シーグルとセイネリアのアウグ旅話 【11】 氷祭り当日の朝、ゴダン伯爵の機嫌は悪かった。 「まだ連絡がつかないのか?」 「はい、その……向こうに向かわせた者が皆戻らず……やっと今朝行かせた者が帰ってきたのですが、あのあたりを縄張りにしている連中が歩き回っていて倉庫に近づけないということで……」 「そのへんのごろつきなどに手間取っているのか」 「何分、腕のある者は皆倉庫にいますので……」 歯切れの悪いアーサーの報告を聞きながらゴダンは舌打ちをする。 昨夜、あの青年を引き渡した後以降、向こうの連中と連絡がつかなくなった。どれだけ呼び出しを掛けても誰も来ない上に、人をやって様子を見に行かせてもこのありさまではらちがあかない。 もしかしたら倉庫にいた連中が『商品』を持って逃げてしまったのではないか。今夜にも客達が来るのにどうするか――と、さすがに自身が行く訳にもいかずゴダンはずっと苛立ちの中にいた。 そんなゴダンのもとに、来客を告げるベルが鳴った。 嫌な予感に、まさか、と思っていたゴダンだったが、応対に出たアーサーから告げられた言葉に舌打ちどころか文句が出る。 なにせレザが、知人の貴族を連れてまた挨拶に来たというのだから。 「あの……断りましょうか?」 「誰がいた?」 「え? あ、その、ブレッゼ男爵がご夫妻で……あとはダッガ伯爵とクォロ伯爵で……」 「なら断れはしないだろ、客間に通しておけ」 レザが言うには、祭り見物のために彼を迎えに来た友人がついでにこちらに挨拶をしたいと言うから連れてきた……という事だが、白々しいとしか思えない。 とはいえここで断る訳にはいかない。特にダッガ伯爵は軍の公安部隊の責任者で、この街の警備にも口を出せるような人物だ。レザがこちらに不利な話を吹き込んでいるなら、ここでヘタに断ったら怪しまれる。 ――なら昨日と同じく、ただの挨拶だけでさっさと追い返せばいい。 「これは皆さま、わざわざ訪ねてくださって申し訳ございません」 「朝の忙しい時に悪かった、ゴダン伯もここに泊まっているという話をしたら、皆ぜひ挨拶をしていきたいということでな」 ――ふん、やはりレザがわざわざ連中に言ったのか。 「いえ、私も皆様にお会いできてうれしいです」 「そうか、そう言って貰えると助かる」 ――さっさと帰れ、この脳筋男が。 顔には笑顔を作りはしても内心悪態をつきながら、ゴダンは『客』達の様子をうかがう。今のところ表面上は皆笑みを浮かべているが、周囲を見回している辺り何か疑っているのかもしれない。 「しかし良い部屋を借りているのですね。全部で何室くらいあるのです?」 きょろきょろと見ていたブレッゼ夫人がそう聞けば、それに何故かレザが答える。 「確か5,6室あるのではないかな。特にウリは庭付きの広い食堂だとか」 「まぁ、宿の部屋で庭があるのですか、素敵ですわね」 ――余計な事を。 とはいえこの流れなら、当然こちらとしてはこう言わなくてはならない。 「でしたら御覧になりますか?」 「えぇ、ぜひ」 立ち上がったブレッゼ夫人に合わせてゴダンが立ち上がれば、当然のように他の連中も立ち上がる。忌々しくはあるがここで断ったら怪しまれるから仕方ない。 「まぁ素敵、これならちょっとした夜会が開けますわね。もしかして予定があります?」 「フレア、この時期に外に面した部屋で夜会は……」 「あらそうでしたわね」 はしゃいでいるブレッゼ夫妻はいいとしても、そのほかの連中……特にレザとダッガの行動に注意していれば、そこでレザがこちらを向いてゴダンは少しだけ驚いた。 「そういえばゴダン伯爵はもう、知っているだろうか?」 「……なんの話でしょう?」 「最近この辺りで行方不明者が出ていたそうなのだが、昨夜その者達が見つかったらしい」 驚きにゴダンは一瞬思考が飛びそうになる……が、急いで表情を取り繕うとレザに返した。 「そんなことがあったのですか。それは解決してよかったです」 連絡がつかなかった原因は倉庫の連中が捕まったからか――ゴダンは必死に考えた。娘たちはまだこの部屋に来た事はないし、あそこにいた連中がこちらに雇われたといっても証拠はないからシラを切り通すことは可能だ――だから、まだ大丈夫だと自分に言い聞かせる。 「それで、実は私のツレも昨夜攫われていてそこで見つかったのだが……」 「それは大変でした、だが見つかって本当によかった」 「あぁまったく。それでこれを見てもらいたい」 そういってレザは何か平べったい石を取り出してみせた。ほのかに一部が光っている石に、他の者達も集まってくる。 「なんですのそれは?」 「もしかしてクリュースから持ってきたモノでしょうか?」 ゴダンは嫌な予感がした。レザはわざわざこちらを見ながら笑って言う。 「あぁ、かの国で貰ったものでな。『引かれ石』と呼ぶそうだ。これは2つセットになっていて、こうして光っている方が対になっている石のある方向を示すようになっている。つまり、これを別々の人間が持っていれば、互いに相手がいる方角が分かるというものだ」 「ほぅ、それはつまり森や街ではぐれても相手がいる方角が分かるということですかな」 「その通り、便利だと思うだろう?」 「確かに、それはいいですな」 ――どういう事だ、何が言いたい? 最初はそう考えたゴダンだったが、すぐにレザの言いたい事を理解する。そうだ、あの青年を着替えさせた後、服をどうした――考えているうちにゴダンの顔色がどんどん青ざめていく。 「この石と対になる片割れの石は昨夜攫われた私のツレに渡していたのだが、見つかった時に彼は服を変えられていてその石を持っていなかった。それで今、この石の指している方向みると……どうみてもこちらの部屋を指しているのだが、ゴダン伯爵は理由をご存じかな?」 思わずゴダンはそれで石の指す方面にある部屋――専用厨房の方を見てしまった。それでレザがにやりと笑うとそちらに向かって歩きだす。 「待ってください、勝手には……」 止めようと行きかけたゴダンは、だがレザではなくダッガ伯爵に前を塞がれて足を止める事になった。 「ゴダン伯爵、昨夜攫われた者達を見張っていた連中が貴方に雇われたと言っているのです。勿論、証拠はないですからただの戯言の可能性はあります。貴方が身の潔白を訴えるのであれば、ここは大人しく待っていただけますか?」 レザに続いてブレッゼ夫妻とクォロ伯爵が厨房へと歩いていく。当然ゴダンはそれを止める事も出来なければ先に行って証拠を隠滅する事も出来なかった。 やがて向こうから、あったぞ、という声が聞こえてきて……それからレザと他の連中が出てくる。 「ダッガ伯爵、やはりここにあったぞ。わたしのツレの服だ。ここに我が家の紋章が入っているのがなによりの証拠」 レザが言えば、ブレッゼ夫妻とクォロ伯爵がそれぞれ言う。 「確かにここにあったと、私たちが証人となります」 ゴダンの足から力が抜ける。 ガクリと膝を折ってその場に跪くと、そのまま床に座りこんだ。 ――そうして事件の黒幕としてゴダン伯爵は捕まった。 そこから客達も辿る事が出来たから、シーグルのいた『倉庫』にいなかった女達も無事保護する事が出来た。ただ……買われた以上完全な意味での『無事』ではなかったのだが、そこはレザがとんでもない解決案を言い出した。 『3人か……なら、ウチの布の館にくるか?』 シーグルとしては吹き出すレベルのとんでも発言だったのだが、言われた女達がそれで喜んでレザが引き取る事になったため文句は言わなかった。この辺りはアウグ人の感覚の違いだろうとシーグルは思う事にした。 今回の件だが、最初に宿から聞いた話では『売春行為』という事だったが、そういう目的と言えば間違ってはいないものの実際のところ行われていたのは人身売買だった。ただ、今までは細々と隠れてやっていたゴダンが今年からやけに派手に人数を扱うようになったのには理由があった。 例のつぶれた教会でたまたまあの地下室を見つけ、そこでクリュースからこっそり持ち込んだらしいかなりの量のあの眠り石を見つけたからだ。 石を手に入れたことで簡単に攫う事が可能になり、更にあの地下室を『倉庫』として使う事で大勢の人数の取り扱いが可能になった。それでゴダンは一気に手を広げ、スキモノそうな貴族に声を掛け回った。宿の部屋は客達との交渉や女を引き渡す場所として使っていたらしい。ちなみに最初に宿に投書をした貴族の名は結局分からなかったが、そうしてゴダンから客として声を掛けられた貴族の誰かだろうと思われた。 「つまりあの教会は、もともとクリュースから仕入れた魔法アイテムを保管しておく『倉庫』だったのか」 セイネリアとレザからすべての事情と事の顛末までを聞いたシーグルは、感想としてそう締めくくってため息をついた。 「そういうことだ。恐らく不正がバレて捕まったデラ教の偉い誰かが使っていたんだろ。本人が捕まったから放置されたという訳だ」 シーグルもセイネリアがあの内乱の前にアウグに来て何をしたかを聞いていたから、そういう事なら納得できる。……まぁ、その話はそれでいいのだが……。 「セイネリア、いい加減離してくれ」 「嫌だな」 即答で返されてシーグルは軽く眩暈を覚える。 なにせシーグルは今、ソファの上に座ったセイネリアの膝の上に座って完全に彼に抱きかかえられている状態なのだ。例の『倉庫』からここへ帰ってきてから彼は一時も自分と離れようとはせず……というかほぼずっとこうして抱きかかえられている状態で、最初は仕方ないかと黙って好きにさせていたものの、夕方になってレザがいろいろ全部の始末をして帰ってくるまで……いや、こうしてレザ達と話をしている最中もこの体勢をずっと強いられていて正直困っていた。 ……というか、いつもならこんな体勢でずっといたら絶対に嫌味の一つ二つ言ってくる筈のレザがスルーして話を進めているのも不自然なのだが。なんだかレザを見ると、諦めたような……わざと目をそらしてこちらを見ないフリをしているような不自然さがあった。 思わずシーグルは、セイネリアに抱きかかえられて頬刷りされたりこめかみにキスされたり髪を撫でられたり耳をあまがみされたりしながらも、レザに不審の目を向けた。 「あー……なんだ、いやまぁ今回ばかりはなぁ」 どうやらレザはこちらの視線の意味に気づいたのか気まずそうに頭を掻き出した。 「そいつからお前を離したらマズイだろうなぁ……と思ったからな。暫く落ち着くまでは好きにさせておかないと危険そうだしな」 なんだろう……シーグルは妙に嫌な予感がした。 「何かあったのか?」 「何もない」 と言ったのは勿論、絶賛こちらにベタベタしまくっている男だが、レザはどこか引きつった笑みを浮かべて言ってきた。 「あー……なんというか、本気でお前がいないとその男はただの化け物になるというか……まぁ、お前がその男の唯一の良心というか安全装置というかなのはわかった、というところだ」 つまりセイネリアは自分がいなくなったことで相当な事をやらかしたか、やらかそうとしたかしたらしい。 「セイネリア」 「何だ?」 「何があった?」 「……部屋に帰った後なら教えてやる」 そうすれば呆れた声でレザが言う。 「あーそうだなさっさと今日は部屋に帰れ。後の報告はまた後日でもいいだろ。こっちもいつまでもお前たちのそんな姿を見せつけられるのはムカついて仕方ないしな」 その言葉が終わる前に、シーグルはそのままセイネリアが立ち上がるのに合わせて抱き上げられた。 「おいセイネリアっ」 「何があったか聞きたいんだろ?」 セイネリアの声はどこまでも平坦で冷静すぎた。そしてシーグルは、こういう時のセイネリアが怒っていて逆らわないほうがいい事を分かっている。 そうして手を振るレザをちらと見て、後は部屋まで大人しく運ばれることしかシーグルが取れる選択肢はなかった。 --------------------------------------------- 次回はエロ……多分。 |