希望と陰謀は災いの元




  【6】



 新政府はセイネリアとロージェンティの手腕によってすごい勢いで国の改革を進めて行き、今ではもう安定期に入っている。王政のいいところは王――この場合は王本人ではなく実際の権力を握っているロージェンティとセイネリアだが――に優秀な者がつけば一気に改革が進んであっという間に腐った部分を浄化出来る事だろう。ただその逆も言える訳で、悪い人間が上につけば改悪も一気に進んでしまうのだが。
 ただまぁとりあえず、少なくともこの国の今の王様を見れば暫くは安泰って奴かな、とラークは思う。あの頭のいい将軍ならこの国が長く続けられるようにいろいろ考えているだろうし、何より魔法使いという存在もいる訳で、他の王政の国のように一気に悪くなる事もないだろう。
 そんなところで、現在『平和』という言葉そのままなクリュースだが、平和なら平和なりにいろいろ仕事は出来るモノである。今日のラークの仕事も『平和』だからこその仕事な訳で、それがリシェの領主としてのラークにとっては特殊イベントを抜かせば一番の大仕事ともいえるものなのだから困ったものだ。
 それでも可愛い甥っ子の為ではあるので、勿論ラークもそれに文句を言ったり嫌だと思った事はない。……まぁ、面倒だと思った事はあるのは認めるところではあるが。

 ラークが部屋に入ると、待ってましたといわんばかりに椅子から飛び上がる勢いで立ち上がったこの国の国王に、彼は立場も忘れて軽く笑ってしまった。

「陛下、呼ばれるまでは座っていて下さいませ」

 言われて途端、少ししゅんとして座り込む姿には更に笑えてしまう……がそこはラークも顔に力を入れて、どうにか笑みを収めると深くお辞儀をした。

「お迎えに上がりました、陛下」

 今度は立ち上がったロージェンティを見てからおそるおそる立ち上がると、シグネットは満面の笑顔でラークに笑いかけた。

「ん、ご苦労であった」

 そこでラークは連れて来た部下のウルダとリーメリと共に頭を上げ、シグネットを導くように前を歩きだした。これからラークはリシェの領主として、国王一行を無事リシェへ連れて行く仕事があるのだ。

 今日は三月に一度の、国王が摂政と共にリシェを訪問する日であった。表向きはリシェの民への礼を兼ねて街の通りを軽くパレードしてリパ神殿にあるシルバスピナ家の霊廟へ行くのが目的だが、3年前からはもう一つの理由が出来ていた。
 霊廟へ行った帰りにシルバスピナ家の屋敷によって、その敷地内の別館で暮らしているロージェンティの母親、つまりシグネットからすれば祖母に当たる人物に会う事。シグネットにしてみれば今ではそちらが一番の目的になっているくらいで、勿論祖母のサディーアはそれ以上にその日を楽しみにしていた。

 三年前、いきなり将軍から連絡があってリシェの屋敷にある別館を彼女に貸してやってほしいと言われた時は、あまりにも急な話で受け入れ側のシルバスピナ家は大騒ぎになった。それでも、屋敷を誰も使っていなかった事と、かといって完全に放置をしている訳でもなく管理役の夫婦がきちんと掃除はしていた事で、どうにか連絡を受けた三日後に無事彼女を迎え入れる事が出来た。
 最低限の荷物と使用人だけを連れてやってきた彼女だが、城側とリシェとの取り決めで彼女の生活や警備等についての費用は摂政が持つという事になって、残りの使用人達もやがて殆どがこちらへ移ってきた。使用人達の住居を決めるのが多少は手間ではあったが、もともとヴィド家の屋敷も使用人達を夫人が生活出来るぎりぎりにまで減らしていたこともあって、さほど問題もなく彼女は完全にリシェの住人となった。

 彼女の趣味は庭の植物たちを楽しむ事であったので、連れて来たお気に入りの庭師が早速リシェの別館周りの改造に手をつけて立派な庭園を作り上げると、それが評判になって周囲の裕福な商人達が見に訪れるようになった。もともと貴族中の貴族と言われたヴィド家において屋敷の丁度品から庭回り全てを仕切っていただけあってサディーアはその辺りのセンスが良く、庭の鑑賞と共にそれらのアドバイスを受けにくる周辺の大商人達によって彼女はすっかり人気者になっていた。

 しかもラークは植物系魔法使いであるから夫人やその庭師とも話があって、特に庭師はラークが合成した植物を渡せばその面倒を見てくれたからとても楽が出来るようなった……もとい、有り難かった。ラークが作った温室もこの庭師が中心となって手入れをしてくれる為、心置きなく温室に研究植物を詰め込むことが出来て、他の植物系魔法使い達から所蔵植物に関しては一目置かれるようにもなった。ちなみに商人の街の領主というのは便利なモノで、『領主様は珍しい植物を持って行くと喜ぶ』というのが広まってからは商人達がこぞって外国の珍しい植物を持ってきてくれるようになってラークの温室は日々規模を拡大する一方であった。最近では師匠のダンセンや大師匠のウォルキア・ウッド師が度々温室を訪れては植物を貰っていったり、逆に植物を持ち込んで温室で育ててみて欲しいと言われたりするのもあって、植物系魔法使いとしてのラークの名声はハッキリ言って魔法使いの間では領主として以上である。

――ほんと、世の中ってのは何がきっかけで人生変わるか分からないよね。

 最近ラークは今の自分の状況を顧みてよくそう思う。魔力は割合ぎりぎりだから魔法使いになれるとは思っていなかったのが、今では植物系魔法使いでは知らぬ者がいないという植物所蔵量では一番の魔法使いにになってるし、そもそもリシェの領主になるなんて夢にも思った事がなかったから『人々から頭を下げられる立場の自分』というのがもうおかしい。
 それで面白いのはそれらが噛み合わさって嘘みたく良い方に行っている事で、思わず『世の中ってのは実は実力より運や環境の方が重要なんだな』なんて最近では思うくらいだ。

 まぁちょっと愚痴を言うのなら、それらが全部、ある意味あの下の兄のおかげ……というところくらいだろうか。ここまで彼に関する秘密を知って、ある意味兄弟以上に近しい彼の身内達と関わるようになっても、未だに彼に関しては非の打ちどころがない人物、という評価しか出来なくていっそそれを更に確信してしまうのだからなんというかラークとしては感謝はしているのだがムカつきもする。更に言えば、そんなに善人過ぎる上に才能もあって努力も惜しまない人物が、いつでも辛い道を選ばなくてはならなかったというそれにもムカつく。なんというか、そこまで『良い人間』が酷い目に合うなんて理不尽だ、なんて出来過ぎて嫌いな彼に対してもそう思ってしまう。

――まぁでも……笑ってたからな。今は幸せなんだろうな。

 彼の辿った人生のエピソードだけを知ると理不尽な程辛い道を歩んでいるとしか思えないのに、今の彼は会うたびに笑っている。しかもあの将軍相手に怒って拗ねて……なんというか子供っぽい表情を良く見せて、責任ある立場としていつでも緊張感を纏っていた彼の姿からはある意味別人のようにも見える。それは、今まで背負っていた重圧を全て捨てられて、守る側だったのが守られる側にもなって、愛されて……その所為、なんだろうか。

「愛かぁ……愛ってなんだろうな」

 ぽつりとラークは呟く。
 空はどこまでも晴れていて、雨の気配なんてない。首都からリシェへ続く街道は人が多いが、先頭の兵士が道を空けろという前に人々は道を開けてくれて、通り過ぎるまで頭を下げている者もいれば手を振ってくる者もいる。たまに後方でわっと歓声が上がる時があるが、それはおそらくシグネットが窓越しに顔を出して手を振っているのだろう。リシェの領主は誇り高い騎士の家であるから、首都からの客人を送り迎えに行く場合は馬車ではなく騎乗する事になっていて、ラークも一応はがんばってその伝統を守っている。最初は苦手だった乗馬もさすがに今では大分慣れた。少なくともリシェと首都間くらいなら余裕も出来て、ぼうっとしてても落馬や馬の暴走なんて事はない。

――うん、平和だよね。平和で今の生活は順調で文句はないんだけど、さ。

 ラークは軽くため息をついた。
 フェゼントはウィアと恋人になってからはとても明るくなった。愛する人が傍にいれば幸せだと普段からいいまくっているウィアの言葉を肯定するのは癪だが、そこまで人生というか気持ちまでもが全部変わる程のものなのだろうか……とかも考えてしまう。考えてみればラークは『好きだ』という言葉を意識した事はあるが、『愛してる』という言葉を意識した事もなければ口にした事などある筈がない。だから正直……愛というのがどういうものか分からない。

「あの、ヴァンテア様、そんな事を考えるよりまずは結婚してみるのはどうでしょう?」
「後から育む愛というのもありじゃないですか」
「うー……いや、言いたい事は分かるけどさぁ……」

 呟いたらすかさず反応した、供のウルダとリーメリにラークは思わずしぶい顔をする。領主の直属の部下として、ラークの年齢的にいい加減結婚して欲しいと思う気持ちは十分分かっているしラークもその覚悟はあったから領主になったのだが……なんというか、兄二人の『愛』で人生が変わった様子を見ていた所為か、もうちょっと結婚する人物とは感情的にコレという何かを感じてみたい、という気持ちもあった。心にガーンと来るような特別な気持ちを感じた相手を見つけたいというか――まぁ、ちょっと良さそうって思う人ととりあえず結婚して後からじわじわ感じる愛情というのもいいそうだけど――説得してきた他の部下や議会の大商人達の言葉も思いだして最近そう考えてもいるのだが。

 幸い、家柄に拘って反対するような小うるさい親兄弟はいないし、議会の大商人達や部下達も古臭い身分違い云々言ってくるようなのはいないしで、余程の問題がある人物でなければ女性であればだれを連れてきても祝福されるだろうというのは気楽である。とはいえ領主の妻ともなると女性側もそれなりの覚悟が必要となって、さすがにちょっといいなと思ったくらいの女性に声を掛ける訳にもいかない。これでもラークはちょいちょいとほんのり程度の恋心を女性に抱いた事があるのだが、大体相手にされないか、暫く見かけなかったら別の男とくっついてるか、もしくは人が変わっててドン引きするかのどちらかであってちゃんと告白した事はなかった。

「ちなみにどういう女性がお好みでしょう? それによっては探してみますが」
「えー? うーん、優しい人、かなぁ。にーさんみたく料理上手とかいいよね」
「いえそのヴァンテア様、貴婦人はご自身で料理はされないかと……」
「……イメージだよイメージっ、それくらいいいじゃん」
「イメージ、ですか……」

 聞いたところではウルダは割合女性の知り合いが多いらしい……本命は男のくせに。まぁそれはいいとして、理想の人となるとまずフェゼントが浮かぶ辺り自分も相当のブラコンだなぁという自覚はある。

「うーん、それ以外となるとやっぱ……趣味が合う人、とかもいいかなぁ」

 見えて来たリシェの門を眺めて、ラークは少し口元を緩めて思う。植物系魔法使いの領主の街だからと、首都セニエティに続くリシェの門は現在、年中華やかな花や植物が飾り付けられているのだった。



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 ちょっとラークのお話が混じってきます。
 



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