将軍側近の難儀な日々




  【2】



 セイネリアが将軍になったのは何の為か。口喧嘩ついでにそれを思い出してしまって、そうして毎回律儀に怒れなくなるのだからやはり甘い――そう思うセイネリアだが、自分にだけ厳しいシーグルも、ちょっと罪悪感を突かれて甘くなるシーグルも、愛しくてたまらないのだからどちらにしろセイネリアに損はない。

 翌日のセイネリアはちゃんと一日中大人しく事務仕事をした。勿論、約束を守って前日分を含めたその日の仕事を終わらせた。更に言えば翌日分にしておいたものもやれるものはやった。シーグルが驚くくらいの仕事量を終わらせたためかその日の夜、彼は素直に称賛したあとこう言った。

『まったく、本気でやればこれだけ早く終わるのに、なんでいつもは時間が掛かってるんだ』
『そんなのお前も分かってるだろ』

 言えばシーグルの顔が引き攣る。

『……あぁそうだな、合間合間にお前が俺にあれこれ手を出してくるからだ』
『そうだ、だから普段の一日の仕事量はその時間も考慮して決めてある』
『いや、お前がもっと真面目にやればキール達の負担が減るだろ』
『俺がやらなくてもいい仕事は極力俺以外がやった方がいいだろ』
『だから……』

 反論しようとしたシーグルはそこで言葉を止めて頭を押さえた。昨日の会話の繰り返しになると分かったのだろう。

『お前は……俺とべたべたするために部下に負担を掛けてるのか』
『当たり前だ、俺が何のために将軍になぞなったと思ってる』

 それを笑って言ってやればシーグルは何も言えなくなる。セイネリアが将軍になったのはシーグルと共にいる為――それを彼も分かっているからだ。前王を倒したのも、シグネットを王にして守っているのも、将軍としてこの国の改革をしたのも、国内外に睨みを利かせているのも、全部が全部シーグルが心を残すことなくセイネリアの傍にいられるだけのためにしたことである。
 ただ言い方を変えればセイネリアとしては全て自分の為にやったことであるからシーグルに恩を押し付けるつもりはまったくない。
 だから恩着せがましく自分のしたことを主張する気はまったくないが――たまにそういう話になると、シーグルがセイネリアに対してちょっと甘くなるのは存分に楽しませてもらっていた。多少調子に乗ったくらいでは怒らなくなるから話の流れでちょっと彼の罪悪感を刺激することはある。

 とはいえ、その日は大人しく彼を抱きしめて多少いつもよりキスがしつこい程度に抑えてそのまま眠った。こういう仕事を約束通り大量に終わらせた日はその後を彼も覚悟していただろうから、おそらくシーグルも少しは疑問に思っていただろう。

 けれど何事もなく朝になって、その日は登城する日であったから朝食も手短に済ませて――たまに朝食でシーグルを構い過ぎて昼近くになる日もある――そうして謁見を済ませた後で、セイネリアは兼ねてから考えていたことを実行に移すことにした。

「閣下、どちらへ?」

 普通いくら将軍という立場にあっても、城を好き勝手に歩き回っていい筈はない。ついでに言えば普通その立場の人間ならもっと警備の者をぞろそろ連れているからどこへ行こうと目だって居場所が分からなくなるということもない。
 ただセイネリアに関してはそのどちらも当てはまらない。そもそもセイネリアに注意を出来る者などいないし、警備など必要ないから一人か側近のレイリースだけを連れ歩くのがいつものことだ。当然、尾行しようなんて思う馬鹿もいないから城の中を好きに歩いてどこかにいなくなるのも割とよくあることであった。
 まぁそれで消えたまま夜まで出てこないなんてことはなかったし、将軍に何かあった……なんて心配をするものもまずいない。最初は流石にそれを摂政に言いにいく者もいたが、そもそも摂政も王もセイネリアに関しては全面的に何をやっても許可という態度なので誰も気にしなくなった。

 と、いう訳で、セイネリアが謁見後に城をうろつくこと自体はたまにある事なのでシーグルも大人しくついてはきていたのだが、来たことのない場所へいけば彼も不審に思うのは当然のことだろう。

「秘密の場所だ」

 言えばシーグルは黙るが、背後から何かいいたそうな視線は感じる。勿論今は無視する。
 城の中はところどころが魔法によって通路や部屋が隠されていたり、自動転送前提で移動するようになっているため、目で見える通りに進めなくなっている箇所が多い。だから慣れない場所へ行ってしまうとまず迷うのだが、そのために間違ったルートに進むと大抵決まった場所に戻されるようになっていて、城の中で行方不明になる者が頻発することはなかった。一応導師の塔でもたまにへんなところに迷い込んでいる者がいないか監視もしているそうだから、城で遭難していなくなった者は今のところはいない。

 ただこの仕掛け、セイネリアの場合だと少し困った問題があった。
 魔法はより強い魔法で打ち消せる――ということで、黒の剣の魔力を纏っているセイネリアにはこの城内の魔法仕掛けがことごとく効かないのだ。理論的には術者の魔力をセイネリア自らが受け入れれば魔法を受けることが出来るのだが、この魔法を設置した魔法使いなど既にこの世にはいない。
 だからセイネリアだけは行きたい場所があれば物理的に繋がっているルートを使って城内を歩かなくてはならなかった。そのため他の人間と歩くルートがそもそも違う……というのもまた、セイネリアが勝手に城内の普段誰もいかないような方向へ行ってしまっても誰も気に留めない原因の一つではあった。

 そうして暫く歩いたセイネリアは、細い通路の前くると足を止めた。勿論シーグルもすぐに足を止めたが、少し距離があったために軽く手招きをする。

「レイリース、こっちへこい」
「何があるので……うわっ」

 近づいてきたシーグルの足と背に素早く手を回すと、セイネリアは彼の体をそのまま抱き上げた。

「待て、何をしてるんだお前はっ」

 人がいないのもあって普段通りの言葉遣いになって怒った彼に、セイネリアは楽しそうに答えた。

「ここから先は設置魔法にひっかからないようにしないとならない。だから暫くの間大人しく抱かれとけ」

 まだ文句を言おうとした彼は、それで一応黙った。
 そうして細い通路を歩きだせば、彼がぽつりと呟いた。

「あぁ……ここは通路なのか」
「お前にはどう見えた?」
「物置のような小部屋だ」
「成程」

 セイネリアには見た目を変える魔法も効かないから見えたままに歩いてるだけだが、彼には魔法で作った嘘の見せ掛けが見えているのだろう。

「安心して話していいぞ、この辺りは誰もこない」
「だろうな」

 彼の声が少しばかり不貞腐れているのは体勢のせいだろう。彼はこうして女性を抱き上げるような体勢で持ち上げるとすぐに拗ねる。
 その様子がたまらなくていつもならキスをしてしまうところなのだが、流石に今の彼は兜までしっかり被った完全甲冑姿で、こちらも仮面付きであるから我慢するしかなかったが。

「随分人が来てないんじゃないか?」
「かもな。魔法使いどもが一応危険はないか定期的に見ているとは思うが」

 導師の塔は宮廷魔法使いとして王からの相談や仕事を受けるだけではなく、城内の点検や監視作業も行っている。滅多に人のこない場所でも、設置魔法の確認をすために定期的に確認はしている筈だった。……特に、ここは。

「もうすぐだ」

 塔の中の狭い階段を上がっていけば前に光が見えてくる。それはシーグルにもそのまま見えているらしく、彼はそちらに目を向けた。

「外へ出るのか」
「あぁ、塔の上だ」

 階段を登り切って外へ出れば屋上に出る。塔の上は凹凸のある胸壁に囲まれていて、へこんだところから下を眺めれば城下に広がるセニエティの街が良く見える。
 下ろしてやればシーグルはすぐに下を眺めて、楽しそうな声で呟いた。

「ここは南の方にある塔か、どこだろう、この高さの場所があっただろうか」
「場所は南西の外れだな。外から見えないようになってる。シーグル、こっちから見てみろ」

 南を見ている彼に右側を指さす。つまり西側だ。東側は他の塔が邪魔でよく見えないが、西は障害物がなくずっと先まで見る事が出来た。首都の西といえば当然ずっと遠くに海が広がっていて煌めく海面の手前には……。

「あぁそうか、ここからはリシェの街が見えるのか」

 城の中でここ程リシェが良く見える場所はない。なにせもともとここを作らせた者はそのために作らせたのだから。
 黙って遠くからかつて自分が治めていた地を見つめるシーグルの背を抱くようにしてセイネリアは彼の後ろに立つ。それからつい彼の頭に顔を近づけてから、気付いて邪魔な彼の兜を持ち上げた。

「もうこれは取れ、誰もこない」
「あぁ、分かった……分かったから無理やり取ろうとするな」

 シーグルが笑って兜を取る。セイネリアも仮面をとって彼に顔を近づけていけば、彼は大人しく唇を合わせてくれた。

「ン……」

 機嫌がいいのか彼の手がすぐにこちらの肩に回される。セイネリアは彼の口腔内に舌を入れると、じっくりその中の暖かい感触を確かめた後に彼の舌に絡めた。やはり大人しく舌を合わせてくる彼の手がこちらの肩を掴む。セイネリアは唇と同時に体を彼に押し付けた。深く舌を絡めて体を軽く擦り付ける。彼の頭を抱いて、髪を撫でて、一度唇を離して汗に張り付いた前髪を払ってから再び口づける。

「ぅ……ン」

 鼻を鳴らして、彼の足から力が抜けるのを見計らってそのまま彼の体を支えながらゆっくりしゃがんでいく。座り込んでしまった彼にまた上から唇を押し付ける。何度も、何度も、唇を離しては彼の顔を眺めて、再び口づけて、そうして座った状態から更に彼を地面に寝かせる。
 けれど、キスはそこまでにする。そこから暫く、ぼうっと空を眺める彼を眺めながらその髪を撫でていれば、ふいに彼が苦笑してからこちらを睨んだ。

「お前、まさか……ここへ連れてきたのは、ここでヤるためか?」

 セイネリアは返事をせずに、にやりと笑って彼の額にキスを落した。

「ここは初代クリュース王アルスロッツが作らせた。彼がひとりになりたい時の秘密の場所だ」
「そうだったのか……」
「この間、摂政殿下が眠りが浅くて困っているというのの治療にレストとラストを連れてきたろ、その時にあいつらが本人に教えてもらったそうだ」

 黙って髪を撫でられていたシーグルも、それは少しぎょっとする。

「待て、本人というのは」
「アルスロッツ本人だ。アルワナの神官は死者と対話が出来るというのは知っているだろ」
「確かにそれは知っているが、まさか……」

 セイネリアは彼の目元と頬にキスを落しながら話す。

「ついでに言うと、あいつらがここで初代王と会ったのは二回目だ」
「二回目って、前――ーン」

 そこで彼の頭を持ち上げて再び唇を合わせる。今度は容赦なく、彼の思考が飛ぶまで、思うまま彼と唇で繋がって彼の口腔内を味わうことにした。



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 はい、このまま次回はエロ。
 セイネリア、実は外でじっくりしっかりシーグルを見てヤりたかっただけじゃ……。



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