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この話は２６話でシーグルが一度死なずに帰った場合の別ENDです。バッドENDの一つのつもりでしたが割とラストは明るいです。 ※以下、続編２６話の【６】のエルの同じセリフから以降、エルがシーグルを手伝わないという選択をした場合からの分岐のストーリーになります。 【１】 「だが……いやだめだ、せめてマスターに相談してからにすべきだ」 それは傭兵団におけるエルの立場としては当然の言葉ではあった。だがそれをシーグルは強い声で否定した。 「いやエル、セイネリアには相談しない。あいつに言ったら絶対に反対するに決まっている」 「そりゃだって……」 当然だ、あの男がそんな事を許す筈がない。エルはそれを分かっている、シーグルも分かっている。分かっているから、その案を実行するならセイネリアに言う訳にはいかない。 シーグルの気持ちが分かるだけに、彼の覚悟が分かるだけに、エルは彼の望みを叶えてやりたい。けれども、失敗した場合を考えるとどうしても決断が出来ない。シーグルの死があの男に何をもたらすか、考えれば彼の決断の後押しをしてやるとはどうしても言えない。 「だ……だめだだめだ、お前が死ぬ可能性が少しでもあるならそれに協力する訳にはいかねぇ。……なぁ、レイリース、もしお前が死んだらマスターがどうなるか分かってるんだろ？」 シーグルの口元が歪む。それでも、と言いかけたその唇から声が出る前にエルは更に畳みかけた。 「それに、それ以外の方法はないって断言するのだって早すぎるだろ。魔法ギルドの連中にマスターが協力する事でお前をもっと安全に助けられる方法が見つかるかもしれねぇじゃねぇか。なぁ……とにかく、一度死ぬなんてリスクが高すぎる方法を取るのは他の方法を探せるだけ探してからの最後の手段にしてくれ」 「エル、だがそれじゃ遅……」 勿論レイリースがそれで引き下がってくれるとはエルだって思っていない。だがエルだって何も考えず言っている訳ではなかった。 「方法を調べる間、お前がおかしくならねーようにお前を強制的に眠らせときゃいい。ラストとレストなら、その中の魔法使い毎強制的に眠らせておくことが可能なんじゃないか？」 そうすればレストがシーグルの手を握って、泣きながらシーグルに訴えかけた。 「うん、出来るよ、二人でやれば体を無理やり眠らせられる事が出来るから……だから、マスターを置いて行かないで」 その言葉はシーグルにとって十分に決断を鈍らせるだけの効果があったらしく――シーグルはとうとう、一度帰ってセイネリアに相談することを了承した。 だめだ――予想はしていたが、セイネリアはシーグルの案を許さなかった。 「セイネリア、だがこのままでは俺は俺でいられなくなる。時間が経てば経つ程成功率は落ちるんだ、だから今、やらせてくれ」 「だめだ」 「セイネリアっ」 「だめだ……お前が、死ぬかもしれない案を許可する事は出来ない」 掴んだ腕は震えていた。あの誰からも恐れられる琥珀の瞳は怯えていた。歯を噛みしめて、息を乱して、彼はただ『だめだ』としか言わなかった。それでも無理矢理実行しようとする事など出来る訳もない。シーグルは諦めて、離れた場所で自分を見つめている最強の男を見る事しか出来なかった。 「準備はいいかな？」 ラストが呟いて、顔を覗き込んでくる。 「あぁ……大丈夫だ」 答えて、目を瞑る。 最後まで彼を見つめて、シーグルの視界は暗闇へと落ちる。 ――すまない、セイネリア。 自分はやはり彼を置いて行くしかないのだろうと、考えてシーグルは彼に心で謝罪を告げる事しか出来ない。今の自分は彼のために祈る事も出来ない。 何故なら、シーグルは知ってしまったから。自分の中にいるサテラの記憶から――自分の信じていたリパの神などいない、かつて魔法使いと初代国王アルスロッツに作られただけのものだという事を。 遠い昔、世界には魔法が溢れていた。 人は誰も、空気のように世界中に満たされていた魔力によって魔法が使え、魔法が使える事が当たり前の世界だった。 けれども一人の魔法使いが、そうしてどこにでもあった世界中の魔力を一振りの剣に閉じ込めてしまった。 その時から、魔法は誰もが使えるものではなくなった。 モノでも生き物でも、勿論人間でも、本人が保持している魔力が一定以上あれば魔法を使う事はまだ可能だったが、そこまでの魔力を持たない殆どの人間は魔法が使えないのが普通という世界になってしまった。 大多数の人間が魔法を使えないのなら、魔法を使える者は存在するだけで一般人の脅威である。 だからやがて、人々は魔法使い達を迫害するようになり、多くの魔法使い達が命を落とすことになった。 そこで魔法使い達は互いに協力し合い、魔法の研究自体は勿論として、迫害されずに一般人と共存できる世界を目指す方法を考える事にした。 剣の魔力を開放して、昔と同じ、魔法が普通に使える世界を目指そうという意見もあったが、その方法に見当もつかなければその剣は人――魔法使いにとっては特に、危険すぎて触れられさえしなかった為断念された。 そうして一般人と共存する為の様々な方法が考えられたが、その中で彼らは一つの発見をする事になる。 確かに、保持魔力が低い人間は魔法を使えない。 だが、いくら魔力が低くても複数人の魔力を繋げば魔法が使えるようになる。 さすがに全員が一斉に好き勝手に魔力を使う事は出来ないが、複数人の魔力を繋げる事でその中の数人が全員分の魔力量の許容範囲内で魔法を使う事は可能だったのだ。 そもそも、人が魔法使いを迫害しだしたのは自分達にない力を使うから。 誰でも皆が魔法を使えるなら迫害は起こらない。 そして、発見した方法を使えば一般人でも魔法が使えるようになる。 だから一人の青年――クリュース初代王アルスロッツが魔法ギルドに協力を求めた時、ギルドはある計画と共に建国の暁には魔法使いと一般人が共存する国にしてくれる事を条件として契約したのだ。 その計画とは、魔法を使う宗教を作り、それを新しい国の国教とする事であった。 魔法使いが魔法を使えばそれは恐ろしい魔の力と呼ばれるのに対し、神の名のもとに使えばそれはただの奇跡となる。人々は恐れず受け入れてくれるだろう。そして、その神の信者となった者同士の魔力を繋げれば信徒達も魔法が使えるようになる。選んだ神を崇める事で誰もが奇跡の力を使えるようになれば魔法使い達を迫害する必要がなくなる。 それが、魔剣の魔法使いがシーグルに隠していた魔法使いの秘密。 神がいないのなら、自分は誰にあの男が救われる事を祈れば良いのだろう。あの絶望しかない男を置いていくだろう自分の代わりに、誰があの男を救ってくれるのだろう。 アルワナの術が耳に聞こえてくる。意識が薄くなっていく。心の奥にいる魔法使いサテラの笑い声を微かに聞きながら、シーグルは暗い闇に意識を飲み込まれた。 自分は何をしていたのだと、セイネリアは考える。 どれだけ無能で愚かだったのかと自分自身を心の中で罵倒する。 それでも、起こった事はないものには出来ない、今を事実として受け止めて、それに対応する事を考えるべきである。 ――それでも、やれることが何もない場合はどうしろというんだ。 思考はそこで止まる。今やれること、なんて何も思いつかない。頭に浮かぶのは後悔だけしかない。 ベッドの上に眠るシーグルを見つめながら、セイネリアはとりとめもなくただ自分の愚かさを責める事しか出来なかった。 レストとラストが懸命に術を唱えている、数人の魔法使いが何か言い合いながらシーグルの周りであれこれ術を試している。セイネリア自身には何もできない、魔法使い達が何か策を見つけてくれるのを期待して待つ事しか出来ない。どれだけ惨めな無能だと自分自身を嘲笑うだけだ。 セイネリアがヴィド邸で罠にかかっている間に、シーグルは魔法使いに体を乗っ取られた。いや、まだそれは完全ではない。だがこのまま手をこまねいて何もできずに放置すればそうなる事が分かっている。 シーグルは言った、一度死ぬ事で魔法使いの魂だけを追い出し蘇生するのを許可してほしいと。 セイネリアはそれに了承の返事を返せなかった。返せる筈がなかった。 とりあえずはエルの提案で、シーグルを眠らせてその間に出来るだけの方法を探る事にはしたが、魔法使い達は状況を説明した当初から根本的に解決できるような安全で確実な案はないと言っていた。 シーグルの言い分は正しい。 もし、シーグルではなくエルやカリン、もしくは自分自身の事であったなら、セイネリアは迷う事なく死んでから蘇生して魔法使いを追い出すというシーグルが言っていた賭けに乗っただろう。 だが、彼を一度殺す、蘇生出来ない可能性がある――そう考えただけでそれはだめだと心が拒絶する。彼の死が怖くてたまらない。 「――い、おい、聞いてるか？」 いつの間にか魔法使いがこちらに向かってきていて、セイネリアは眠るシーグルの顔から魔法使いへ目を向けた。 金髪に仮面をつけた魔法使いは大きく息を吐きだすと、いい案などないというのが分かる暗い声で言ってきた。 「とりあえず、こっちで出せる案だが……ここじゃなく、別室で話そう」 「あぁ……」 返事を返せば、金髪の魔法使いは他の魔法使いに合図を送る。それでその場から魔法使い達は消えて、セイネリアも金髪の魔法使いクノームと共に部屋を出た。何度も、ベッドの上のシーグルを振り返りながら。 --------------------------------------------- そんな訳でサテラを追い出せない場合のストーリーです。 |