或る北の祭り見物譚
シーグルとセイネリアのアウグ旅話



  【2】



 シーグルは不思議……というか、訳がわからなかった。

『とにかくまずは貴様がその身分あるやつに聞いてみるしかないだろ。その反応を見てやり方を考えるべきだ』

 協力は嫌だと言っていた筈のセイネリアが、唐突にそういって話に乗ってきたかと思えば、レザにあれこれ相手の反応の見方を教えて食後に早速行ってこい……という話になった。

――俺が言ったことがそんなに楽しかったのか?

 セイネリアが楽しそうに笑っていたから機嫌を直したのはそのせいだとは思うが、単にレザへのけん制で言っただけだから正直訳が分からない。ただ、セイネリアがその気のうちに話を進めたいところではあるのでシーグルはへたな事は言わずに黙っていたが。

「で、どうだったんだ?」

 宿に4部屋用意させたものの、レザの部屋だけは特別いい部屋なのはここでの立場的には当然である。貴族用の部屋となれば広くて部屋数もあり、来客が来てもいいようになっているから全員での話し合いは必然的にレザの部屋でという事になる。だからその部屋でシーグルとセイネリアはレザを待っていたのだが、苦い顔をして帰ってきたレザはその顔のまま苛立ちを込めて乱暴にソファに座った。

「どうもこうも、ゴダン伯は不在だとよ。丁度その前に入っていった奴がいたからそれも言って探ってみたんだがな、そいつは荷物を届けにきてくれただけだと。その割にはすぐ出て行かないなといったら、荷物の説明と確認を別室でしていますので、だとさ」

 問題の部屋を取っている人物はゴダン伯爵という人物だそうで、レザは今その部屋に挨拶に言って来たところだった。たまたま名前を聞いてしまったため無視すべきではないと思い挨拶にきた――くらいに言えば少なくとも対応をしない訳にはいかないだろう、とセイネリアが提案したからだったのだが……。
 レザの言葉にどうする気かとセイネリアを見れば、彼はいつも通りの余裕綽々という顔でさらりと答える。

「想定内だな。だがゴダン伯の名前が否定されなかった段階で、これでもう一手打てる。今度は直接ゴダン伯あてに手紙を書けばいい。どうせここから近いところに住んでいるんだろ?」
「……はい、ゴダン伯爵様は隣の領地ですから……急ぎでしたら一日で着くとは思いますが……ゴダン伯ご自身は今はこの街にいるのでは?」

 こういう込み入った話はラウドゥが通訳として間に入るから、セイネリアは殆ど彼との会話になる。横でぶつぶつ文句を言っているレザの言葉はセイネリアには伝わっていない。

「祭りは3日後、俺はまだ領地にいると思うが、別に既にここにいて二度手間で手紙がここの本人に送り返されても構わん。それならそれで返事は即くるだろうしな」
「手紙の確認が遅れたとか、忙しかった等と言って返事が引き延ばされる可能性は?」
「ない、向こうが急いで返事を返すような内容にすればいい」
「それは……どのような?」
「『ゴダン伯の名前を使って取られた部屋を訪ねたところ、出てきた者がどうにも不審な様子だった。本当にゴダン伯の関係者か、そうでないなら名を語る不届き者であるからこちらで懲らしめてやろうと思って見張っている』……という感じだな」

 こういうのを聞くと、本当にセイネリアは頭がいいとシーグルは感心する。確かにこの内容の手紙なら、もしゴダン伯が名前を使われただけでまったく無実であれば急いでレザにそれを言ってくるだろうし、逆に黒であればレザに目をつけられていては困るから、やはり急いで自分の名前でとっている事を認めて部下の態度を詫びる手紙を書くだろう。

「……流石に、悪知恵が回る男だな」

 ラウドゥから通訳された内容に、レザは顔を顰めながらも感心する。

「脳まで筋肉で出来てそうな貴様とは違うからな」

 それはラウドゥが気を聞かせて通訳しなかったから、またレザが怒りだして話が脱線せずには済んだ。ただまぁレザも色事はともかく、戦闘や貴族間の事情に関してはきちっと頭の回る男だとシーグルはこっそり弁明してやりたくはなったが、それはそれでセイネリアが機嫌を損ねるので黙っていた。

「手紙の反応でゴルダ伯が黒か白かは大体わかる。白なら白でいっそ強引に部屋に押し入って無理やり調べるくらいしても構わんだろうし、黒なら黒で黒幕はほぼ分かっている訳だからやり方はある」
「確かに……そうですね」

 ラウドゥも遅れて聞かされたレザもすっかり感心した顔でセイネリアを見ている。そこでセイネリアは声の調子を変えて楽しそうに言い出した。

「で、貴様はゴルダ伯への手紙を書くとして……こっちは街に出て情報集めだ。娼館と契約もしていないのに女が連れてこられてるなら街で女の失踪事件が起こっている可能性が高い、こういうのは現地の人間に聞いて回るしかない」
「成程……」

 それもそうだと思って声を漏らしたシーグルだったが、ふと気づいて聞いてみる。

「と言っても、いかにもよそ者の我々にそういう話を聞かせてくれるだろうか? 金で買うにしても信用出来る情報かどうか……」

 セイネリアの事だからそれも考えた上だとは思うが、シーグルとしてはそこが気になるのは仕方ない。

「まぁ前なら娼婦を数人買って聞くところだがな。今はそういう訳にいかんが」

 セイネリアが何気なさそうに言った言葉にシーグルは即答した。

「何故だ?」

 セイネリアの表情が固まって、こちらをじっと見てくる。ラウドゥもこちらを難しい顔で見てくる。

「お前が情報集めに娼館巡りをしていたのくらいは知ってるぞ」

 彼の顔を見返して言えば、俺様男の瞳がなんだか……こちらを責めている、というか、恨みがましいというか、なんだか何か言いたそうに睨んできて……正直シーグルは訳が分からず顔を顰めた。

「お前は、俺が娼館に行ってもいいのか?」

 やけに平坦な声でセイネリアが聞いてきたから、シーグルは更に眉を寄せて答えた。

「今更だめだといって何になる、お前のそういう噂を聞いていればそれにいちいち文句を言う気なんかなくなるぞ」

 セイネリアはそれにもため息をつくだけだが、そこでラウドゥが入ってくる。

「……いやその、シーグル様、過去の話は置いて置いてですね、今はその……パートナーである貴方がいて、そういうところにいくのは普通責められるところじゃないかと……」
「こいつに普通なんて言葉を使っても意味ないだろ」
「いやーそういう問題では……」

 終いにはこのやり取りを通訳してもらったのか、レザがこらえ切れないという感じで笑いだした。シーグルにはこの状況がよくわからなかった。ずっとこちらを何かいいたそうな目で見ていたセイネリアはそこで諦めたように視線を外して、なんだか不貞腐れたようにソファの背に思いきり腕を乗せて体を預けると、何処か投げやりに言ってきた。

「別に、そんなことをしなくても真っ当な情報を集める手はある」
「そうなのか?」
「あぁ、その代わりお前に働いてもらう事になるぞ」
「それは別に構わないが……」

 セイネリアは微妙に怒っている。ただ勿論、シーグルにはセイネリアの怒っている理由は分からない。レザとラウドゥは分かっているのか、レザは楽しそうに、ラウドゥは同情するような目でこちらを見ていた。






 フェリスクの街へ出る時に、シーグルがセイネリアから指定されたのは以下だ。
 その1、フードは極力下して顔は基本隠すようにはする。ただしシーグルの判断で問題ないと思った人物には顔を見せてもいい。
 その2、今日のお前の設定はおしのびで街の調査に来たとある騎士だ。もし身分を聞かれた場合はそう言って秘密にしてほしいと相手にいうこと。
 その3、今日は街を歩いてお前の好きな事をしろ。何があってもこっちでフォローしてやるから思った通り動いていい。
 その2はともかく、1は見せてもいいという部分が引っかかる。3に至ってはいつもセイネリアから言われてる事からすれば、本当にいいのか? と聞き返す程逆の内容だ。だがセイネリアの口からはっきりそうしろと言われたのだからそれでいいのだろう、多分。

「……なんというか、それはつまり今日は俺の好きに街を見物して回っていい、という事にならないか?」
「あぁ、お前はそのつもりでいいぞ」

 益々訳が分からないが、セイネリアの事だから何か考えはあるのだろう。ただの二人での街見物としては条件が違うだけの意味はある筈だった。
 とはいえ、基本は好きに街見物をしていいと言われて楽しくない筈もない。フードで隠す場合は視界も悪いがそもそも兜越しで見るのとさほど変わらないから問題ない。セイネリアも基本フードで顔を隠しているから一応、周りから怖がられることもないだろう。服はレザが用意してくれた防寒着だから、もし動いた時にマントの下から見えても今日の『設定』らしくは見える。

「やはり祭り前というだけあって人が多いな」

 宿を出て大通りに出れば道沿いには各種の露店がずらりと並んで、祭り前の早めに街に入った人々がたくさん出歩いて賑わっていた。ただレザから聞いていた話によると、祭りの賑わいを狙って性質のよくない連中も集まってくるから治安はあまりよくないと思え、という事でもある。確かに見れば、無邪気に露店を見て回る人々の中に、服装がやけにボロボロだったり、鋭い目つきで辺りを見て回っているような怪しい連中をたまに見かけた。シーグル達のように旅人なのかマントで体を覆って顔をフードで隠している者達も珍しくない。ついでに言えば、防寒のためにいろいろ着込んで頭もファー付きの帽子と鼻まで覆うマフラーで覆っているため、目しか見えていないような人々もよく見る。こちらがそれらに紛れられて目立たないのはいいのだが、ある意味怪しそうな人間があちこちいるとも言えた。

「これは何だ、綺麗だが氷なのか?」
「まさか、飴で作った人形さ。だが氷みたいで綺麗だろ」
「食べられるのか?」
「勿論、兄さんここの祭りは初めてかい?」
「あぁ、そうなんだ」

 氷の上に指一本程の大きさの薄茶色の透き通った人形がいくつも売られていて、思わずシーグルは足を止めてそれを眺めた。氷祭りだからまさか氷で作っているのかと思ってしまったが、氷に見立てた飴らしい。
 綺麗ではあるが、セイネリアに買うかと聞かれたのには首を振った。食べ物は食べきれなかった場合を考えてヘタに買わない事にしている。

 その他にも氷を削って色を付けた菓子や、ガラス細工など、氷のように透明でキラキラしたものがたくさん売られていて、見て回るだけでも楽しかった。勿論クリュースで見た事があるモノも多かったが、氷を使ったディスプレイをされているのもあってシーグルにはどれも目新しく見えた。




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 次回は楽しい(?)シーグルさんの街歩き。セイネリアの意図も分かります。
 



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