本編最終話から騎士団に入る前のお話。 【3】 とりあえずウィアは、屋敷に帰るまでは黙っているつもりだった。 シーグルもフェゼントもパーティに長くいたい訳ではないから、『出来るだけ早く帰ろう』というウィアの意見は速やかに採用された。ちゃんと出席して主役の夫人に挨拶をすれば一応義務は果たせたという事になるので、いろいろな挨拶やら出し物的なのが終わってフリータイムっぽくなったあたりで帰る事にした。 ちなみに、婚約者でもない若い女性と一緒の馬車というのは問題があるため馬車に乗っているのはフェゼントとウィアだけで、シーグルは自分の馬に乗って来ていた。 当然帰りもそうなる訳で、自然ウィアとフェゼントは馬車で二人きりになる。行きはフェゼントの恰好に浮かれまくってはしゃいでいたウィアだったが、帰りでは馬車に乗った途端、大きなため息をついたフェゼントにさすがに顔が引きつった。 「えーと……その恰好だし、疲れたよなぁ、フェズ」 と、笑っていったら、フェゼントが困ったように顔を顰めて下を向いてしまった。 「マズイ……ですよね?」 あ、やばい、フェズってばやっぱ気付いてたんだ、だよなー、あの空気はなー……などと頭で思って固まってしまったが、とりあえずまずはしらばっくれてみた。 「え、何が?」 ほらまだフェズが落ち込んでる原因が何か確定した訳じゃないしっ、という考えはだが即否定される事になる。 「やはり態度が少し馴れ馴れしすぎました。私がもう少し遠慮した態度を取っていれば……」 だめだこれ確定だわ、と表情がその場で凍ったが、ウィアは急いで顔を左右に振って気を取り直す。んーこの話は屋敷に戻ってから皆揃って反省会って感じにやろうと思ったんだけどなーというウィアの思惑はそこであきらめざる得なかった。 「いやー……フェズのせいじゃないって。俺の計画も穴あり過ぎだったし、あとはシーグルがちょっと自覚なかったかなぁと」 するとフェゼントがこちらを軽く睨んできた。 「いえ、私のせいです。シーグルは悪くありません」 いやどちらがより悪いかといえば、フェズよりシーグルの方が問題だったんじゃないかなーとウィアは思う。会場にいたお嬢様方から見れば、シーグルの態度は別人のように見えたろう、あれは嫉妬されて当然だ。……まぁ、そもそもこの計画自体が悪い、という事でウィアの責任だと言われたら否定は出来ないが。 「……彼には言わないでください。私の責任ですから」 「えー……いや、それはよくないんじゃないかな」 「だめです、シーグルに言ったら、彼はまた責任を感じてしまいます」 ――うん、そりゃそうだけど。 確かにシーグルに言えば責任を感じてめちゃくちゃ落ち込みそうだ。でも言わないのもまずくない? とウィアは思う訳だ。 さてどうするべきか。 とにかく今回ので回りがどんな反応になったか、シーグルに知らせない訳にはいかないだろう。言わないままでいればきっと後でシーグルは困る事になる。っていうか今回のを成功したなんて思われた日には、次もこの手でいこうなんて言い出しかねない。あの真面目過ぎて無自覚なモテ男には多少落ち込んでもちゃんと言った方がいい、と思うのだが……。 「ウィア、お願いします」 愛しい恋人にじっと見られてそう訴えられるとウィアだって心が折れる。 「うー……う、うん、分かったよ」 どうしようか、と思いつつ、ウィアはそう返事をしてしまったのだった。 ――さて、ちぃっと面倒な事になりそうでスかね。 サヴォアナ夫人のパーティから数日後、いつも通り首都のシーグルの屋敷前で周囲の監視をしていたフユは、この状況をどうしようかと考えていた。勿論フユはシーグルが連れて行った女性がフェゼントである事も、その侍女役がウィアである事も知っている。その上でパーティの方の様子を見ていて、ちょっとこの状況はマズイかと思ったのである。あのパーティに出席した女性陣の怒りようをみれば、シーグルに関する厄介な噂が広まるのは確定だろうと思う。 一応、セイネリアには何があったかまでは報告済である。 流石にあの男が、これで起こりえるこんな馬鹿馬鹿しい噂を聞いたとして妬くとは思わないが、あの青年に面倒事が起こりそうな状況なら黙ってもいられないだろう。 ――面倒な事になる前に火消をしとくってぇのがベストだとは思うスけどね。 とにかく、へんな噂が外たって部に広がり過ぎておかしなことにならないように手を打つのはいいとして、あの色恋沙汰に疎すぎる坊やにはもうちょっとちゃんと自覚してもらう必要があるだろうとフユは思う。おそらくセイネリアに聞けば、シーグルに言っておいた方がいい言葉くらいは考えてくれるだろうとは思うがそれをそのまま彼に言うのも考えるところである。あの面倒臭い程真面目過ぎる青年なら、セイネリアからの言葉というとまたいろいろ考えて余計に落ち込む可能性もある。というか素直に聞いてくれるかどうかがまずハードルとしてあるし、別の問題もある。 ――まったく面倒な坊やっスねぇ。 ここでフユが取り得る選択肢としては、さくっと彼の前に出ていって一言言っておくか、別の方法で遠回しに彼に自覚させるか、もしくは別の誰かに言ってもらうか。考えて、最後の選択肢を取るとすれば一番最適だろうという人物に自然とフユの目が向く。 ――なんであのガキは坊やに何も言わないんスかねぇ。 見たところ、ウィアというあのリパ神官は、シーグルに会う度にこの間の件について何か言おうとしているようなぎこちなさが見える。 ――言う機会をうかがっている、ってとこスかね。 というには見たところ2人きりの時でも言い出さない。一体どういうつもりなのか……ウィアが言う気があるのかないのか、ここはひとつ本人に確認してみるしかないかとフユは結論を出すしかなかった。 ウィアはずっと、シーグルは頭が良くて歳の割に大人びていて思慮深いと思っていた。 いや別にそれが間違っていたと言う訳ではないが、やっぱりいいとこのお坊ちゃんというか、天然というか、いい育ち過ぎの真面目過ぎで抜けているところがある――いや兄ちゃんの前だと子供っぽくなるというのは知ってたけどなそれは別として――というのを実感していた。 「サヴォア夫人から手紙が来ていた。『楽しい夜でした』という事だから、ちゃんと義務は果たせたと思う」 「お、おう……えと、夫人からは……それだけ?」 「後は、またぜひ、とか定型の挨拶くらいだ」 「そ、そか。それなら良かった」 んじゃ多分その『楽しい夜でした』ってのは嫌味じゃね? とウィアは思ったのだが、素直に無事仕事を終えてほっとしているようなシーグルにはその突っ込みはためらわれた。 そう……困った事に、シーグルはあのパーティーでの作戦が成功に終わったと思っているのだ。 あのお嬢さん達の嫉妬オーラが見えなかったのかなーまぁシーグルに向けてた訳じゃないから気付かなかったか、それともシーグルもあの場では他に気を取られ過ぎててそれどころじゃなかったかー……等とウィアとしては考えるところだが、一言で言えば『シーグル鈍すぎじゃね?』である。そのせいでウィアの中では、シーグルは思ったよりも抜けているところがある、という疑惑が浮かび上がったのだ。 ――やっぱちょっと言っといたほうがいいんじゃねーかなー。うん、別に責めてる訳じゃなくアドバイスって感じならさ。 とは思うものの、フェゼントの顔を思い出すと言い難い。 何度もセリフを考えて、それが口を出かかったりしたのだが、未だにウィアは思い切れていない。 思わず外に出て一人になったところで、がーどうすりゃいんだー、なんて叫んでしまう。 だが驚いたのは、その時にポン、と顔に何かがぶつかった事で。 「うえっ?!」 痛い、という程ではなかったから、勿論それで後ろに倒れたとか大惨事にはならなかったものの驚くのは当然だ。反射的に額を押さえて辺りをきょろきょろ見回してから、下に落ちているものに気がついてウィアをそれを拾った。 ――紙、だよなぁ? メモなどに気楽に使われる使い古されたペイル紙が、くしゃくしゃに丸められている。おそらくこれがウィアの額にぶつかったのだろう。ウィアはとりあえずそれを広げてみた。そうすれば紙には何か書いてあって、皺を伸ばしてみたところどうにか解読も出来た、のだが。 『パーティにいた者です。あの無自覚騎士様に、皆からどういう目で見られているのかお教えした方が良いと思います』 ――うへぁ。 読んだ途端に顔が引きつる。まぁあの状況を外野から見て危機感を覚える人間がいても当然だろう……と多分これはシーグルに対して好意的な誰かのアドバイスだとウィアは思いこむことにした。 ……ちなみに、侍女のふりをしていたウィアがあのパーティに潜りこんでいたのは誰も知らない筈だからこれがウィア宛ての筈はない。たまたま投げ込まれた紙が自分に当たっただけだろうとウィアは深くは考えなかった。 --------------------------------------------- 少しウィアがメインが続きます。 |