或る北の祭り見物譚
シーグルとセイネリアのアウグ旅話



  【3】



「楽しいか?」

 セイネリアは黙って後ろからついてくるだけだったが、たまにそう声を掛けてくる。

「あぁ、楽しんでいいという事だから素直に楽しませてもらってるぞ」

 今度はいろいろな串に刺した果物を飴で包んだ菓子が売っていて、それもやはり氷の上に並べられているから面白くて眺めてしまった。だがそこでシーグルは、露店の隅から氷の台の上を見ている子供を見つけてしまった。
 子供は見るからに貧しそうで、けれども台の上の菓子を見つめる瞳はキラキラと輝いていて楽しそうだった。

「坊や、ここの街の人かい?」

 声を掛けると少年は少し怯えた様子を見せたものの、こくりと頷く。

「ならどれがお勧めだろうか? 見た事がない果物ばかりで分からないんだ」

 そうすれば少年は、そっと一つの果物を指さした。シーグルはすぐに店主にそれを三つくれるように言うと、受け取ってから少し考えてセイネリアの方を向いて一つ差し出す。そうすれば聞き返す事もなく串に刺された飴のついた果物をセイネリアは口に入れて食べたから、それを暫くみてから今度はもう一つを少年に差し出した。

「これはお礼だ、受け取ってくれないか?」
「いいの?」
「あぁ、教えてくれた代価だから遠慮なく受け取ってくれ」

 そうすれば少年は恐る恐る手を伸ばしてその串を受け取り、嬉しそうに口に入れる。口に入れた途端、笑顔だった少年の顔が更に嬉しそうに崩れるのを見て、シーグルも笑った。

「ありがとう」
「こちらこそ」

 笑顔で礼を言って去っていく少年を見ていれば、セイネリアも笑った気配がしてシーグルは後ろを向いた。そして飴付きの果物をぼりぼりと音を立てて食べている彼を見てまた笑う。

「美味いか?」
「まぁまぁだな。甘い」
「そうか……まぁこれくらいなら食える、かな」

 言ってシーグルもその果物の上の飴を齧る……甘い。

「暫く舐めてろ、食いきれなかったら俺が食ってやる」
「あぁ、悪いな」
「何をしても今日はフォローしてやるといったろ、お前らしくていいさ」

 成程、これも『好きにしろ』の範囲なのか。確かにいつもならこういう事をしたあとは不機嫌なセイネリアだが、今日は別に文句を言う気はないらしい。その後も菓子を舐めながら露店を賑やかし、ただの見物客気分を満喫する。なにせシルバスピナを名乗っていた時はへたに露店巡りも出来なかったから、こうして何も考えず楽しむことだけを考えていいのは嬉しかった。

 ただまぁ……やはり、こういう祭りの時にも、街の問題というか、あまり裕福そうでない子供等にどうしても目が行ってしまうのは仕方ない。そういう子供が何か売っているとつい買ってしまったりするし、声を掛けて道案内を頼んだりしてしまう。いつもなら文句をいってくるセイネリアも今日は文句を言ってこないから、『問題があればフォローする』という言葉を信じて好きにさせて貰う事にした。

「疲れていないか?」
「いや……だが少し休憩しようか、人の多さに少しうんざりしてきた」
「それでも賑やかなのは嫌いじゃないんだろ? お前」
「そうだな、雰囲気は好きなんだ」

 話しながら、どこか休憩の出来そうな場所はないか探して歩いていたら、少し離れた路上で荒々しい声がして足をとめた。

「どうしてくれる」
「すみません、すみません」
「謝るだけで済む訳ないだろう、どうしてくれるんだ」

 声に引かれて近づいて見れば、服装からしてあまり裕福ではなさそうな娘が、ガタイのいい男に怒鳴られていた。どうやら男は商人で、男が指さしているのは荷物の袋が破れたところだ。シーグルは思わず遠巻きに見ている者のひとりで声を掛けた。

「どうしたんですか?」
「あぁいや……なんか急いでそうな連中にあの娘が付き飛ばされてね、それであの商人の荷物にぶつかってしまったのさ」

 見れば娘の方も籠に入っていたらしい何かを懸命に拾っている。あれじゃ被害が大きかったのは彼女の方だ。

「こい、お前には身をもって詫びてもらおうじゃないか」

 だがそこで、商人がそう言って娘の腕をつかんだところでシーグルは我慢できなくなった。

「荷物の袋が破れたくらい、中身に問題が出たんじゃないなら許してやれ」
「何だ貴様は?」
「聞けばその娘も被害者じゃないか。そんなに詫びて欲しいのなら、その娘を突き飛ばした者の方を探して訴えるべきだろ」
「ふん、部外者は黙っててもらおう」

 言うと、男の傍にいたいかにも荒くれものといった風貌をした男がシーグルに向かってくる。

「余計な口を出すと痛い目にあうぞ、さっさとひっこめや」

 訛りが強いから聞き取りにくいが、男はそう言ってシーグルに向けて殴り掛かってきた……のだが。
 シーグルが避けようとするより早く、男の腕をセイネリアが掴んだ。

「な、なんだ、放せっ」

 だがそれでセイネリアが放す筈がないし、何かを言う事もない。彼は無言でその腕をそのまま上へと持ち上げていく。痛いと男が悲鳴をあげ、暴れてもセイネリアはまったく動じない。やがて男の足が地面から離れ、人々がセイネリアの馬鹿力ぶりに歓声を上げる。

「いてぇいてぇっ、放せっ、放せーっ」

 そこでセイネリアは男の腕を放した。当然ながら男は地面に落ちて尻もちをつく。

「ほら、放してやったぞ」

 落ちた男に向けてセイネリアが上から見下ろす。……おそらくその角度ならセイネリアの顔、少なくともあの威圧する琥珀の瞳は見えた筈だ。
 男は尻もちをついた体勢で暫く凍っていたものの、やがてじりじりとその体勢のまま後ろへ下がっていく。そうして例の商人のところまでいくと急いで立ち上がり、あれはヤバイマズイと騒いだ。

「いくぞっ」

 それを受けて商人も用心棒らしい男も、そこからあっさり逃げて行った。……まぁ強い者が正義であるアウグであるから、こういう力技の解決があっさり通ってしまうのもある。
 人々がセイネリアに向けて歓声を上げるのを見て、シーグルはまだ懸命に落ちたモノを拾っている娘のもとへいく。彼女から遠いところにまで落ちたものを拾ってやって、彼女に差し出す。

「あ、……ありがとうございます」
「怪我はないかい?」
「はい、大丈夫です」

 どうやら娘が拾っていたのは小さな石で、それに様々な絵が描かれていた。

「これは何なのかな?」
「これは……願い石です。祭りの時に氷の噴水像に願いごとを言って投げ込みます」
「そうか……綺麗だね」

 色とりどりの絵が描かれた石は確かに綺麗で、この娘が懸命に描いたのだろうと思う。

 ただそこでシーグルは、娘がその後、声も出さずにこちらを見て固まっているのに気付いた。そして……少し遅れて、自分の顔が見えたからかと理解する。

「あ、あの……すみません、私などのような者が……」

 急に我に返って謝った娘に、シーグルは唇の上に指を立てて囁いた。

「すまない、気づかなかったふりをしててくれないか? 隠れてこの街の調査に来てるんだ」

 すると娘はその場でこくこくと頷いて、急いで立ち上がるとお辞儀をする。

「あ、ありがとうございましたっ」

 そうしてすぐに後ろを向くと、足早に去って行ってしまった。
 セイネリアに言われたから調査と言ってみたものの、わざとらしかっただろうかと思いながら娘の姿が消えるまで見送って、そうしてセイネリアの方を振り向いたシーグルは頭一つ抜けて背の高い彼の傍に、人だかりが出来ているのを見て軽く吹き出した。






――まったく、予想通りというか、つくづく善人過ぎるというべきか。

 セイネリアの思った通り、好きにさせるとシーグルはどうしても弱い者を放っておけない。子供にいらぬ道案内を頼んだり、尋ねたりしては礼を渡し、スリで捕まっていた少年には殴ろうとするところを止めて金を返させてから一緒に謝ってやる。商人にぶつかった娘を助けてやったのもそうだし、酔っ払いに絡まれている娘も助けてやったし、その他も……。よくこの短い間にこれだけ余計な事をするものだと感心するが――まぁ今回はそれを見越しての行動だから好きにさせていたというのがあった。

 そして夕方、度重なる買い物のおかげできちんとした店へ入って食べる気もなくなったセイネリアとシーグルは、露店でまた食べ物を買って大通りから外れた人気の少ない材木置き場に座って夕飯を取っていた。

 そこへ、人影がやってくる。
 勿論、セイネリアもシーグルも素人が付けてきたことなど気づいていた。

「あの……すみません」

 それは先ほど、シーグルが商人に怒鳴られていたのを助けた娘だ。

「君は、さっきの……」

 シーグルが立ち上がると、娘はそこで深々と頭を下げた。

「先ほどは本当にありがとうございました。それと、お礼もあまり言えずすぐに逃げてしまってすみませんでした」
「いや、そんな事は構わない。ただ、あの願い石を買えなかったのが残念だったなと思ったくらいだ」

 少女がまるで尊い者を見るような目でシーグルを見上げる。まぁ実際その通りなのだろうが、とセイネリアは思う。

「あの……この街には調査にいらしていると伺いました。ですからその……それは例の行方不明者の件ではないでしょうか?」

 そこでシーグルがセイネリアの方を見てくる。セイネリアはそれに口元の笑みで返してやった。やはりな、と心の中で呟きながら。



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 全部セイネリアの計画通り。
 



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