、シーグルとしては笑おうとしても笑えなかった。というか笑顔が失敗して顔が引きつっているのを自覚していた。

「楽しむ、のは俺の場合は難しいん、だが……」
「いいじゃんどうぜお前モテるんだから、思いっきり女の子達にちやほやされて持ち上げられてくればいいだけじゃね?」

 それには一応笑顔だったフェゼントも顔が引きつった。

「えーとウィア、シーグルはそういうのが苦手なんですよ」
「ンなの慣れろよ、お前の場合褒められてる内容は全部本当の事なんだし自信持てって! 自分にはそれだけの価値があるって胸張ってりゃいいだろ」
「ウィア……世の中には褒められ過ぎるとうんざりする人間もいるんですよ」
「ぜーたくだろ、それ」
「いやウィア……」

 フェゼントが頭を押さえて悩んでいる。
 これ以上フェゼントにウィアの説得をさせるのは流石に申し訳ないと思ったシーグルは話の方向性を少し変える事にした。

「義務だから慣れろというのは確かにそうだ。俺もパーティに出て話を聞くだけならどうにかする。ただその……前に別のパーティで次から次へとダンスの申し込みをされてきつかったんだ。彼女達を傷つけないように断る方法とか、うまい理由とか、ウィアなら思いつかないか?」

 納得できないという顔でぷぅと唇を尖らせていたウィアが、そこで嬉しそうにこちらを見る。

「少なくともウィアは俺より女性の気持ちに詳しそうだし、何かいい案があれば教えて欲しい」

 ウィアはにぱっと笑って、まぁな、と言うとそこで難しそうな顔をして悩みだした。ちらとフェゼントを見ればほっとした顔をしていて、こちらと目が合うと苦笑していた。
 実際のところ、シーグルだってそういう席に出るのも旧貴族の当主としての仕事、というのは覚悟している。当主としての心得として、他の貴族との交流もしなくてはならないというのは分かっている。
 ただ前にあるパーティーで、一人のダンスに付き合ったら次々と切れ目なくダンスを続けるハメになって、あれは流石にもう二度とやりたくないと思っていた。

「断る一番の定番は、決まった相手がいる、なんだろうけどなぁ」
「……確かに、婚約者が決まったらそう言うつもりだが」
「まぁまだ特定の相手がいないってなれば、絶対望みはないって分かってても今だけの夢を見るのはお嬢様達の自由だろうしなぁ」
「望みはない、と分かってても、なのか?」
「いやそりゃさ、まったくないって本心では思ってないよ、お前に特定の相手が決まってない限りは、もしかしたら私が……って皆思ってお前を誘ってると思うぞ。だけど、家の格とかからすりゃ無理だと理屈としては分かってる、だからちゃんと自分で予防線はって自分はシーグル様と結ばれなくても当然だって言い聞かせてると思うぜ」

 シーグルにはウィアのその理論がよくわからなかった。無理だと分かっているならヘタに望みを残した方が後で落胆が大きいのではないのだろうか。

「無理だと思うなら、へたに望みをもたないようにしないほうがいいのでは?」
「可能性はゼロだって思ってても、行動しなきゃ完全にゼロだけど行動すりゃゼロではなくなるだろ。そんくらいの夢は見させてやれよ」
「夢……」
「んっとにお前は女ごころが分かんねーなぁ」

 それにはまったく反論する余地はないが、ウィアの理論は理解が難しい。
 だがシーグルが眉を寄せて黙っていると、急にウィアが手をポンと叩いた。

「あぁそうだ、ともかく相手が仕方ないって諦められる断る理由がありゃいんだよな。なんだよそれなら簡単じゃん」
「いい案があるのか?」

 聞き返せばウィアはにぃっと悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべて、何故かフェゼントの顔を見た。



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パーティネタがこのところ多くてすみません。
 
 



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